優しい龍   作:ハトスラ

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外伝3-6 強襲 ~舞い降りた王と沈む紅~

 

 雌火竜のブレスを避け、密林に飛び込んだ楓が見つけたのは、全身血塗れの青年だった。

 

 「酷いものだな」そう呟くと、声が聞こえたのか、青年は僅かに視線を持ち上げた。

 

 虚ろな、焦点の合わぬ瞳のまま、青年が口を開いた。かすれるような、今にも消え入りそうな声だった。

 

 

 青年は言った。自分は近くの村に住むハンターだと。

 

 青年は言った。同じ村に住む病気の少女の為に、薬の材料を採りにきたと。

 

 青年は言った。その帰りに火竜に襲われたと。

 

 楓は問うた。何かしてやれることはないかと。

 

 青年は懇願した。薬の材料を、少女に渡してほしいと。

 

 青年は困ったように笑った。出来れば、自分の死体はこの森に埋めてほしいと。

 

 楓は一度だけ頷いた。了承したと。

 

 青年は言った。ありがとう、そして済まない。これで安心して逝ける。

 

 

 楓も青年も、治療は考えなかった。青年の傷は明らかに致命傷、既に手遅れだったからだ。

 

 静かに息絶えた青年を、楓は抱き上げた。

 青年にすれば、死に際に誰かに出会えたのは僥倖だったのだろう。飛竜に敗れたとは思えない程、その表情は穏やかだった。

 

 緑の生い茂る森の中にあってなお、一際目を惹く大木を見つけた楓は、その根本に青年を埋めた。

 竜撃砲で空けた穴に土を被せただけの、墓とも言い難い簡素なものだった。

 

 楓は、死に目に出会っただけの青年の名を知らない。人格も、信念も。この森に埋めてほしいと言った彼が、森にどんな思い入れがあったのかも何も。

 

 だが、彼がやりたかったことの一端を知った。

 

 それは小さなことだったのかも知れない。

 命をかけるには足りないかも知れない。

 余計なお世話なのかも知れない。

 

 それでも、楓にはそれだけで十分だった。

 

 薬は必ず届ける。

 リオレイアも倒す。

 

 二つ目は完全に私情だ。

 確かに気が立ったリオレイアは、周辺に被害を撒き散らすかも知れないが、それは可能性の話で、絶対ではない。何より、薬を確実に届ける為には戦闘は避けるべきであったのだ。

 

 

「おおっ!」

 

 

 盾を支点にしてリオレイアの側面に回り込んだ楓は、容赦なくその槍を突き立てた。

 ガツリ。

 甲殻を削っただけの感触に、舌を鳴らして飛び退く。

 

 女王が楓を睨む。

 その側頭部にオデッセイが食い込んだ。

 

「アーシアっ!」

 

 そう、避けるべきだった。

 にも関わらず、楓は戦闘を開始した。アーシアをも巻き込んで。

 

「ゴオォォォオオオオ!!」

 

 吼える女王からアーシアは素早く距離をとった。

 

「堅いな」

「それに怒りっぽいよ。更年期なのかな?」

「やれやれ、人のことは言えた義理ではないが、歳は取りたくないものだな」

「カエデさんは若いよ?」

「アーシアは程ではないな」

 

 互いに軽口を叩きながら、尋常ならざる堅さの女王に向かい合う。

 

 アーシアは知らないだろう。

 ついさっき息絶えた青年のことを。青年と楓がどんな会話を交わしていたのかを。

 だがそれでも、何の事情も知らなくても、彼女は楓に付き合ってくれた。

 

 いい娘だ。

 護ってやりたいと、仲間の元に還してやりたいと、そう思う。

 例え出会ったばかりでも、例え()()()()の住人だとしても。

 

「アーシアっ!!」

 

 だからか。

 楓が後先考えずに飛び出してしまったのは。

 

「え?」

 

 女王の鼻先で剣を振るっていたアーシアは、突如として自分の前に飛び出した楓を見て、困惑に瞳を揺らした。

 

 構わず楓はアーシアを突き飛ばす。

 彼女の軽い身体は、簡単にリオレイアの攻撃範囲外に逃れた。

 

 当然、アーシアの代わりに楓がリオレイアの前に飛び出すことになる。

 

 アーシアの瞳が困惑から驚愕に変わる。

 彼女の瞳に写ったのは、楓とリオレイアと、“上空から強襲するリオレウス”────!

 

 

「カエデさん!?」

 

 

 アーシアの絶叫虚しく、リオレウスの毒爪が楓を襲った。

 

 

「ゴオォォォオオオオ!!」

「ガ、ハッ……!」

 

 咆哮と苦悶が重なる。

 衝撃と灼熱感にのたうつことも出来ず、毒爪の直後に振るわれた尾に吹き飛ばされた。

 

 血が出た。

 堅固な鎧は砕けはしなかったが、その下の肉体はそうはいかない。衝撃だけで身体がバラバラになるかと思った。

 

(迂闊だった……!!)

 

 痛みと毒とで朦朧とする意識を必死につなぎ止める。

 震える足を叱咤しながら、楓は自身の不覚を呪った。

 

 

 あの青年は確かに『火竜』に殺られたと言ったのではなかったか────!

 

 

 雌も雄も火竜には違いなく、それ故『雌火竜』を見たことで、青年を殺したのはリオレイアなのだと思い込んでいた。だが、ハンターが火竜と言うなら『雄火竜』のことを指すのが通例だ。

 

(つがい)か、それとも偶然か……」

 

 呟く楓の声には覇気がない。

 

 地に降りたリオレウスが楓を追撃すべく疾走する。

 その背からリオレイアが炎を吐く。

 立ち上がったアーシアが、何事かを叫びながら駆け寄ってくる。

 

「まったく、私の悪運もここまでだったか……」

 

 すまない。

 そう胸の内で、あの青年と、アーシアに謝罪して、楓は盾を構えた。

 火竜の脚力から生み出される運動エネルギーの前では、楓の盾なぞ水に濡れた紙と同義である。

 

 結論として、楓は吹き飛ばされた。

 

 冗談のように。

 まるで壊れた人形のように。

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