上空にいるリオレウスに舌打ちする。
アーシアの脚力をもってしてもギリギリ届かない距離。
その位置をキープして、火竜はブレスを吐き続ける。
(これだけ距離を離して、この威力……!)
すぐ近くに落ちた火球が大地を穿ったのを見て、アーシアの総身に寒気がはしった。
「……っていうか、降りてこい! この卑怯モン!!」
うがー! と両腕を挙げてわめく。
ヘタレウス、なんて言われても仕方ないじゃんか、と思った。
こんなことをしている間にも、後方では爆音と絶叫が響いている。
アーシアがリオレウスの相手をしているなら、あちらはカエデとリオレイアの死闘だ。
射程外から攻撃を続けるヘタレと違って、嫁は勇猛らしい。
「絶体尻に轢かれてるよね、君」
「ぐ、ガァァァァアアア!!」
図星だったのかよ。つかよく聞き取れたな、この距離で。 なんて思いながら火球をかわし続ける。
リオレウスがこちらの射程外に逃れてから、もう随分経つ。
そのうちしびれを切らして、毒爪で襲いかかってくるかと思っていたが、その気配はない。
「だあもう! どうしろって言うのさ!!」
言いながら、打開策を練る。
跳躍は脚下。あの高度には届かないし、空中戦では圧倒的に不利だ。
しかしアーシアに飛び道具はない。これがルトガーなら撃ち落とすだろうけど、と嘆息する。
(そういう時……、ロイドならっ……、どうする!?)
よく組んで狩りに行く相手とは、その戦い方を間近で見ている相手ということでもある。
ルトガーは飛び道具持ちな上、あの距離にいる飛竜でも、あっさり撃ち落としてしまいそうなので除外。
故にアーシアが思考するのは、自身と同じ、飛び道具のないロイドだ。
まず、跳躍。
あのバカ野郎は自身のとんでも身体能力に任せて跳びそうだが、降竜儀を発動させてる今、アーシアもロイドと同等の脚力がある。それで届かないことが分かっている為、脚下。
次に真空刃。飛ぶ斬撃なんて出鱈目だが、これも届きそうにない。出来る気もしないので脚下。
────ならば、出来ることとはなんだ?
ふと、手元を見る。
アーシアの瞳に、切れ味鋭い愛剣の姿が映った。
(投擲────!)
間違いなくロイドでもそうする、と確信する。
武器を投げれば火竜に届く。しかし────、
(これだけじゃ、倒せない!)
手に携えた武器は片手剣。軽い武器だ。
重量と威力がほぼイコールならば、確実に威力が足りない。
求めるのは『一撃で火竜を撃ち落とす』火力だ。
(もっと、何か────!)
手元から周囲に目を移す。
前方に見える密林の中では、今もカエデと女王が戦っているハズだ。
時折鳴り響く轟音は、カエデと女王の存命を示している。
今現在、アーシアとカエデは別れて戦っている。
それはアーシアがカエデを信頼し、カエデがアーシアを信頼してくれた結果だ。
「なのに、この状況って……!」
言いながら、迫る火球を避け続ける。
カエデに『信じて』なんて言ったのに、黒火竜相手に有効な手を打てずにいる。
カエデはあれほどの怪我を圧して戦っているのに、だ。
「…………って、あれ?」
突然、音が消えた。正確には、『密林から響く』音が。
まさか、あちらはもう終わったのだろうか?
こっちは未だ、ヘタレにブレス吐かれているだけなのに。
そこまで考えて、怖気が奔った。
カエデは重傷だった。まさか、まさか────!
しかし、焦燥感を募らせるアーシアを嘲笑うかのように、密林から紅い姿が飛び出してきた。
「カエデさん!」
無事だった。その安堵に、アーシアは思わず声をあげる。
カエデは密林から更地(上空のヘタレのせいで、アーシアのいる辺りは焼け野原だ)に足を踏み入れると、そのまままっすぐこちらへ駆け出した。
加勢か。正直助かった、とアーシアは思う。
直後────、
「───って、うそぉっ!?」
「む? アーシアか」
「ゴァァァァァァァァァァァ!!」
叫ぶアーシアと、今アーシアに気付いたかのように声をあげるカエデ。そして、その後ろから爆走してくるリオレイア。
さっきの沈黙はなんだったのー!? とばかりに、轟音と、周囲の樹木を撒き散らしながら女王が駆ける。
歩幅の違いか。カエデとリオレイアとの距離はみるみる縮まってゆく。
「────って、これマズイよ!!」
忘れがちだが、アーシアは現在、黒火竜のブレスを避け続けている最中だ。回避には当然、移動という手段を執る。
アーシアは『真っ直ぐダッシュ』しながら火球を避けていた。
そしてカエデは、アーシアに対して『真正面』から、『真っ直ぐダッシュ』してくる。
結論を言ってしまえば、二人とも火竜達の攻撃に飛び込みに行ってるようなものなのだ。
アーシアはリオレイアへ。カエデはリオレウスへ。
そもそもそれ以前に、このままではアーシアとカエデがぶつかる。
しかし、焦るアーシアとは対照的に、カエデは眉一つ動かさなかった。この人の胆はどうなってんだ、とすら軽く思う。
そのカエデは、走る速度を緩めることなく、アーシアと、その上空にいるリオレウスをチラリとだけ見て叫んだ。
「墜とすぞ!」
「!」
聞こえた言葉に、思考よりも身体が反応した。
あるいはアーシアも、無意識のうちにカエデと同じ結論を出していたのかもしれない。
何の打ち合わせも、何の言葉も無く、アーシアはカエデへと切迫した。
互いに走り続ける二人の距離は、一瞬とかからずゼロになる。
交錯する瞬間、アーシアは地を蹴り、カエデは槍を引き抜いた。
カエデの槍がアーシアに迫る。角度的には、アーシアの胸を抉る位置だ。
だが、アーシアはそれを跳躍で避けた。槍はちょうどアーシアの『足下』を通るように空振りする。
否────……
「う、おおおおおぉぉぉぉ………!!」
雄叫びを上げながら、カエデが軸足を強く踏み込んだ。足から伝わる力を、筋力と重心移動を使って、槍に伝えてゆく。
アーシアの足下を捉えた────否、アーシアの足に捉えられた槍が、アーシアを乗せたまま唸りを上げる。
そう、単独で火竜を墜とせないなら、協力すればいい。一人で足りない跳躍力と、火力とを補うように。
その答えが、これだ。
「飛ぉ……べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
充分な助走距離から得た加速。それを総て集約した、『大地を踏み砕く』程の踏み込み。
大地から跳ね返る力を、足から腰へ、腰から背筋へ、背筋から肩へ、肩から腕へと、巧みな体重移動で移してゆく。
引き絞った
代わりに、その場で旋回を始める。
大地に突き刺さった軸足が、地を穿つ────否、掘削してゆく。
「今……!!」
桁違いの膂力に遠心力。
二つの力が重なった槍の、その穂先でアーシアは叫んだ。
直後に足下────飛び乗った槍に力が集約するのを感じる。
カエデの旋回速度は、想像を絶する。その中で、アーシアは、聞こえるハズのないカエデの呼吸を聞いた。
「────っ!!」
自身の感性に逆らわずに、穂先を蹴る。
炎の属性を宿した銃槍は、突き出された勢いと、蹴り足の反動とで、爆炎を上げた。
音速に匹敵する回転速度と、それによって生み出された運動エネルギー。
集約されたそれに、火属性の爆発力を合わせ、相乗。
降竜儀によって限界以上に強化された脚力が、本来なら受け止め切れないエネルギー量を受け止め、アーシアの身体を飛び上がらせる。
「───────」
────弾けた。
そう感じた瞬間に、アーシアの視界が流れた。
彼女の桁外れの動体視力ですら、流れる景色を映像として知覚出来ないのだ。
逆説的に、それは音速すら遥かに置き去りにしたことを意味する。
爆発した穂先から、超速で飛び出したアーシアは、さながら赤い魔弾であった。
魔弾は、黒き太陽を沈めるべく天を駆ける。
対する火竜は、すでに回避行動に移っていた。
見てから動いていたにしては速すぎる対応。恐らくは、カエデがアーシアを打ち出す直前から、何かを『感じとって』いたのであろう。
この火竜もまた、やはり並の飛竜とは一線を画す存在だということを、まざまざと見せ付けられた。
────だが、その程度の予見では
中天高くに位置取った黒き太陽。
赤い軌跡を残す魔弾は、隔絶していた距離を無に還す。
「…………っ!?」
「やあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
一秒未満の交錯。
一瞬にも満たない刹那に、アーシアは瞠目した火竜を見た。
その火竜へ、アーシアの牙────オデッセイが食らい付く。
打ち出された勢いそのままに、振るわれた刃は火竜の翼爪へ。僅かな抵抗すら感じずに、刃は翼爪を砕いた。
だが、勢い付いた刃は止まることを知らない。
そのまま、甲殻を穿ち、肉を引き裂き、骨を断ち、翼膜を引きちぎる。
────魔弾が太陽を撃ち墜とした。
片側の翼を、文字通り『斬り落とされた』火竜は、自身を支えきれない。
結果、壮絶な悲鳴と血の雨を撒き散らしながら、黒き太陽は墜落する。
黒き太陽を撃ち抜いた魔弾は、墜落するそれを背に、僅かに笑った。
「せっかく、月が綺麗な夜なんだ。いつまでも昇ってないで、太陽らしく君は沈め」