「今……!!」
その言葉に槍を突き出す。解放されたエネルギーを受けて、穂先から飛び出したアーシアが夜空を駆ける。
────魔弾が太陽を撃ち墜とした。
槍を突き出した姿勢のまま、一瞬にも満たない時間で起きたそれを見た。
楓の立ち位置は、火竜の落下点だ。
斬り落とされた翼と、苦痛にのたうつ火竜が、地上へと────楓へと凄まじい勢いで迫る。
だが、楓はそれに見向きもせずに、勢いよく────アーシアを打ち出した時と同速で振り返った。
「ゴアァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
背後から迫りくるのは雌火竜。
アーシアを打ち出す為に足を止めた楓に、女王が追い付くのは必然である。
既に息がかかる程に接近した女王は、もうかわせない。
しかし、防御をしようにも、盾を構える暇もない。
女王が勝利を確信したかのように吼えた。
交錯する楓と女王のすぐ側に、片翼の太陽が墜ちて来る。
太陽は墜落の勢いのまま地を滑り、轟音と絶叫を上げて密林へと消えて行った。
地を滑った火竜と、爆進する雌火竜が砂塵を巻き上げる。
砂塵の中、雌火竜がアギトを開いた。暗い咽に揺れる炎。食らい付かれれば、人に成す術はない。
おそらくは鎧ごとかみ砕かれ、咽に揺れる獄炎に焼き尽くされるのであろう。
────もっとも、食らい付かれれば、だが。
「ギャオオオォォォォォォォォッ!?」
銅鑼を鳴らしたかのような轟音、暴風に砂塵が晴れる。
悲鳴を上げながら、横倒しになった女王を、盾を『振りきった』状態で楓が見下ろしていた。
────そう。防御も回避も間に合わないなら、どちらも捨てる。
左腕に構えた盾を、振り返る勢いのまま、裏拳気味に女王の側頭部へ叩き込んだのだ。
風を巻き込んで唸る盾は、猛進していた女王のベクトルを、前進から横倒しへと変化させる。
女王が瞠目した。
その場で旋回した楓の、その盾が通過したならば、次にやってくるのは槍だ。
「勝利宣言だ」
楓は振り返る勢いのまま、横倒しになった女王へと蒼き銃槍を突き出した。
楓を喰らうべく開かれたアギトへ、
「消し飛べ」
冷たく、無慈悲に、そして何より冷徹に、楓の指がトリガーを引いた。
直後に起こる爆発が、女王の口内を焼き、引き裂いてゆく。
────竜撃砲
火竜の身体構造を真似た、ガンランス最大の攻撃。
長い砲身に集約した熱量を一気に開放するそれは、確かに火竜の発炎機能を再現したものであろう。
火炎放射能力を有した火竜の口内には効き目は薄い。
だが楓の槍は口内を突き抜け、その穂先を頭部へと食い込ませていた。
その甲殻も、その口内も炎を寄せ付けぬ。しかし、頭部、さらにその内側はその限りではない────!
「…………!?」
爆炎と血しぶき。
女王は声らしい声すら上げられぬまま。
果たして竜撃砲は、先の宣言通りに、女王の頭部を消し飛ばした。
「く、流石に……」
砲撃の衝撃で、二条の線を引いて後退した楓は、苦し気に呟いた。
アーシアを打ち出す為のチャージと、女王の迎撃。竜撃砲の反動。
負傷した身体で、連続して行うには無茶が過ぎた、ということか。
全身の骨が軋みを上げて、膝が笑う。盾を持つ腕からは血が滲んでいた。
(それでも、これで……)
業火にまみれた、首から上の無い死骸を見る。
今までの超再生が嘘のように、女王の身体は沈黙を保っていた。
そうだ。これで、後は────、
「ギャオオオォォォォォォォォォッ!!」
「っ!?」
背後からの絶叫に、反射的に盾を構える。
直後に盾を通じて奔る衝撃。楓の中で痛みが躍り狂った。
苦痛に歪んだ顔で見上げた先に、片翼の黒火竜。
その眼は、翼をもがれた痛みと、伴侶を殺られた怒りとで激しく燃えている。
「くぅ……!?」
酷使し続けた両足は、とっくに限界を越えていた。
怒りに任せた黒火竜の勢いを、楓は押し止めることが出来ない。
盾を構えた姿勢のまま、数百メートル以上押し込まれていく。
楓の背後に迫るのは密林だ。
踏み止まるべく両足に込めた力は、大地を砕く程のもの。
しかしその脚力ですら、黒火竜の剛力の前では無に等しい。
二条のラインを引きながら後退する楓は、背中から密林に突っ込んだ。
「がっ……!?」
密集する樹木を吹き飛ばし、猛進し続ける黒火竜。それに押し込まれ続ける楓は、必然的に背中から樹木にぶつかり続けることになる。
黒火竜と楓は、10本、20本ではきかない程の木々を薙ぎ倒して、ようやく止まった。
「ゴアァァァァァァアア!!」
黒火竜が咆哮する。その目の前で、楓が膝をつく。
黒火竜が通った辺りだけ、その進行にあわせてゴッソリと密林が抉られていた。
その惨状を見るだけで、楓の受けたダメージの凄まじさが伺える。
故に、黒火竜の咆哮は勝ちどきの声だ。
背に、その身に、ダメージを受け続けた楓は既に満身創痍。
無様に膝をついた彼女なぞ、黒火竜にとっては既に脅威に成り得ないのだろう。
咆哮の為の開口から、喰らう為の開口へと意味合いを変えて、黒火竜のアギトが楓へ襲いかかる。
「……勝利を確信しているところに水を差すようだが」
迫るアギトを前にして、跪いたまま、楓が呟いた。
絶体絶命の状況。しかし、彼女の声に絶望の色は、ない。
「そこは
「!?」
直後、上からの力に、黒火竜のアギトが強制的に閉じられる。
「ヘヴンズ・ストライク!」
同時に圧倒的な水圧と、斬撃による出血。
アーシアの鎧が返り血に染まる。
「カエデさん!」
「……いい位置だったろう?」
そう。人である限り、飛び上がったなら重力に引かれ、落ちてくるのは必然。
文字通り『空から落ちてきた』アーシアは、その勢いのまま、黒火竜のアギトを縫い付けるように刃を突き立てたのだ。
タイミングの良さに、楓の口角がつり上がる。
「さぁ、トドメを討たせて貰おうか!」
アーシアを頭部に乗せた黒火竜は、不穏な空気を感じとったのか、激しく頭を振り始めた。
あるいは、人語を解することが出来たのかも知れないし、アーシアが突き立てた剣に痛みを感じただけかも知れない。
それでも、アーシアを振り落とさんばかりの勢いは、彼女達にとっては迷惑他ならなかった。
「ちょっ!? じっとしなよ!!」
「ちっ、面倒な……」
血を撒き散らしながら、黒火竜が動き回る。
否、血走った眼は、カエデを映して────、
「……っ!?」
「カエデさん!?」
直後、黒火竜が前進する。怒りのままに、受けた痛みを吐き出すように激しくだ。
黒火竜の前には、未だカエデがいる。カエデを踏み潰そうという魂胆か。
アーシアの叫び虚しく、黒火竜とカエデが激突した。
轟音。そして、
「────っ」
果たして、くぐもった驚愕は、どちらが漏らした物だったのか。
黒火竜のアギトを縫い付けたまま、アーシアは自分が息を呑んだことに気付いた。同様に、黒火竜が瞠目しているのにも気付く。
「どうした?」
声は黒火竜の正面、盾を構えたカエデから。
その身には、飛竜を押し止めるだけの力は残っていなかったハズだ。
現に、彼女は先の突進を受けきれずに、ここまで後退したのではなかったか?
「今の私なら、押し込めるとでも思ったか? あまり私を……、ナメるなっ!!」
なのに真正面から、バカ正直に黒火竜の突撃を受け止めても、彼女の膝は折れない。
どころか、逆に黒火竜の身体を押し込んで────、
「アーシアっ!!」
「!」
「決めるぞっ!!」
「……うん!」
かけられた声に、アーシアが応えた。
カエデの盾が、黒火竜の顎を抉るように打ち込まれる。 と、同時、アーシアが突き立てた剣を引き抜いた。
僅かにぐらつく黒火竜の頭部を蹴って、アーシアは跳躍。その後を追うように、鮮血が噴き出した。
血潮とアーシアの闘気が月明かりに煌めく。妖しくも美しい赤は、命を刈り取る不吉の色だ。
「この力は偽り。されど仮初めの竜は我が剣を猛らせ、破壊を顕現する」
圧縮言語。
本来吐息にしか聞こえない歌を、この場にいる全員は確かに聞き取った。極限の命のやり取りの中で、五感が限界以上に鋭敏化しているのだ。
アーシアが空中で一回転。右と左の愛剣を、自身の頭上に振りかぶる。
「ジャッジメント────」
黒火竜が咆哮した。アーシアの攻撃圏外に逃れようと、その両足が地を蹴り、前進を試みる。
だが、カエデの盾がそれを阻む。地を砕く程の脚力を、それ以上の力で押し返した。
「……釣りはいらんぞ」
左の盾はそのままに、右の銃槍が唸りを上げる。
空の薬莢を吐き出し、新たな弾丸を装填しながら、だ。
頭上の赤に、下方の紅。
逃げ場のない黒き太陽に、2つの力が牙を剥く────!
「────トリニティッ!!」
「────消し飛べっ!!」
咆哮の二重奏。
瞬間、2人の牙がかき消える。
黒き太陽の頭上で、二条の閃光が交錯した。
雷が甲殻を砕き、水が傷を拡げる、炎が身を焦がし、そして竜の力が喰い破った。
音速を遥かに置き去りにしたアーシアの剣。
それと同時、下方から打ち上げる軌道で銃槍。
交錯する二条の剣閃の、その中心点を穿つような刺突は、黒火竜の下顎を持ち上げ、突き破り、爆熱した。
両者の牙が、文字どおり黒火竜に食らい付く。
上方と下方。黒火竜が、2つの方向からの力に耐えたのは一瞬のこと。
裁きの剣閃が黒火竜を十字に裂き、蒼き銃槍が十字架の中心に炎の華を咲かせる。
圧倒的な力の奔流は、技を放ったアーシアすら呑み込んで、膨れ上がった。
視界を埋める程の────、五感を根こそぎ持っていかれそうになる程の力の流れに、痛みと、熱と、存在感が稀薄になってゆく。
微かに残った感覚は、周辺の一切合切を吹き飛ばしたことをアーシアに告げた。
そして確かな手応え。
────その中で、黒き太陽の断末魔を聞いた気がした。