優しい龍   作:ハトスラ

31 / 61
外伝3-7 天使降臨 ~Another World ver.~

 

 まるで現実味がなかった。

 

 

「カエデ、さん?」

 

 

 足が止まる。

 同時に、火竜に吹き飛ばされて転がったカエデの身体も止まった。

 

 うつ伏せに倒れた彼女の表情はわからない。

 だが、その身体からは刻々と血が流れ出しているのが見えた。

 

 何か、穴の空いた風船から、空気が漏れていくような。

 命が、流れて消えていってしまうような────、

 

「う、ああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 絶叫する。

 

 尋常ならざる声に、両の火竜はアーシアへと振り返った。

 

 左手。盾を投げ捨て、もう一振りの愛剣・インドラを引き抜き駆け抜ける。

 すれ違いざまに、七撃。

 水圧と電圧、切れ味鋭い刃が火竜達を蹂躙した。

 

(私がっ……)

 

 思わぬ連撃に驚いた火竜の顔を蹴り飛ばし、アーシアは跳躍。

 逆手に持ち換えた愛剣をその背に、まるで牙のように突き立てた。

 

(私がっ……!!)

 

 直後、火竜の身体を傷付けるか否かの、絶妙なラインで雌火竜の尾が振るわれた。

 大木すら薙ぎ倒す一撃だ。受ける訳にはいかない。

 アーシアは火竜の甲殻を蹴って跳躍。尾は何もない空中を薙いだ。

 

(私がっ、()()()()()()()()しなければッ!!)

 

 着地したアーシアに、火竜のアギトが襲いかかる。

 

「ッ!!」

 

 僅かに身を退き回避。火竜の牙は空を食む。

 安堵する間も無く、雌火竜が火竜を飛び越えてアーシアに踊りかかった。

 

 凶悪な風切り音を纏った剛爪。

 致命の一撃を前に、差し出すのは命ではなく自身の愛剣だ。

 首の皮一枚でインドラとオデッセイによる迎撃────、否。防衛を間に合わせる。

 

 二振りの業物は、その属性によるスパークを撒き散らしながら、雌火竜の爪と拮抗した。

 

「我は炎」

 

 武器が重圧に耐えきれずに悲鳴をあげる。

 

「我は翼」

 

 いや、武器以前に、アーシアの両腕が軋みをあげている。

 いかなハンターであろうとも、人の身で竜を押し留めるなぞ、土台無理な話なのだ。

 

「我が意志は大地の怒り」

 

 すぐ近くに雌火竜の頭が、牙がある。

 アーシアの身体が徐々に押し込まれはじめる。

 

「我が故郷は希望の空」

 

 雌火竜の影。その背に回り込むように火竜が上昇した。

 そのアギトからは既に灼熱が揺れている。

 

 

 ────眼帯に覆われた右目が僅かに疼いた。

 

 

 ギリ、とアーシアは歯噛みした。

 

 こうして雌火竜とせめぎあうだけでも、今こうして呼吸しているだけでも、刻々と気を奪われているのがわかる。

 それはまるで、毒のように。紛れこんだ異物を排除しようとするかのように。

 

 アーシアはきっと『この世界』と相性が悪い。

 それに気付いたのは闘い始めた時で、だから『温存しなくては』と思ったのだ。全力で闘えばきっと、気を使い果たして消えてしまうだろうから。

 

 そんな確信めいた予感が、アーシアにはあった。

 

「舞い降りよ天の意志」

 

 だが、その保身がカエデをあんな目に遭わせた。

 

 消えたいだなんて思えない。本気で、自分を犠牲にしてまで、出会ったばかりの他人を助けようと思える程のバカでもない。

 それは凡そ、人として持ち得る当然の感情。

 

 

 ────それでも、嫌だった。

 

 

 優しくしてくれた誰かがいなくなるのは。

 その誰かを傷付けた何者かに、怒ることだって出来た。

 だからアーシアは、彼女の抱いた感情のすべてを以て、全力で仇敵を討つと決めたのだ。

 

「その力を────」

 

 アーシアを押し潰すべく、女王は羽ばたきながら、その剛爪にさらなる力を込めた。

 空の王者は、アーシアを焼き尽くすべく、その身に宿る灼熱を解き放った。

 

 業火と暴風がアーシアへと向かう。

 形容し難き熱風圧は、直接触れずとも辺りの物を吹き飛ばしていった。

 

 

 周囲の樹木。枝葉も、その幹も、そしてアーシアの『眼帯』も。

 

 

 眼帯の下の右目が曝される。

 途端、臨界寸前の灼熱じみた闘気が噴き出す。

 

 火竜達が僅かに怯んだ。

 噴き出した闘気だけで熱風がかき消されていく。

 それはさながら、薄い色が濃い色に塗り潰されてしまうかのように。

 熱風は、新たに生まれた圧倒的な力の奔流に抗えずに消えてゆく。

 

 

「────我が身に宿せ」

 

 

 瞬間、アーシアにのし掛かっていた雌火竜が数メートル以上も吹き飛んだ。

 

 

「ゴオォォォオオオオ!!」

 

 

 アーシアにのし掛かっていた雌火竜がいなくなったことで開けたスペースに、滞空していた火竜が殺到する。

 アーシアはそれをチラリとだけ見て────、

 

 

「墜ちろ」

 

 

 一閃。

 空の王者は絶叫と共に、地に墜ちた。

 

「煉獄に墜ちるかどうかは君たちが決めろ。……そう言いたいところだけど」

 

 火竜達が立ち上がる。

 

 リオレウス、リオレイア、そしてアーシアの視線が重なる。そこに込められた絶殺の意志さえも。

 

「今日ばかりはそうはいかない。君たちは今、ここで潰える」

 

 アーシアの、その豊かな黒髪が炎のように揺らめく。吐息は灼熱を纏ったように熱い。

 そして、その華奢な体躯からは想像できないほどの、溢れ出す赤き闘気(オーラ)

 

 激情を宿したその心のまま、唄うように宣言する。

 

「誓うよ。今宵はどちらも逃がさない」

 

 怒りと灼熱を宿した天使が今、この世界に降臨した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。