優しい龍   作:ハトスラ

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外伝3-9 一方その頃

 

「やっほー、お兄さん。こんな夜更けにどこいくの?」

 

 夜の山道に、場違いなほど明るい女の声が響く。

 アーシアを探して山道を進んでいたロイドは、その声に足を止めた。

 声は確かに女性のものではあったが、アーシアのものではない。

 

 誰だ? と問う前に、声の主は何処からともなく姿を見せた。

 

「こんばんは、お兄さん」

 

 気安く挨拶をしてくる彼女は、美しい少女。────いや、女性であった。

 年の頃はロイドと同じくらいだろうか。右目の泣きぼくろがチャーミングだ。

 真夜中の山道だというのに、白いワンピース姿にサンダルだけという、まるで安全な街中にいるかのような姿をしている。

 僅かばかりの警戒心をいだきながらも、ロイドは彼女に挨拶を返した。

 

「こんばんは、お嬢さん。だが、その質問は俺からさせてもらおう。こんな夜更けに何をしてるんだ? 危ないぞ」

「案内を。下手したら、お兄さんいなくなりそうだからね」

 

 明るく、それでいて意図の読めない返答に首を傾げる。

 

「案内だと? 君のベッドまで連れて行ってくれるのか?」

「近いものがあるけど違うね。お兄さん、今探し人がいるんじゃないの?」

「……」

 

 軽口(若干期待もしたが)を思いもよらない答えで返され、思わずロイドは口をつぐんだ。

 同時、ロイドの中で彼女に対する警戒レベルが跳ね上がる。

 

「何故、それを知ってる? まさか……」

 

 自分で自分の声が強張るのを感じる。

 腕は自然に、背中の太刀へと伸びた。

 

「うん。彼女は()に来てるけど、お兄さんの想像とは少し違うかな」

「……話を聞こうか」

「お話を聞かせて、ってね。言われなくても話しにきた訳なのよん」

 

 唄うように言って女は踵を返した。ついてこい、という訳か。

 一瞬の迷いもなく、ロイドは後に続いた。虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ。

 

 それから数分と経たずに、彼女は立ち止まった。

 何が嬉しいのか、足下を指差して笑う。

 

「ここが『境界』。これ以上は進んじゃダメだからね」

「……話をしてくれるんじゃなかったのか?」

「物事には順序があるのよ。とにかく、このラインからは進まないで。でないと、話が進まない」

「……わかった」

 

 状況を飲み込めないままに頷く。

 彼女は自らの足下にラインを引いた。

 

「えっと、何から説明しようか」

「君は何処の誰で、状況をどこまで知ってる? アーシアは今、何処にいて、彼女は無事なのか?」

「矢継ぎ早すぎるよ、焦んないで」

「……っ」

 

 危機感のかけた彼女の笑顔に苛立つ。

 こんな状況でなければ、ロイドホイホイな笑顔だったろうが、今は優先事項が違う。

 

「じゃ、まず一つ。状況は全部知ってるよ。『当事者でさえ知らないこと』も含めて全部ね」

「当事者とはアーシアのことか」

「んー? まぁ他にもう一人、巻き込まれたのがいるんだけどね」

 

 ロイドの問いに、女は額に指を当てて悩むような仕草を取った。

 

「……何?」

「まあそれはいいんだ、別に。問題なのは……、うん。本来、当事者になるのは別の人間だったってことで」

 

 しかし彼女は問いには答えず、話題を次につなげてしまった。

 そうなるとロイドとしても次の話題について行かざるを得ない。もとより最優先事項はアーシアの無事の確認だ。それが確認できるまでは、それ以外の疑問の優先度はそれほど高くはない。

 今重要なのは、アーシアが女の言う『当事者』になってしまったということだろう。

 

「……君の言う当事者がなんのことかはよくわからないが、アーシアは誰かの代わりになった、ということか?」

 

 そう言って、さらに問いを投げかける。

 問われた彼女はロイドを指さして、

 

「あの娘。今、大変な目に遭ってるんだけどさ。それ、本当ならお兄さんにやって貰おうと思ってたのよぅ」

 

 などと、ロイドにとって到底聞き捨てならないことを口走った。

 

「……は?」

「手違いっていうか、なんて言うか────、」

「待て、アーシアが大変な目に遭ってるって」

「百聞は一見になんたら! 見た方が早いと思うわよ?」

 

 理々刈る本気狩るなんて、訳のわからない呪文(だと思う)を唱え、女はその場でステップを踏んだ。

 

 直後、ロイドと女を隔てるかのように、宙空に薄い幕がかかった。それはさながら、靄で出来たカーテン。

 宙にかかった薄布のようなそれは、徐々に何かを映していく。

 

「アーシアっ!?」

 

 奇怪な現象に驚くよりも先に、ロイドの目は映し出された映像に釘付けになった。

 何せ、映っていたのはロイドの探し人に他ならず、挙げ句飛竜との戦闘を始めていたのだから。

 

「君っ! これは何処で、いつの出来事だ!?」

「ここから数百メートル先。今現在の映像よ」

 

 その言葉に、ロイドは弾かれたように反応する。

 一気に駆け抜けようと、走り出して────、

 

「ダメよ」

「退いてくれ」

 

 立ち塞がった女に、ロイドは低い声で応じた。

 アーシアの強さは知っているが、それでも放っておける訳がない。

 

 ある程度場数を踏んだハンターでさえ肝を潰す眼光に、しかし女は呆れたように溜め息をつくだけだった。

 

「境界を越えない、と約束させたハズなんだけどな……」

「そんなことを言ってる場合じゃない! この先にアーシアがいるなら、助けにいくだけだ。普通の飛竜ならともかく、アレは別格だろう!」

「そう、そうね。別格だわ。それが分かってるなら、言うことをきいてちょうだい」

「……退いてくれ。君を傷付けたくはない」

 

 言いながら、ロイドは既に剣呑な雰囲気を醸し出している。

 まるで、触れれば斬れてしまう抜き身のようだ。

 対し、女は臨戦態勢に入ったハンターが目の前にいるとは思えないほど、落ち着き払っていた。

 

「お兄さんがあの娘の所に辿り着いたとして、二人は絶対に帰ってこれないよ?」

「そんなことはやってみなければ────」

「やらなくても分かる。だから警告、ね。あの娘を『そちら』に帰したいなら、話を最後まで聞きなさい」

「っ」

 

 有無を言わさぬその口調。

 それに、『帰したいなら』という言葉に、ロイドは僅かに黙った。

 

「……続きを聞かせてくれ」

 

 言いたいことの大半を呑み込んで、ロイドはようやくそれだけを口にした。

 アーシアの相手は、(つがい)の『リオカオス』だ。

 だとすれば、彼女一人では相当に厳しい。救う手立てがあるなら、耳を傾けるしかなかった。

 例えこの女が信用出来なくとも、ロイドが行っても『帰ってこれない』と断言された以上は、何かを知っているハズなのだ。

 

「いい子。お兄さん、相当焦ってるみたいだから、一気に説明するね。わかんない、理解出来ない辺りも、話が終わるまでは待ってて」

 

 是非もない。話が早く終わるなら、ロイドにはそれだけで十分だった。

 

「まずお兄さんと、アーシアだっけ? 今大変な目に遭ってる娘ね。私とは存在してる世界線が違うのよ」

 

 のっけからついていけなくなった。

 なんというか、中二的な娘か彼女は。アーシアと話をしたら、絶対気が合うぞ。

 

「ま、積み重なった歴史が異なっただけで、世界の根本……、っていうか土台は同じだから、お互いに『繋がりやすい』状態なのね。ここはその最たる場所。

 年に数回、気紛れにそちらとこちらの世界を繋げる道が開いては閉じるの。

 もしかしたらそっちでも神隠しとか起きてるんじゃないの?」

「そんな話は知らない」

「そ、まあそれはいいや。

 でね、()()()()()()人の出入りはどうでもいいんだ。問題は力の流入でね。

 どうゆう成り行きか、そっちとこっちの地脈────竜脈は繋がってる。世界は確実に断裂してるっていうのに。

 その竜脈を通じて、こちら側の世界にはあってはならない力が流れ込んだの」

「それがアーシアか」

「違う。言ったでしょ? 人の出入りなんてどうでもいい。入ってきたのは『災厄』よ」

「─────っ」

 

 僅かに瞠目して、ロイドは口を閉ざした。

 その単語は、ロイドにとっては因縁深いものだったからだ。

 ある意味でロイドやその仲間たちの運命を決定付けた存在。今のロイドが旅を続けているのは、災厄を打ち倒すために他ならない。

 

 驚愕するこちらをよそに、女はつらつらと言葉を続けた。

 

「正確には災厄の力の片鱗、かな? 悪意みたいなもの? それを抑え込めるだけの力を持った人間は、『私の世界』には少ない。最悪、あの二頭の竜だけで世界は傾くわ。

 だから喚んだの、『貴方の世界』からね」

 

 災厄は、遠く離れた土地に自身の悪意を飛ばせるという。そして、人や竜はその悪意の影響を少なからず受ける。

 仮に、女の言うとおり、ロイドと女の生きている世界線が違ったとしても、竜脈が通じているとすれば、災厄が悪意を振りまくことは可能だろう。

 竜脈とは、土地そのものが持つ霊的エネルギーの強い地点。

 女が言うように、ロイドの世界と彼女の世界の竜脈が繋がっているというのなら、ロイドたちに知覚できないだけで、確実に世界間の繋がりはある。

 そして僅かでも繋がりがあるのなら、災厄にとってはただの『遠く離れた土地』だ。

 

「何故、アーシアだ?」

「言ったでしょ? 手違いよぉ手違い。ホントは別の人間を喚ぶつもりだったんだから」

 

 女はそこで一旦話を区切ると、ロイドを見て笑みを浮かべた。

 

「そう、本当ならお兄さん。貴方を喚ぶつもりだったんだよ?」

「……………」

「何か質問は? 答えられる範囲でなら、応じるよ」

 

 思わず押し黙ったロイドに、女は軽い調子で問いかけてくる。

 

「世界が違うと言ったな。それはどういうことだ?」

「まんまよ? そうね、パラレルワールドのことをお兄さんは信じる?」

「存在を否定するつもりはない」

 

 パラレルワールド。

 もしもあの時、ああしていたら。もしもあの時、あの出来事がなかったら。

 そういう、存在したかも知れない『if』の世界。

 

「端的に言えばそれよ。遥か昔にズレた世界。だけど、異常に成長が似通った世界」

「俺を喚ぼうとした理由は?」

「お兄さんの世界と、私の世界の最大の違いが分かる?」

「いいや」

「災厄の有無。私の世界は、災厄が生まれ出なかった歴史を辿ってるのよ」

「それが本当なら、平和そうでいいな」

「ん、代わりに()()()()が生まれたけどね」

 

 ロイドの言葉は本心からだったが、どうやら彼女は彼女で別の憂いがあるらしい。この女の苦笑を、ロイドは初めて見た。

 

「でね、災厄が生まれなかったってことは、それに対する力も『守護者』もいらないってことなのよ。

 だから私の世界の人間は────、というか生き物は、力を使うことに関して、貴方の世界よりもずっと未成熟。

そのせいかな? あの(つがい)、思い切り災厄色に染まって、有り得ないくらいパワーアップしてるし」

「俺を喚ぼうとしたのは『守護者』だったからか」

「大正解。災厄に対抗する手段としては、これ以上ない人材でしょ?」

 

 女が笑う。

 彼女の言う『ロイドの世界』には災厄と同時に、それに対抗するための力が存在していた。

 『銀色の月』とそれを守る『守護者』。そしてロイドは当代の守護者に当たる。

 あの飛竜の番が災厄によって強化されているのなら、なるほど。確かにその相手として、ロイドは適任だっただろう。

 

「なら、何故今俺を進ませてくれない? 納得出来る理由があるんだろうな」

「いえーっす! ざっつれふと!」

「ライトな」

 

 こんな状況だというのに、思わずツッコンでしまった。というか、その使い方は正しいのか? とも思う。

 

「存在する世界が違うってことはね、世界からのその人への認識が違うってこと。

 その世界に存在しないハズの者が存在していた場合、世界との摩擦が起きるわ」

「曖昧すぎる。具体的に何が起きるんだ?」

「存在の抹消。だって、私の世界には『いない』者だもの。

 存在しない存在がいる、という矛盾を消すために、その者の存在を消すの」

「……それが事実だとして、俺をどうやってそちらに行かせるつもりだった」

「意外と、手順さえ踏めば何とかなるものなのよ?

 その存在の矛盾を無くして、正常な状態で境界を渡らせる準備もしてたんだけど……」

 

 そこで女は顔を曇らせた。

 視線は映像(アーシアと飛竜の戦い)に向けられている。

 

「間に合わなかった?」

「違う……。いえ、そう言っちゃっていいのかな?

 こちらとそちらを繋ぐ門を開いて、後はそれに細工すればオッケーだった訳ね?

 それをさぁ……、この娘途中で渡っちゃったのよぅ」

「途中で……?」

「世界の変化に敏感なのかもね。門が繋がった瞬間から反応してたみたいだから。

 で、結果としてまだ門が不安定なまま、私の世界へと渡った、と」

「門が不安定なまま渡ると、どうなる?」

「言ったでしょ? 世界からの修整が入るの。あの娘は『気力』を削がれていると思ってるみたいだけど、それは間違い。

 本当はもっと酷い。気力どころか、彼女の『存在感』そのものが失われていってるんだから。

 ……アレは、そう長くはもたないわね」

 

 ダンッ、とロイドは手近にあった木に拳を叩き付けた。

 衝撃で、樹木が倒壊する。

 

「自然破壊は善くないわ」

「決めた。アーシアを助けに行く。

 勝ち目の有る無しなんぞ関係あるか。彼女が消えそうになっているなら、助けに行くだけだ」

「勇ましいのは素敵よ。けど話、聞いてた?

 今の状態の門では、貴方にも世界からの修整が適応されるのよ」

「消える前に、アーシアを連れ帰るさ」

「それが出来るなら行かせてるって、そうは思わない?」

「何……?」

 

 怪訝な顔をしたロイドに、女は呆れた様子で言う。

 ロイド自身では、今の案が一番現実的で、実現可能だと思ったのだ。

 世界からの修整と言っても、アーシアはまだ『消えそう』なだけで消えていないのだから。仮にロイドが今のまま門とやらを渡ったとしても、ロイドが消えてしまうまでには、アーシアと同じだけの猶予があるのではないのか?

 

「門を開くのって、意外と大変でね。

 片道分が2つ。行きと帰り。それだけしか用意出来なかったの。でね、アーシアは不安定な門を通った。

 不安定だろうがなんだろうが、一回は一回。門の一つは消え失せたわ」

「待て、それは……」

「そうよ。お兄さんが渡ったら最後、残り一つも消え失せる。そうなったら、帰り道を無くして結局帰ってこれないの」

「……もう一つくらい開けないのか? それでなくとも、ここでは門が開いては閉じてを繰り返してるんだろう?」

「自然に開くのを待ってもいいけど、次はいつかわかんないよ? 明日かも知れないし、このままずっと開かないかも知れない。

 人為的に開くのは……、ごめん。私の『権限』じゃ、二つが限界」

 

 女が顔を曇らせる。

 ロイドは口を開いた。

 

「俺は……、何が出来る?」

「……お兄さんに出来ることは三つ。

 一つは、このままここでアーシアを信じて待つこと。幸い、彼女は帰り道がここだって気付いている。飛竜を倒せば、帰ってくるわ。

 もう一つも同じ、待つこと。ただ、こっちはちょっと違くて、私が門の調整を終えるのを待って、渡るの。これなら少なくとも、飛竜を打倒することは出来る。帰り道は、用意出来ないけど……」

「……三つ目は?」

「このまま門を渡る。世界からの修整は働くけど、アーシアが生きているうちに彼女に会える。ただ、その後のことは知らない。

 私の『世界』は二番目を推してる。災厄を、なんとしてでも仕止めて欲しいの。ただ……」

 

 言い澱んだ彼女に、「ただ、何だ?」と促す。

 女は困ったように笑った。

 

「『個人的』には一番をお薦めするわ。二番も三番も、この世界から貴方を奪う行為だから。

 『守護者』が消えては、災厄が────貴方の世界が大変なことになる。

 貴方の世界も、私の世界も、両方が助かるとすれば一番。例え、アーシアが飛竜を打倒する確率が低くてもね」

「どれを選んでも、アーシアが危険なことに変わりはないんだな……」

「ええ。でも、お兄さんは三番目を選びたそうね」

「……何故そう思う?」

「顔に書いてあるもの。『どうせ危険なら、今すぐ助けに行って、力づくで門を開いて帰る』ってね」

 

 そんなに分かりやすいだろうか?

 だが、図星だ。

 こう、この辺りの木にロープでも巻き付けて、命綱にすれば行けそうな気がしている。

 

「三番目を選んだ場合、全力で止めさせていただくわ。

 こちらにとっても、そちらの世界にとっても、メリットがないから」

「私を倒して行きなさい、とでも言うつもりか」

「うん、それと警告ね。世界からの修整を甘くみてる節があるから」

「認識のズレで、そのうち消されるんだろう?」

「ええ。世界との摩擦は、『存在のズレ』を修整しようとして起こるの。いない人間はいないってね。

 ただ、その世界に『そういう者』だって認知されれば、摩擦は少なくなるし、そのうち摩擦も消えるわ。アーシアがすぐに消えてしまわないのはそのせい。

 『アーシア』に該当する人間は私の世界にはいない。だから世界は『アーシア』を抹消しようとしてる。

 けれど、私の世界の住人が『アーシア』を認知した。『アーシア』が“ここにいる”って気付いた人間がいたことで、ズレは少なくなって、『アーシア』の存在を繋ぎ止めてる。

 流石に『降竜儀』なんて物まで使われちゃ、ズレの方が大きくなりすぎてるけどね」

 

 降竜儀なんてチート、うちの世界にはないしねー。しかしカッケーなアレ。等と笑う女にロイドは困惑した。

 散々、脅しをかけておいて────、

 

「消えない?」

「多くの人、『世界』に認知されればね。たとえばそう、大都市の真ん中で『俺はロイドだー!』とか大声で自己紹介してみたりとかすれば?

 ただ、今すぐそれは求められないっしょ? 場所が場所だもん。人っ子一人いないよ、あんなとこ。

 そんで、本題。お兄さんが今すぐ門を渡るとどうなるか!」

 

 ビシッ、と人差し指を立てて言う。

 その勢いで豊満な胸が揺れた。ロイドはちょっとだけポロリを期待した。

 

「まず、私の世界には災厄がいないから、それに対抗するための『守護者』的な力もない。だからお兄さんが手に入れた『守護者』としての力はすべて消える。

 そして、私の世界からは『こちら側のロイド』として認識されてしまう」

「そちら側の……、俺?」

「パラレルな世界だかんね。その人間がいたりいなかったり。勿論、歴史が異なってるから、歩む人生もなにもかも違うんだけど。

 うーん、劇の登場人物と役者をイメージしてくれればいいのかな? ロイドって役と、役を与えられた演者みたいな。

 平行世界の俺! ってやつ。私の世界に『アーシア』って役はないんだけど、お兄さんにはそれがある。

 そして私の世界にも『ロイド・ブルーティッシュ』に該当する人間がいるのよ」

「アーシアが聞いたら悔しがりそうな話だな。平行世界の俺! とか、好きだろうに」

「あははっ、まあこればっかは仕方ないわよ。

 で、うちの『ロイド』はね。なんていうか……、王子?」

「……プリンス?」

「ヴェルロスト王国の第二王子で好色。勿論、戦闘経験なんかない。

 お兄さんが何の対策もなくこちらに来れば、世界はお兄さんを『王子』と誤認するでしょうね。アーシアと違って存在してる人間だから、世界からの修整で消されることはない。

 けど、誤認されるってことは、お兄さんのステータスが王子に合わせられちゃうってことでね。ぶっちゃけ、お兄さんの売りだった身体能力は、一般人のそれに落ち込むわ。そんな状態で飛竜を前にしても、三秒もたないでしょうね」

 

 ロイドは少し思案した。

 状況を整理する。

 アーシアは飛竜と激闘を繰り広げている。このままでは殺られるか、世界との摩擦とやらで消えるかも知れない。

 ロイドはアーシアを助けに行きたい。だが今、世界を繋ぐ門は一つしかなく、渡れば消える。

 また、調整前に渡ってしまえば、ロイドにも世界からの修整が加わり王子になるという。そんな状態では、飛竜とは戦えない。

 門を人為的に用意するのは難しく、今あるだけで限界。自然発生は期待しない方がいいという。

 

 八方塞がりか。血が滲む程に拳を握りしめた。

 

「私個人としては、お兄さんをそちらから奪いたくない。飛竜もなんとかしてもらわないと困る。アーシアが飛竜を倒してくれれば、万々歳だけど……」

「仮に、俺が進まずに、アーシアも殺られたらどうするつもりだ?」

「心にも無いこと訊くのね。

 その場合の対策も、勿論『世界』は用意してる。

 けど、これは一か八かな上に、諸刃過ぎるのよ。こう、蟻を殺すのに、大陸ごと消滅させる感じ?」

 

 ロイドは黙った。

 そして考えた。

 けれど、都合の良い解答はなかった。

 

「戦いながら移動してるわね」

「……何?」

「近いわ」

 

 女の言葉の直後、辺りに暴風が吹き荒れた。

 僅かに熱を帯びた風は、ロイドと女の髪を、周囲の木々を揺らす。

 

 普通であれば、戦いの音や映像を認知出来ておかしくない距離のハズだ。

 なのに、ロイドの目も、耳も、その情報を拾えない。

 

「本当に、断絶しているんだな……」

「まだ疑ってたのね。けどまあ、信じてくれて良かった」

 

 ロイドが拾ったのは風の感触だけだ。

 音と映像は、先程女が用意した物からしか拾えない。

 

 風は、女が立っている地点から流れている。境界だ、と宣言した地点から不自然にだ。

 

(まて、風……………?)

 

 ロイドの脳裏に、何か閃きのような物が奔る。

 

「で? お兄さんはどうするの?」

 

 女が問う。その表情は、何か呆れを含んでいた。

 どうせ貴方の答えは決まってるんでしょ? 言外にそう言われている気がする。

 

「そうだな……、答えは決まってる」

 

 言ってロイドは太刀を引き抜いた。

 

 女の表情は変わらない。やはりか、と呟いた気もするが。

 

「それが答えなら……、宣言通り止めるわよ?」

 

 対するロイドは笑った。

 状況は何一つ変わっていないハズなのに、何故か吹っ切れたように。

 

「止まらないさ。止めさせない」

 

 それは、彼を知る者なら見知った笑顔。

 

 不敵で無敵で、何より獰猛な。

 ロイドらしい、獣のような笑みであった。

 

「悪いが、俺は俺の我を通させてもらうぞ!」

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