優しい龍   作:ハトスラ

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口は災いの元

 アル達四人を乗せた小船は、無事に狩り場へと接岸を果たした。

 

 今回の狩り場の指定は『密林』だった。もうすっかりお馴染みだが、エルモアからの移動時間は『船』で半日。

 そしてこれもお馴染みのことなのだが、アルは船酔いする。ガチで。喋れなくなる程に。

 

「うぷ……、気色わる」

「使えない奴」

 

 ボソリと言われた一言に反射的に返しそうになるものの、何か色々リバースしそうだったので諦めた。

 

 因みに、船に乗り込んでからはずっとこんな状態だったので、船上でエイナと言い合いになるようなことは無かった。

 というか、結局あの後レオルドが来るまで沈黙し続けた二人は、アルが船酔いしていなくても会話しなさそうではあったのだが。

 

 どれくらいそうしていただろうか。ベースキャンプである砂浜に仰向けに転がって、吐き気が治まるのを待っていたアルは、苦しそうな顔をしている自覚を持ちながらも起きあがった。

 

「もう行けるか?」

「おう」

 

 レオルドの問い掛けに短く応じて、ジェイが配分したであろう『支給品』をポーチに詰める。

 因みに『支給品』とはその名の通りの物で、ハンターズギルドからハンターに支給される物品である。ギルド側としても、ハンターに死なれたり依頼を失敗されるのは損失なので、最低限狩りに必要な道具をくれるのだ。

 

 支給品のうち、携帯食糧を口に放り込み腹を満たす。

 下手に何か入れていると、あっさりリバースする為、朝食は控え目。加えてちょうど昼食時だったこともあり、味気ない携帯食糧も美味しく頂けた。

 

「なんならそこでずっとヘバってれば? 足手まといはいらないし」

「……んだと?」

 

 アルがようやく、と言っていい準備を終えると、それを待っていたかのようにエイナが口を開いた。

 めんどくさい上に、ジェイの話を聞いてからは極力相手をしないでおこう────アルに相手の言葉を巧く流す懐の大きさはない────と思っていたのだが、つい反射的に返してしまった。

 

 それに勢い付いたのか、船の中では言い合い出来なかった分を晴らそうというのか、エイナは鼻息を荒くして捲し立てる。

 

「こんな程度でヘバってるなら、足手まといでしょ? ぶっちゃけアタシと師匠だけで充分なのよ」

「船酔いは体質なんだからしゃーねーだろ。それと狩りの腕は関係ない」

「三半規管が弱いってのよ。それに背だってチミッコイしぃー」

「……うっせ。お前とあんま変わんねぇだろ」

「アタシよりチビな段階で、『ふぅん』な状態な訳よ」

 

 狩りに背丈は関係ない────訳じゃないことを痛いくらいに知っている故に、アルは咄嗟には言い返せなかった。

 身長は攻撃力や体力に大いに関連するのだ。

 というか、エイナとそう身長が変わらないことに一番凹んだ。しかもよくよく観察してみれば、もしかするとエイナの方が僅かに背が高いのではないだろうか……?

 

「っていうかぁ、船の中でジェイに聞いたんだけどさぁ」

「……んだよ」

「単独での大型モンスター狩猟経験が圧倒的に少ないんだって?」

「……、」

 

 余計なこと言いやがって、とジェイを睨むも、彼は面白そうに肩を竦めただけだった。

 オモチャにされてる、とアルは悟った。アルだけではなく、アルに突っかかるエイナも含めて。

 

「それってさ、寄生じゃない?」

 

 『寄生』

 文字通り、強いハンターに着いていって、ろくな戦いもせずにおこぼれだけを頂くハンターのやり口だ。

 

 経験豊富な上位ハンター二人と、大して経験のない新人ハンターが一人。

 アル自身にそういうつもりはなかったが、端から見ればそういう風に見えるのだろう。それに、彼らの役に立っているか分からない現状では、『寄生じゃねえよ!』とは高らかに宣言できない。

 

 そんな訳で黙ってしまったアルの変わりに、口を開いたのはレオルドだった。

 

「エイナ」

「何です、師匠?」

「アルは俺が頼んでパーティに加入してもらった」

「……っ、そうですか」

 

 簡潔な言葉は、言外に『アルは寄生ではない』と告げている。

 意図せずたしなめられる形になったエイナは唇を噛んだ。ついでにアルに対する視線は強くなる。

 

 俺のせいじゃねえじゃん。

 そうは思うものの、エイナの思考には関係ないのだろう。少しだけ口を(つぐ)んだ彼女は、別の切り口からアルを攻める算段をつけたらしかった。

 

「でもさ、結局経験足りてないことには違いないんじゃない?」

「……否定はしねえよ。確かに俺は経験不足だ」

「よねぇ? 片手剣なんて使ってるくらいだし」

「あん?」

 

 エイナの言葉に顔をしかめる。何故そこで、片手剣を引き合いに出すのだろうか?

 

 が、その答えには割りとすぐに思い当たった。

 片手剣はその扱いやすさから、初心者を中心に人気が高い武器カテゴリーなのだ。よって、アルがそれを装備することによって、経験の少なさが裏打ちされているとも言える。

 

 だが、次のエイナの台詞は、アルの予想を外れた。

 いや、予想通りの軌道ではあったが、思っていた本質がまるで違ったのだ。

 

「片手剣なんて、初心者しか使わない武器を下げてるんだもんねー。攻撃力足りなさ過ぎて笑えないっていうかぁ」

「な、に……?」

 

 一瞬、聞き違いではないかと硬直する。そんなアルを余所に、エイナはペラペラとまくし立てた。

 

「軽くて攻撃力は無いし、軽い風圧にも堪えらんないし。

 小さくってリーチが足りない上に、盾だって半端。

 大体、大型モンスター倒すのに、そんな程度の性能で何とかなるって考えが浅はかよね」

 

 こいつはいったいなにを言っているのだろう?

 

 そんな風にエイナの言葉をどこか遠くに聞きながら、アルは右の拳を強く強く握った。籠手を着けていなければ自分の手を傷付けてしまう程に。

 聴覚から入ってくる情報に、脳を焼かれる灼熱感を味わいながら、アルはようやく一言だけを口にした。

 

「……うるせえよ」

「え? 何? 図星指されて怒っちゃったの? でもさぁ、普通に事実じゃん」

 

 やや俯いて呟いたアルの表情の変化に気付くことなく、エイナは鼻で笑って続けた。

 その口調は先程よりも軽やかで、()()()()()()()()()()()()()()()()に気付いている様子はない。

 

「軽くて扱いやすいってさ、実際は大した利点じゃないのよねぇ。威力がなければ勝てないし。別にあのちんけな盾で誰かを護れる訳じゃないしさぁ。遠距離からの攻撃だって出来ない訳で」

「……れ」

「同じ近づくなら大剣とかハンマーとか。守りにしたってランスがあんのよ。手数の多さは結局双剣に勝てないし、わざわざ片手剣使う理由が無いっていうかぁ。ホント、あらゆる意味で初心者向けな────」

「黙れって、言ってんだ!!」

 

 怒号が飛ぶ。

 顔を上げたアルは、真っ直ぐ、それでいて強くエイナを睨み付けた。

 見る者が見れば、その表情の険しさに気付いただろう。飛竜に向き合っている時ですら、アルの表情はここまで険しくはならない。

 

 一方のエイナは、突然の大声に僅かに硬直したものの、我が意を得たりとばかりに追撃をかけようと口を開いて────、

 

「はっ、何ムキになっ────」

「喋んな」

 

 低く、しかし鋭い声に遮られた。

 否、鋭いのは声色だけではない。斬りかかっていかないのが不思議な程に、アルは全身から怒気を滲みだしている。

 

「てめぇはもう喋んな」

 

 ベースキャンプ内とはいえ、狩り場には似つかわしくない沈黙が降りた。

 僅かに怯んだ様子のエイナに、怒り心頭なアル。

 少し離れた場所にいるジェイとレオルドは、口を開くことなく状況を見守っている。

 

「ふざけんなよ、てめぇ」

「な、なによ?」

「軽くて攻撃力が無いことだって、リーチが短いことだって、弱い盾だって、風圧に弱いことだって、んなこと全部分かった上で使ってんだよ」

「だ、だったら────」

「だったらどうだってんだ!

 じゃあ、てめぇが背中にしょってるハンマー。それは狭い場所で振れんのか? 敵の攻撃を防御出来んのか、あぁ!?」

「そ、それは……」

 

 知っている。片手剣が、あらゆる方面で他の武器に後れを取っていることなど、知っていた。わかっていた。

 

 ────だが、

 

 そう、()()なのだ。それを知っているからこそ、アルは激情を抑えきれない。

 否、抑えようとも思わない。

 

「ランスに素早さが求められんのか、ガンナーに防御は? 近接戦闘は? 残弾が無くなったら?

 大剣だって、他の近接連中を巻き添えにしないように気を付けなきゃいけねえんじゃねえのか!?

 初心者用の武器? 上等だよ、てめぇ。

 そいつは『誰にでも使える』ってことじゃねえのか。そいつの何が悪い? 使い手を選ぶ他の武器より、よっぽど優秀だろうがよ」

 

 アルは激情のまま叫んでいた。

 けれどそれは『片手剣士』だから、という訳ではない。

 むしろ、それは『ハンター』だから。

 

「ああ、そうだよ。武器に単純な優劣なんかねえ。どんな武器にだって良いとこと悪いとこがあるんだ。んなことくらい分かってる。

 だからこそ、てめぇの言い方が腹立つんだよ。俺をバカにしたきゃしろ。腹は立つけど、お前は俺を知らない。弱いって思われたって仕方ねえ。

 けどな、『片手剣』をバカにすんじゃねえよ!!」

「あ、アタシは別に……」

「別にそんなことはないってのかよ? 冗談じゃねえぞ。あんだけボロクソ言って無かったことにすんのか?

 分かってねえなら教えてやる。てめぇがさっき言ったことはな、俺をバカにしてたんじゃねえ。『片手剣を使ってるハンター全員』をバカにしてたんだぞ!

 自分の使ってる武器に誇りを持ってる人間なんて、それこそごまんといる。そんで、それぞれの武器に単純な優劣なんてねえんだ」

 

 『武器に優劣はない』

 そう、その一点。それに対して、アルは怒っていた。

 

「ここまで言われて、まだ自分の方が正しいって思えるなら、さっきの言葉そのまま酒場で叫ぶんだな」

「……っ」

 

 エイナが唇を噛んで俯く。

 反面、アルの激情は加速してゆく。

 

 熱くなる思考の中、僅かに残る冷静な部分は、このままでは決定的な一言を放ってしまうと告げていた。

 それでもアルは辞める気はなかった。例え、このことが原因でエイナと気まずくなろうとも、アルは告げる。

 

「下らねえこと言いやがって、そんな簡単なことも分かんねえようなら、お前もうハンター辞めろ」

 

 言い残して、歩き出す。これ以上、一秒だってエイナとは一緒にいたくなかったから。

 

「レオルドの弟子だって言うから、どんな凄い奴かと思ったら……お前、全然大したことねえよ」

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