優しい龍   作:ハトスラ

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外伝3-14 突き抉る裁きの剣閃

「今……!!」

 

 その言葉に槍を突き出す。解放されたエネルギーを受けて、穂先から飛び出したアーシアが夜空を駆ける。

 

 

 ────魔弾が太陽を撃ち墜とした。

 

 

 槍を突き出した姿勢のまま、一瞬にも満たない時間で起きたそれを見た。

 

 楓の立ち位置は、火竜の落下点だ。

 斬り落とされた翼と、苦痛にのたうつ火竜が、地上へと────楓へと凄まじい勢いで迫る。

 

 だが、楓はそれに見向きもせずに、勢いよく────アーシアを打ち出した時と同速で振り返った。

 

「ゴアァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 背後から迫りくるのは雌火竜。

 アーシアを打ち出す為に足を止めた楓に、女王が追い付くのは必然である。

 

 既に息がかかる程に接近した女王は、もうかわせない。

 しかし、防御をしようにも、盾を構える暇もない。

 

 女王が勝利を確信したかのように吼えた。

 交錯する楓と女王のすぐ側に、片翼の太陽が墜ちて来る。

 太陽は墜落の勢いのまま地を滑り、轟音と絶叫を上げて密林へと消えて行った。

 

 地を滑った火竜と、爆進する雌火竜が砂塵を巻き上げる。

 砂塵の中、雌火竜がアギトを開いた。暗い咽に揺れる炎。食らい付かれれば、人に成す術はない。

 おそらくは鎧ごとかみ砕かれ、咽に揺れる獄炎に焼き尽くされるのであろう。

 

 ────もっとも、食らい付かれれば、だが。

 

 

「ギャオオオォォォォォォォォッ!?」

 

 

 銅鑼を鳴らしたかのような轟音、暴風に砂塵が晴れる。

 悲鳴を上げながら、横倒しになった女王を、盾を『振りきった』状態で楓が見下ろしていた。

 

 ────そう。防御も回避も間に合わないなら、どちらも捨てる。

 

 左腕に構えた盾を、振り返る勢いのまま、裏拳気味に女王の側頭部へ叩き込んだのだ。

 風を巻き込んで唸る盾は、猛進していた女王のベクトルを、前進から横倒しへと変化させる。

 

 女王が瞠目した。

 

 その場で旋回した楓の、その盾が通過したならば、次にやってくるのは槍だ。

 

「勝利宣言だ」

 

 楓は振り返る勢いのまま、横倒しになった女王へと蒼き銃槍を突き出した。

 

 楓を喰らうべく開かれたアギトへ、()()()()()を発てた槍が差し込まれる。

 

「消し飛べ」

 

 冷たく、無慈悲に、そして何より冷徹に、楓の指がトリガーを引いた。

 直後に起こる爆発が、女王の口内を焼き、引き裂いてゆく。

 

 

 ────竜撃砲

 

 

 火竜の身体構造を真似た、ガンランス最大の攻撃。

 長い砲身に集約した熱量を一気に開放するそれは、確かに火竜の発炎機能を再現したものであろう。

 

 火炎放射能力を有した火竜の口内には効き目は薄い。

 だが楓の槍は口内を突き抜け、その穂先を頭部へと食い込ませていた。

 

 

 その甲殻も、その口内も炎を寄せ付けぬ。しかし、頭部、さらにその内側はその限りではない────!

 

「…………!?」

 

 爆炎と血しぶき。

 女王は声らしい声すら上げられぬまま。

 

 果たして竜撃砲は、先の宣言通りに、女王の頭部を消し飛ばした。

 

「く、流石に……」

 

 砲撃の衝撃で、二条の線を引いて後退した楓は、苦し気に呟いた。

 

 アーシアを打ち出す為のチャージと、女王の迎撃。竜撃砲の反動。

 負傷した身体で、連続して行うには無茶が過ぎた、ということか。

 

 全身の骨が軋みを上げて、膝が笑う。盾を持つ腕からは血が滲んでいた。

 

(それでも、これで……)

 

 業火にまみれた、首から上の無い死骸を見る。

 今までの超再生が嘘のように、女王の身体は沈黙を保っていた。

 

 そうだ。これで、後は────、

 

「ギャオオオォォォォォォォォォッ!!」

「っ!?」

 

 背後からの絶叫に、反射的に盾を構える。

 直後に盾を通じて奔る衝撃。楓の中で痛みが躍り狂った。

 

 苦痛に歪んだ顔で見上げた先に、片翼の黒火竜。

 その眼は、翼をもがれた痛みと、伴侶を殺られた怒りとで激しく燃えている。

 

「くぅ……!?」

 

 酷使し続けた両足は、とっくに限界を越えていた。

 怒りに任せた黒火竜の勢いを、楓は押し止めることが出来ない。

 盾を構えた姿勢のまま、数百メートル以上押し込まれていく。

 

 楓の背後に迫るのは密林だ。

 踏み止まるべく両足に込めた力は、大地を砕く程のもの。

 しかしその脚力ですら、黒火竜の剛力の前では無に等しい。

 

 二条のラインを引きながら後退する楓は、背中から密林に突っ込んだ。

 

「がっ……!?」

 

 密集する樹木を吹き飛ばし、猛進し続ける黒火竜。それに押し込まれ続ける楓は、必然的に背中から樹木にぶつかり続けることになる。

 黒火竜と楓は、10本、20本ではきかない程の木々を薙ぎ倒して、ようやく止まった。

 

「ゴアァァァァァァアア!!」

 

 黒火竜が咆哮する。その目の前で、楓が膝をつく。

 黒火竜が通った辺りだけ、その進行にあわせてゴッソリと密林が抉られていた。

 その惨状を見るだけで、楓の受けたダメージの凄まじさが伺える。

 

 故に、黒火竜の咆哮は勝ちどきの声だ。

 背に、その身に、ダメージを受け続けた楓は既に満身創痍。

 無様に膝をついた彼女なぞ、黒火竜にとっては既に脅威に成り得ないのだろう。

 咆哮の為の開口から、喰らう為の開口へと意味合いを変えて、黒火竜のアギトが楓へ襲いかかる。

 

「……勝利を確信しているところに水を差すようだが」

 

 迫るアギトを前にして、跪いたまま、楓が呟いた。

 絶体絶命の状況。しかし、彼女の声に絶望の色は、ない。

 

「そこは()()()()だ」

「!?」

 

 直後、上からの力に、黒火竜のアギトが強制的に閉じられる。

 

「ヘヴンズ・ストライク!」

 

 同時に圧倒的な水圧と、斬撃による出血。

 アーシアの鎧が返り血に染まる。

 

「カエデさん!」

「……いい位置だったろう?」

 

 そう。人である限り、飛び上がったなら重力に引かれ、落ちてくるのは必然。

 文字通り『空から落ちてきた』アーシアは、その勢いのまま、黒火竜のアギトを縫い付けるように刃を突き立てたのだ。

 

 タイミングの良さに、楓の口角がつり上がる。

 

 

「さぁ、トドメを討たせて貰おうか!」

 

 

 アーシアを頭部に乗せた黒火竜は、不穏な空気を感じとったのか、激しく頭を振り始めた。

 あるいは、人語を解することが出来たのかも知れないし、アーシアが突き立てた剣に痛みを感じただけかも知れない。

 

 それでも、アーシアを振り落とさんばかりの勢いは、彼女達にとっては迷惑他ならなかった。

 

「ちょっ!? じっとしなよ!!」

「ちっ、面倒な……」

 

 血を撒き散らしながら、黒火竜が動き回る。

 否、血走った眼は、カエデを映して────、

 

「……っ!?」

「カエデさん!?」

 

 直後、黒火竜が前進する。怒りのままに、受けた痛みを吐き出すように激しくだ。

 黒火竜の前には、未だカエデがいる。カエデを踏み潰そうという魂胆か。

 アーシアの叫び虚しく、黒火竜とカエデが激突した。

 

 轟音。そして、

 

「────っ」

 

 果たして、くぐもった驚愕は、どちらが漏らした物だったのか。

 黒火竜のアギトを縫い付けたまま、アーシアは自分が息を呑んだことに気付いた。同様に、黒火竜が瞠目しているのにも気付く。

 

「どうした?」

 

 声は黒火竜の正面、盾を構えたカエデから。

 

 その身には、飛竜を押し止めるだけの力は残っていなかったハズだ。

 現に、彼女は先の突進を受けきれずに、ここまで後退したのではなかったか?

 

「今の私なら、押し込めるとでも思ったか? あまり私を……、ナメるなっ!!」

 

 なのに真正面から、バカ正直に黒火竜の突撃を受け止めても、彼女の膝は折れない。

 どころか、逆に黒火竜の身体を押し込んで────、

 

「アーシアっ!!」

「!」

「決めるぞっ!!」

「……うん!」

 

 かけられた声に、アーシアが応えた。

 カエデの盾が、黒火竜の顎を抉るように打ち込まれる。 と、同時、アーシアが突き立てた剣を引き抜いた。

 

 僅かにぐらつく黒火竜の頭部を蹴って、アーシアは跳躍。その後を追うように、鮮血が噴き出した。

 

 血潮とアーシアの闘気が月明かりに煌めく。妖しくも美しい赤は、命を刈り取る不吉の色だ。

 

「この力は偽り。されど仮初めの竜は我が剣を猛らせ、破壊を顕現する」

 

 圧縮言語。

 本来吐息にしか聞こえない歌を、この場にいる全員は確かに聞き取った。極限の命のやり取りの中で、五感が限界以上に鋭敏化しているのだ。

 

 アーシアが空中で一回転。右と左の愛剣を、自身の頭上に振りかぶる。

 

「ジャッジメント────」

 

 黒火竜が咆哮した。アーシアの攻撃圏外に逃れようと、その両足が地を蹴り、前進を試みる。

 

 だが、カエデの盾がそれを阻む。地を砕く程の脚力を、それ以上の力で押し返した。

 

「……釣りはいらんぞ」

 

 左の盾はそのままに、右の銃槍が唸りを上げる。

 空の薬莢を吐き出し、新たな弾丸を装填しながら、だ。

 

 頭上の赤に、下方の紅。

 逃げ場のない黒き太陽に、2つの力が牙を剥く────!

 

 

「────トリニティッ!!」

「────消し飛べっ!!」

 

 

 咆哮の二重奏。

 瞬間、2人の牙がかき消える。

 

 黒き太陽の頭上で、二条の閃光が交錯した。

 雷が甲殻を砕き、水が傷を拡げる、炎が身を焦がし、そして竜の力が喰い破った。

 

 音速を遥かに置き去りにしたアーシアの剣。

 

 それと同時、下方から打ち上げる軌道で銃槍。

 交錯する二条の剣閃の、その中心点を穿つような刺突は、黒火竜の下顎を持ち上げ、突き破り、爆熱した。

 

 

 両者の牙が、文字どおり黒火竜に食らい付く。

 

 

 上方と下方。黒火竜が、2つの方向からの力に耐えたのは一瞬のこと。

 裁きの剣閃が黒火竜を十字に裂き、蒼き銃槍が十字架の中心に炎の華を咲かせる。

 

 圧倒的な力の奔流は、技を放ったアーシアすら呑み込んで、膨れ上がった。

 

 視界を埋める程の────、五感を根こそぎ持っていかれそうになる程の力の流れに、痛みと、熱と、存在感が稀薄になってゆく。

 

 微かに残った感覚は、周辺の一切合切を吹き飛ばしたことをアーシアに告げた。

 

 

 そして確かな手応え。

 

 

 ────その中で、黒き太陽の断末魔を聞いた気がした。

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