ふらふらと歩いてきた少女が、膝を崩す。
地に触れる、その前にロイドの腕が少女を支えた。
「……っと」
少女────アーシアは、そのままロイドの腕の中で、眠りにつくように気を失った。
「よく頑張ったな」
自然と漏れた言葉。支える形から、抱き上げるように変えて、ロイドは微笑んだ。
「随分、優しい顔をするのね。さっきのケダモノ顔が嘘みたいよ」
「失敬な。これでもイケメンで通っているのに。それとも君は、野獣みたいな俺が好みか?」
背後からの声に振り返りながら、ロイドはニヤリと笑った。野獣というより、真性の変態さんみたいな顔だった。
ロイドのすぐ後ろに立っていたのは、彼をここまで案内してきた女だ。
彼女が何者かは未だによくわかってはいないが、どうやら『門』とやらを繋げる仕事が出来るらしい。
「優しい貴方が好みよ? それより、用は済んだんだから、早く連れて帰ってあげれば?」
「君に言われなくとも、すぐに連れかえ……、む?」
「どうかした?」
抱き抱えたアーシアに目を落としたロイドは、その変化に気付いた。
傷が消えているのは降竜儀の影響だろう。だが、顔と鎧についた汚れが、初めからなかったかのように消えている。
「ああ、それ? 『向こう』でのことは、なかったことになってるからね」
「は?」
理解の追い付かないロイドに、女は指を立てて説明した。
「アーシア・セイクリッドは、『無傷』のまま世界から消えた。だからね、帰ってくる時も『無傷』でなければおかしいの。
だって、貴方の『世界』は、アーシアが傷ついたことを知らないからね。
知らないことが、起きるハズない。だから『世界』は修正をかけるのよ。あの闘いはなかったって」
「これは『そちら』に渡る前のアーシアの状態だということか?」
「そ。そういう状態まで、貴方の『世界』が治したって思えば、大体正解ね」
世界からの修正も悪いことばかりじゃないっしょ? と、付け足して、女は笑う。
確かに、とロイドは頷いた。傷を負う前の状態で帰ってくるなら、それに越したことはない。
「そんじゃね。説明役も、もういらないだろうから、アタシは消えるよ」
現れた時と同じく、唐突に女の姿が消えてゆく。
ロイドは慌てて口を開いた。
「待ってくれ!」
「……何?」
「俺はまだ、君が何者かを聞いていない」
「あの最初の質問? 答える意味が、あんまりないと思うけど」
「知らないままでは、いられないんだ。一応、世話になったし、キチンと礼を言いたい」
ロイドの言葉に、女はキョトンとした後、噴き出した。
「逆でしょ? お礼を言うのはこっち。アタシの世界を助けてくれたんだし。
それにね、私が何者かなんて答えたところで、お兄さんはそれを憶えていられないわ」
そんなことはない。とは言わない。この女がこういう言い方をする時は、理由がある時だと、いい加減学んだ。
「何故だ?」
「世界からの修正。言ったでしょ? なかったことにされるって。
『門』の影響で、この辺りはまだ不安定なの。これが安定すれば、お兄さんの認識も改められるわ。
別の『世界』なんて知らない。私にも会ってないってね」
「修正を受けるのは『渡った』人間だけじゃないのか?」
「そうよ? でもま、“私と接触する”こともまた、修正対象だろうからね。
別の『世界』があるとか、『渡る』手段とか、普通の人間には必要ない知識だもの。
だから、私が消えた後残るのは、『アーシアを捜しにきて、見付けた』お兄さんだけじゃない? そこにきっと、私と出会った記憶は残らないわ」
なら、説明するだけムダよね? と、女は笑う。
ロイドは腕の中にいるアーシアを見つめた。
ロイドが憶えていられないなら、アーシアもまた憶えていられないだろう。
穏やかな寝息を発てている彼女は、『向こう』での激闘も、出会いも忘れるのだ。
それは、悲しいと思う。
憶えていないなら悲しみようもないが、それでも悲しいことだと思った。
あの美女との別れ際、アーシアの表情は、友人に向けるそれだったのだから。
「人間の記憶は、そう簡単には消えないさ。忘れてしまっても、きっといつか思い出す」
だから、ロイドの言葉は祈りだ。アーシアが、憶えていられるように、言葉にその祈りを込める。
女は微笑んだ。
その笑みには、嘲りはなかった。むしろ、優しさだけがあった。
「そ。なら、お兄さんが私のことを憶えていることを願って、今更な自己紹介をしましょう。
『優しい龍の棲んでいた世界』の『案内役』で『守護者』。だけどここでは、この身体と人格の元になった名前を語らせて貰うわ」
笑顔のまま、うやうやしく礼をして彼女は言った。
「『アイラ』と、親しみを込めて呼んでね?」
「……アイラ。アイラか。
随分世話になった。ありがとう、アイラ」
「どういたしまして。それから、こちらからもありがとう、よ。貴方が憶えていられたら、アーシアにも伝えておいて」
「……わかった」
ロイドが頷く。
アイラは、これでやり残しはないとばかりに踵を返した。
「それじゃ、今度こそサヨナラ。機会があったら、また会いましょう。ロイド」
最期に一度だけ、初めてロイドの名前を呼んで、不思議な女は消えてしまった。
まるで、初めから何も居なかったように。跡形もなく。
──しばらくその方向を凝視し続けていたロイドは、やがて腕の中の重さに気付いた。
「アーシア」
そう、そうだ。
自分は帰りの遅いアーシアを捜しに来たのだった。
何か、記憶に穴があるような気がするが、取り敢えずアーシアを見付けることは出来たらしい。
安堵しつつも若干のモヤモヤを抱いて、ロイドは来た道を引き返し始めた。
「あ、れ? ……ロイドだ」
「ああ。目が覚めたのか」
重そうなまぶたを擦りながら、ぼんやりとした顔でアーシアが口を開く。
「……ねえ、ロイド」
「何だ?」
「楓って、どんな花だっけ……?」
「は?」
てっきり今の状態(お姫様抱っこ)のことを突っ込まれると思って身構えていたロイドは、唐突かつ予想の斜め上をいく質問に、間抜けな声をあげた。
「一般的に楓は……、花を咲かせない。というか、花らしい花をつけない植物だったハズだが?」
「そっか……、残念」
寝起きのせいか、彼女の吐き出す声には覇気がない。
ロイドは怪訝に思いながらも、問い返した。
「どうしたんだ? 急に」
「別に、ただ、なんとなく。……そう、なんとなく見たくなったんだ。理由らしい理由なんて、ないよ」
「そうか?」
それきり会話が止まった。
眠ってしまったのかとも思ったが、アーシアの目はぼんやりと開いたままだ。
ロイドは、自分の中にある知識を参照しながら口を開いた。
「……花はつけないが」
「え……?」
「秋頃になると、葉に美しい色がつく」
「
「種類にもよるが、普通は赤色だな」
「そっか」
そこで僅かにアーシアの口元が緩んだ。穏やかな微笑みだった。
「機会があれば、観に行くか?」
「……うん、そうだね。観に行きたい」
約束だね、とアーシアは嬉しそうに言った。
ロイドもまた、微笑みを浮かべて頷いた。
「秋、楽しみだなぁ……。早く楓が観たいや」
それだけを言って、眠りに落ちる。あまりにも穏やかな寝顔。
見ている夢は、きっと良いものに違いないと、ロイドは彼女を抱く腕に力を込めた。
「カエデ……さん」
山道の帰り道。
なんてこともない約束を交わした夜明け前。
彼女が見た夢はきっと────……
[キャラ紹介]
名前:アーシア=セイクリッド
性別:女性
年齢:18歳
身長:163cm
武器:オデッセイブレイド/雷神剣インドラ
防具:タツジンシリーズ、レウスシリーズ、フルフレア(フルフル亜種)シリーズの組み合わせ。
※データは外伝三章のもの。
『銀色の月』の登場人物。ゲスト参戦。
黒髪、黒目。右目を眼帯で覆った美少女。
その実体は、商人の街・カナンを拠点として活動しているGクラスハンター。
ハンターとしては小柄だが、戦闘センスは群を抜いており、多くのハンターを抱えるカナンの街でもトップクラスの実力を誇る。
使用武器カテゴリーは片手剣だが、予備の愛剣を使った二刀流(つまり双剣)も得意。
通常戦闘の能力値もさることながら、彼女の能力の真髄は右目にあるエネルギー体の解放────すなわち降竜儀である。
自己強化の究極系とも言えるそれを発動させた時のアーシアは、飛竜種ですら圧倒する。
なお降竜儀の発動には大量のカロリーを必要とするため、彼女は見た目の割にすごく食べる。
いわゆるハラペコ系ヒロインというやつである。
『降竜儀』
アーシアの右目は、強力な竜の力を宿したエネルギーの結晶体となっている。
そのエネルギーを解放し、その身に纏うのが降竜儀。すなわち、竜の力を身に降ろす儀式。
具体的には、『身体能力の向上』『属性付与』『回復速度の上昇』『闘気噴射による戦闘補助』など。
わかりづらければ、『鬼人化の超強化版』と思っても良いかもしれない。
『ヘヴンズ・ストライク』
自分の持つ属性の一つを強化して、相手にたたき込む技。
降竜儀使用中のアーシアは『火属性』と『龍属性』を獲得しているため、基本的にはこれらどちらかの属性攻撃強化になる。
……が、この技は、手持ちの武器にもともと備わっている属性の強化も可能とする。
外伝の中でアーシアはオデッセイ(水属性)とインドラ(雷属性)を装備しているため、選べる属性は火、水、雷、龍の四属性から、となる。
外伝中では、リオレウスに対し、上空からの強襲に使用。この時は、オデッセイの水属性を強化して攻撃していた。
『ライジング・テンペスト』
ものすごい蹴り。
もう少し詳しく説明すると、降竜儀によってあふれ出した闘気を調節して、蹴りの威力を高めた技。
主にリオレイアの顔面を蹴るのに使った。
『Laddar to heaven』
ものすごいパンチ。
ぶっちゃけライジング・テンペストのパンチ版。
下から上への軌道で殴りつける強烈なスマッシュ。
飛竜との空中戦時に使用。
『ジャッジメント・クロス』
自身の持つ火と龍に加え、武器の属性を含めた、最大四種の属性をたたき込む技。
外伝中ではリオレウスへのトドメへ使用。
この時の呼称はジャッジメント・クロスではなくジャッジメント・トリニティ。
自分の二刀に、楓の銃槍を加えた結果の技名だと思われる。
アーシアは、技名は叫んでなんぼだと思っている節が強い。