エイナは苛ついていた。
────トドメは任せた。
そうジェイに言われてからずっとだ。いや、正確にはその少し前から。
別にトドメを任されたことに怖じ気付いた訳ではない。
片手剣、双剣、ハンマー、ヘヴィボウガンという取り合わせなら、ハンマーが一番トドメ向きであろう。遠距離武器としては高火力なヘヴィボウガンも、総合的な火力ではトップクラスの双剣も、一撃の威力ではハンマーには及ばない。
それをエイナは正しく理解しているし、それ故に与えられた役割に納得もしている。だから苛ついているのは、それとは別の理由だ。
(どこにいるってのよ……!)
内心でそう毒づく。
最初の遭遇戦以来、ババコンガとは遭遇していない。反面、コンガとの遭遇戦は増えていた。
依頼内容にはコンガの間引きも含まれていた。それ故に出会う度に蹴散らしてはいるが、際限なく沸いてくる猿の相手は正直、精神的にくる。
この状況がこのまま続くようなら、エイナは爆発してしまうかもしれない。
まあ、そんな理由でエイナは苛々している訳だが、もちろんそれだけではない。
ちら、とすぐ後ろにいるアルを流し見る。度重なる遭遇戦によって、隊列は入れ替わってしまっていた。
だがまあ、そんなことは些細なことだ。問題はもっと別で。
(会話のきっかけ……)
ベースキャンプを出てからアルとは会話をしていない。きっかけがないのだ。
会話のきっかけがない、ということは、謝罪するきっかけがない、ということで。
ベースキャンプでのことを謝るつもりだったエイナは、それはもう苛ついていた。何せ、恥を忍んで謝ろうとする度に、コンガに遭遇して決意を潰され続けているのだ。これで苛つかない方がどうかしている。
(あー、もう! アタシらしくもない!!)
頭では、さっさと謝ってしまえばいいとわかってはいるのだ。許してもらえるかは別問題として、そうしなければ、エイナの気が済まない。
けれど、そこに生来のプライドの高さだとか、複雑な乙女心とかが絡んでくるものだから、エイナは謝罪するのにかなりの精神力を必要としてしまうのだった。
悶々としたまま、何度目になるかわからないエリアの移動を行う。密林の隅に小さな池があるだけの、狭いエリアだ。
「なあ、旦那。そろそろ休憩しねえ? 俺、疲れちった」
「……ああ」
悩める乙女を尻目に、ジェイは呑気(エイナにはそう見える)に休憩を提案する。
ペイントの臭気を追って歩いてはいたものの、こちらの気配を読んでいるかのように移動するババコンガ。最初の遭遇からかなりの時間が経過しているし、通常体との遭遇戦もそれなりに繰り返した。
さらに酷いことに、先程ペイント弾の効果時間が終了してしまったのか、臭気が消えた。これではババコンガの位置を特定出来ない。
どれも致命的ではないが、確実に消耗し始めた今、レオルドがジェイの提案に頷くのは当然と言えた。
「なら、この間に武器を研ぎ直しとくか」
歩きながら自身の剣に目をやり、アルが呟いた。
謝るなら今だ、とエイナは直感する。
ジェイがその辺りに腰を下ろす中、レオルドは周辺の警戒にあたる。
普段ならジェイに文句の一つでも言ってやるのだが、その余裕は今のエイナにはない。
狭いエリアの隅にある泉。その程近くに腰を下ろし、赤い剣を研ぎ始めたアルを鋭く睨む。
いや、エイナには睨んでいるという意識はない。
ただ、ちょっと気合いが入りすぎているだけなのだ。アルはその視線に気付いてはいるのか、何処か居心地が悪そうであったが。
そんなアルの様子に気付く余裕すらないまま、エイナは一度深く息を吐き出した。
よし! と気合いを入れ直してアルのすぐ側に立つ。
「ね、ねえ!」
驚くほど上擦った声に、自分で自分に呆れてしまう。どんだけ緊張してんだ、と。
「んだよ?」と顔を上げたアルと、エイナの視線がかち合った。
なんでもない視線に、思わず「うっ」と言葉に詰まる。
再度、落ち着けと自分自身に念じて、エイナは口を開いた。
「ちょっ、ちょっと話があるんだけど!」
(全然落ち着けてなーい!?)
かつてこれ程緊張したことがあったであろうか。いや、ハンターをやってる以上は絶対にあるハズなのだが、今のエイナには過去最高の緊張に感じられた。
ともあれ、アルの方も「話?」と耳を傾ける意思はあるようだ。
バックバク五月蝿い鼓動に戸惑いながらも、「こんなもん勢いじゃー!!」と半ば自棄になって、謝罪に必要な台詞を引っ張り出す。
────ごめん。
────悪かった。
────すまない。
────堪忍な。
────許して。
────そんな怒んなくても。
────この度は一身上の都合でご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。
あらゆる謝罪文句が頭を巡っては消えていく。
無数にある選択肢から、エイナが選んだのは────、
「い、良い天気ねー」
(……って、違ぁぁぁぁぁぁぁぁうっ!?)
脳内で壮絶なセルフツッコミを行うエイナとは対照的に、アルは少し眉を寄せただけだった。
「ん。ま、良い天気だけどよ」
「そ、それでね!」
「あん?」
今度こそは! と、意気込むあまり大声が出た。というか、さっきから上擦った大声しかあげていない。アルからすれば、さぞ挙動不審な女に見えることであろう。
「その……さっきの、ことなんだけど」
「さっき?」
ようやく、と言っていい成果に、エイナの心に若干の余裕が生まれた。
後は、謝るだけである。
もう一度深呼吸。気を落ち着けて────、よし。いける。
「ベースキャンプで、さ」
「っ!」
その単語を聞いた途端。こちらの話を聞きながらも、どこか手元の剣に意識を向けていたアルが、急に動きだした。
「え?」
エイナとしては戸惑うしかない。
緊張と、アルの突然の行動とで空白になった思考は、思いもかけず一つの結論を導き出した。
────アルは、あの事に対して、とてつもなく怒っている。
その証拠に、一気に立ち上がったアルの右腕は、エイナの肩を掴むように伸びてきている。
エイナの背後には小さな泉。彼がエイナを許せずにいるなら、このまま突き飛ばすのだろうか。
濡れ鼠かよー。と、どこか他人事のように思いながら、しかし当然の報いかもしれないな。と、ある程度は納得もしていた。
果たしてアルの右腕はエイナの肩を掴んで────、
「伏せろバカッ!!」
「っ!?」
押されるのではなく、思い切り、引き寄せられた。
直後、凶悪な風切り音と風圧が耳元を掠めていく。
何が起きたのかわからないままのエイナを余所に、アルは彼女を庇うように位置関係を入れ替える。
「ブオォォォォォォ!!」
「ぐっ!?」
咆哮と金属音。
次いで感じた衝撃に、エイナはアルとともに後退する。二人揃って、雑草生い茂る地面を滑っていった。
混乱のまま顔を上げる。
そうしてやっと見えたのは、泉の中からずぶ濡れで飛び出したババコンガ。
すぐ側に感じる温もりは、エイナを抱き寄せ盾を構えたアルのそれであった。