「さ、こんなどうでもいい話題は置いておいて、仕事よ仕事」
と、プレーヌ先輩。
地雷を踏んでしまった以上従うしかないので、私はのろのろと資料整理を始めます。
けれど、最も自重しなければならないハズのメール先輩は、ちっとも反省した様子もなく、
「えー、どうでもよくはないっしょ? だってシエルの恋がかかってるんですよー」
と、あまつさえ私を引き合いに出して……、ってやめて下さいよ!? プレーヌ先輩、本気で怒っちゃいますよ!?
「いーじゃないですか、たとえ離婚していても。そうたとえ離婚していても」
「メールゥ? あなたわざとやってるでしょう?」
ヘラヘラ笑うメール先輩に、鬼のような形相をしたプレーヌ先輩。
なんでかプレーヌ先輩の手には、モンスターの生態調査表(一冊623頁。本の形状で重い)が握られてます。
「ちょ、ちょっとプレーヌ先輩! 暴力はいけませんよ!?」
「違うわシエル。これは教育的指導。先輩として必要なことなのよ!」
慌てて割って入る私に、プレーヌ先輩の鋭い声。
ここにきてようやく身の危険を感じたのか、メール先輩は慌ててプレーヌ先輩から距離をとりはじめます。
「先輩、目! 目が据わっちゃってます!」
「誰のせいだと思ってるのかしら?」
「シエルー! 先輩を頑張って抑えてて!」
「む、無理……。限界です」
「きゃー!? シエルたそ頑張ってー!?」
意味不明な声援を受け取って、私はプレーヌ先輩を抑える腕に力を……、あ、もう無理です。
力なく腕を放す私。解放された先輩。ビクついてさらに距離をとり始めた先輩。
なんですか? このカオス。
プレーヌ先輩の武器(人を殺せる程の威力があるなら、それがなんであれ間違いなく武器でしょう)がメール先輩に襲いかかる。────瞬間、
「なんだ、取り込み中か?」
突然割って入った声に、二人はピタリと動きを止めました。
「仕事、探しにきたんだけどよ」
声の主は金髪碧眼のハンターさんでした。蒼いレウスシリーズに身を包み、背には軽銃を備えた美貌のガンナー。
「ジェイさん」
「おうシエルか。今、大丈夫か?」
たとえどんな修羅場があったとしても、受付嬢として、身内の争いでハンターさんの仕事を滞らせる訳にもいきません。
大丈夫ですよ、と返事を返そうとして、ですがその前に「大丈夫ですよ」と別の声。
「お探しは上位の飛竜ですかー?」
「ん、メールか。……あぁ、まあそんな感じのめんどくさくねえやつ」
「了解しました!」
元気よく言って、メール先輩は資料をめくり始めます。
その様子に、私は違和感を覚えました。
一部のハンターにのみ解禁されている上位クエストは、確かにメール先輩の受け持ちなんですが、私でも手続き出来ない訳じゃありません。
こう言っては何ですけど、メール先輩は割りとめんどくさがりですし、さっきのカオスな状況からなら、間違いなく私に丸投げだったと思うんですが……。
「ウラガンギンとかどうです?」
「あっついし、火山はゴメンだ」
「では、ドボルベルグはいかがですか? 渓流ですよ」
「お、涼しげでいいな。それにすっか」
そう言ってジェイさんはスラスラと契約書にサインを施し、ポーチから数枚の硬貨を取り出しました。
「はい、確かに受付ました。それではお気をつけて」
「おう。……あ、そうだメール。お前、リップ変えたか?」
「え?」
「その色、結構似合ってんぜ。そんじゃな」
去り際に一言そう言い添えて、美貌のガンナーは行ってしまいました。
凄いカッコいい、というかキザにも取れるんですけど、ジェイさんがやるとやたらハマってますね。
……というか、先輩が口紅変えてらしたの気付きませんでした。
さて、そんな私の心情は置いておいて、言われた当の本人はと言いますと、
「はぁ……、やっぱジェイさんはいいわぁ」
ぽーっ、とまるで恋する乙女のようにジェイさんの去っていった方向を見詰めていました。
……って、あれ?
「あの、先輩ってもしかして」
「そうよ、ジェイ君が気になってる。っていうか、完全に狙ってるわね、アレは。筋肉好きが聞いて呆れるわ」
文字通り呆れ顔のプレーヌ先輩は、さっきまでの剣幕が嘘のように資料整理に戻っていました。
この切り替えの良さが出来る女の条件なんですかね?
「聞こえてますよー。失敬な、筋肉は大好きです」
と、ここでメール先輩。
「先輩? でもジェイさん細身……」
「シエル。恋の前では些細な障害よ」
「つまりイケメンなら何でもいいのよその娘は」
カッコをつけたメール先輩に、プレーヌ先輩からの鋭いツッコミ。
成る程、これが俗に言う『ただしイケメンに限る』というやつですね。
私が納得して頷くと、メール先輩は夢見るように私に告げました。
「あの鎧の下にはムキムキな肉体が隠されてるの。だからいいのよ」
「えっ!? そうなんですか?」
「真に受けない。メールの妄想だから」
あ、妄想ですか。と私が言うのと「妄想万歳っ!」と先輩が叫ぶのは同時でした。
先輩……、ちょっと、残念になってます。
「って、私のことよりシエルですよ、シエル。
この娘、気になってる子がいるみたいだから、先輩アドバイスをですね」
「あら、それ本当の話だったの? ふぅん。確かに気になるわね、どんな子?」
「え、その……」
自分の作業をわざわざ中断して、プレーヌ先輩が私に問い掛ける。
私が恥ずかしくて言い澱んでいると、横合いから、
「アルって子」
「にゃあああああああああっ!?」
あっさり漏らしたメール先輩に、私は絶叫。
だ、誰にも言わないって約束したじゃないですかぁぁぁぁぁぁ!?
動揺する私を余所に、先輩二人は一言二言確認を交わして笑い合う。
「あの子かぁ、シエルが受付嬢になったぐらいにハンターになった子よねぇ?」
「そうそう、あの小さい子ですよ」
「へぇ……、シエルって年下が好みなのね」
うう……、なんだか勝手に盛り上がられてます。
というか、アルさんはエルモアに越してきただけで、ハンターを始めたのはもっと前だと思うんですが。
「細かいことはいーの。それで? もうちゅーとかはした?」
「ししし、してませんよ!? まだ、ちょっとお話するレベルです!」
「もー、シエルは奥手ねぇ。そんなん暗がりに連れ込んで押し倒せば一発じゃん」
「メール先輩!」
「むう、怒られた。
ていうか、そもそもあの子のどこがいいの? 背も低いし、ガチムチでもないし、イケメンでもないじゃん」
「それは……」
はて? 改めて言われると、何処が好きなんでしょう?
あえて挙げるなら優しい所? でもそれだけじゃない気もしますし。ぜ、全部……?
「メール。貴方のそれ、全部見た目でしょう?
大体、好きになったなら特定の何処が好きって訳じゃなくなると思うわよ」
「おお、経験者は語るってやつですね! 離婚してるけど」
「黙りなさい」
「痛い!?」
ゴッ、と鈍い音を立てるメール先輩の頭。
今のは庇う余裕もなかったなぁ。というか、全面的にメール先輩が悪いと思う。
「それにね、見た目のことにしたって、アル君はこれからよ」
「えー? そうですかぁ?」
納得してない風のメール先輩に、プレーヌ先輩は「ふむ」と少し思案してから、
「まず身長。初めて見た時はシエルと同じくらいしかなかったわよ、彼。順当に伸びてるじゃない」
「そう言えば、少しずつ離されてます」
「次に顔立ち。元々が整った方だし、最近キツい狩りの連続なせいか、あどけなさが抜け始めてる。順当にいけば、イケメンじゃないかしら」
「マジっすか」
と、これはメール先輩。
「三つ目。彼、基本的に優しいみたいだし、報酬の一部を故郷に贈ってるくらい律儀だから、性格もいいんじゃない?
ま、経過から見るに、早くて一年。遅くとも三年くらいでいい男になるんじゃないかしら?」
そう締め括った先輩に、私とメール先輩は思わず顔を見合わせた。
「あの、先輩?」
「何、メール?」
「よくそんなに観察してますね?」
メール先輩の意見はそのまま私の意見でもあるので、首を縦に振ってプレーヌ先輩の返答を待ちます。
だって沢山いるハンターさんの名前と顔だけならともかく、成長具合までなんて普通覚えてませんから。
するとプレーヌ先輩はバツが悪そうに顔を歪ませて、
「私だって女だからね。その……、旦那候補は常に捜してるのよ」
「「……さいですか」」
先輩も色々大変なようです。
※※※ただしイケメンに限る※※※