「だから! 何度言ったらわかるのよ!!」
エイナの怒号が酒場に響く。まるで誰かを叱りつけてるような口振りだが、まったくもってその通り。
「うるせえな! 怒鳴らなくてもわかってるっての!!」
エイナに怒鳴り返す──つまり叱られてる方──は、何を隠そうアルだった。
狩り終わりにはよくあるやり取りなのだが、まあ怒鳴られていい気はしない。
因みに怒鳴られてる原因は……、
「わかってないじゃない! 何度も何度もモンスターの前に飛び出して! 死にたいの!?」
「なわけねえだろ!! 俺はただ……」
「『アタシを守ろう』って!? アンタに庇われなくても、アレぐらいかわせるわよ!
だいたい、あんなチンケな盾で自分以外を守ろうなんて、バカじゃないの!?」
……という訳だ。
狩りの最中、いつだったかのババコンガ戦のようにエイナを庇ったのだ。それも今回だけではなく、ほとんど毎回。
アルにしても死にたい訳ではない。大型モンスターの前に飛び出すのは結構な無茶だとわかってはいる。
だが、
「盾がある前衛が、俺だけなんだからしゃあねえだろ!? 第一、たまたまお前を庇える位置にいただけで、庇おうなんて意識してねえよ!」
……というのが、彼の言い分だった。
レオルドは太刀か双剣。エイナがハンマー。ジェイがボウガンなら、必然的に盾を持ってるのはアルだけである。
大人しく守られる連中ではないし、守れるほどアルも強い訳ではない。
だが、危険な攻撃がきて、守れる位置にいるのなら、守ろうと思うのだ。だって仲間なんだし。
「今回はロアルドロスだったからマシだったけど、アンタこの先もそういう無茶する気!?」
「ま、エイナの言うことが正しいわな」
「……ジェイまで」
突如として会話に割り込んできた男に目を向ける。
金髪碧眼のイケメンガンナーは、呆れたように──それでいて楽しそうに笑っていた。
「なぁ、アル。お前、リオレイアが突っ込んで来ても、エイナを庇うのか?」
「いくらなんでもそこまでは……」
「ならいいさ。とにかく、仲間守るのは当然だが、無茶は程々にしとけよ。ロアルドロスの体液くらって、フラフラしてたんだからよ」
「思い出させんなよ……」
ロアルドロスは海竜種に分類されるモンスターで、なんというか、パッと見はタテガミ生えたワニだ。
一応大型モンスターに分類されるものの、リオレウスやリオレイアといった、正真正銘の大型モンスターと比べるとやや見劣りする。中型モンスターという呼び方のほうがしっくりきそうなサイズなのである。
で、そのロアルドロス。油断出来る相手かというと、そうでもない。
噛み付きや尻尾によるビンタは定番だがバカに出来ない威力があるし、四足歩行のために突進にはそれなりの速度もある。
中でも面倒くさいのは体液で、見た目はただの水のようなのだが、なんというか重い。
突進からエイナを庇った後、体勢を立て直す前にくらったのだが、すごく動きづらくなったのだ。感覚的には、水の中を鎧つけて歩いてる感じ。あるいは、体力の上限が少なくなったとか、疲労の回復が遅くなったような。
あくまで感覚的な話なのでうまく説明出来ないのだが、とにかく動きにくくなった。
まあロアルドロス自体は、その直後にレオルドが両断したため、動きにくさが致命的な状況になることはなかったのだが。
というか、思い返してみると、割りと危ない状態だったんじゃあるまいか? あのまま狩りが長引いていたらヤバかったかもしれない。
「わかったよ。今度から気をつける」
言った声は、自分でも不思議なくらい落ち着いていた。
彼なりに分析してみて“ヤバかった”と反省したからなのだが、エイナはそうは思わなかったらしい。
「どーだか。こないだもそんな風に言ってたし、また嘘なんじゃないの?」
疑るような視線に、前科持ちとしてはややたじろぐしかない。
べ、別にエイナの眼力にビビった訳じゃないんだからねっ! というのは後になってからの意見だが、果たしてどうだったのか。
さて、取り合えず不毛な戦い(と、アルは思っている。エイナは不満気)に終止符を打った彼らの話題は、凡そ狩人らしいものになっていった。
早い話が、次の狩りについてである。
「じゃ、なるべく楽で報酬たんまりなのな」
「へいへい」
協議の結果、『アルのハンターランク』『甲殻種』『報酬額』の三つの条件が提示される。
一つ目は、アルの無茶を防ぐため。
二つ目も、大型の甲殻種の狩猟経験がないアルのため。
三つ目は、ジェイが金欠なため。エイナが「守銭奴」と罵っていたが、守銭奴とは少し違う気もする。むしろ計画性の問題だ。
そんなこんなで条件に見あった依頼を探すのだが、その役には今回アルがあたった。
いつもレオルドが行くのに何故? と、問うと、そろそろ自分でやれると思った依頼をとってこいとのこと。
どうせアルの腕前に合わせた仕事だ。それに加え信用されてるようで嬉しかったので、アルは嬉々としてシエルの所に向かった。
いつも通り優しい笑みを見せてくれたシエルから依頼書の束を受け取り、ざっと目を通す。
ちなみに、さっきの条件。一つ目さえクリアしていれば、残り二つは無視してもいいらしい。
絶対にそうでなくてはならない! 訳じゃないので、選ぶ側としては気楽だが、やはり自身の経験値のために言ってくれたのだから、二番目はクリアしたいと思う。三番目は知らん。
「お」
と、ここで良さそうな依頼を見つけたので、依頼内容の書かれた部分を持って仲間のいるテーブルに持って帰る。
今の時間帯、狩り終わりの人間や、出発前の人間。それに加え、飯を食いに来ただけの人間と、酒場の混雑はピークを迎えていた。
当然、行きも苦労したが、帰りも苦労するハメになるのである。
平時の数倍の労力を使って人の合間を縫って歩くと、ようやく元いたテーブル席が見え────
「?」
アルは首を傾げた。
何やら、エイナ達の他に見慣れない小さな人がいたのだ。その上エイナの表情は、まるでレオルドに怒られる、と身構えてる時のように(身構えるものの、怒られたことはない)緊張で強張っていた。
これでアルが疑問を深めないハズはなく、少し足早に彼女達の待つテーブル席に近付く。
「お、戻ったか」
「おぅ。取り合えず良さげなの見付けてきたけど……」
そこでアルは一旦区切ると、エイナの正面(はアルの席だった)に座った人物に目を向けた。
────それは、端的に言えば老人だった。
顔には年輪のように深い皺がいくつも刻まれ、頭髪は見事に白く染まっていた。
ただ、一番、目についたのは、その老人の身長。
どんなに大きく見積もっても、アルの腰程の背丈しかない。加えて、先端の尖った特徴的な耳。
竜人族は人間以上の知識と寿命を持つ優れた種族で、多くの場合、その知識や技術を人間に提供することで、人間を助け人の中に生きている。
そんな彼らは、幼年期から壮年期辺りまでは普通の背丈らしいのだが、老人の域に差し掛かると背丈は驚くほど縮むらしいのだ。
「誰?」
ただまあ、そんな竜人に関する知識はこの際置いといて、アルは一番気になったことを訊いてみる。
すると何故か焦ったようにエイナが「バカッ」と小声で呟いた。
(バカじゃねえよ……)
ややぶーたれたアルに、件の老人が振り返って笑う。
「ほっほ、レオルドから聞いとるよ。お主がアルバートじゃな?」
「そうだけど?」
レオルドに聞いた、と聞いて反射的に彼を仰ぐ。
「彼はここのギルドマスターだ」
アルの視線に気付いたレオルドは、短くそう言った。
いつものように、その寡黙さでスルーして、エイナかジェイがフォローするのだと思っていたアルは若干意外に思ったが、ギルドの最高責任者の前では流石にずぼらは出来ないということか。
「……って、ギルドマスタァッ!?」
今更とんでもないことに気付いて、奇声を上げた。
まずい。普通ギルドマスターの顔くらい知ってるものではないか? それに「誰?」とか訊いてしまった──!!
内心で焦るアルを余所に、ジェイはクツクツと笑い、レオルドは黙し、エイナはハラハラとした表情を浮かべた。
(み、認めたくねえけど、味方はお前だけだ! た、助けてエイナ!?)
この時の俺の焦りようは半端じゃなかった、と後に振り返ってアルは思う。
しかしだ。そんな無礼をしでかしたアルに対して、ギルドマスターは「ほっほ」と笑っただけだった。
さすが竜人。生きてる年月が違うと、多少の無礼では動じないらしい。動じないのはレオルドも同じだが。
とにかく愉快げなギルドマスターは「改まらんでも、普通に接すればよい」とまで言ってくれた。考えてみればハンターには荒くれ者が多いのだから、無礼には慣れてるのかも知れない。
いくらか気分が楽になったアルは、調子に乗って口を開いてみた。
「ああ、それじゃ遠慮なく。それと言いにくいんだけど、そこ、俺の席なんだ」
「おお、これはスマンことをした。久しくエイナを見とらんかったから、ついの」
言って、ギルドマスターはあっさりとアルの席から退いた。エイナが焦ったように何かを口にしたが、意味のある言葉になってない。
焦りすぎだろ……。
と、数分前の自分とエイナにまとめて突っ込む。
「して、アルバートよ」
「アルでいいよ」
「うむ、アルよ」
「何?」
訊ねると、ギルドマスターは答える変わりに視線をじっと、アルに向けた。
糸のように細い眼が僅かに開かれ、ギラリと光る金の瞳がアルを写す。
鋭ささえ感じさせる金の眼光は、以前一度だけ見たリオレウスのそれを思わせる。
────本能的に“ヤバい”と感じた。
何がヤバいのか何て説明出来ないが、とにかくヤバい。背筋には冷や汗が滝のように流れ、動悸は狩りの最中もかくやとばかりに早くなる。
だからと言って、視線を外すという選択肢はない。一瞬でも目を逸らせば確実に殺られ────
ふっ、とギルドマスターが表情を緩めた。
途端、彼から感じていたヤバさが霧散する。
「……え?」
空気さえ軽くなったような感覚に呆気に取られたアルは、思わず間抜けな声を出していた。
そんなアルに構わず、ギルドマスターは嬉しそうに言う。
「良い眼をしておる。……レオルド」
「はい」
「しっかりと、育ててやるのじゃぞ」
言われたレオルドは、いつものように重々しく口を開いた。
「了解しました。マスター
リオネス? どっかで聞いたことあんな。という疑問が口に出る前に「うむ。ではの」と、ギルドマスターは立ち去ってしまった。
結局なんだったの? とアルは首を傾げざるを得ない。
そうやってギルドマスターの消えた方を見ていると、コツン、と後ろから頭を叩かれた。
「ば、ば、バッカじゃないの!?」
「うおっ!? な、なんだよ!?」
「マスターに対してあの口のきき方! 心臓止まるかと思ったわよ!」
「んな大袈裟な……」
呆れ半分で口にすると、ジェイも同じように思ったらしい。彼は愉しげに笑っていた。
「別に向こうが普通にしろ、ってんだからいいだろ?」
「俺もそう思うぜ。なぁ旦那?」
レオルドは僅かに首肯すると、「彼にとっては些末事だ」と呟いた。
「あれ? でも、そういうレオルドは敬語使ってたよな?」
ふと気付いた疑問を口にしてみる。レオルドが誰かに対して敬語を使うのは、凄く違和感があった。
「ああ、それね」
口を開いたのはエイナだ。当の本人は説明はエイナに任せたとばかりに食事を再開している。
「マスターは、師匠の師匠なのよ」
「…………は?」
「だから、師匠に戦い方を教えたのがマスターなの」
「えと、もしかしてそれでお前緊張してたの?」
俺の指摘に、エイナは「うっ」と言葉を詰まらせた。
レオルドの師匠ということは、エイナにとっては師匠の師匠。レオルドに頭が上がらないのに、その師匠相手に普通に接することは不可能なのだろう。
「仕方ないでしょ。なんかさ、あの人たまに怖いのよ」
「え? 怒らせるとヤバいのか?」
質問にエイナは首を振る。
「ううん。怒ったとこなんて、見たことないわ。
けど、その……、なんとなく、たまに凄く怖く感じて」
いい人なのはわかってるんだけどさ、と付け足すエイナの気持ちがアルには、残念ながら“凄くわかった”。
あの人は、なんというか、底知れない。
言葉にするとチンケだが、うまい言い回しが思いつかないので許してほしい。俺もちょっと怖かったな、と感想を漏らすと「よねぇ!?」と、エイナは嬉しそうに食い付いた。
「ジェイ辺りには言ってもわかって貰えなくて」
「そうなの?」
「あ? 別にあんな爺さん怖くねーだろ?」
本気で疑問に思ってそうなジェイの様子に少し戸惑う。
もしかして俺達の感性がおかしいのだろうか? と少し考えた。
「アル」
「ん?」
「依頼は?」
レオルドに言われて、「そうだった」と依頼書をとり出す。
それをテーブルの真ん中に乗せると、三人が注目した。
「依頼内容は────」