暑い。
それはもう暑い。
エルモアの街は遥か遠く、アルたち四人は既に狩り場に到着していた。
まずは拠点の製作からしなければならない。なので、竜車から降りたアル達は各々荷物を持って、拠点製作に適した場所まで歩いていく。
────しかし暑い。太陽さん、もうちょっと手加減してくれないッスか。死にます。このままじゃ、モンスターと殺り合う前に死にます。
そんなアルの祈り虚しく、太陽は今日も今日とて絶好調である。
「暑い熱いあついアツいアツイATSUIアついあつつつつつつつ……、痛ぁっ!?」
「うっさいバカ! 余計暑いわ!」
エイナの渾身のツッコミ(?)にアルの身体が僅かに傾いだ。
あ、ヤベ。これ本格的にダメだわ。
ダラダラと汗を流しながら、ヤケに冷静な思考で自己分析を終える。
「おい、大丈夫かよ?」
さすがにヤバいと感じたのか、問い掛けるジェイに普段の軽薄な感じはなかった。
「ふんっ。この程度の暑さで情けない。狩り場に出たら、これの比じゃないわよ」
「……」
憎たらしく言うエイナに、しかし反論するだけの元気は、今のアルにはない。
(……暑い。もう、口も開きたくない……)
いつもなら即座に噛みつくアルが反論しないことに違和感を覚えたのだろう。エイナがアルの顔を覗き込む。アルの側に抵抗するだけの体力は残っていなかった。
「ちょっと。アンタ、ホントに大丈夫?」
「アルは雪国出身だ。砂漠の暑さは堪えるのだろう」
気遣わしげな表情を取ったエイナに言ったのはレオルドで、いつもと変わらない声色からは暑さを苦にしている様子は感じられなかった。
ちら、と見るとレオルドも汗こそかいているものの、表情はいつもと変わりない。
「……半端ねえ」
尊敬よりも恐ろしさが先立つ。どんな精神力をしてんだ。
そう、今回の狩り場は砂漠。移動に船を使わなかったため船酔いはなかったものの、まさか狩り場がこんなに暑いとは思いもしなかった。
「アンタ、クーラードリンク飲んだ?」
エイナの言葉に力なく首を振る。
出発前に散々無駄遣いはするな、と釘を刺されたのだ。狩猟開始まではできるだけ使わずにいたい。
そんなアルの心を読んだのか、エイナは懐からクーラードリンクを差し出して言った。
「無理しないの。そりゃ、この程度で使ってたらアッという間になくなっちゃうけど、無理して倒れる方が問題でしょ」
いざとなったらアタシの分けたげるわよ、とエイナは笑う。
やべぇ……、天使に見える。
なんて、アホなことを思いながら、受け取ったクーラードリンクを一気に飲み干す。
初めて口にしたクーラードリンクは、その名に恥じない効果を彼にもたらした。
「どう? 少しはマシ?」
「あ、ああ。スゲェな」
これはホントに凄いと思う。じわじわと体力を奪っていった暑さが、ほとんど消え失せたのだ。
エイナはアルの様子に満足そうに微笑んだ。
「そ。じゃあさっさと荷物運んじゃいましょ。効果時間が勿体無いし」
「おう」
アルは短く返して、歩く速度を上げた。
※※※
手早く拠点の製作を終えたアル達は、取りあえず一息ついた。
前回砂漠に訪れたハンター達の名残を利用して造ったので、そこまでの労力ではないのだが、いかんせんこの暑さだ。
クーラードリンクを飲まねば体力を失う、という程ではなくとも、やはり暑いものは暑い。ジェイが溶けるようにベッドに突っ伏したのを皮切りに、アルとエイナがダレた。
唯一ピンシャンしてるのがレオルドで、アルはホントに人間かと半ば本気で疑ったりしてみる。もしや小説なんぞでよく見る『サイボーク』とかいうやつじゃああるまいな。
「俺ここで待ってるからよー。おめえらで依頼済ませといて」
「何バカ言ってんのよ。このバカはー」
ベッドに横たわりながら言うジェイに、エイナの力ないツッコミが響く。
エイナの意見はとても正しいのだが、暑さにまいってしまっったアルにはジェイの気持ちもよくわかった。ついでに言えばジェイと同じようにテント内で溶けているエイナも、本心では動きたくないのだろうと思う。
けれど、いつまでもチンタラやってる暇もないのも事実である。
一回の狩猟には、ギルドから制限時間が設けられているし、何よりアルは既にクーラードリンクを消費してしまっている。
クーラードリンクは優れたアイテムだが、当然効果には持続時間がある。限られた効果時間を考えると、あまり無駄な時間は過ごしたくない。意を決して、アルはテントから出た。
「行くのか?」
そう問い掛けたのは、テントの外で直射日光を浴び続けていたレオルドだ。
相変わらずの険しい顔に、ゴツいディアブロシリーズ。背に備えた剣は長大で、見た目だけで相当な威力が想像出来た。
「うん。そろそろ行かなきゃな。……ところで、それ、太刀じゃあないよな?」
彼の武器を指差して問う。長さは太刀に近いものがあるが、分厚さと幅がまるで違う。
レオルドはあっさりと「大剣だ」と答えた。
太刀、双剣に続く三つ目の武器カテゴリー。
どれだけの種類の武器を使いこなせんだよ……。と半分呆れながら、レオルドを見詰めた。残り半分が羨望なのは、言うまでもない。
「むう……」
「なんだ?」
不満気に頬を膨らませると、レオルドは怪訝そうな顔をした。
「デカイ武器とか、使ってみたいなぁ、と思って。レオルドは太刀も大剣も使えていいな」
「はっ! アンタに重量武器とか」
鼻で笑ったのはレオルドではなくエイナだ。いつの間にかテントから出てきたらしい。
「鼻で笑うな!」
「腕力が足りなさ過ぎて、持てないのがオチでしょ」
「ぐっ……」
的確に事実を抉ってきやがった! なんて嫌な奴! と、アルはここである事実に気付いた。
「でも俺、お前と体型変わんねえぞ?」
同じ程度の身長、同じような体型。だが扱う武器が違い過ぎる。
片や
片や
なんでだ? と疑問に思う。
それはエイナも同じだったらしい。改めて突きつけられた事実に、彼女自身も困惑していた。
ただ、レオルドだけは
「恐らくは、『
「「気?」」
アルとエイナの声がハモった。
「錬気や鬼人化という言葉を知っているな?」
「ああ」
「はい」
二人の返事に頷くと、レオルドは説明を始めた。
彼が言うには……、
人間に限らず、生き物には必ず『気』というものがあるらしい。
鬼人化に見られるように、うまく使えば身体能力を底上げすることが可能で、太刀の気刃斬りや大剣のタメ斬りなども気の力によるところが大きいのだとか。
「えと、つまりエイナは無意識に気をコントロールしてるから重い物が持てるって?」
「エイナに限らん。そもそも、並の人間では大剣もハンマーも持ち上げられないだろうからな」
確かに。レオルドみたいなガチムチならともかく、アルのような細身のハンターにも大剣やランスのような重量武器を扱う奴はいる。
身近にはエイナ。知り合いでは楓だ。
つまり彼女らは気のコントロールが上手いのだろう。
「じゃあ俺も気のコントロールが上手くなれば、大剣使えるのか!?」
「人には得手不得手がある」
「……さいですか」
あっさりばっさり切って捨てられると、わかってはいてもそこそこ凹む。
というか、そこの金髪女子。腹を抱えて笑うな。
「確かに様々な武器を使えた方が便利かも知れん。が、それと『強者』とは別の話だ。重量武器を扱えなくとも、大成したハンターはいくらでもいる」
「それはわかるよ。でもやっぱ、一辺くらいはビュンビュン振り回して────」
「どうした?」
不意に言葉を切ったアルに、レオルドが問う。
思案顔のまま、アルは口を開いた。
「いやさ、鬼人化が気のコントロールで出来るなら、大剣とかハンマーで鬼人化すりゃ、メチャメチャ強いんじゃねえの? って、思って」
鬼人化は双剣の奥義だ。身体能力を向上させ、普段ではあり得ない速度と強さを叩き出す。
だが仮に、双剣以外の武器で鬼人化が出来ればどうだろう。
武器の重量は威力とほぼイコールだ。軽量な双剣ですら計り知れない威力になる鬼人化を、大剣のような重量武器でやれれば、それこそ剛剣と呼ぶに相応しい威力になるだろう。
さらに、大概の重量武器に付随する欠点である速度。
移動速度、攻撃速度問わず、鬼人化で強化した身体能力ならば、その欠点もある程度補えるハズだ。
「確かにそうね……」
エイナもまた、アルと同じ結論に至ったらしい。
だが、レオルドは静かに首を振る。
「いや、双剣以外での鬼人化は難しい。アレは『そういう形』として完成している」
「そういう形?」
理解出来ず、アルは首を傾げた。
「気の扱いはイメージだ」
と、そうレオルドが口を開いた。
鬼人化は全身に気を循環させることで、加速度的に身体能力を向上させる。その際、武器の切れ味をも上昇させるために、『武器に気を通す』のだ。
自分の身体以外に気を通わせるのは、存外難しい。鬼人化や気刃斬りが『奥義』と呼ばれる所以である。
────故に、鬼人化の際は
両の剣を、それぞれ持ち手の『延長』だとイメージ。刃と刃を重ね合わせ、身体を一つの輪に見立てる。
そうして身体の中心から外側に向けて気を放出。重ねた刃を通じて気を循環させる。
腕の延長と思える限界サイズ。
気を通しやすい形。
綺麗な輪を描くために必要な、左右対称に近い形
鬼人化に必要な、あらゆる要素を兼ね備えた武器、それが双剣。
対する太刀もまた、気を通しやすい形である。
東方から伝来した独特の形は、気を奔らせることに特化している。
使い手の攻撃の意思を汲み取り、受け手の血を啜る。命のやり取りの中で交わされる意思の応酬。太刀の刃はそれらを力へと換え、切れ味と重さを増してゆく。
さらに刃に蓄積された気を、柄から切っ先へと放出することで何者にも阻むことの出来ない気の刃を生み出す。
東方伝来の“気で斬る”概念の体現はまさに『気刃』。
双剣が気の循環を司るならば、太刀は気の放出を司る武器なのだ。
「えと、つまり双剣とか太刀は他の武器より気を通しやすいから、色々出来るって?」
「大雑把に言うならば、そうだ」
レオルドによる説明が終わり(普段では考えられないくらい口を開いて、正直ビビった)、アルは確認のために口を開いた。
「じゃあ片手剣とか、大剣で鬼人化なんて無理か」
「気の扱いはイメージだ。大剣のように巨大な武器でも、片手剣のように左右対称でなくとも、それに沿った気の扱いが出来るなら可能だろう」
理論上は、と付け加えて、レオルドは言った。
やや否定的に聞こえるのは、彼自身がその奥義に見合ったカテゴリーでしか、それらを扱えないことに起因するのだろう。
或いは、レオルドがハンター生活を続ける中で、そういう規格外の人間と出会ったことがないのが原因なのかも知れない。
「なあ、さっきタメ斬りとかも気の扱いが必要だって言ってたじゃん? 鬼人化と違うのはわかんだけど、気刃斬りとは何が違うの?」
「気刃斬りは文字通り、『気で斬る』技だ。
対して、大剣やハンマーにおけるタメ攻撃は、武器を振るう筋力を引き上げる。気刃斬りよりも、むしろ鬼人化に近い」
あれ? と思う。
鬼人化は気を循環させて、身体能力を引き上げるので、それがやりにくい他の武器では出来ないのではなかっただろうか。
「ああ、もちろん鬼人化程の効果は見込めん。
気の伝導がそれほど良くない大剣は、腕から刃に気を通しづらい。それを逆手にとって、流れていかない気力を腕にタメていく。後は斬撃の瞬間に炸裂させれば、普段以上の威力を持った一撃を叩き込めるという訳だ」
細かい制御は異なるが、ハンマーも同じだろう。とレオルドはエイナに視線を向けた。
問われたエイナは「無意識にやってるんで」と、少しバツが悪そうに答えたのみだったが。
「つまりアレか。うまく流れていかない気力を、うまいことコントロールしてやりゃ、大剣でも鬼人化とか気刃斬り出来ると」
「ああ。結局は使い手の力量次第、とまとめてしまっていいだろうな」
「ま、その前にアンタは武器持ち上げるとこからだけどね」
「……」
間髪入れずに言われた言葉に、アルは押し黙った。
自覚していても、はっきり告げられると辛い。というか、笑うな。
憮然としたアルを余所に、レオルドがテントの方に振り返った。
同時、中からジェイが起き上がってくる。
「お前らいつまでダラダラダベってんだ? さっさと狩りにいけよ」
その言葉にレオルドは静かに頷く。
だが、アルとエイナは顔を見合せて────、
「「お前が言うなっ!!」」
二人の渾身のツッコミが炸裂した