優しい龍   作:ハトスラ

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第三章 《女王と大猿と四人目と》
彼らの現在


 

 緑の森に、一頭の竜がいた。

 

 青々と繁った緑に溶け込むその体色は淡い緑。

 巨大な翼とそれに見合った巨体。

 それらを支える為に太く発達した両足は、捉えた獲物をズタズタにするだけの力を有していることがありありと分かる。

 

 彼女が吹けば、人間の住みかなぞ簡単に吹き飛ぶのだろう。

 そして彼女が本気で人里を襲えば、人間になすすべなどない。

 

 そう『彼女』だ。

 

 生態系の頂点にして、密林の支配者。

 圧倒的な力を持った、有翼の飛竜。

 

 

  ────雌火竜リオレイア

 

 

 別名を『陸の女王』。

 そう、まさに女王の名を冠するに相応しい存在であった。

 

 それが今、

 

 

「ゴアアアァァァァァッ!!」

 

 

 絶叫する。

 それは威嚇か。勝利の咆哮か。

 何も知らない者が聞いたなら、例外なくそう思っただろう。

 

 しかし、()()

 

 

「こ、の………、いい加減にぃ────、」

 

 

 絶叫した女王のすぐ側に、小さな────女王に比べればあまりにも小さな人影が一つ。

 

「し、ず、めぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 それは、自身の身の丈にも匹敵するほどの、巨大な鈍器を振り上げて絶叫する。

 

「ガッ、ガアァァァァァァッ!?」

 

 勢いよく、容赦なく振り抜かれた鈍器は女王の頭部を正確に打ち抜いた。

 脳を激しく揺さぶられた女王が、悲鳴を上げて大地へと倒れこむ。

 

 そう。絶叫は威嚇ではなく悲鳴。

 圧倒的な力を持つハズの女王が、自分よりも小さな人間に蹂躙されて上げた痛々しい悲鳴だったのだ。

 

「ハッ、ハッ、ハッ……」

「グ、グオオオオオォォォ!!」

 

 渾身の力を込めて女王が立ち上がる。

 その姿は万全のそれとは程遠い。

 

 飛竜の象徴である翼。その翼爪は叩き折られ、人間を容易く飲み込むアギトからは血が吹き出し、身体を守る鱗と甲殻はひび割れ、弾け飛んでしまっていた。

 

 満身創痍。

 陸の女王に似つかわしくない姿。

 

 何人たりとも、彼女を脅かすことなぞ出来なかった。

 だからこその『女王』。

 だとすれば、その『女王』を追い詰める人間とは一体何者か。

 

「はぁ、はぁ……、いいわよ。そんな簡単に狩れるなんて、思っちゃいないわよ」

 

 息を荒げながら人間が笑う。

 女王の殺意を一身に受けながら、それでも人間は逃げはしない。恐れもしない。

 

「アンタに恨みは無いけど、アタシは『リオレイア』を越えなきゃ先に進めないんだから」

「ゴアアアァァァァァッ!!」

「遠慮なく、容赦なく、アンタを踏み越えてやるから────」

 

 女王が人間に迫る。

 人間が鈍器を振り上げる。

 

「だからアンタは、ここで消えなさい!!」

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

「カーッ! うめえ!! やっぱり仕事の後の一杯は違うな!!」

 

 と、酒場の一角で声を上げたのは、黒髪を襟足だけ長く伸ばした少年だった。

 名をアルバート。大抵の場合『アル』と呼ばれる彼は、今しがた空にしたジョッキをテーブルに叩きつけて喉をならした。

 因みに酒場にも関わらず、飲んでいたのはジュースなのだが、まあそのあたりは個人の嗜好である。

 

 彼のいる酒場はハンターズギルドの窓口として機能していて、多くのハンターが仕事の情報を求めてやってくる。

 アルもまた、例に漏れずハンターなのだが、彼の場合は仕事を探しにきた訳ではなく、『一仕事終わったから一杯やるか』という、所謂祝勝モードなのであった。

 

「なんだ、随分ご機嫌じゃねえか。良い素材でも手に入ったか?」

 

 テーブルの上に置かれたステーキを口に運びかけた時、背後から声をかけられた。

 声で誰かを察したアルは、特に気構えもせずに振り返って笑った。

 

「おっす、そっちも仕事終わりか?」

「まーな。ちょいと火山まで飛竜狩りだ」

 

 そう答えてアルの対面に座ったのは、彼の予想通り金髪碧眼の青年、ジェイであった。

 青いレウスシリーズ────リオソウルUシリーズというらしい────を纏った、美しいガンナーである。

 

「火山ってーと、グラビモスとか?」

「いや、アグナコトルとかいうヤツだな」

「……強いの?」

 

 聞かない飛竜だな、と思いながら問うと、「死ぬかと思った」と返された。

 

 それだけでアルは、アグナコトルがとんでもない相手なのだと悟った。

 ジェイの実力を間近で何度も見ていたせいで、彼が並の飛竜相手にそうそう苦戦するとは思えなかったのだ。

 

 と、ここまで言えばわかってもらえるだろうが、アルはジェイとチームを組んだことがある。というか、現在進行形でチームを組んでいる。

 

 アルとジェイと、レオルドという大男の三人組だ。

 ここしばらくは三人で一緒に狩り場に出ていたのだが、今回はそれぞれバラバラである。

 というのも、定期的に一人での狩りを行わないと、いざ一人になった時に感覚の違いで致命的なミスを犯してしまう恐れがあるから、だそうだ。

 この辺りはレオルドの受け売りである。

 

「そんで? えらくご機嫌さんなお前は何を相手にしてきたんだ?」

「俺? イャンクックだよ」

「クック? あぁ……」

 

 アルが告げた名に、ジェイが何かを納得したように表情を緩めた。

 

 ────大怪鳥イャンクック

 

 正確には飛竜種ではなく鳥竜種に該当するそのモンスターは、かつてアルとジェイとレオルドで狩ったモンスターである。

 その狩りが結果としてジェイ達とチームを組むきっかけになったのだが、アルにとっては課題だらけの闘いだった。

 

「そんだけ機嫌が良いってんなら、結果は……」

「おう! ばっちり依頼達成! ま、ギリギリだったけどな」

「……そうかい」

 

 笑顔を見せたアルに、ジェイもまた薄く笑う。

 丁度そのタイミングでやって来たビールを受け取ると、ジェイはアルのグラスに自分のグラスをぶつけた。

 

「半人前になったアル君に乾杯」

「半人前って……。や、まあそうだけどよ」

 

 乾杯、と返してアルは笑う。

 一人前とはいかないことは自分でわかっている。

 それでも、前に進めていることが実感出来る。そのことが純粋に嬉しかった。

 

 そういう訳で『初めて一人でクック先生を討伐できました記念パーティー』がささやかに始まった。主役はアルで主催者もアルだが。

 因みにテーブルを囲む人数は一人増えて三人になった。

 

「とりま、俺ら三人の祝勝とアルのクック先生討伐記念ってヤツだな!」

「ああ。……よくやったな」

「あんがと。つか、レオルドは何か狩りに行ってたのか?」

 

 合流したのは言わずもがなレオルドで、ジェイの隣────つまりアルの対面でリュウノテールスープをすすっていた。

 

「ナルガクルガを狩りに行ったが、空振りだ」

「なんだそりゃ、そんなことあんのかよ」

「滅多に無いが、間が悪かったのだろう。縄張りを変えたらしい。変わりに棲みついていたヒプノックを狩ってきた」

 

 眠鳥(ヒプノック)とは、まためんどくさい相手である。

 一度三人で狩りに行ったが、アルはヒプノックが苦手だった。一瞬の隙が致命的な狩り場で、相手を眠らせてくるモンスターとか害悪以外の何物でもない。

 

「そりゃ大変だったな」

「いや」

 

 そういった意味合いを込めてかけた言葉に、返ってきたのは短い一言。

 組み始めてしばらく経った今では、こういうことにも馴れた。

 レオルドは怒っている訳でもなければ、返事がめんどくさい訳でもない。単に彼は口数が少ないのだ。

 

「まぁ旦那にとっちゃ、どんな相手でもラクショーくさいけどな」

「あー、そりゃ言えてる」

 

 笑いながらジェイの言葉に同意する。

 無論冗談なのだが、完全に『あり得ない』とは言いきれない辺りに、レオルドのステータスを感じとってほしい。

 

「つか、アグナ……なんだっけ? ジェイが死にそうだったって、どんなヤツだったんだ?」

「溶岩トカゲ。ビーム吐くぞ、ビーム」

「グラビーム?」

「アグナビィィィィムッ! ってな!」

「うおぉぉっ! 見てみてぇええ!!」

 

 と、まあこんな風に騒ぎ発てても、酒場という性質上誰も気にしない。

 因みにビームの話題で興奮するのは男なら当然なので、アルとジェイが二人で騒ぎ始めたことも気にしない方向でお願いしたい。

 

「でも、ビーム吐くんじゃガンナーにはツラい相手だったんじゃねえの?」

「いんや、その辺はブレスと変わんねえし。むしろ単純に強かったからなー」

 

 ふむ。アグナなんとかには要注意なんだな、とアルは心にメモした。

 ステーキを口に運んだ。

 美味かった。

 メモしたことを忘れた。

 

「ただ、アグナもやってらんねーくらい強かったけど、俺的には狩りが終わった後の方が、キツかったな」

「? なんかあったの?」

 

 眉根を寄せながら言うジェイに首を傾げる。

 

「原住民ってーの? なんか狩り場の近くに住んでる奴等に絡まれちゃってよー」

「は? なんじゃそりゃ」

「火の神を殺すなんて~、とかなんとか。モンスターを神様扱いってなによ? つか、命懸けで飛竜退治したのに、褒められるどころか罵声じゃ、割りに合わねえって」

 

 あー、思い出したら腹が立ってきた、と付け加えて、ジェイはビールをあおった。

 

「信仰はそれぞれだ。土地ごとの特色もあるだろう」

「あー、何かそれは分かるかも。俺の村もそうだったし」

 

 ジェイを諌めるように口を開いたレオルドに、同意する形でアルは口を挟んだ。

 

「なんだ、お前の出身地もモンスターを神様扱いかよ?」

「うん、『崩す神』だっけな。絶対氷壁の向こうにいる神様を、起こしちゃいけないんだと」

「……信仰してるのに起こすな、ってなんだ? つか、それだと絶対氷壁の向こうで寝てんのか、そいつは」

「昔、絶対氷壁に封印したとかなんとか。起きたら大変なことになるから絶体起こすな、って伝わってる。信仰とは違うだろうけどなー」

 

 破壊神か何かな訳ね、とジェイは納得した。

 それにアルは、そうそうそんな感じ、と返して、

 

「信仰っていうなら、その神様を封印したっていう英雄の方だな。村祭りもやるし」

「アル」

「うぇ?」

「お前の出身は何処だった?」

「ん? ポッケ村」

 

 レオルドの質問に返して、あれ? 言ってなかったっけ? とアルは首を捻った。

 

「どこだそりゃ」

「フラヒヤ山脈の麓」

「遠っ!? お前そんなとこから来てんの!?」

「うん」

「うへー、ありえねー」

 

 ジェイは嫌そうに顔を歪めると、スパゲティを口一杯に放り込んだ。

 それを横目で見ながら、「フラヒヤ山脈、か」とレオルドが反芻する。

 

「?」

 

 ジェイよりもレオルドの反応が気になる。が、別に特別なことなど言ってないので、アルとしては疑問符を浮かべるしかないのだった。

 

「っていうかさ、ギルドの方でそういう配慮ってないの? 現地住民に対するってやつ」

「ない。基本的にギルドはモンスターの頭数と被害状況を把握しているだけだ」

 

 そいつは厳しいこって、と適当に返して食事を再開する。

 よく考えれば、ジェイがそういう目に遭ってるんだから、その辺は当然だ。

 








※何か月ぶりかわからないくらい久しぶりに主人公が出ました……
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