雌火竜のブレスを避け、密林に飛び込んだ楓が見つけたのは、全身血塗れの青年だった。
「酷いものだな」そう呟くと、声が聞こえたのか、青年は僅かに視線を持ち上げた。
虚ろな、焦点の合わぬ瞳のまま、青年が口を開いた。かすれるような、今にも消え入りそうな声だった。
青年は言った。自分は近くの村に住むハンターだと。
青年は言った。同じ村に住む病気の少女の為に、薬の材料を採りにきたと。
青年は言った。その帰りに火竜に襲われたと。
楓は問うた。何かしてやれることはないかと。
青年は懇願した。薬の材料を、少女に渡してほしいと。
青年は困ったように笑った。出来れば、自分の死体はこの森に埋めてほしいと。
楓は一度だけ頷いた。了承したと。
青年は言った。ありがとう、そして済まない。これで安心して逝ける。
楓も青年も、治療は考えなかった。青年の傷は明らかに致命傷、既に手遅れだったからだ。
静かに息絶えた青年を、楓は抱き上げた。
青年にすれば、死に際に誰かに出会えたのは僥倖だったのだろう。飛竜に敗れたとは思えない程、その表情は穏やかだった。
緑の生い茂る森の中にあってなお、一際目を惹く大木を見つけた楓は、その根本に青年を埋めた。
竜撃砲で空けた穴に土を被せただけの、墓とも言い難い簡素なものだった。
楓は、死に目に出会っただけの青年の名を知らない。人格も、信念も。この森に埋めてほしいと言った彼が、森にどんな思い入れがあったのかも何も。
だが、彼がやりたかったことの一端を知った。
それは小さなことだったのかも知れない。
命をかけるには足りないかも知れない。
余計なお世話なのかも知れない。
それでも、楓にはそれだけで十分だった。
薬は必ず届ける。
リオレイアも倒す。
二つ目は完全に私情だ。
確かに気が立ったリオレイアは、周辺に被害を撒き散らすかも知れないが、それは可能性の話で、絶対ではない。何より、薬を確実に届ける為には戦闘は避けるべきであったのだ。
「おおっ!」
盾を支点にしてリオレイアの側面に回り込んだ楓は、容赦なくその槍を突き立てた。
ガツリ。
甲殻を削っただけの感触に、舌を鳴らして飛び退く。
女王が楓を睨む。
その側頭部にオデッセイが食い込んだ。
「アーシアっ!」
そう、避けるべきだった。
にも関わらず、楓は戦闘を開始した。アーシアをも巻き込んで。
「ゴオォォォオオオオ!!」
吼える女王からアーシアは素早く距離をとった。
「堅いな」
「それに怒りっぽいよ。更年期なのかな?」
「やれやれ、人のことは言えた義理ではないが、歳は取りたくないものだな」
「カエデさんは若いよ?」
「アーシアは程ではないな」
互いに軽口を叩きながら、尋常ならざる堅さの女王に向かい合う。
アーシアは知らないだろう。
ついさっき息絶えた青年のことを。青年と楓がどんな会話を交わしていたのかを。
だがそれでも、何の事情も知らなくても、彼女は楓に付き合ってくれた。
いい娘だ。
護ってやりたいと、仲間の元に還してやりたいと、そう思う。
例え出会ったばかりでも、例え
「アーシアっ!!」
だからか。
楓が後先考えずに飛び出してしまったのは。
「え?」
女王の鼻先で剣を振るっていたアーシアは、突如として自分の前に飛び出した楓を見て、困惑に瞳を揺らした。
構わず楓はアーシアを突き飛ばす。
彼女の軽い身体は、簡単にリオレイアの攻撃範囲外に逃れた。
当然、アーシアの代わりに楓がリオレイアの前に飛び出すことになる。
アーシアの瞳が困惑から驚愕に変わる。
彼女の瞳に写ったのは、楓とリオレイアと、“上空から強襲するリオレウス”────!
「カエデさん!?」
アーシアの絶叫虚しく、リオレウスの毒爪が楓を襲った。
「ゴオォォォオオオオ!!」
「ガ、ハッ……!」
咆哮と苦悶が重なる。
衝撃と灼熱感にのたうつことも出来ず、毒爪の直後に振るわれた尾に吹き飛ばされた。
血が出た。
堅固な鎧は砕けはしなかったが、その下の肉体はそうはいかない。衝撃だけで身体がバラバラになるかと思った。
(迂闊だった……!!)
痛みと毒とで朦朧とする意識を必死につなぎ止める。
震える足を叱咤しながら、楓は自身の不覚を呪った。
あの青年は確かに『火竜』に殺られたと言ったのではなかったか────!
雌も雄も火竜には違いなく、それ故『雌火竜』を見たことで、青年を殺したのはリオレイアなのだと思い込んでいた。だが、ハンターが火竜と言うなら『雄火竜』のことを指すのが通例だ。
「
呟く楓の声には覇気がない。
地に降りたリオレウスが楓を追撃すべく疾走する。
その背からリオレイアが炎を吐く。
立ち上がったアーシアが、何事かを叫びながら駆け寄ってくる。
「まったく、私の悪運もここまでだったか……」
すまない。
そう胸の内で、あの青年と、アーシアに謝罪して、楓は盾を構えた。
火竜の脚力から生み出される運動エネルギーの前では、楓の盾なぞ水に濡れた紙と同義である。
結論として、楓は吹き飛ばされた。
冗談のように。
まるで壊れた人形のように。