そんなこんなで久方振りの休日。
予定がない休日。
予定をいれそこねた休日。
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………やめましょう。虚しいです。
ふて寝していたらお昼を回ってしまっていたのは、さすがにマズイと思います。
……ので、お出かけ。お夕飯の材料買いにいくだけなんですけどね。
エルモアは広い街ですので、居住区とそれ以外がきっちり分けられてしまっています。買い物する為には大通りをしばらく歩いて商業地区までいかなければなりません。
幸い、私の家は大通りに面してますので、移動にはそれほど時間はかからないんですが、居住区の奥に住んでる方は一々大変でしょうね。
さて、今夜の献立は何にしましょうか。
最近暑いですし、バテないようにお肉料理? でも私、お魚の方が好みなんですよね。
思案しながら大通りにさしかかる。大通りは街の中心から街門まで延びているだけあって、この辺りはさすがに賑やかしい。
あちこちから、色々な感情を含んだ声と音が聞こえ────、
「あれ?」
と、私は思わず足を止めました。
だって街の喧騒の中に聞き覚えのある声があった気がして。
そのまま耳をすませて二、三歩。声の出所に当たりをつけると、私はそのまま聴覚を頼りに大通りから脇道に逸れました。
ここはまだ居住区の辺り。子供の声があちこちからするのは、確かここに広い児童公園があったからだと思います。
そうやって声の方に近付けば近付く程に児童公園よりに。
もしかしたら、という私の予想に違わず、『彼』はその公園の中にいました。
「よっしゃエミリオ捕まえた!」
「ギャース!? 放せよー!!」
「バカ者、敗者はおとなしく捕まってなさい。後はー……、メリッサとマシュー、レイモンドにヨーゼフ……。あ! ミランダの奴、脱走しやがった!?」
「あっは、マヌケー」
「うーん。どこ行ったかわかんないなぁ……。困ったぞぅ、おとなしく待ってられたらチョコあげるつもりだったのに」
「……」
「バカ! 何出てきてんだ!?」
「ミランダ再捕獲ー」
「うおー!? 汚ねえぞアル!?」
「いや、ルール破って脱走するのが悪いだろ?」
……なんて、数人の子供に囲まれながら笑っているのは、光を吸収する黒髪を襟足だけ長く伸ばした少年。
「アル、さん?」
思わず声が漏れてしまったのは、どうしてなんでしょう?
自分ですら答えが出せないまま、半ば呆然と立っていると、向こうが私に気付きました。
「ありゃ、シエル。どうしたよ、こんな所で? お前、用事はいいのか?」
「えと、それはまあ。……それよりアルさん。アルさんこそ、一体何を?」
「え? ケイドロ」
至極当然といった表情で発せられた言葉に、私はたっぷり五秒程かかって、
「……………………は?」
これだけ返すのがやっとでした。
その合間にも、アルさんの周りにいる子供達──上は10歳程度から下は1、2歳程度。男女比は半々くらい──は彼に集まる。というより群がりながらこちらをうかがっています。
人数にして10人程度でしょうか。地べたに座ったり、アルさんの手を引いたり、長い髪を引いたり。なんというか、フリーダム。
「こーら。イザベラ、髪は引っ張るな、痛いから。
つかシエル、ケイドロ知らね? ドロケイとかドロタンとかとも言うけど」
「え、それは知ってますけど。私が訊きたいのはそういうことじゃなくって……」
ケイドロは警察側と泥棒側に分かれて行う鬼ごっこみたいな遊びですよね。
でも私が訊きたいのはそこではなく、どうして子供達とケイドロやってるかなんですよね。
「あ、そっち? そりゃあ……」
────アルさんの話を要約するとこうだ。
ここにいるのはアルさんの住んでるアパートの近所の子供達で、いつの間にか仲良くなっていた。何の予定もない時はしばしば遊んでいて、人数も段々増えていった。
今回もアルさんは予定がなかったので、子供達と遊ぶべく約束をしてたのだそうだ。
「いやぁ、ハンターってさ。一回狩りに出ると中々帰れないじゃん?
だからさ、次の休日には思いきり遊んでやるって、こいつらと約束しちゃってたんだよ」
ごめんな、とアルさん。
それに「いいえ」、と返して笑う。
私のことは残念でしたけど、これは正直アルさんらしいと思いましたから。
「なーなーアル。この姉ちゃん誰?」
「アルの友達?」
「えー? 違うよ。彼女だよ」
「ねえねえ、それより早く続きー」
と、子供達的には私とアルさんの会話はつまらなかったらしくて、口々に何か言ってきます。
というか、あの……、なんか増えてません?
「ま、ここにいたの捕まえた連中だけだし。逃げた連中含めりゃ、こんなもんだろ」
アルさんは何でもないことのように言いますけど……。
総勢23人。これ、遊ぶのも一苦労じゃありませんか?
「いや、別に?」
「アル、続きー」
「あー、はいはい。わかったわかった」
なつかれているんだな、と私は思いました。
だって子供達もアルさんも楽しそうでしたから。
私は、お邪魔ですね。
「その、じゃあ私はこの辺で失礼しますね」
「お、そうか?」
「はい、それじゃ。……って、え?」
立ち去ろうとした私の右手に引っ張られたような────いえ。実際に引っ張られた重み。
何が? と視線を動かすと、私の腰ほどまでしか身長のない少女が、私の右手を握っていました。
「や!」
「えっ……と」
「やー」
何だか必死で手を引かれてますけど……。あの、どうしたら?
困惑する私の視線を受けて、アルさんが少女に話し掛けます。
「あー、ダメだぞリリィ。お姉ちゃんは忙しいから」
「ぶー。おねえちゃんもいっしょにあそぶのー」
「わがままはなしだって。今日は一日俺が遊んでやるから」
そう言ってアルさんは少女の頭を撫でます。
あ、いいなぁアレ。
でも少女は納得してくれずに、さらに私の右手を引く力を強めました。
「アル」と、ここで年長者らしい(もちろん私とアルさんを除いて)少女。
「何だケイト?」
「リリィはさ、女の人と遊んだ経験少ないから。
私達だっていつも遊んであげられる訳じゃないし。男の人はアルがいてくれるけどね」
「それで珍しいからってシエルを?」
「うん、多分」
はぁ、と溜め息をついてアルさんは少女────リリィちゃんを見ました。
その間もリリィちゃんは私の手を強く握って離しません。
周りの子供達もリリィちゃんに離すように言ってくれてはいるんですが……って、なんだか泣き出しそうじゃありません!?
「あ、あのリリィちゃん? な、泣かないで、ね?」
「ううー」
「あ、アルさん、助けて!?」
ダメです、どうしたらいいんでしょう!?
「ほら泣くな。リリィは強い子だろ。……なあ、お前はお姉ちゃんにどうして欲しいの?」
「う、く……、あそぶの」
アルさんの質問に涙を堪えて応えるリリィちゃん。
よく考えたら、あのくらいの子ならすぐに涙腺が決壊してもおかしくない。本当にリリィちゃんは強い子みたいです。
「うん、そうだな。お姉ちゃんと一緒に遊べたら楽しいよな。でも、お姉ちゃんにも用事があるんだ」
「やー!」
「リリィはお姉ちゃんのこと嫌いか?」
その問いには首を激しく横に振るリリィちゃん。
「だったらお姉ちゃんを行かせてあげないと。でないとお姉ちゃんに嫌われちまうぞ?
お姉ちゃんはきっと今度は遊んでくれるから、ほら」
「ううー、ううー!」
リリィちゃんは私とアルさんを何度も交互にみて、やがてゆっくりと手を離してくれました。
「よく出来たな、偉いぞ。
ほらシエル。今のうちに行っちまえよ」
そうアルさんが手を振りながら促します。
だけど私の右手には小さくて、温かくて、力強かった掌の感触。そして目の前に涙をいっぱいに堪えた少女。
────もう、こんなの反則でしょう?
だから私は微笑んで、リリィちゃんと同じ位置まで視線を落とす。
「ねえリリィちゃん」
「……あい」
「お姉ちゃんも遊びに混ぜてくれる?」
私の言葉に、アルさんとリリィちゃんが目を丸くしました。
「お前、いいのか?」
「この後はお夕飯の買い物だったんですけど、たまには外食でもいいですよね」
問うアルさんに笑顔で応じて、私はもう一度リリィちゃんに問いかけた。
「ダメかな?」
リリィちゃんは首を振って私に飛び付きます。
「良かったな、リリィ」
「……うん!」
そうやって満面の笑みを見せてくれるリリィちゃん。
正直、私のどこが好かれたのかわかりませんが、この笑顔が見れたなら、そんなことは些細なことですよね。
「よおし、んじゃ続きすっか!」
『おー!!』
アルさんの掛け声に応じて、総勢22人の子供達は一斉に散り散りになって逃げて行きました。
「ほら、シエルもさっさと逃げろよ。そしたら30数えて追いかけるから」
「おねえちゃん、いこ」
アルさんの声と、リリィちゃんに促されて、私もまた子供達の輪の中に。
思い描いた理想の休日とは違ってしまいましたが、たまにはこんな賑やかな休日も良いですよね。
なにより────、
「……29、……30! おりゃあ、悪い子はいねえがー!!」
「キャー!」
────そう、なにより。貴方と過ごせる休日ですから。
※※※
泥棒と警察(ドロケイ)
警察と泥棒(ケイドロ)
泥棒と探偵(ドロタン)
地域性が出る