優しい龍   作:ハトスラ

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いつもの=ジャリライス

 アルが隅のテーブル席について間もなく、クエストリストとジャリライス炒めが運ばれてきた。

 持ってきてくれたのはシエルだったのだが、給仕の方が忙しいらしく、大した会話もできないまま「ごめんなさい」と一言残して去っていってしまった。

 

「別に謝ることねえのによ」

 

 ジャリライスをかきこみながら、アルはクエストリストに目を通す。

 

 アルの背後では食器の割れる音や怒号が飛び交っているが、そんなことは気にならない。なんせ、ここでは喧嘩なんて日常茶飯事だ。

 

「キノコ集めに、卵運び、ランポス狩りに、ハチミツ集めねぇ……」

 

 どれもこれもやったことがあるような仕事だ。キノコ集めなんか十八回だ。十八回。

 

「お、ドスランポス狩り」

 

 大型モンスターの狩猟に思わず目が止まる。

 ドスランポスとは、このエルモアの街に来てから、一度だけ戦ったことがあるが、あれは手強かった。

 もう一度あれと戦って、果たして勝てるだろうか。

 

「ま、なんとかなるかな。さすがにそろそろ大型モンスターを狩らないと金が……」

 

 ない──訳ではない。キノコ集めなど、今のアルが多く受けている採集系の仕事でも報酬金は手に入る。

 だが、そろそろ武器の強化がしたいのだ。

 武器の強化にはそれ相応の金がかかる。そして、採集系の仕事と大型モンスターの狩猟では、後者の方が報酬金が高くなりやすい。

 

「うーん……、でも準備にも金かかるしなぁ」

 

 迷ったのはそこだ。大型モンスターの狩猟は報酬金も多いが、リスクも普段より大きい。回復薬や罠など、十分な準備をしておかねば万が一、ということもあり得る。そして準備にはそれなりの金が入り用になる訳で。準備金のことも含めて考えると、報酬金の多さだけで依頼を受けるのは少し考え物だ。

 

 やっぱり地味にキノコ集めとか、ランポス狩りにするかー。と、アルがそう考えた時、目の前に誰かが立っていることに気付いた。

 

 ……ハンターだ。

 見たこともない朱色の鎧を身に纏って、背中にはランスのような物を背負っている。加えて、頭部を覆うのは兜というよりも覆面だった。

 

「……?」

 

 座りたいのだろうか?

 辺りを見渡すと、いつの間にかテーブル席はどこも人でいっぱいだった。

 

「すまないが」

 

 アルが「どうぞ」と言う前に、目の前のハンターが口を開いた。

 

「アルバート、というのは、お前か?」

 

「……へ?」

 

 思わずマヌケな声をあげる。

 何故、赤の他人が自分の名前を知っているのかがわからない。普段は『アル』という愛称で通しているが、アルバートというのは間違いなく自分の名前だ。

 アルはこの街に来てから、一度も他のハンターとクエストに出たことはない。新人ゆえ、名前が売れる程の狩りをこなしたわけでもないし、見知らぬ誰かがアルの名前を知っているハズがないのだが。

 

「そう、だけど……えーと」

 

「あぁ、すまない。私は楓という」

 

 そう言って差し出された右手が、握手を求めているのだと気付くのに、たっぷり五秒ほどかかって、アルは楓の手をとった。

 

「お前に頼みたいことがあるのだが、話だけでも聞いてくれないだろうか?」

 

 そう言ってから、彼女は慣れた様子で給仕に酒を頼むと、アルの正面に座った。

 

「……まぁ、とりあえず聞くだけなら」

 

 アルとしては、楓の意図が掴めないので、迂濶なことは言えない。

 私欲のために新人のハンターを利用する、なんてこともあるらしいと、伝え聞いたことがある。

 

 このままでは埒が明かない、とでも感じたのだろうか。いっこうに警戒を解こうしないアルに対し、楓は僅かに溜め息を吐くと、その顔を覆っていた兜を脱ぎ捨てた。

 

「───あ」

 

 

 一瞬、息をするのも忘れた。

 

 西日を受けて輝く、長く艶やかな銀の髪。

 細長く整った眉と、すらりとした鼻梁。

 白にやや黄色を混ぜたような肌に、意志の強そうな瞳は、深い蒼に染まって。

 

 顔を覆っていた防具が外れたことによってあらわになったその顔は、本当に──本当に呼吸を忘れるほど、端正なつくりをしていたのだった。

 

 

「これで少しは緊張がとけたか?」

 

「あ、え……いや、えっと」

 

「顔も見せない相手は信用できないだろう?」

 

 

 そう言って、楓は柔らかい笑みを浮かべた。

 整っているが故に、どこか冷たい印象すら与えていた彼女の笑みは、そんな第一印象を簡単にひっくり返すくらいには優しい。

 

 実際問題として、アルの警戒心は驚きやら何やらでとっくに吹き飛んでいた。アルに気を遣って顔を見せてくれたらしいが、兜の下がそんな美人だと思っていなかったこちらとしては、もうそれどころではない。

 

「さて、そろそろ本題に入るが……と、どうした?」

 

「え、あー、あははは。その……女の人だったんだなー、って」

 

 

 さすがに『美人すぎて見とれた』なんてことは恥ずかしくて言えなかったので、当たり障りないように答える。

 

 だが、口に出してしばらくしてこれは失言だったと気付いた。

 彼女の装備は見たことのない種類ではあったが、女性用のそれだ。声は確かに低い方かもしれないが、明らかに男性のものではない。

 

 

「ふ……、よく言われるよ」

 

 やばい機嫌悪くなるかも、と思った矢先、楓はそう言って笑った。その声色に、トゲはない。

 本当に気にしていないのか、ただ感情を表に出さないほど大人なだけなのか判断がつかず、アルは曖昧に笑うことしかできなかった。

 

 

「まぁそれよりも話だ。……これを見てくれ」

 

 

 そう言って渡されたのは、クエストの内容を記した契約書だ。ついさっきまでアルが眺めていたクエストリストと同種の物である。

 

「えーと……。飛竜の卵二個の納品、場所は森丘。……目撃モンスターは、リオレウス」

 

 その内容を声に出して読み上げて、念のためもう一度読み直す。

 なんてことはない。よくある普通の卵運びだ。

 

「これが、なんだよ?」

 

「出来ればでいいが……、お前に手伝ってもらいたい」

 

「は? ……あ、レウスを?」

 

「いや卵運びを、だ」

 

「え?」

 

 アルは今一度クエスト内容を確認した。

 記載されている情報を信じるなら、特別なことなどない。

 

「なんで?」

 

 楓の装備は、とても駆け出しハンターが作れる代物に見えなかった。

 それなりの経験があるハンターなら、卵運びくらいどうということはないハズだ。実際、駆け出しのアルですら、数回卵運びをしているのだから。

 

 実力者がわざわざ卵運びを手伝ってもらいたい理由がわからず首を傾げると、楓は困ったように表情を崩した。

 

「情けない話だが、私は運搬が苦手でな……。どうしても卵を割ってしまうんだ」

 

「なら受けなきゃいいじゃん」

 

 苦手だからといって避け続けるのでは、いつまでも弱いままだ、とはアルの師匠の言葉だ。

 

 けれど、人には得意不得意があるのも知っている。どうしても無理ならば諦めるのも大事だ、とアルは思っていた。

 

 だが楓は、苦笑して首を振ると「それは無理なんだ」と言った。

 アルが、わからない、と首を傾げる。

 

「普段なら受けない、で済むんだがな……。あいにくと依頼人から私に名指しの依頼だ」

 

「なっ……!?」

 

 それで思い知った。

 今、アルの目の前にいる女性は、アルよりも遥か高みにいる存在だと。

 

 

 通常、ハンターはギルドを通して“受けたい”依頼を選んで受ける。

 依頼人はギルドに依頼をするだけで、どのハンターが依頼を受けるかはわからないのだ。

 

 そこには、依頼さえ達成してくれればそれで良い、という考えが根底にある。実際、誰が依頼を達成しようが結果は同じだからだ。

 

 

 それが普通。それが常識なのだ。

 

 

 だから、“名指しでの依頼”などというのは、本来ならあり得ないし、依頼を受けるハンターを選ぶなんて意味のない行為でもある。

 それを承知で指名されるハンターというのは、まず間違いなく一流だ。

 この人にやってほしいと思わせる“信頼と実力”があるということなのだから。

 

 

「そういう訳で、どうしても受けなければならない。断ることもできるだろうが、ハンターも一応は信用商売だからな」

 

「……それは、わかりましたけど」

 

 明確に実力が違うとわかってしまったせいで、アルの口調がかたくなる。

 

「なんだ?」

 

「なんで、俺なんですか? ……俺なんてまだまだ駆け出しだし、俺より凄いハンターくらいアンタならいっぱい知ってるでしょ!?」

 

 うん? と綺麗な眉をひそめて、楓は少し考えるそぶりを見せた。

 

「私は大抵一人だったからな、知り合いが少ないんだ。……お前のことはな、受付嬢から聞いた」

 

 楓の視線を辿った先には、給仕の為、忙しく動き回るシエルがいた。

 

「ギルドの受け付けで、腕のいいハンターを紹介してもらったんだが……。駆け出しとは、少し意外だったな」

 

 その言葉にアルは、シエルが気を遣ってくれたのだろう、と推論を立てた。

 卵運びなら、アルにも出来る。狩りの難易度も、一人よりは二人の方が確実に下がる。

 

「……やっぱ、新人なんかじゃダメですよね」

 

「いや? お前なら(・・・・)問題ないだろう。少し意外だっただけだ」

 

 

 『お前なら』

 

 

 それがどういう意味なのか、アルには分からなかったが、どうやら新人なのを理由に「やっぱりくるな」とはならないらしい。

 

「で、どうだ? 私に協力してくれるか?」

 

 問われるまでもなかった。

 

「ああ、俺で良ければ」

 

 きっとこの人との狩りはいい経験になる。

 そう思って、アルは力強く頷いた。

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