視界は陽炎のように揺れている。
全身を包む灼熱感に脳を焼かれる。
武器を握る腕は滑稽な程に軋みを上げ続ける。
出血は歩みを続ける度に酷くなり。
もうやめて仕舞えと本能がわめき続けた。
「カエデ、さん」
それら一切を「余計だ」と、断ずる。
そうするだけの理由が、価値が、この少女にはあるのだと、楓の心は叫び続けているのだ。
「すまない。苦労をかけたな」
「だ、ダメだよ!? 無茶にも程がある!!」
少女の────アーシアの声を背に受ける。
良かったと、そう思えた。
彼女が生きていて良かった。
「お前が奮闘している間にな、しっかりと回復ができた。偶然にも解毒薬を持っていたのは僥幸だったとしか言いようもないがな」
直後、アーシアが何かを言うより早く、火竜が楓達に突っ込んできた。
猛然と突き進むそれを、一歩も引かず盾で迎え撃つ。
轟音を上げて火竜がぶつかった。衝撃に身体が軋む。多分、骨はとっくにイカれているだろう。
有り得ない程の剛力に、楓の身体が僅かに後退する。
だが、行かせない。
背に隠した少女を、仲間の元に届けたいと思ったから。
だから退かない。負けない。殺らせない。
「ゴァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
「珍しい色に染まったものだな。さながら“蝕まれた太陽”と言った所か?」
身体の半分以上が不自然に変色したリオレウスを、楓はそう称した。
リオレイアも同様に半分程が、黒く変色している。
何故、全身が黒く染まりきっていないのかは知らない。そもそも何故、この色に染まっているのかも。
ただ、一つだけ分かったことがある。
(あの異様な気配はコイツらだったか……!)
アーシアを見付ける前に感じた、『人でも竜でもない』気配。
それと似通った気配を、力比べをしている火竜から感じる。
そして、背後に立つ少女からも。
あの時、気配が途切れたのは、恐らくアーシアの意識が途切れたからだ。今また気配を感じるのは、アーシアの全身から溢れ出すオーラに関係するのだろう。
或いは、この火竜達もアーシアと同じ世界から来たのかも知れない。
アーシアの闘気にあてられたか、それとも別の何かか。いずれにしろ、この火竜とアーシアからは同じ気配が、いや『匂い』がしたのだ。
それが『世界』の匂いかどうかは知らない。
それすらも、「些末ごとだったな」と自嘲した。
護るべきは彼女だ。それを決めたのは楓で、それ以上のことは知らない。
「ゴァァァァァァァァァ!!」
火竜とせめぎあう楓に、上空から雌火竜が強襲する。
楓はそれに一瞥をくれただけで、再び正面を見た。
動こうにも、火竜の剛力を押し留めるのに必死で、動けない。
「大した連携だ。だが────、」
絶体絶命のハズなのに、楓の口角は僅かにつり上がる。
同時に、楓の肩を誰かが────アーシアが蹴った。
楓の肩を借りた少女は、彼女を庇うように女王の前に躍り出る。
「Ladder to……」
いや、『庇う』という表現は間違いだったろう。少なくとも、少女に庇う意思は存在していない。
あるのはただ、『迎撃する』という意思だけ。
一瞬とかからずに、女王と少女が交錯する。
黒き女王の鉤爪は、マトモに受ければ致命の一撃だ。
その死の鉤爪を、あろうことか、少女は『闘気噴出』でかわした。
刹那、状況は女王の間合いから、少女の間合いへと移行する。
「……heaven!!」
上昇する勢いと、闘気噴射。精密な体重移動で放たれたヘヴィパンチは、女王の下顎へと突き刺さった。
飛竜相手に空中戦など、ましてそれに打ち勝つなど、誰が想像しうえたであろうか?
音速を超える拳に、女王は弧を描きながら墜落する。
それをろくに確認もせず、アーシアは空中で一回転。眼下に向かって、強烈な蹴りを放った。
「ライジングテンペストッ!!」
重力による下方向へのベクトル。それに闘気噴射を加えた鉄槌が、楓とせめぎあうリオレウスに襲いかかる。
「!?!?!?」
轟音と悲鳴を上げて、空の王者が地に沈む。
あの脚は凶器だ、とぼんやりとする思考のまま見つめた。
「カエデさん」
「ああ、急造だが悪くない連携だ」
こちらへ視線を投げるアーシアに、軽く頷いて拳を突き出す。
アーシアは薄く笑って、拳に拳をぶつけてくれた。
「でも、こっからだね」
「ああ、無茶はしないようにな」
「それ、こっちのセリフ」
違いない、それだけ言って仇敵を見据えた。
アーシアの蹴りも拳も、普通なら勝敗を決するに相応しい威力なのだろうが、この火竜達のタフさは尋常ではないらしい。
程無くして、両の火竜は身を起こした。
「君達は強いよ。けど……」
「こちらも負けてやる訳にはいかんのでな」
火竜達の瞳に怒りが宿る。
アーシアが剣を構え、楓は弾装を入れ換えた。
そうして放つ言葉は異口同音。
「「私に出会った不幸を呪え!!」」
今ここに、彼女達の反撃が始まった。
※※※
「もういいの?」
「ああ」
呟く女に、ロイドは短く返した。
『振り抜かれた』太刀は、ゆっくりとその背に仕舞われる。
「まさかこの距離から尻尾を切断するなんてね」
「人の出入りは無理でも、斬撃はその限りじゃないと踏んだ。風は、問題なく通じていたからな」
火竜とロイドとの距離は、凡そ80メートル。ロイドにとっては、充分に斬撃が『届く』距離だ。
超速で振るわれた太刀は真空の刃を生み、離れた距離にいる竜の尾を狙い違わず切り落とした。
「筋肉バカかと思ったけど、そうでもないのね。ま、斬撃『飛ばす』なんて出鱈目だけど」
さらりと、傷付くことを言われた。
酷い。ロイドはうっすら涙を浮かべた。
「アーシアはもう大丈夫だろう。あの美女、相当な実力者だ」
「急に楽観的になるのね?」
「まさか、危なくなったらすぐ飛び込むさ。ただ……」
「ただ?」
ロイドは、飛竜相手に立ち回るアーシアを見詰めた。
そうして、口元に僅かに笑みをたたえる。
「あの顔のアーシアは強いさ。負けないって、そう信じてる」