森丘──その名の通り、うっそうと生い茂る木々と、緩やかな丘からなる狩り場である。
ベースキャンプについたアルと楓は、それぞれの荷物を整理し始める。
と言っても、卵運びだ。
別に大型モンスターの狩猟をするわけではない。
なので、邪魔にならない程度の荷物を持って、ベースキャンプを出た。
拠点を一歩出て、外の眩しさに少し目を細める。木々に覆い隠されていた拠点とは違い、外には頭上を遮るものは何もない。
見上げた空には雲一つなく、そこから降り注ぐ日の光が気持ちいい。絶好の狩り日和だった。
「さて、まずはどうすればいい?」
「あ? あー……っと、普通に飛竜の巣に向かえばいいんじゃねえか……っと、ですか」
天気の良さに体を伸ばしていたアルは、楓の質問に体を硬くした。
エルモアの街から森丘までは移動に一週間近くかかる。
その移動時間で二人は今回の作戦──というよりも、方針を決めていた。
アルが狩りの指揮をとる
ハンターとしての腕は楓の方が遙かに上だろうが、卵運びは別だ。
なんせ、“どうしても卵を割ってしまう”人間と、ハンターになってこのかた、“一度たりとも卵を割ったことがない”人間が組んでいるのだ。
少しでも運搬の成功率を上げるなら、アルの言うことを聞いた方がいい。
というのは、楓の言葉だった。
アルとしては、自分よりも優秀なハンターに指示をとばすのは気が引ける。
しかし、今更そんなことを言っても仕方がない。
これは決定事項だし、アル自身、どちらかが指示を出した方が良いだろうとは思っていたからだ。
「よし、では行こう」
そう言った楓に軽く頷いてから、彼女の後ろについて歩く。
楓は以前見た時とは違う、紅い鎧をまとっていた。
以前酒場で見た朱色の装備がどこか鋭角的なフォルムだったのに対し、今現在の鎧はどちらかと言えばゆったりとした印象を受ける。
頭部を守るのは兜ではなくティアラ。腰の装備は長いスカートのような形状。遠目に見る分には完全に紅いドレス、といった形をしているのだが、その見た目の印象とは裏腹に、装備から伝わる力の気配は以前見た朱色の装備よりもずっと強い。
その彼女の背中には、対照的な蒼い色のランス。
よほど強い竜の素材を使用しているのか。こちらも紅い鎧同様に、アルにすらわかるほどの強力な気配を放っている。
楓が歩く度にガシャガシャと音を起てるそれらの武具を見て、強そうだな、とアルはぼんやりと思った。
と、同時に自身の武具との性能差を比較してしまう。
アルの腰の辺りには片刃の剣──片手剣がぶら下がっていた。
片手剣はハンターが扱う武器の中では軽量で、取り回ししやすい。
大型の武器と違い狭い場所でも振るえ、標準装備として盾を備える。攻守のバランスが良く、比較的簡単に扱えるこの武器は、駆け出しのハンターを中心に人気の武器カテゴリーだ。
だが、
(攻撃力ないんだよなぁ……)
武器の威力は、武器の重量とほぼイコールなのでそういうことである。
楓のランスは確かに重そうではあったが、同時に『いいなぁ』という憧れもあった。
アルにはまだ、大型の武器を扱えるだけの技量がない。
無論、片手剣の方が向いているかも、という思いもあったのだが、それはそれ。これはこれ、だ。
「……っと」
丘の中腹辺りに差し掛かった時、不意に楓が足を止めた。
考えごとをしていたアルは、ぶつかりそうになるのをなんとか堪えて立ち止まる。
「どした? なんか……、」
──あったのか
と、後に続くハズの台詞は、楓の前方を確認して、最後まで言う必要はなくなった。
巨大な青い体に、立派なオレンジ色のトサカ。
獲物を引き裂く長い爪と、ぎょろりとした金眼。
群れを率いて二本脚で大地に立つモンスター。
「ドスランポスだ」
縄張りに入り込んだ愚かな人間を餌食にしようというのか。
リーダーに続くように、どこからかランポス達が集まってくる。
最初、ドスランポスを含め四頭だけだった群れは、あっという間に一桁数が増えてしまっていた。
「どうする、アル」
「数を減らして、リーダーを片付ける!」
「了解だ!」
立ち止まっていた場所から動き出しながら、短くやり取りしてランポスの群れへと向かっていく。
本当なら余計な戦闘は避けたかったのだが、ランポス──鳥竜種は鼻がきくらしい。飛竜の卵から出る匂いを追って、運搬中のハンターを襲ってくることがある。
それも今回はリーダー付き。統率力のある群れを相手に、卵を守りながら逃げるのは少々キツい。先手を打って、群れ自体を潰しておくことも手だった。
「けどッ!!」
アルの顔面を狙って繰り出された爪をかいくぐって、一撃を浴びせる。
鋭い一撃に怯んだランポスにさらに二撃、三撃と浴びせて、その場から飛び退いた。
直後、さっきまでアルが剣を振るっていた場所に別のランポスが飛び込んでくる。
飛びかかり攻撃直後の硬直で、動きが止まったランポスの、その側頭部に回転斬りを叩き込むと、アルは追撃をかけずにあっさりと引き下がった。
ギャアギャア叫びながら、ダメージを与えた二頭のランポスが、アルへ向かってくる。
もし彼らの表情がわかるなら、激しい怒りに燃えているのが見てとれただろう。
自らの傷の大きさが、怒りで吹き飛んでいる。
足下は既にふらついているというのに、自分を傷つけた相手を八つ裂きにしたくて仕方ない、といった感じだ。
「ふっ!!」
与えたダメージの差で、二頭のランポスの前進にばらつきが出る。
前転を駆使してランポス達の間に潜り込むと、立ち上がり際に剣を振るって一頭を片付けた。
「おおぉぉっりゃ!」
二頭目が牙を剥くより速く、アルの剣がランポスの頭部を抉る。
巨大な身体が二メートル近く吹き飛んで、ランポスはそれきり動かなくなった。
「ハァッハァッ……、あの人は……?」
息を整えながら辺りを見渡し、楓を探す。早々に二頭を片付けたものの、ランポスはまだ増え続けているようだった。
キリがない、そう思った時、ランポスの悲鳴がアルの耳を打った。
悲鳴がした方向に視線を向ける。なだらかな丘の上。その一角に、やたらとランポスが群がっているのが見えた。
「……っ、あそこか!?」
ランポス達の青い身体の合間から、楓の紅い鎧が見え隠れする。
アルが近付こうと踏み出しだした時、二頭のランポスが勢いよく吹き飛んだ。
楓、とアルが叫ぶより先に、アルと楓を阻んでいたランポスが、さらに数頭吹っ飛んでゆく。
「なっ……!?」
その光景に、思わず目を見開いた。
視界を遮っていたランポスが消えたことで、アルの位置からでも楓の動きが良く見える。
楓に群がるランポスの数は十頭以上。その中には、群れのリーダーであるドスランポスも含まれる。
だというのに、彼女の動きには全く危なげがなかった。
まるで後ろに目があるかのように、まるで生物としての格が違うとでもいうかのように。
二頭、三頭と吹き飛ばすようにランスを振るう度に、蒼い刀身からは火花というには大きすぎる火炎が舞う。
属性武器だ、とアルが思うのと同時、楓は自身の後方へ向けて軽く──本当に僅かに跳んだ。
楓の移動に伴って出来たスペースに、ランポス達が殺到する。
彼らが誘い込まれたのだと理解する前に、楓のランスがランポス達を薙ぎ払った。