限界だった。
「やぁぁぁぁぁぁぁ!!」
オデッセイが空の王に食らいかかる。
水の属性を兼ね備えた刃は、しかし闇色に染まった甲殻に阻まれ、ろくなダメージを与えられない。
剣を通じて返ってくる感触に、舌打ちを一つ返して次の一撃。
左手に携えたインドラは、甲殻に接触した瞬間に蒼白く発光する。解き放たれた雷は、甲殻の上から王を蹂躙した。
だが────、
「足りない……!!」
オデッセイは、切れ味と水圧とを合わせて甲殻に僅かな傷をつけることが出来た。が、この程度の威力では、火竜に対して有効打が与えられたとは言えない。
対して、腕力だけで振るったインドラは完全に弾かれた。属性は甲殻を焼いたが、これも有効打には程遠い。
強靭な甲殻を切り裂くだけの力が、今のアーシアには圧倒的に不足している。
「ゴオオォォォォォォ……!!」
「がふっ……!?」
尾を引く絶叫とともに放たれた棘尾。
通常種では────否、亜種ですら考えられぬ速度で襲い掛かるそれを、アーシアはまともに受けてしまった。
ハンマーの一撃すら上回る威力に、恐らくは骨が粉砕した。
血を撒き散らしながら、アーシアの小さな身体は木々を薙ぎ倒して密林を跳ね回る。
「…………っ!?」
「グオォォォォォッ!!」
ふらつきながら立ち上がるアーシアに、今度は女王が追撃をかけた。
遮る木々を吹き飛ばす突進を、アーシアは紙一重でかわす。
だが、女王はアーシアの前を通り過ぎる寸前、強靭な脚力で急停止した。
勢いに耐えきれなかったのは大地の方だ。悲鳴を上げるように、礫を巻き上げる。
「くぅっ!?」
そのまま飛び上がった女王は、体勢を立て直す前のアーシアに躍りかかった。反射的に剣で受けたものの、これはマズイ。
剣から伝う衝撃にアーシアの口内から血が出た。
冗談のような出血量に、思わず得体の知れない笑みすら浮かんでくる。
「ガァァァァァァ!!」
「うる……、さい」
女王を押し止める両腕には尋常でない負荷がかかり、身体を支える両足は今にも膝が折れそうだ。
その上、アーシアの体内では意識を手放してしまいそうな程の変化が起きている。
先の一撃で砕けた骨を、今この瞬間にも治しているのだ。
そう、降竜儀は未だ解いていない。否、解ける余裕なぞない。
降竜儀をもってしても、貫けぬ甲殻と、かわしきれぬ速度。
火竜達の剛力は、アーシアを加速度的に消耗させてゆく。
(ここまで、違うか……!)
無論、火竜が強くなっただけではない。
彼女自身、薄々感じている『世界との摩擦』が、アーシアの能力を著しく低下させ始めているのだ。
「う、おおぉぉぉぉぉっ!!」
凡そ、彼女らしくない獅子吼。
腕の血管が千切れる程に込めた力は、女王を僅かに押し返す。
だが、それだけだ。
引き離せない。
根比べになれば、アーシアに分はない。
「く、そ」
アーシアは限界だった。
圧倒的な二体の火竜を前にして、むしろ良くもった方だと言える。
それでも、恐らくはここまでだ。
女王の影。王者がこちらに疾走するのが見えたから。
女王を押し返せないアーシアは、それをかわせない。
それはそのまま死を意味していた。
「ロイド……」
帰りたかったあの場所は、今は遠い。
諦めたくなんてなかったけれど、もう限界だ。
せめて火竜達の姿を焼き付けようと、その眼に、視線に力を込めて────、
「ギャオォォォォォッ!?」
瞬間、絶叫した女王がアーシアから飛び退いた。
「っ!?」
何が起きたか確認もせずに、アーシアは飛び退いた。
一瞬の後に飛び込んでくる王者をスレスレでかわす。
「何が……!?」
疑問符を浮かべたアーシアのすぐ側に、何か巨大な物が降ってくる。
尻尾だ。黒く染まった女王の。
誰かが女王の尾を切断したのだ、と理解が及ぶころには、既に火竜達は立ち直っていた。
『グルル………』
アーシアもまた、尾を切断した何者かを探すが、それらしい人物は見受けられなかった。
(誰が……?)
思考しかけた矢先、痺れを切らした王者が疾走してくる。どうやら、見えない敵よりも、眼前の敵を屠ふることに決めたらしい。
舌打ちして、よけた。この距離なら、問題なくかわせる。
だが反撃は不可だ。すぐ側に女王が迫っている。
転がるようによけて、番を見詰めた。
身体能力もそうだが、連携も完璧だ。この連携を崩さない限り、アーシアに勝目はない。
「でも、一人じゃ足りない……。せめて……」
後一人。後一人、飛竜と戦えるだけの力をもった味方がいれば────!
「そうか」
声が聞こえたのは、その時だ。
まるで、無い物ねだりをするアーシアに応えるかのように。
「ならば、一人足そう」
「あ……」
優しく、けれど意思を込めた視線は力強く。
紅い鎧と蒼き銃槍を携えて。
「気を楽にな。何、私達の敵ではないさ」
そう一度だけ微笑むと、その者はアーシアを護るかのように前に出た。
「カエデ、さん」
アーシアが瞠目する。
けれど、そんなことは気にせずに紅は────カエデは謳うように宣言した。
「借りは返す主義でな。しっかり返済させて貰おうか!」