外伝4 《受付嬢の憂鬱》
エルモアのハンターズギルドでは、今日も今日とて沢山のハンターさんが出発し、また帰ってきます。
モンスターを狩ったり、生活に役立つ物を探してきたりと、本当に色々なことをするハンターさんは、持っている装備や武器もバラバラ。
性別や年齢にも一定層というものがないくらいで、本当に沢山の人が自分のこだわりをもって仕事をしてるんだとわかります。
さて、そんな個性豊かな彼らにも共通項というものがありまして。
一番はやっぱり、ギルドで仕事の受注をしていくことなんでしょう。
「はい。確かに受け付けました。お気をつけて」
「おう」
今も一人のハンターさんを送り出して、私はクエストリストに『契約済み』とサインを走らせました。
『送り出して』という言葉から分かって頂けるように、私はハンターではなく受付嬢をやらせて貰ってます。
名前をシエル=サインボード。
先日19歳になったばかりの、まだまだ新米受付嬢です。
そんな私の仕事はハンターさんに仕事を斡旋することと、酒場も兼ねたハンターズギルドの給仕。そして資料の整理です。
うん、給仕の方は先輩がやって下さってますし、今のうちに資料整理しちゃいましょう。
そう思って資料を開く。
「………………」
閉じる。思ったより多い。
けれど、いつかはやらなきゃいけない仕事には変わりありませんし……。
「はぁ……」
結局、私は溜め息をつきながらも資料を開きました。
「なぁによ、シエル。溜め息なんかついちゃって」
憂鬱な気分のまま資料整理に乗り出した私にかかる声。
「あ、メール先輩」
かけられた声に顔を上げると、そこには笑顔の先輩の姿。
長くて綺麗な赤毛と切れ長の眼を持つ彼女は、パッと見はちょっと怖そうです。
けれど、実際はよく笑うし、明るくて優しい先輩です。
ちなみに今給仕を担当して下さってるのはさらに別の先輩で、名前をプレーヌ。
こちらは眼鏡をかけたインテリっぽい美人さんです。見た目に違わず、敏腕な受付嬢のリーダーさん。
このお二方に私を加えた三人が今日のシフトなんですけど、ちょっぴりキツいと感じてしまったり。
ピークからはズレているのでマシではありますが、シフト三人は少しすくない気がしますよギルドマスター。
と、内心でギルドマスターへの抗議文を考え始めた私に、メール先輩の嬉しそうな声。
「さては……、恋患いね! このこのっ、うちの看板娘は誰に恋をしたのかにゃーん?」
「ええっ!? ち、違いますよ!」
溜め息の理由をあらぬ方向へと解釈されて、私は思わず大声をあげてしまいます。
普段から怒声、罵声、歓声が飛び交うハンターズギルド。
それでも『受付嬢が』大声をあげる状況は、やっぱり珍しかったらしくて、つまり結論を言いますと……、
「あう……」
「あははー、みんな見てるねー」
そういう状況です。うう、恥ずかしい。
そんな私の心境に構いもせずに、メール先輩は私の背中をバンバン叩いて笑います。
…………痛い。
「まぁまぁ、それよりも相手は誰かね?」
「いやだから違いますって。ただ未整理の資料の多さに辟易してただけです」
「そう? じゃあシエルたそには好きな人いないの?」
「じゃあの意味がわかりませんけど、溜め息の理由とは関係ないですね」
というか『シエルたそ』ってなんでしょう? 敬称って普通、『シエルさん』とか『シエルちゃん』になると思うんですが。
そんなやり取りをしているうちに、ハンターさん達の興味も他に移ったらしく、次々と私から視線が外されて行きます。
ああ、緊張しました……。
そうやって安堵の溜め息を吐くと、耳元で先輩が、
「でもぉ、気になる男の子、一人くらいいるわよねぇ? たとえばほら、あの黒髪の子とか」
「ぶっ!? ごほっ、ごほっ!?」
失礼。でも不意打ちは卑怯ですよ。
というか、何でそんなこと知ってるんですか!?
「あれ図星? 冗談だったんだけど」
「…………知りません」
「わーお、怒んなくったっていいじゃないのよ。で、で? どんな子なの!?」
うう、心なしか先輩の目が輝いてる気がします。これはちょっと逃げられそうにありません……。
仕方ないので「誰にも言わないで下さいね?」と釘を刺してから、私は白状しました。
「え、と……、アルバートさん、です」
「アルバート? ……って、あの小さい子よね?」
思案しながら口を開いた先輩に、私は頷きを返しました。
すると何故か先輩は不満そうな顔をします。
何か、まずかったでしょうか……?
「いや、だって小さいし細っこいわよ? 男ならさ、やっぱガチムチじゃない?」
「歹鞭……?」
「何その難しい発音? そうじゃなくて、筋肉モリモリの男の方が魅力的じゃない? ってことよ」
ああ、成る程。それを我地無知と言うのですね。
「先輩は、たくましい男性が好みなんですか?」
「そりゃあねえ、たぎる筋肉! 浮かぶ血管! そして汗! 最高じゃない!」
「え……、と」
「ちょっと、なんで微妙な顔!?」
いや、だって、その……、うっとりされても困ります。
私が微妙な顔のまま固まっていると、やがて先輩は「まあいいわ」と息をつきました。
「結局、男の魅力は筋肉だと思うのよ」
「え、その話続けるんですか?」
「当然よ。アンタにも筋肉のミリキって奴をたっぷりと………って、痛っ!?」
「あ、プレーヌ先輩」
いつの間にか給仕を終えたプレーヌ先輩は、メール先輩の頭をお盆で小突いて、自分の定位置に着席。そのまま呆れたように口を開きます。
「何バカな話をしてるの。仕事をなさい」
「先輩痛いですよー。てか、恋バナは女子にとっては仕事より大事ですって!」
メール先輩の言葉にプレーヌ先輩は「恋バナ?」と眉をひそめました。
「筋肉がどうこう言ってるから、変態トークかと思ったわよ」
「ヒドイですよ。私はただ、シエルに男の魅力、イコール筋肉。それ故に筋肉のミリキをですね」
「シエルを変な道に引きずりこまない」
「変じゃないですって! ねえ!?」
「……」
「シエルー!?」
咄嗟には反応出来なかった私に、すがりつくような目を向ける先輩。
いや、でも、私も少しばかり引いてましたし、ね?
「それに、男性の魅力は筋肉だけじゃないでしょ?」
「そんなこと言って、先輩の旦那はガチムチだったじゃないですか」
「えっ!? プレーヌ先輩、結婚なさってたんですか!?」
さらりと投下された新情報。まるで知らなかった事実に、私は思わず大声が出てしまいます。
けどそれも仕方ないですよ。まさかプレーヌ先輩に旦那さんがいたなんて!
でも、そのプレーヌ先輩は何故か渋い顔。
対照的に明るい顔をしたメール先輩が口を開きました。
「なさってたなさってた! マッチョさんでね、確か狩猟笛使いのハンターでしたっけ?」
「……そうよ」
「うわぁ、うわぁ……。ハンターさんと結婚ですか。あ、あの是非、馴れ初めとか訊きたいんですけど」
私がそう言うと、プレーヌ先輩はさっきの数倍苦い顔。
……? なんでしょう。馴れ初めを語るのって、やっぱり恥ずかしいものなんでしょうか?
首を傾げた私に、必死で笑いを堪えて、でも堪えきれてないメール先輩が言います。
「そうよねぇ、聞きたいわよねぇ。せぇんぱぁい? こんな可愛い後輩の頼みなんですから、きいてあげないとぉ」
「メール、あなたね……」
「いいじゃないですか! 別に減る物じゃなし。たとえ別れてても、馴れ初めなら参考になるでしょーう?」
「……え?」
立て続けに投下される衝撃的な言葉に、思わず私の思考は止まる。
別、れた……? それってつまり……。
「シエル」
「は、はい!」
「玉子焼きの味付けにうるさい男はダメよ」
「あー……、わかりました」
なんとも気まずい空気の中、メール先輩の笑い声だけが響いてきます。
あの、プレーヌ先輩が怒りだしそうですから、もう少し自重して下さい……。