「あー! やめやめ! 思い出したら腹立ってきた!!」
「お前なぁ……」
わしゃわしゃわしゃー! と、自らの美しい金髪をかきむしってジェイが叫んだ。
呆れたように笑ったアルだが、気持ちはなんとなく分かる。俺だって、狩りの終わりにそんな目に遭ったらやってらんねーし、と思う。
「三人揃ったんだし、これからの狩りのこと考えようじぇー」
「ああ」
短く返答してレオルドが『クエストリスト』を取り出す。どこに隠し持ってた? というツッコミは無しだ。とうに見馴れた。
「クック先生を一人で狩れたんなら、今までよりキツい相手でもやれるよな」
「……リオレウスとか」
「バーカ、そりゃキツ過ぎだ」
そんなバッサリ切らなくても、と思う。確かにレウス相手はまだキツいだろうが。
「鳥竜、魚竜、海竜と相手にしたからな。次は、甲殻種か牙獣種あたりが妥当だろう」
「牙獣ねぇ……。お! あるじゃんあるじゃん、良さげなのが」
フォークをくわえたままジェイがクエストリストを指差す。どんなだ? と、アルも身を乗り出してリストに目を通した。
「ババコンガか」
「おう。こんくらいなら、アルが使い物にならなくてもどうってことねえ」
「ちょ!? まだそんな風に思ってたのかよ!?」
「確かにこの程度なら、な」
「うおぉい! レオルドまで!?」
確かに最初のクック先生にはビビったけど、最近はマシになってきたじゃないですかー! そういう心境で叫ぶがスルーされる。シドイ……。
「……俺ババコンガって見たことねえよ」
「お、それなら尚更だな!」
ぶーたれながら発言すると、今度は拾われた。
これで決まりか、とレオルドがクエストリストを持って席を立つ。
三人での狩りでは、契約はいつもレオルドが行うのだ。
いつものように彼を見送って、ジェイと二人食事を再開する。
「あー!!」
と、大声。
ここは酒場で、酔っ払いも多い。普段ならそんな声なんて、気にもとめなかっただろう。
だが、この時ばかりはアルもジェイも、思わず食事の手を止めてしまった。
「師匠ー!!」
「む? ……エイナ、か?」
何か見覚えのない小柄な少女が、視界の端でレオルドに突撃していたからだ。
は? と、間抜けに大口開けたアルとは対照的に、ジェイの方は軽く眉を寄せただけだった。
「はい! お久しぶりです師匠!! ハンターズギルドにいるってことは、腕はもういいんですよね!?」
「ああ。完治とは言わんが、問題はない」
「良かったです! でも、治ったなら一声くらいかけてくれてもよかったのに」
師匠ってば、冷たい。などとぶーたれた少女は、外見から察するにアルと同年代だ。
長い金髪と青い瞳。白磁の肌に、緑と銀の鎧を纏っている。アルの記憶が正しいなら、アレは確か『レイアシリーズ』ではなかっただろうか?
雌火竜リオレイアの素材と、稀少な鉱石を使って造られるそれは、今のアルでは到底手に入らないものだ。その事実に、アルは少しだけ負けた気分になった。
ハンターの身につける装備は、そのハンターの実力を表す一つの基準でもある。
少女がその装備の通り、リオレイアを狩れるほどの実力だった場合、彼女はアルよりも遥かに腕の良いハンターということになる。
「あ、そうだ師匠! アタシ、一人でレイア狩れるようになったんですよ!」
「そうか」
「師匠はこれから狩りですか!?」
「ああ」
「それ、アタシも行って良いですか!? っていうか、一緒に行きましょう! リオレイアとかリオレウスとか!!」
「いや、俺は────」
「まあまあまあエイナちゃん! ひっさしぶりだっつうのに、俺の存在は無視ですかぁ?」
一気に捲し立てる少女と、言葉少なく応じるレオルド。それに割って入るように、ジェイが口を開いた。
少女は声に反応してこちらを向くと、「げ」とあからさまに嫌そうに顔をしかめる。
「……アンタ、まだ師匠といたの?」
「おかげさまでな。つか、ご挨拶だねぇ。もうちょっと愛想よくしたらどうよ?」
「何でよ。別にアタシは、アンタにゃなんの義理もないしぃ」
「違いねえ」
渇いた笑みを浮かべて、ジェイはビールを煽った。
レオルドとのやりとりからなんなく予測はしていたが、やはり彼らは顔見知りらしい。
「あぁ、それとな。次の依頼、何受けるかはもう決まってっから」
「へぇ。その様子じゃ、アンタやっぱりまだ師匠と組んでるのね。この
まるで親の仇を睨むかのような視線で放たれた台詞を、しかしジェイは余裕の笑顔で受け流した。
というか、疫病神?
「ついてきたけりゃ、ご自由に。ただまぁ……、な。旦那?」
「……そうだな」
「? 何ですか、師匠?」
含みのある笑みを浮かべたジェイと、無表情のレオルド。困惑する少女を余所に、二人の視線がアルに集中する。
え、何さ? と瞠目したアルと、二人の視線を追った少女の目が合った。なんていうか、こうバッチリと。
「…………何、こいつ?」
「いや、何って……」
「アルバート。俺らの新しい仲間だ」
気持ちはわからなくはないが、割りと失礼な物言いにアルは戸惑った。仮にも初対面なんだから、もっと言い方あるだろ? というヤツだ。
そのことを察したのか、アルを紹介したのはジェイで、彼のその台詞に少女はますます胡乱気な顔をする。
「なぁんかさぁ……」
「な、なんだよ?」
少女はアルを上から下までなめまわすように見つめた。
次いで、
「弱そう」
「ぐっは!?」
会心の一撃! アルのハートに438ポイントのダメージ! アルは倒れた!
…………が、生きていた。ただし、少年はちっぽけなプライドを傷付けられてしまっていたが。
「ろくに知らない相手に『弱そう』はないだろ!」
「あれぇ、まさかあんな一言で怒っちゃったんだ? 器の小ささが知れちゃうわよ」
「おい、ジェイ! 何なんだ、こいつ!!」
アルは立ち上がらんばかりの勢いで叫んだ。ジェイは「あはぁ」と、何だかよくわからない反応を返して笑う。
どことなくバカにされた気分になったアルに、ジェイではなく少女が口を開いた。
「人に尋ねる前に、自分から名乗るのが礼儀なんじゃないの?」
「……それをお前が口にすんのか」
「何よ? そんなことも出来ないヘタレ?」
「アルバート=L=メモリ! ハンターだ! つか、さっきジェイが説明しただろ!!」
まさかのヘタレ認定にアルは絶叫する。というか、この少女、ちょっとフリーダム過ぎる。
ちなみに、ジェイはアレ以上の助け船を出すでもなく、小さく肩を震わせて笑っていた。
「ふぅん。ま、それはいいや」
「…………」
よくねえよ。そう思ったが口にはしない。疲れたというより、腹が立っていたから。
「アタシはエイナ=ドラグ、ハンターよ。アンタよりずっと優秀な、ね」
優秀な、という部分をわざわざ強調して少女は言った。
ハンターには自信家も多いが、よく知りもしない相手を前にして言う台詞ではない。
アルは少女の装備から大体の実力に当たりをつけていた。だが、少女はどうだったのだろうか?
ハンターの使う装備品は、そのハンターの実力を測る目安ではあったが、それだけで全てはわからないものだ。加えて、アルの『ギアノスシリーズ』はエルモア周辺ではまず見かけない装備なのだから。
「アル、こいつは昔、俺達と組んでたんだ」
「それは……、なんとなくわかるよ」
エイナとは相容れないな、と渋い顔をしていると、ジェイが笑いながら解説を入れた。
「旦那の怪我をきっかけに、一人立ちしたんだが」
「……一人立ち?」
エイナはレオルドを『師匠』と呼んでいたから、彼の弟子だったのだろう。
だが、怪我が『きっかけ』で一人立ちとはどういう意味だろう? 師匠が『腕が使い物にならない』程の重傷を負ったのなら、普通は治るまで付き添うものではないのか。
「それで、どうする?」
だが、アルの疑問は吐き出される前に遮られた。
レオルドが短く呟いた声に、エイナが過敏に反応する。
「あ、ハイハイハーイ! アタシ行きまーす!」
「何を狩りに行くか理解してんのか?」
「何だろうが大丈夫でしょ? こんなの連れてくんだからさ」
「こんなのだぁ!?」
「まあまあまあまあ、落ち着けって」
エイナ、アル、エイナ、アル、ジェイの順の発言だ。
そこにクエストリストを持ったレオルドが割り込む。
「ババコンガの狩猟だ。場所は密林。やれるな?」
「はい……!」
どうやらレオルドはエイナを連れていくつもりのようだ。当のエイナもやる気満々だし。
少しばかりアルは気が重くなった。絶体エイナとは相性悪い。
「足引っ張んないでよ」
「……うるせえ」
※※※
カーテンの隙間から漏れる朝日に目を覚ました。
「……ねむ」
一言呟いてベッドから抜け出る。温かい布団とカーテンから漏れる朝日が、まるで毒のように睡眠を促してくるが、ようは気合だ。
起きる! という確固たる意思があれば、ほらこのとおり。一度ベッドから降りてしまえば、あとはもう動くしかないのだから。
寝惚け眼のままポストへ向かい、入っていた手紙を回収。部屋のテーブルに手紙を放り投げ、そのままその足で洗顔を済ませてしまう。
「お、ポッケ村から」
洗顔してようやく目が冴えてきたアルは、手紙の差出人を見て薄く笑った。
食器棚からカップと皿をとりだし、パンとミルクを用意する。パンよりも米派なのだが、朝から炊飯する根性はない。
軽く炙ったベーコンを乗せたパンを頬張りながら、アルは何通かある手紙の内、一通を手にとった。
手紙の数を鑑みるに、どうやら一日一通のペースで送ってくれてるらしい。狩りに出ている間、アルは手紙を読めないし、返事も出せていないのにマメなものだと思う。
飯食ったら返事書くかー、とパンをミルクで流し込む。
一日の出来事を事細かに書かれた手紙は、『アルの愛する者』の今の状態を如実に教えてくれる。もっとも、エルモアとポッケ村は片道一ヶ月なので、この手紙に書かれているのは一月前の出来事なのだが。
さっさと食事を終えたアルは、葉書と封筒を用意した。さらさらと、簡単にこの前の狩りの出来事、最近の出来事を書き綴って手紙に封をする。
「……っし! 行くか!」
食器を流しへ放り込み、昨日のうちに用意していた荷物を引っつかむ。
中身は狩猟用の道具と武器だ。防具は着て────いかない。どうせ移動に日数がかかる。インナーにだけ着替えると、防具は荷物袋に突っ込んだ。
荷物袋を持つのとは別の手で手紙を握り、玄関先でグリーブに足を通す。さすがに裸足で外を歩くほどバカではない。
グリーブを穿き終え、顔を上げた先。玄関の扉のすぐ横に『雪山を描いた絵』がかけてあるのが眼に入った。
アルはそれに微笑を浮かべると、挨拶して家を出た。
「行ってきます」
故郷ほどではないが、朝の街は少しばかり冷える。
自宅との温度差に軽く身震いをして、アルはさっさと酒場に行くべく駆け出した。
「寒さむサム」
「何語だ、それ?」
「あ、ジェイ。おはよ」
「おう」
アルの家────、もとい賃貸アパートと酒場までの道程で鉢合わせたのはジェイだ。
彼もアルと同じように荷物を背負ってはいたが、アルのインナー姿とは異なりこちらは完全防備である。
「まだ集合まで時間あんのに、珍しく早いんだな」
「あー……、エイナの奴がうるせえからな。師匠を待たせるなんて、とか言ってよ」
「なーる」
確かにそれは面倒だな、と思う。
そしてここまで言えばわかるとは思うが、アルとジェイ、そしてレオルドとエイナはこれから狩りに出るのだ。
目標はババコンガ。集合場所はハンターズギルドと決めてあった。
ハンターズギルドの管理する酒場と、アルの家はそれなりの距離があるのだが、朝が早いせいか通りを歩いているのはアルとジェイだけである。
もっとも、酒場は24時間営業だし、その周辺にあるハンター御用達の店もとっくに営業しているだろう。単純に、この区画が『人の活動する時間』に達していないだけだ。
区画ごとに特色があるのは、広い街では珍しいことでもない。
そういえば、今はちょうどジェイと二人きりだ。昨日、聞きそびれてしまったことを問うには、いい機会かもしれない。
「……なあ、師匠師匠言ってるけどさ、エイナってレオルドの弟子なのか?」
本人たちにはなんとなく尋ねにくい。
答えてくれなさそう、というわけではないのだが、エイナとは初対面でいきなり衝突しかけたこともあって、こういった軽い雑談のような受け答えができるとは思えないのだ。
そんなアルの思考を知ってか知らずか。ジェイはあっさりと首肯すると、ぼんやりと口を開いた。
「ああ。ま、半分くれぇ押し掛け弟子らしいがな」
「なんだよそりゃ?」
「それでも旦那が狩りを教えたことには変わりねえ。正直、今のお前よりは強いだろうな」
「……んなこと分かってるよ」
装備品の差から大体当りはつけていたが、その辺りのことを他人に指摘されるのはやはり堪える。知らず仏頂面になっていたアルに、ジェイは吹き出した。
「エイナも、まあ悪い奴じゃねえんだ。お前をボロクソ言ったのも、なんつうの? 性格、みたいなもんでよ」
「いや、性格なら質悪いだろ。どの辺が、嫌な奴じゃないんだよ」
口を尖らせて反論する。
そういえば、エイナはジェイにもキツイ言い回しをしていたような気がするのだが、彼は気にしていないらしい。
「簡単にいや嫉妬だな。俺達は旦那の『仲間』だが、アイツは旦那の『弟子』なのさ。
旦那には対等な相手として認められたいのに、『弟子』である自分はそうはいかない。だけど自分より弱そうな奴が対等な相手として認められてる。……とまあ、それでつい言い方がキツくなんだろ。可愛いもんじゃねえか」
言うだけ言ってジェイはカラカラと笑い続ける。
ジェイの言ったとおりなのだとしたら、成る程。確かにそんなに嫌な奴じゃなさそうだ。
誰かに認められたい気持ちは、アルにだってよく理解出来たから。
「……気にしないように努力する」
「別に気に入らないなら言い返せばいいんじゃね? 俺はその方が楽しい」
「……お前なぁ」
「うししし」
脱力するアルを尻目に、ジェイは悪い顔をする。
具体的には、『いいからさっさと激突しちまえよお前ら』みたいな顔である。
そんなアホなやり取りをしてる合間に酒場へと到着した。
入り口をくぐると、早朝にも関わらず、酒の臭いと喧騒が二人を出迎えた。
やっぱこの空気だよなー、と思ってしまう辺り、アルはやはりハンターらしい。
「遅い。時間にルーズなのは相変わらず?」
と、ここで不機嫌そうな少女の声。
「時間の指定はなかったろ? それに旦那もまだじゃねーか」
声の方に視線を巡らせたジェイが、軽くあたりを見渡しながらそう返す。
対し、少女は声のトーンを変えないまま、ばっさりと言ってのけた。
「師匠は仕方ないわ。腕が完治してない上に独り暮らしだし、準備にも時間かかるでしょ」
「……差別だ」
酒場に入って直ぐに声をかけてきたのは、言うまでもなくエイナで、彼女はジェイ相手に眉を吊り上げていた。
そんな彼女はハンターとしては小柄な身体をレイアシリーズで固めて、背には武器────名は知らないが種別はハンマーだろう────を担いでいる。
待ちくたびれた感を隠そうともしない辺り、そこそこ怒っているようだ。あるいは、それこそがジェイが話した『軽いジェラシー』からくる物かもしれないが。
「ガンハンマーか。ガチだな」
「油断とか余裕は身を滅ぼすのよ。アンタ、ちゃんと火炎弾持ってきたでしょうね?」
「ここで買う」
「……準備不足」
「堅いこと言わねーの。ちゃんと買うんだからいいじゃんよ。んじゃな」
言い捨てて、ジェイが購買(ハンターズギルド内には、狩りに必要な道具も多少売っている)へと消えていく。
「…………」
「…………」
沈黙が落ちた。
ジェイがいなくなった以上、残された二人で会話を成立させなくてはならないのだが、あいにくとアルにはエイナに話し掛けられるような話題が見つけられなかった。
いや、正確に言うなら話題自体はある。ただ、こちらが何を言っても、エイナとは場の空気が悪くなるだけな気がするのだ。
ジェイに諭されたとはいえ、昨日の印象は拭いきれない。アルにとって、第一印象はやはり大事なものだった。
一方のエイナは、昨日と同じくアルの装備を上から下まで舐め回すように見詰めている。
ギアノスシリーズが珍しいのか、はたまた目視で防具の性能を見極めようとしているのか。
どちらにしても、アルにとっては時間が長く感じられるほどに居心地の悪い空気である。
なんか喋れよ、と思いながらも会話を振ろうとはしない。彼女も恐らくは同じ考えか、アルを見詰めはするものの話題は出さなかった。