────エイナの兄貴みたいだよな。
「はあぁぁっ!?」
相変わらずの直射日光の下、砂の海に少女の絶叫が響いた。
「アイツがアタシの兄貴とか、冗談じゃないわよ。何をどう捉えれば、そう思える訳?」
心底嫌そうな顔をしてアルに問うているのは、件のエイナである。
あの後、アルは無事に卵を運び終えダイミョウザザミの捜索に乗り出した。その途中でエイナとばったり出会って、今に至る訳である。
ちなみに、一仕事終えたジェイがキャンプでダレているのはお約束なので割愛させて頂く。
「何を、って……顔?」
本当はジェイがエイナのことを思いやっているからなのだが、それをエイナ本人に言うのは何だかはばかられた。
言えば、そう思った理由を追及される。そうすればジェイがアルに、レオルドの怪我の経緯を話したことが知られてしまう。それは避けたい。
もしアルがエイナの立場なら、自分の知らない所で、かつての自分の失敗を話してほしくなんかないから。
そういう訳でアルは当たり障りのないことしか言えなかった。もっとも、二人とも金髪碧眼で兄妹のようにも見えるな、とは前々から思っていたのだが。
「顔って……、顔は似てないでしょ。つーか、なんで疑問形? まあ確かに髪と眼の色は似てるケドさ」
「後はほら、お前が突っ掛かってもジェイはさらりと受け流すだろ? それなりに仲も良いしさ、口煩い妹といい加減な兄貴に見える」
ちなみにジェイ本人はアルの感想を受けて、「お前とエイナのが兄妹っぽい」と笑っていた。
「口煩いって何よ。せめてしっかりものの妹、でしょ。いや、アイツの妹ポジションを認めた訳じゃないけど」
「しっくりくると思うんだけどなー」
「それ言い出したら、アンタとジェイのが兄弟に見えるわよ」
「……似てないぞ?」
「そう思ってんのはアンタくらいよ?」
「マジっすか」
思わぬ返しにアルは首を捻った。
客観的評価ってのは、やはり自分のことには難しいらしい。
「ねえ、アル」
「……んだよ?」
それはそれとして暑いなあ、と空を仰ぎながらアルは返事をした。若干投げやりなのは、暑さのせいに他ならない。
しかしエイナは、珍しくアルの態度に文句を言わずに口を開いた。
「アンタ、ジェイのこと信用してる?」
「…………は?」
狩り場の真ん中にいることすら忘れて、アルは言われた言葉を反芻した。
────ジェイのこと信用してる?
そんなこと、何故今更確認するのか? アルの答えなど決まっていた。
「信頼してるよ。当たり前だろ」
「そう……」
アルの答えに、エイナは何故か表情を曇らせる。
その理由がわからず、アルは眉根を寄せた。
「ジェイもレオルドも、お前のことだって信頼してるよ。お前だってそうじゃねえのか?」
少なからず共に戦った仲だ。そこに信頼関係がないハズがない。
だが────、
「違うわ」
「なっ……!?」
返ってきたのは真逆の答え。
驚き、言葉を詰まらせたアルを他所にエイナは続けた。
「師匠のことは、信じてる。アンタのことだって、命を預けるくらいには。
けど、ジェイは……、アイツは別」
「なんでだよ。お前、俺よりも長い間アイツと組んでたんじゃねえのか!?」
「そうよ」
「だったら……!」
「でも!!」
興奮仕掛けたアルを遮るように、エイナの声。
彼女の瞳が揺れているのに気付いて、アルは次の言葉を呑み込んだ。
「でも、それとこれとは話が別なの」
「……アイツと何かあったのか?」
それくらいしか思い当たらないアルに、しかしエイナは頭を振った。
「アンタはさ、アイツの異名、知らないでしょ?」
「異名?」
「そ。優秀なハンターはね、異名を持ってたりするのよ。二つ名、通り名とも言うけど。『炎帝』とかなら、アンタも聞いたことあるんじゃない?」
それは確かに聞いたことがある。どんな奴かは知らないが、名前が一人歩きするくらいには凄いハンターなのだろう。
それはさておき。
「その二つ名が、ジェイにもあるって?」
「ええ。アイツの異名はね、『裏切り』よ」
「……裏切り?」
それは、一体どういう意味を持つのか。
字面だけを参照するなら、それは誰かを────、
「
「なんだよ、それ……」
震えてしまいそうな声を必死で抑えて、アルはようやくそれだけを絞り出した。
対し、エイナは特につかえることもなく、すらすらと次の言葉をまくしたてる。
「異名って言っても、何も良い方向の物だけじゃない、ってことよ。
逃げ続ければ『ヘタレ』。便乗し続ければ『寄生』。そして仲間を撃てば『裏切り』って具合にね」
エイナの言っていることは分かる。度が過ぎれば、そういう『不名誉』なアダ名が付けられてもおかしくはない。
だが、理解したのはそこまでだ。
まるで、本当にジェイが『そういうこと』をしたかのように語ることを、アルは理解も納得も出来なかった。
故に、激情のまま、アルは叫ぶ。
「異名たって、所詮は噂話とかが形を変えただけじゃねえか! そんなこと、本気にしてんじゃねえぞ!!」
「火のない所に煙はたたないもんよ」
「てめっ、いい加減に……!!」
「分かってるわよ!!」
思わず握り絞めた拳は、エイナの声で緩んだ。
「そんなの、ただの噂だって分かってる。その噂が一人歩きして、異名になっちゃったことだって分かってるわよ。
けどね! さっきも言ったけど、火のない所に煙はたたない!
そもそも、そんな噂がたつくらいにはヤバイ奴なのよ、アイツは!!」
「だから、そいつはただの誤解とか、そういうんじゃねえのかよ!
一緒に狩りして、一度だって『そんなこと』なかっただろうが!!」
「アタシだって……、アタシだってそう思いたいわよ!
だけど! アイツが『それ』を認めちゃったら、疑うしか……、そういう奴だって思うしかないじゃない!!」
「……っ!?」
言葉に詰まる。
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「認、めた……?」
かろうじて出た声に、エイナが首肯を一つ返す。
忌々しげに、それでいて悲しげな表情を作ったエイナは、ゆっくりと口を開いた。
「まだ組み始めた頃にね、アイツに直接訊いてみたことがあるのよ。そんな異名もってる相手だしね」
エイナの性格を考慮すればそれは当然か。
アルにそうしたように、ジェイに対してだって容赦のない口撃を仕掛けたに違いない。
「もうそりゃ直球で。そしたらさ、アイツ、笑ってこう言ったのよ」
『事実さ。俺はな、絶対死ねねえ。
ヤバくなったら誰だろうが見捨てる。必要なら後ろから撃って、死体を囮にする。生き残る為に、手段を選ぶつもりはねえ。
だから……』
「『せいぜい背中には気を付けるんだな』、ってね」
「そいつは……」
アルはどう判断していいかわからなかった。
エイナが嘘を言っている様子はない。
だが、今まで組んできた中で、ジェイがそういった素振りを見せなかったのも事実なのだ。どころか、アルは組み始めの頃に彼に助けられている。
ジェイの真意がわからない。本当にエイナに言った通りの男なのか、そうじゃないのか。
考えて、だがアルの脳裏に過ったのはたった一つのこと。
────違う。大事なのはジェイがどうこうではなく、そのジェイを見て、自分が彼をどう思っているかだ。
アルは一瞬目を伏せると、ゆっくりと息を吐き出した。
答えなど、わかりきっていた。
「信じるよ。俺は、アイツを信じる」
今まで組んできて、ジェイは信用に足る人物だと思えた。
そもそも本当に仲間を見捨てるような奴なら、怪鳥狩りのときに、彼はアルを見捨てている。
根拠はそこだ。
それは弱い理由かも知れない。
だが何より、単純に彼を信じたいと思えたから。アルにとっては、そんな弱い理由でも十分なのだ。
「お前の言ってることを信じてない訳じゃない。でも、それでも俺は、今まで自分で見てきたアイツを信じたい。
もしかしたら、昔はそういう奴だったのかもしれないけどさ、今は変わったのかも知れないだろ?」
それに、ただの悪い冗談だったのかもしれないし。そう付け足して笑う。
エイナはそれに何とも言えない顔をした後、それでも何とか微笑を浮かべてくれた。
「そう。ま、信じる信じないはアンタの勝手だしね。アタシはただ、知っておいて欲しかっただけ。
アタシだってアイツのことは信じたいけど、不用意に信じてそれで自分が────、仲間が撃たれたら自分で自分を許せないから」
それはきっとエイナの本心だったのだろう。
いや、口ではこう言いながら、彼女はジェイのことを信じている。でなければ、レオルドに言われたからと言って、彼の下を離れたりしない。
レオルドとジェイを二人だけにしたのは、きっと彼女がジェイを信頼していたからだ。
アルはそこまで思い至ると、満足気に笑った。なんだ、結局コイツもジェイを信頼してるんじゃんか、と。
それを見たエイナは怪訝そうにしながらも、アルの表情には言及しなかった。代わりに、警告めいた言葉をアルに投げかける。
「とにかく、アイツを信じるのはいい。けど、警戒は緩めないで」
矛盾したその言葉は、きっとそのままエイナの心中だ。
アルは一つ頷くと、笑顔のまま口を開いた。
「わかった。でもきっと、そんなことにはならないよ」