優しい龍   作:ハトスラ

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決着 ~言葉の意味と彼の実力~

 何事かを話そうとしたエイナを背後から襲ったのは、泉の中から飛び出したババコンガだった。

 とっさに彼女を引き倒し、体勢を入れ替えるようにババコンガの前に躍り出る。果たして、ババコンガの豪腕はアルの盾に阻まれ、エイナに届くことはなかった。

 

「ぐっ!?」

 

 それでも、盾越しに伝わってくる衝撃までは殺しきれない。エイナと二人して、滑るように後退した。

 

(水の中からとか、エラ呼吸でも出来るってのかよ!?)

 

 痺れる左腕を一度軽く振って、敵を見据える。身体をブルブルと震わせて、全身の毛から水気を飛ばすさまは、犬のそれとよく似ていた。犬の方が、遥かに可愛げがあるが。

 

 直後、ババコンガの鼻先で爆発。火炎弾だ、と思うまもなく、悲鳴をあげた牙獣目掛けてレオルドが突っ込んだ。

 

「ジェイ!」

「師匠!」

 

 エイナの声に応えず、レオルドはババコンガを二度斬りつけ、僅かに距離を取る。対し、ジェイの方は「早く前、支えろ」とアルに応えた。

 

 首肯し、エイナを掴んでいた手を放す。支えを失って倒れてしまうかと思ったエイナはしかし、意外なほどしっかりと二本の足で立っていた。

 考えてみれば、彼女も幾度となく死線を越えた(恐らくアル以上に)ハンターなのだ。今更多少の強襲でぐらつくような胆力はしていないのだろう。

 

 思考の隅でそれだけ考えると、アルは地面に転がっていた愛剣(研磨の最中に誰かを庇えば、放り出しもする)を拾い上げ、レオルドの隣に位置付けた。

 

「行けるな?」

「おう」

 

 問いかけも回答も、揃って短い。それでも両者にとってはそれで十分。

 二人めがけて飛び掛かってきたババコンガを余裕を持って避けると、レオルドは鋭い動きで大猿の懐に潜り込んだ。対照的に、アルはやや距離を離し様子を伺う。

 

「ブムゥ」

 

 よくわからない声をあげたババコンガと、アルの目とが合う。その瞳に殺意を感じ取った瞬間、アルはババコンガに向かって踏み込んだ。

 

 目に見える突撃。いくらババコンガでも、ここまで捻りのない攻撃ならば迎撃も余裕である。

 

 直線的に疾走するアルを叩き潰す為に、ババコンガの豪腕が唸りをあげる。それを視界に捉えても、アルの疾走は止まらない。むしろ加速する。一瞬でババコンガの間合いに到達したアルは、右腕のコロナを振りかぶった。

 

 だが遅い。アルは攻撃後に逃げなければババコンガに圧殺されてしまうが、ババコンガの腕は既に振り下ろされ始めている。攻撃だけならともかく、離脱の時間は、ない。

 

「ブォォォォッ!?」

 

 その時、勝利を確信しただろうババコンガを、無数の斬撃が襲った。

 

 レオルドだ。

 レオルドは大柄だが、ババコンガからすれば小さい。その体格差を活かして、大型モンスターの最大の死角、懐深くへ飛び込んだのだった。

 アルの目に見えた攻撃は、それを見越してのことだ。アルに注意を傾けさせれば、死角に入り込んだレオルドに、そうそう気付かれることはない。

 

 意識していない場所からの強烈な攻撃に、ババコンガの体勢が僅かに崩れた。ダメ押しとばかりに、振り下ろした腕────正確にはその爪に、火炎弾が叩き込まれる。

 

「せぇぇぇぇぇぇい!!」

 

 2つの要因が重なって、ババコンガの腕はアルを掠めるだけに留まった。衝撃に大地が揺れる。

 総身を奔る怖じ気を無視して、振り抜いた剣がババコンガの爪を捉えた。

 

「オオオオォォォォ!?」

 

 返ってきたのは改心の手応え。

 それに違わず、ババコンガは非常に人間くさい動きで爪を押さえて痛がってみせた。見れば、長かった爪は根元から砕けてしまっている。

 

「うわ……、いったそー」

 

 アルの呟きにババコンガが顔を上げる。怒りに歪んでいるとよく分かる辺り、顔の作りも人間に近いのかもしれない。

 

「グォォォォォッ!!」

「おっと!」

 

 妙なところで関心していたアルに、ババコンガの腕が伸びてくる。軽いステップでかわし、反撃。

 血を噴き出す二の腕に、さらに後方からジェイの援護射撃が決まり、ババコンガはその巨体をのたうち回らせる。

 

「さ、一気に決めちまうか」

 

 後方から響く声に、アルは頷きを返して、牙獣を睨んだ。

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 戦況は、もはや一方的だった。

 

 身軽なアルがババコンガに斬り込み、出来た隙をレオルドが抉じ開ける。ジェイの狙撃が、懐に飛び込んだ二人の離脱する僅かな時間を作り、二人が離れる瞬間にエイナのハンマーが唸りをあげた。

 役割分担という名の連携は、ババコンガに反撃らしい反撃を許さない。

 

 ここにきてエイナは、先程のアルの言葉の意味を思い知った。

 すなわち、『だいたい覚えた』という台詞の意味である。

 

 アルの位置取りは最前列。もちろんエイナが踏み込む時には配置が入れ替わるが、一撃離脱のエイナと違って、彼は長時間ババコンガの目の前である。それはババコンガの攻撃にさらされ続けることと同義だ。

 

 一撃でも貰えば動けなくなってしまうかも知れない。

 大型モンスターと対峙する時には、常にその緊張がついて回る。そして極度の緊張は、消耗を加速させる。

 

 にも関わらず、アルの動きに淀みはない。むしろ時間の経過とともにより至近へと近付く彼の動きは、鋭さを増し続けていた。

 

 慣れた人間ですら躊躇するような間合いで、ひたすら回避し、剣を振り続ける。

 距離が近付けば近付く程、回避の難度は高まるハズだ。『張り付く』と言って差し支えない程の位置では、とても回避行動など間に合うとは思えなかった。

 

「しっ!」

 

 ババコンガが苦し紛れに振るった豪腕が、アルの耳元を掠めていく。だが彼に焦りはない。最初から、ぎりぎりでかわすことを想定していたらしい。

 

 普通、攻撃をかわすには『攻撃を視認』することが必要となる。

 

 拳打をかわすなら、振り上げられた拳とその軌道。

 斬撃をかわすなら、武器の長さとその軌跡。

 

 大体の目測から安全圏を導き、身体をそこに滑り込ませる。稀に『視覚』を使わずに物を捉える達人がいるらしいが、そんな例外はここでは度外視する。

 ともあれ、回避行動に視覚は必須と言っても過言ではない。

 なのに、アルは()()()()()()()()()()()()()()で攻撃を回避し続ける。

 

 あり得ない、とエイナは呟いた。

 接近するのはいい。相手の気を引く役なのだから、むしろ当然の位置取りだ。

 だが近すぎる。あれでは『攻撃動作』を見てからの回避は間に合わない。そもそも巨大な相手を前に接近し過ぎれば、敵の動きなど視界には収まらない。

 

 故に、あり得ない。エイナではあの位置での回避は出来ない。恐らくレオルドでも同じだろう。彼もまた、アルよりも一歩も二歩も離れた間合いから近接し、離脱しを繰り返しているのだから。

 

 この神がかり的な回避を可能にしているのは、きっとあの一言。

 

 

『だいたい覚えた』

 

 

 書き起こせばたった数文字。だが、それがどんなに難しいことかエイナは、いやハンターは皆知っている。

 

 人とモンスターとの間には、生物学的に絶対的な壁が存在する。

 

 人間には獲物を引き裂く牙も無ければ、外敵から身を守る甲殻も無い。空を駆ける翼も無ければ、水中を自在に泳ぐヒレも無い。

 あるのは、ただただ脆弱な身体のみ。

 

 それでも人間は過酷な環境で生き抜き、繁栄した。

 たった一つ、他の生物より優れた『知恵』を以て、自然を征したのだ。

 

 いや、『征した』というのは語弊があるかも知れない。

 だが、これから先そうなっていくのであろう。事実、人は未開の地を開拓し続けているのだから。

 

 そしてその知恵の全てを、モンスターを狩る為に集約した存在が、ハンターである。

 

 牙の代わりに剣を。

 甲殻の代わりに鎧を。

 翼持つ者を墜とす為に弾丸を。

 潜水する者を引き上げる為の道具を。

 

 圧倒的な力関係を覆す為に、ありとあらゆる手を尽くす。モンスター相手の立ち回りは、その中の一つだ。

 

 何度も何度も対象を観察し、実際に立ち回り、誤差を身体で感じ、また観察し、もう一度立ち回る。

 種族ごとの特徴、地形効果、個体による行動パターン。それら全てを戦闘中に加味して、狩りを組み上げていくのだ。

 

 所謂、『凄腕』のハンター達は、この狩りの組み立てが上手いのだと思う。経験に裏打ちされた予測は、狩りを有利に進めるのだろう。

 だが、その『凄腕』にしたって、事前情報無しでは攻めあぐねるハズなのだ。個体ごとの差は言うまでもなく、初見の『種族』であるなら尚更。

 

 だから、アルの動きはあり得ない。

 

 まるでその種族のモンスターと何度も戦闘をしたことがあるかのように立ち回り、さらに個体ごとのクセすらも加味した戦いなど、『初見のハンター』には不可能なハズだった。

 

 彼の言葉を信じるなら、最初の遭遇戦。

 あのたった一度の戦闘で、ババコンガの動きを観察しつくしたということか。

 

 にわかには信じ難い離れ業は、アルがババコンガの攻撃をかわしたことによって信じる他なくなる。

 

(今の攻撃……)

 

エイナの口の中は、既に驚愕でカラカラに渇いてしまっていた。

 

(アタシの位置でも予備動作が読めなかった!?)

 

 何の前触れもなく、苦し紛れに繰り出した攻撃、というものが存在する。明確な狙いも、必殺の意思も無いそれは、逆に攻撃予測がしづらく回避が困難だ。

 

 今のババコンガの攻撃。エイナにはまさしくそう見えた。

 だが、アルは軽くかわして見せたのだ。まるでそれが当然だとでも言うように。

 

 ────と、ここでババコンガの身体が、大きく傾いだ。

 

 チャンスだ。

 エイナの中の驚愕は、最優先事項により思考から弾き出される。

 

 アルが離脱したのと同時、レオルドの双刃がババコンガの脇を掠めて発火する。ぐらついた体勢からレオルドに手を伸ばしたババコンガは、その顔面に大量の弾丸を叩きつけられて怯んだ。

 

「ぶっ…………とべぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 だめ押しとばかりに、一気に踏み込んだエイナの渾身の一撃が、ババコンガの脳天に直撃。

 立派に逆立てた頭の毛を派手に撒き散らしながら、ババコンガは激しく地を転がっていった。

 

 桃色の巨体が砂煙を上げながら手近にあった大木に激突する。衝撃に幹が僅かに傾いだ。

 

「トドメ、もらったわ!」

 

 隙の無い連携によって激しく傷付いた桃毛獣。直前に頭部に入ったハンマーの威力が抜けきっていないのだろう。自らが激突した木を支えに、よろよろと起き上がる様は、弱りきった獣のそれだ。

 

 エイナは思いきり踏み込んだ。

 

 桃毛獣の、無駄に表情豊かな顔がみるみる近付く。

 抱え込むようにして構えたガンハンマーの炸裂位置を、狂いなく間違いなくそこに照準。射程内に入れば、この炎の鉄槌が桃毛獣の顔面を焼き潰すだろう。

 

 あと数歩でエイナの間合いだ。ようやく体勢を立て直したババコンガ相手に、攻撃の空振りはあり得ない。

 

 だが、そのタイミングで気付いてしまった。

 

 

 ────何故、この好機にアルもレオルドも踏み込んでいない……?

 

 

「迂闊だ、バカ!!」

「っ!?」

 

 耳に届いたのはジェイの絶叫。

 ババコンガの双眸に怒りの焔が灯る。揺らぐ身体をそのままに、豪腕が振り上げられた。

 

『手負いの獣を侮るな』

 

 それは、ずっと昔にレオルドに言われた言葉。

 

 彼らが踏み込まなかったのは、与えたダメージと、ババコンガの動向を探るためだったのだと今更気付く。

 自分はどうやら焦っていたらしい、と目前に迫る脅威を前に、嫌に冷静な思考が結論をだした。

 

 いや冷静であったなら、真正面から踏み込んだりはしない。

 これは諦観だ。ハンマーを外すことがあり得ない距離ならば、ババコンガの豪腕にも同じことが言えるのだ。

 避けようのない一撃を前に、思考が焦りも、恐怖も感じることを放棄してしまい、一時的に感情の波が抑制されただけ。

 

(あ、ダメだわ。これ)

 

 ヤケにゆったりと流れる視界の隅に、レオルドの姿を捉える。

 ババコンガの背後に回る為に迂回していたらしい。エイナにもそれぐらい心に余裕があれば、真正面から馬鹿正直に突っ込むような真似はしなかっただろうに。

 

 ほとんど時が止まったかのような錯覚は、危機的情況を回避する為に、全感覚神経を鋭敏化させている結果だと思う。

 

 だが、感覚が普段ではあり得ない程の情報を拾ってくれるのに対し、運動神経はまるで働いてくれない。攻撃体勢に傾いた身体は、『避けろ』との脳の命令に従わず、まるで自分から攻撃に晒されにいったかのような形になる。

 

 そんな情況で、エイナが思ったのはどうだっていいこと。

 

 

 ────そういえば、彼はどうしただろう?

 

 

 恐らくはエイナがここまで心乱された理由。

 ベースキャンプでの失言を皮切りに、最初の遭遇戦での動き、そしてババコンガ相手の常識外れの立ち回り。

 彼の存在がエイナを焦らせ、視野を狭くしたのは言うまでもなかった。

 

(アイツは……?)

 

 レオルドと共に最前を支えていたのだから、同じように回り込んでいたハズだ。

 だが、視界の隅にはレオルドの姿だけ。

 どこに? という疑問と、ババコンガの拳が目前まで迫ったのは同時。

 

 果たして豪腕は、エイナを打ち抜く為に振るわれて────、

 

 

 ────割り込んだ、白い鎧に防がれた。

 

 

「っ!?」

 

 突然視界に割り込んだ者に驚愕の声が漏れる。

 耳障りな金属音を響かせて、ババコンガの一撃を受け止めたそれが、振り返りもせずに叫んだ。

 

「……っ! ぶちかませっ!!」

 

 正しい時間の流れが返る。呆けたのは一瞬にも満たない刹那。

 声に、今まで動かなかった身体は、嘘のように機敏に反応した。

 

「う、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 尾を引く絶叫。

 叫びながら白い鎧姿を追い越して、鉄槌を握る両腕が加速する。

 

「し、ず……、めぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 狂いなく桃毛獣の頭部に吸い込まれた鉄槌は、文字通り、言葉通りに、桃毛獣を粉砕した。

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