優しい龍   作:ハトスラ

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彼が語る過去のこと

「冗談じゃねえぞ。なんて暑さだ」

「まあ砂漠だしな」

 

 じりじりと照り付ける太陽にさらされながら、砂の海を歩く野郎が二人。いうまでもなく、アルとジェイだ。

 

 今回は依頼内容が内容だけに、現在は二手に分かれている。エイナがレオルドにくっついていくのは当然のことなので、チーム分けに異論を差し込む余地はなかった。

 

「んで? 何匹狩った?」

「七匹。でもこれ狩った数じゃないだろ」

「ま、蟹味噌確保しないと意味ねえからなぁ」

 

 ダルそうに言うジェイに、アルは剥ぎ取った『ザザミソ』の数を確認する。大体、四匹分程度か。ノルマは達成出来そうだ。

 対するジェイはボウガンの弾装を入れ換えて、忌々しげに太陽を睨んだ。

 

「もうちょっと手加減しやがれ」

「どーかん」

 

 暑さに辟易しながらも、二人ともやることはやる。

 アルが水筒から水を飲むのと、ジェイのボウガンが火を噴くのは同時だった。

 

「……は?」

「九匹目」

 

 言ったジェイの視線の先にはヤオザミの死骸。ジェイはゆっくり近づいて、手慣れた様子で解体を開始する。

 

「気付かなかった。……ってか、そこそこ距離あったぞ今」

「お前と俺とじゃ、索敵範囲が違ぇんだよ」

 

 あー暑い、なんて言いながら、さりげなく傷付くことを言う。

 確かに経験値とか、使える武器の数(彼はライトもヘヴィも使いこなす)とか追い付いてないだろうが、やっぱり地力の差を見せ付けられるのは悔しい。

 

「よっし、全部合わせて六匹分ってとこか」

「あ、じゃあノルマ終わった」

 

 解体を終えたジェイに、アルは自分のザザミソの量を参照しながら告げる。

 ノルマは二人で十匹分。二人合わせれば届くハズだ。

 

 さて、ここまでのやり取りをみれば分かって貰えると思うが、今回の依頼内容は『ザザミソの納品』である。

 依頼人はどこぞの貴族様で、近々カニパーティーをする為に、『美味い』と有名なザザミソを求めているらしい。その数およそ二十匹分。

 そんなに味噌ばかり集めてどうすんだよ、とアルは思った。いや、ザザミソ美味いが。

 

「なら、次いくか」

「おー」

 

 汗を拭いながら、ジェイに応じる。

 

 彼が告げた『次』という言葉は、文字通り次の目的を指す。

 実は『ザザミソの納品』は依頼内容の一部にしか過ぎなかった。

 

 より詳しくは、『ザザミソ二十匹分の納品と、ダイミョウザザミの捕獲。草食竜の卵一つの納品』である。

 

 エイナが最後まで渋った理由はそこだ。

 

『大型モンスターと運搬を同時だなんて、バカじゃない!? それに小型のヤオザミだって何匹相手にしなきゃいけないと思ってるのよ!?』

 

 ……ということらしい。確かにそれぞれが独立した依頼よりも難易度は上がるだろう。

 だが、アルとしてはそこまで警戒するほどの依頼ではないと思っていた。油断ではなく、単純なメンツの実力的に。

 

 レオルドもジェイも、今のアルならばダイミョウザザミの相手を任せられると言ってくれたし、そもそもアル以外の三人はその蟹との戦闘経験も豊富だ。

 ザザミソ集めの為にヤオザミの相手をするのは確かに面倒だが、こちらも手分けすればなんとかなる。一匹一匹がそこまでの脅威でないから、最悪ザザミソ集めは誰か一人でも出来てしまうくらいだ。

 

 残る懸念は運搬だけだが、こちらもまあ何とかなるだろう。ザザミソ集めの為にヤオザミの数は減っているし、優秀な護衛もいる。

 ヤオザミを追い掛け回したお陰で、砂漠の不安定な足場にも慣れた。ベースキャンプの比でない暑さだけは勘弁だったが、まあそこはガマンすることにする。

 

「さ、じゃあ卵探そうぜ」

 

 別にそこまでギリギリな依頼じゃないよな? と結論を出して、アル達は草食竜の巣を探し始めた。

 

 

※※※

 

 

 さて、ザザミソを集め終えた二人は、程無くして『草食竜の卵』を見付けたのであった。

 

「よっ……、と」

 

 いつものように『消臭玉』を使って卵の匂いを拭うと、アルは気合いと共に卵を持ち上げる。

 

 エイナ達もザザミソ集めは終わってるだろうから、後はこれを納品箱まで運んで、ダイミョウザザミを片付ければお仕舞いである。

 大型の甲殻種とは戦えるし、難易度もアルの手にも収まる。複数の依頼達成条件だから報酬金も弾む、というまさに酒場で提示された条件を全て満たす依頼だ。

 我ながら良い仕事を見付けてきたなー、自画自賛しながらアルは帰り道を歩き始めた。

 

「なんだ、ご機嫌だな」

「ん、まあな。結構良い仕事見付けたなぁって」

「あ? 自画自賛かよ、キモいねぇ」

「いいじゃん別に。良い仕事だったのは間違いないだろ」

「まあ、このメンツならな」

 

 と、なんだか絶妙な顔をして流されてしまう。

 因みに、いつものようにジェイは兜の代わりにピアス装備で涼しそうだ。表情が読み取りやすいのはその為である。

 もっとも、涼しげに見えるのは表面上だけで、実際は直射日光を浴びるハメになっているせいでアルよりも数倍暑いハズなのだが。

 

「なあアル。お前、こないだの事、覚えてるか?」

 

 そのジェイが突然出した話題に、アルは疑問符を浮かべた。

 

「こないだ?」

「相手がリオレイアでも、エイナを庇うのか、って奴だ」

 

 そういやそんな話もしたな、と思い出す。暑さのせいで、というより時間が経ったせいで、言われるまで忘れていた。

 

「ん、思い出した。けど、どうしたんだよ?」

「いや、丁度二人っきりだからよ。いい機会だし、言っとこうと思って」

「……何を?」

 

 歩く速度はそのままに、ジェイの話に耳だけを傾けてアルが問う。

 ジェイは一度軽く笑うと、いつもの軽い調子で口を開いた。

 

「旦那の、腕の怪我のこと」

「それ……!」

 

 それは、あのレオルドが半年もハンター生活から遠ざかった理由。

 

 レオルドの実力を目の当たりにした今ならはっきりと分かる。それがどんなに“あり得ない”ことか。

 アルにとってレオルドは、圧倒的で絶対的な強者に思えたから、重傷を負うというヴィジョンがあまりにも浮かんでこなかった。

 

 

 ────だが、あり得ないことは、あり得ない。

 

 

 ましてこれは既に『あった』ことなのだ。

 一体どんな状況で怪我を負ったのか、アルは猛烈に気にかかった。

 

「昔はな、オメーを抜いた三人で組んでた。俺と組むより前から、旦那とエイナは一緒だったみたいだけどな」

「じゃあ、やっぱりエイナもその場に?」

 

 コクリ、とジェイが首肯した。

 

 以前一緒に組んでて、怪我が原因で離れた、と聞いた時から予想はしていたが、やはりエイナもレオルドが怪我をする瞬間を見ていたのだ。

 ジェイですら、自分を許せていないように見えるのだ。師匠大好きなエイナの自己嫌悪は何れ程だったのだろう。

 

 レオルド達から離れたのは、恐らくは自分を許せなくて────、

 

「アイツにとっちゃ、そんな程度じゃ済まなかったさ」

 

 アルの思考に先回りする形でジェイが言う。

 彼からはいつの間にか、笑みが消えていた。

 

「あの頃はまだエイナも危なっかしくてよ、目が離せなかったんだ。

 けど、あの性格だろ? 一人前って認めて貰えてないのが気に入らなかったんだろうな」

 

 思い出すような語り口────いや、事実思い出しているのだろう────に、アルは耳を傾け、そのさまを想像してみる。

 

 イメージは思ったより容易だった。というか、現在のエイナに対するジェイの態度と違いがない。そうアルが告げると、ジェイは笑った。

 

「まあな。変わったのはエイナの対応だ。冗談を冗談とわかるし、血が昇っても決定的には間違えねえ」

 

 あ、行動の話な。口汚さは相変わらず、と付け足した。

 確かに言葉ではボロクソ言われたなあ、とアルは渇いた笑みを返す。

 

「けど、あの頃は冗談にブチキレるし、認めてもらいたくて突飛な行動もしてた」

「なあ、もしかして……」

 

 レオルドの怪我についてのことなのに、やたらと過去のエイナのことを持ち出すジェイに疑問を感じて────、そして悟った。

 

 アルの『もしかして』はその確認だ。

 ジェイは首肯を一つ返す。アルは息を呑んだ。

 

「ある日、いつもの調子で俺が発破かけたんだ。『旦那に一人前って認めて貰うには、飛竜の一匹でも狩らねえとな』、ってよ。

 でだ、その日の相手は『リオレイア』。ここまで言えば、エイナがどうしたかくらい分かんだろ?」

 

 アルは頷いた。

 

 今はそんな無茶をしないのだろうが、ジェイの言葉を信じるのなら、その頃のエイナは短絡的だ。その条件下なら、エイナは単身でリオレイアに挑む。

 

 そしてその予測は的中した。

 

 エイナは単身リオレイアに挑んだ。三人でなら、幾度となく狩った相手だ。エイナの中にも『やれる』という意識があったのかも知れない。

 

「ま、結局エイナは及ばなかった。一人と複数とじゃ、感覚が違いすぎる」

「それは、俺も分かるよ。やっぱ一人よりお前らとの狩りの方が、ラクだし楽しい」

「そいつはどーも」

 

 言ってジェイはアルの背中を叩いた。

 アルとしてはうろたえるしかない。忘れがちだが、こちとら卵を運んでるのだ。

 

「ちょっ、おまっ!?」

「及ばない、ってのは字面にすりゃ大したことはねえが、実際にゃ大したことなんだ。何せ、及ばなきゃ、人間は死ぬしかねえ」

 

 抗議の声を華麗にスルーして、ジェイは話を続ける。

 アルは不満そうな顔をしたが、やはり事の顛末は気になる。それ以上は口を挟まなかった。

 

「俺がエイナのとこに着いたのは、アイツがぶっ飛ばされた時だ。致命傷じゃなかったが、連続攻撃を避けられる状態でもなかった。

 勿論、レイアは容赦なんかしねえ。すぐに突進で追い撃ちをかけた。俺は距離がありすぎて、エイナを逃がせる状況じゃなかった」

 

 ジェイはそこで言葉を切った。美しい金髪を忌々しげに掻き上げて太陽を睨む。

 だが、彼が見ていたのはきっと太陽ではなくあの日の事だ。

 アルはこの話の結末をどこかで予測しながらも、ジェイに続きを促した。

 

 ああ、と彼は首を縦に振って、再び口を開く。

 

「そのタイミングで、旦那が割り込んだ。エイナのバカを投げ飛ばし、レイアの突進を正面から受け止めた。

 エイナは助かった。けど────」

 

 ジェイの唇が僅かに、本当に僅かに揺れた。けれど、彼は話すことを止めなかった。

 

「旦那は、無理だった」

「……」

 

 アルは咄嗟には声が出せなかった。

 予測はしていたものの、やはり当事者から聞くのとは訳が違う。

 

「それで?」

 

 ようやくそれだけ口にすると、ジェイは首を振って苦笑を浮かべた。

 

「覚えてねえ。多分俺もエイナも逆上して、そのままレイアを潰したんだと思う。

 けど、そんなことより旦那の怪我の方が、俺達には大事だったんだ」

「それで、半年?」

「ああ。俺はリハビリに付き合った。

 エイナは……、責任感じちまったのもあったが、旦那に言われてよ。そこからは一人だ」

「レオルドが?」

 

 意外だった。例えどんな事が起きても、レオルドが他人を責めるなんて考えられない。

 だが、状況を考えるならそれも当然のことだったか。

 

「違う」

 

 しかしアルの思考は、その一言で霧散した。

 

「旦那が言ったのは、『俺の世話にかまけて足踏みするな』って事だ。もうお前には一人前の地力はあるんだから、後は単独狩猟の経験を蓄えるだけだ、みたいなことも言ってた」

「それでエイナの奴、一人で?」

「ああ。けど、今こうして戻ってきたってのは、アイツの中で何かのケジメがついたってことだろうよ」

 

 ケジメ。

 それはレオルドが怪我から復帰したことだろうか。あるいは、もっと別の要素。

 

 けれど、現実としてエイナはレオルドの下に帰ってきた。

 この話を聞いた今、それは単純に良いことだと、アルには思えた。

 

「なあアル」

「何?」

「ああ見えて、エイナはまだ振り切れちゃいねえ。目の前で、誰かが傷付くことにビビってる。

 だからよ────」

 

 ジェイは一度目を閉じ、そしてゆっくりと開いた。

 真剣な瞳がアルの顔を真っ直ぐに見詰める。

 

「お前は、無茶すんな。

 目の前で……、それも自分を庇って怪我されたんじゃ、アイツは今度こそどうにかなっちまうかも知れねえ」

「お前……」

 

 ようやく、先日の話と繋がった。

 

 きっと二人とも、アルの無茶にかつてを思い出していたのだ。

 エイナがあんな風に強く反発したのも、ジェイがアルをたしなめたのも、多分それが原因で……。

 

 アルは自分の浅慮さを悔やんだ。助けたつもりで、彼女達の古傷を抉るような真似をしていたのだから。

 

「ま、善かれと思ってやってんだ。無茶と怪我さえしてくれなきゃ、俺からは特に言うことはねーよ」

 

 アルの表情から何かを汲み取ったジェイは、真剣な様子から一転、いつものように軽薄に軽快な笑みを浮かべる。

 アルはそんなジェイの様子に、申し訳なさと感謝を思いながら、一方でまるで別のことを思った。

 

「なあ、ジェイ」

「何かねワトソン君」

「お前ってさ、まるで────」

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