「……ジェイ」
「大丈夫だ、旦那。印は着けた」
血と硝煙の臭いに支配された狩り場で、レオルドの短い声にジェイが抑揚のない声で応じた。
狩りモードだ、とアルは思った。ジェイは普段、軽薄な笑みと軽快なトークを見せるが、集中が一定を越えると途端に感情の起伏が少なくなる。
「さぁって! んじゃ、サクサク行くぞー」
もっとも、このように狩りの合間にはすぐにいつもの調子に戻るのだが。それを含めてジェイは優秀だ、とアルは思っていた。
ちなみにババコンガは逃げた。
レオルドとエイナの苛烈な攻めのせいだろう。師弟というだけあって、レオルドとエイナの連携には目を見張るものがあった。
初見で大型モンスターと戦うなどという真似は、しないしさせてもらえないため、アルはジェイの護衛というかたちで後ろに下がった。その結果、入れ替わるように前に出た二人の動きがよく見えた訳である。
結論として、エイナは強かった。
さすがに、レオルドの弟子というだけはある。
アルが大型モンスターに向かっていくより、一歩も二歩も前に踏み込む度胸。隙の大小関わりなく、自分の攻撃力で、その隙を抉じ開ける戦法。
どこかレオルドを思わせる戦い方に加え、彼女が扱う武器もまた、強力に過ぎた。
恐らくは、狩人が扱う武器の中でも、トップクラスの破壊力をもった武器カテゴリー。ハンマーである。
大人の男でも持ち上げることが出来るか否か、という程の重量がある武器を、小柄な少女が、まるで自分の腕の延長かのように軽々扱うさまは、見ていて戦慄すら覚えた。
ともあれ、アルはアル。エイナはエイナである。比べても仕方ないと割り切ることにする。
ホントはちょっと、いやかなり悔しかったり、羨ましかったりするのだが。
「北だな」
「あんま遠くにゃ行ってねーみてーだな。早く帰りてえし、ちゃちゃっと済ませちまってくれよ」
ジェイがババコンガに撃ち込んだペイント弾。その臭気から、ババコンガの移動先におおよその見当を着けたレオルドが歩き出す。
それをきっかけに、エイナが、ジェイが同じ方向へと向かった。コンガの解体をしていたアルは、それにやや遅れるようにして続く。
(しっ……、かし、属性武器ってのは、思ったより負担がかかるな)
腰に下げた愛剣『コロナ』を見詰めて、ふと思った。
威力は強化前とは比較にならない程上がっているが、その分腕にかかる負担が増している気がする。
もっとも、この程度なら扱い切れるし、多少の扱い難さは、増えた攻撃力で十分お釣りがくるのだが。
そして、それに連動して思い返すのは、一人のハンター。
(ホント、楓さまさまだよなぁ)
『コロナ』は高い火属性を宿す片手剣だ。そして属性武器の大半は、その属性の特徴に見合ったモンスターの素材を必要とする。火属性なら火竜。水素材なら水竜、といった具合に。
コロナの強化に必要だったのは火竜────、つまりリオレウスの素材であった。
しかし、当然のように未熟なアルでは火竜は狩れない。レオルド達と組んでからも、彼らがこちらへ狩りの難易度を合わせるので、そんな大物とは戦ってはいないのだ。
実際問題、アルは火竜の素材を手に入れる機会には恵まれず、その結果コロナも作成出来ないハズである。
にも関わらず、その業物はアルの腰にぶら下がっている。
何故か、は考えるまでもない。どうにか『恵まれない機会』で、コロナへの強化に必要な素材が集まってしまっただけだった。
※※※
「今回は随分と世話になった」
ハンターズギルドの一角。カウンターバーの側で、先ほどまで竜車に相乗りしていた人物がそう言った。
紅いドレスのような鎧を身に纏い、蒼い銃槍を背負った銀髪の女性。
名を楓という彼女は、アルなど及びもつかないような実力を秘めたハンターなのだった。
「いや、世話になったのはこっちだよ。楓には迷惑かけっぱなしでさ」
「私一人では完遂出来なかった依頼だ。そう卑屈になることもあるまい」
そうやって楓は優しげに微笑むのだが、迷惑かけたのは事実なので、アルは苦笑を返すしかない。
具体的にどんな迷惑かというと、援護が巧く出来なかったりとか、火竜にビビって動けなくなったりとかだ。思い出したら少し凹んだ。
「ところで、お前はこれからどうするつもりだ?」
「どうって……、報酬貰って、ついでに晩飯食って、帰って寝るけど?」
「いや、訊き方が悪かったな」
何だろ、急に。というのが、アルの感想。
キョトンとしたアルに対し、楓は微笑を浮かべたまま、質問を改めた。
「ハンターを続ける気は、まだあるか? と、訊きたかったんだ。狩り場では、何やら思い悩んでいたようだったのでな」
その質問に、アルは笑顔で頷いた。
そうするだけの、まだやってみようと思わせるだけのことを、目の前の彼女がしてくれたのだと、実感しながら。
「うん。まだ、もうちょっと頑張ってみるよ」
「そうか。まぁ、帰路の様子から、そういう予感はしていたがな。それを、しっかりお前の口から聞いて、やっと安心できたよ」
「存外、心配性なのかもしれんな」、と楽しそうに笑う楓に、アルもまた、「そうかもな」、と返して笑う。
「では、機会があればまた何処かで」
「あれ? もう行くのか、報酬もまだ受け取ってねえのに?」
エルモアに着いてすぐにハンターズギルドに直行し、狩りの達成報告をした訳だが、報酬の査定には多少の時間がかかる。
現在二人は、その査定待ちなのだった。
「ああ、報告ついでに次の仕事を持ちかけられてな。そちらが急ぎらしいので、私の分の報酬は、その仕事とまとめて貰うように頼んだんだ」
「なんだ、忙しねえな。ゆっくり休む暇もねえじゃんか」
「違いない。これが終わったら、しばらく休むことにしよう」
とはいえ、ギルド側がすぐに仕事をあてがうというのは、彼女が優秀な証拠であろう。
羨む反面、いつか追い付きたいと心に刻んで、アルは楓を送り出した。
「気ぃつけてな」
「ああ。……そうだ」
笑みを浮かべて歩き始めた楓は、何かを思い出したかのように立ち止まると、アイテムポーチを探って、布にくるまった何かを投げて寄越した。
「……っと、なんだよ?」
投げ渡された物を見ながら軽く首をひねる。
「今回の件、その礼だ。今の私には必要ないからな、受け取ってくれ」
布の中身はそれなりの大きさと重さである。
なんだろう? と布を引き剥がすより先に、楓は「それではな」とこちらに背を向けてしまっていた。
「ああ、何かわかんないけどありがとな! またどっかで!」
慌てて声を張り上げるアルに、振り返らないまま片手を挙げて、楓は酒場を出ていってしまった。
「……」
しばらく無言で酒場の入口を見詰めていたアルだったが、やがて手の中にある布の中身が気になった。
割りと丁寧に包装されているそれをほどく。ややあって、アルの目に写ったのは赤い鱗であった。
「これ、火竜の鱗……?」
赤い鱗と聞いて真っ先に思い出したのは火竜だ。
そして、その思考は正しいように思えた。何故なら、楓との狩り、その場所に『彼』はいたのだから。
「アルさん」
「ん? ああ、シエルか」
呆然と見詰めていた鱗を反射的にポーチにしまって、声をかけてきた受付嬢に振り返る。
アルの思い描いた通りの人物は、アルと目が合うと柔らかな笑顔を向けて言った。
「お疲れさまでした。査定の結果が出たので、報酬をお渡ししますね。今回は、アルさんの期待を上回る量かもしれませんよ」
「は? ……って、うお!?」
笑顔で言ったシエルから、報酬の入った布袋を受け取る。
差し出された報酬は確かに重かった。
卵運んだだけなのに、こんなにかさ張るか? と怪訝に思ったアルは、早速報酬の入った袋を覗き見た。
袋の中身は大量の硬貨と、いくつかの素材である。
それ自体は珍しくもない光景だったが、随分と硬貨の量が多い。そういえば楓が持ってきた依頼状には、大した報酬金額が記載されていたように思う。
次いで、アルの目を惹いたのは素材だった。何かよくわからない骨や、赤やら黄色やら色の着いた種。それに埋もれるようにして、『赤い鱗』が数枚袋の底に紛れ込んでいる。
「これ……!?」
「はい。森丘を闊歩していたリオレウスが傷付いて、人里から遠く離れた場所で療養し始めたのが確認されたので、追加報酬です」
「追加?」
思わず聞き返すアルに、シエルは笑顔のまま説明をくれる。
「大型モンスターの狩猟の場合、どれだけそのモンスターを傷付けたかによって報酬が変動するんです。
ギルド側としては、生態の調査もしたいので無傷での捕獲が望ましいのですが、そういう訳にもいきませんしね。傷付き過ぎて調査には使えないと判断が下った場合、その部位の素材がハンターに回されるんです」
「バカバカ傷付けると、ギルドは大損って話か?」
「必ずしもそういう訳じゃありませんけどね。破壊跡から解ることもあるらしいですし。それで、今回の報酬なんですが……」
「あ、そういやただの卵運びだぜ?」
「ええ。依頼内容が大型モンスターの狩猟でなくても、狩猟の達成でその素材を渡す規約になっているんです。
また、狩猟達成していなくても、それに準ずる成果で報酬が与えられます。こちらは、狩猟達成に比べると、少しすくないですが」
そういえば最初に「リオレウスは療養のために引っ込んだ」と言っていた気がする。
「つまりリオレウスを追い払ったから報酬貰えるってこと?」
「そうですね。でも中途半端に刺激したりすると、モンスターの怒りを買って、危険のなかった場所に危険を増やす結果にも繋がりますから、なるべく必要のない戦闘は自重してほしいですね。
もしそうなったら、追加報酬どころか責任とってもらうことになりかねませんし。
まあ、今回は観測隊から安全との報告が上がってますから、大丈夫ですけど」
「はは……」
シエルのその言葉に、アルは乾いた笑みを返すことしか出来なかった。うまく転んだとか以前に、楓がリオレウスと対峙するハメになったのはアルがちんたらやってたせいなのだから。
ともあれ、報酬は報酬。受付嬢から手渡される以上は正当なものなので、アルはありがたく受け取ることにした。
ずしりと重い袋を掴むと同時に、あることを思う。
(つうか、どうやったら
アルの中に、楓の桁違いさが改めて刻まれた瞬間だった。
※※※
(楓には、いつかちゃんと借りを返さねえとな)
行軍の最後尾を歩きながら、アルはそんなことを思った。
コロナは強力に過ぎる武器だ。生産が難しい分、その性能に申し分はない。
『レッドサーベル』と呼ばれる、火竜の素材を使った片手剣がある。
その剣に、発火能力をさらに増すための『火炎袋』。火竜の素材の中でも特に稀少な『火竜の逆鱗』を加えて、『コロナ』は完成する。
火竜を狩れるハンターであっても、稀少素材である『火竜の逆鱗』が入手出来ず、生産出来ない人間も多いと聞く。
その点、アルは運が良かったとしか言いようがない。
そう。別れ際、楓がアルに投げて寄越したのは『火竜の鱗』ではなく『火竜の逆鱗』。
稀少素材をあっさり手放す感性に、アルはそれはもう驚いた(武器屋の前で5分程硬直)ものだが、ありがたく使わせて貰ったのだ。つうか、使わないと楓に怒られる気もしたし。
ちなみに、大量に必要だった火炎袋は、先日狩猟したクック先生からいただいた。発火能力さえあれば、火竜のものでなくても代用可能だとか。
閑話休題。
ともあれ、アルは強力な火属性の武器を手に入れた。この武器なら、ババコンガ相手でも十分通用する。
と、不意に最前列を歩いていたレオルドが、こちらへと振り返った。
「アル」
「んあ? 何?」
「次から、いけるか?」
「……」
短い確認の言葉。それにしばし考えてから、アルは頷いた。
「ああ。だいたい
「そうか」
彼からの返答は相変わらず短い。
だが、逆にそれこそが、レオルドからの信頼なのだと思う。
「じゃ、前は旦那とアルに任せるわ。……エイナ!」
最前列のレオルドが、最後尾のアルと会話するために後退したことで、現在の先頭はエイナだ。
いつからこちらの話を聞いていたのか、ジェイがエイナに呼び掛ける。
「……何よ?」
応じたエイナは仏頂面だった。
ジェイはそれに、苦笑を一つ返して口を開く。
「アルと旦那がかき回すから、オメーは一歩退いて様子みてろ」
「アンタのお守りしろって?」
「違う違う」
仏頂面をさらに歪ませたエイナに、ジェイは今度は苦笑ではなく楽しげな笑みを浮かべて言う。
「トドメは任せた」