優しい龍   作:ハトスラ

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外伝3-15 《それじゃあ、バイバイ》

 霞の森に静寂が戻った。

 

 周囲の惨状を鑑みると正直、やり過ぎた感はあったが、高い再生能力を有した火竜が相手では仕方ないとも思う。

 

「しんどい相手だったね」

「そうだな。私一人では、どうしようもなかった。……ありがとう、助かったよ」

「いらないよ。私だって、カエデさんに何度も庇われたし、それに……」

 

 楓の言葉に、アーシアは首を振って返す。返答する少女の声は、若干の自嘲が混ざっていた。

 

「この状態じゃ、ねえ?」

 

 『この状態』。言われて、アーシアの現状を鑑みる。

 アレだけの激闘を経て、血と泥にまみれてはいたものの、少女は無傷であった。あの不思議な赤いオーラに関係あるのかも知れないが、彼女が無傷だというなら楓にとってはどうでもよかった。

 むしろ、問題があるとすれば、戦闘が終了した直後。崩れるように膝をついたことであろう。

 

「ごめんね。怪我、カエデさんの方が酷いのに」

「気にするな。動ける者が、動けない者に手を貸すのは当然だろう」

 

 『背中』のアーシアに言って笑う。

 結論を言ってしまえば、動けないアーシアをおぶっている訳だ。

 

 黒火竜にとどめを討った大技。あれを撃つのに────いや、ここで闘うこと自体に相当消耗したのだろう。楓の背中にいるアーシアは、今にも眠ってしまいそうな顔をしている。

 

「眠いなら眠ってしまってかまわんぞ? まぁ、血と、泥と、汗にまみれた私の背中では眠れないだろうが」

「ん、平気。心地良いけど、起きてるよ。少しでも長く話していたいから」

「そうか。……そうだな」

 

 破壊の跡は後方に。アーシアをおぶった楓は少し笑った。

 

「血と土の臭いに混じって、甘い香りがする。カエデさんの体臭? ちょっとペロペロしたくなっちゃうよ」

「残念だが、それはお前の体臭だろう。

 その、なんだ。私もアーシアをペロペロした方がいいのか?」

「やだカエデさんのえっち。こんな所でだなんて、もっとちゃんとした所で」

「ふむ。では引き返して近くの町に行くか。1日程度で辿り着けるだろう」

「てーそーはかなくちる!?」

「冗談だがな」

 

 一瞬、踵を返しかけた楓に、背中のアーシアの声。楓は笑顔で応じて。次いで聞こえたアーシアの微笑に、少しだけ胸が痛んだ。

 

 

 ────別れが近い。

 

 

 歩みを進める度に、確信にも似た想いは強くなる。

 

「ねえ、カエデさん」

「ああ」

「また、会えるかな?」

「……難しいな。私とお前の考えているとおりだとすれば、だが」

「……そう、だね」

 

 住んでいる『世界』が違う。

 そんな荒唐無稽な話を、多分二人とも信じている。

 

「だが、もし────」

「もし?」

「もしも、また会えたなら……。次はもっとゆっくり、何でもない話をしたいものだな」

「……カエデさんの恋愛事情とか?」

「ははっ、むしろアーシアのそういう話を聞きたいな。……その時は、そうだな。何か美味い物でも食べよう」

「うん。楽しみだな……」

 

 そうやって笑ったアーシアの身体は、酷く軽い。

 細身だとか、小柄だとか関係なく、『異常』な軽さだ。

 

 背中には、確かにアーシアがいるハズなのに、その存在感は徐々に稀薄になりつつある。

 別れたくはないが、アーシアの方も限界が近付いてきているのだと、楓は感じとった。

 

 だが、焦りはしない。何となく分かっていたことだし、何より、目的地が見えたから。

 

「確か、この辺りだ」

「うん。間違いないよ」

 

 楓の声に、アーシアが顔を上げた。

 

「この向こうに、ロイドが見える」

「そうか」

 

 視線の先。密林の奥には、変わらぬ風景が広がっている。

 その『世界』はアーシアにしか見えないのだと気付いた。

 

「ありがとうカエデさん。ここからは、自分で歩くよ」

「ああ。では、名残は尽きないが……」

 

 ゆっくりとアーシアを下ろす。振らつきながらも、アーシアは自分の足で地に立った。

 

「うん。帰るよ」

「世話になったな。ロイドにもよろしく伝えてくれ」

 

 一つ頷いて、アーシアはふわりとした笑みを浮かべる。

 まるで天使だな、と適当な感想を抱いて、彼女の頭を撫でた。

 

「……ちょっと、寂しいね」

 

 嗚呼、彼女もそう思ってくれているのか。

 得体の知れない感情に、楓は思わずアーシアを引き寄せ、軽く抱き締めた。

 

「カエデさん?」

「……会いたくなったら、名前を呼んでくれ」

「名前を……?」

 

 抱き寄せた少女の耳元に、小さく優しく囁く。

 それは、半ば自身に言い聞かせるように。

 

「必要だと思ったら、私の名前を呼んでくれ。

 いつでも、何処からでも、きっと会いに行く」

「ホントに……?」

「多少の無茶も、理不尽も通してみせよう。

 だから今は……」

「そうだね。今は……」

 

 アーシアを解放する。

 向かい合って、泥まみれのまま、二人して笑った。

 

「それじゃあ、バイバイ!」

「ああ、元気でな!」

 

 手を振るアーシアに、同じく手を振り返す。

 

 

 ────きっといつか会いに行く。だから、今は笑顔で。

 

 

 そうしてアーシアは、密林の奥に消えていった。

 取り立てて特別なことも起きない、なんのこともない別れ。

 

 少女が消えていったのを見届けて、楓は近くの木に寄りかかった。

 そのまま滑るように腰を下ろし、空を見上げる。

 

「我ながら、無茶をしたものだ」

 

 骨は折れた。血も、随分と流した。泥々に汚れてしまったし、割りと酷い目に遭ったと思う。

 

 だけど────、

 

「この出会いに、感謝を……。私は、アーシアと会えて良かった」

 

 そう、一人こぼして微笑んだ。

 良かった。良かったと、そう思えることが良かった。

 

 やがて、座り込んだ楓を照らすように、朝日が昇る。

 東からの光を見詰めて、楓は息をつく。

 

 夜が終わるのだ。長く、不思議で、ドタバタとした夜が。

 

 

「────結局、『霞龍』は現れなかったか」






 『霞の森』の、その南。
 エルモアへと続く長い街道に、一台の竜車。

「ねえ、マスター」
「なんじゃ?」
「『これ』、僕の好きにしていいんだよね?」

 無邪気そのものな少年の声と、それに応えるしわがれた老人の声。
 少年は、『檻』に閉じ込められた『生き物』を指差し、笑う。

「こちらの用事が済めばの。元々、『これ』はその為に捕えた訳じゃし」
「早くしてね。僕、楽しみで仕方ないんだからさ!」
「頼もしいことじゃな。まぁ、そうでないと困るがの」

 楽しそうな少年の声に、老人が目を細める。
 『檻』の中身に目を落として、老人は言った。

「『これ』を運び出すことで、『世界』に影響を与えてないとよいが……」
「大丈夫じゃない? こんだけの力を持ってる生き物を『こんなに』したら、確かに歪むかも知れないけど。
 こっちとあっちで同じ様なことが起きない限り、そうそう『繋がらない』んでしょ?」
「まぁ、可能性は低いがの。『同じ様なこと』を『同じ様なタイミング』という縛りもあるしの」

 ただ、と老人は続ける。

「今、『世界』からの干渉は受けたくない。最悪、『バランサー』が動いてしまう」
「何言ってんのさ、マスター。そうなったら、むしろ好都合。手間が省けていいさ」
「時期ではない。少なくとも、『これ』を使うまではの」

 老人の言葉に、少年は不満気に口を歪めた。

「だったら早く帰ろうよ。『これ』使わなきゃね」
「そうじゃの」

 少年の声に応えるように、竜車は走る速度を上げる。
 月明りが竜車に積んだ荷物を照らした。

 檻の中に、傷だらけの巨大な竜。()()()の紫色をした、彼の竜の名前は────、

「ああ、楽しみだ。霞龍を使えるなんて、本当に」

 少年は歌う。愉快に、軽快に、そして残酷に。

 未だ交わらない運命は、ようやく動き始める。
 人知れず、けれど確実に。


 『彼』と『彼女』の未来を巻き込んで────……
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