さて、広大な砂漠の狩り場で、偶然にも鉢合わせたアルとエイナだったが、ザザミソの納品を終え卵の運搬を済ませたアルと違い、エイナはまだザザミソを持ったままだった。
保存用の特殊な容器に入れているとはいえ、そこはナマモノ。一刻も早く、ベースキャンプの納品箱に放り込むべきである。
エイナが集めたザザミソはおおよそ五匹分。個人のノルマとしてなら、十分に達成していた。
ならば何故納品していないかと言えば、納品途中で大型モンスターと遭遇してしまったからに他ならない。
────盾蟹ダイミョウザザミ
その名にふさわしい立派なハサミは、一度防御に回せば鉄壁の守りを誇る。棲息地域は、温暖な地形から、砂漠のような暑い場所まで。
その身は美味として知られ、今回の捕獲依頼は、『食材』としての鮮度を保つ為だと思われる。
そんな蟹の親玉と遭遇し、戦闘。
レオルドとの連携で圧倒したものの、傷ついた盾蟹は逃げてしまった。ザザミソ収集の最中、不意の遭遇だったこともあり、ペイントを付ける間もなかったのだという。
せめてペイントだけでも、と思いレオルドと別れて盾蟹を捜索している内にアルと出会った。
エイナの話を総括すると、おおよそこんな感じであった。
であるなら、せっかく合流したのだし、一緒に捜そうとなったのが、数十分前。ジェイについての話をしたのが数分前。
────そして現在。
「うおおおおおっ!?」
「キャアアアアッ!?」
炎天下の中、男女一組が絶叫しながら全力疾走。
どこの青春ドラマだ。とツッコミたくなる情景を生み出しているのは、アルとエイナのデコボココンビである。
現在彼らがいるのは、砂の多い砂漠にあって、珍しく足元が岩肌になっているエリア。
足を捕られやすい砂よりも、硬い感触の岩の上の方が走りやすい。
その意味では、全力疾走をするハメになったのがこのエリアで良かったと言える。
ちなみに、アルとエイナが全力疾走している理由はと言えば────、
「キシャアアアアアア!!」
────これである。
背後から物凄い勢いで迫るダイミョウザザミ。甲殻種特有の『表情が読み取れない』顔の作りのせいで、異様な迫力だった。
「こ、コイツ……なん、でっ、急にぃぃぃ!?」
「しらっ、ないわよ……、いいから走れぇぇぇぇ!!」
知らない、というか、散々ボコボコにされた後では誰であっても気が立っているものだ。ダイミョウザザミも例に漏れず、そうだっただけの話。
つまり半端に傷つけたエイナとレオルドのせいである。
しかしこのダイミョウザザミ、異様な足の速さであった。
アルとエイナは揃って足が速い。そんな二人の全力疾走についていけるモンスターなど……、沢山いたが(歩幅が違うので仕方ないとも言える)それでも異様だ。
何故ならこの蟹、ハサミを振り上げて『前進』しているのだから。
「なんで前進!? 蟹って普通、横歩きじゃねえのか!?」
上半身だけ振り返ってアルがつっこむ。
確かに蟹といえば横歩き。ダイミョウザザミも例に漏れず横歩きがデフォルトだ。というか、そっちの方が速い。
後、アルはまだ見たことがないのだが、ダイミョウザザミが突進してくる時はバック走である。背中に背負ったヤド(飛竜の頭殻らしい)を向けて突き進む様は、飛竜の突進と比べて遜色ない迫力なのだとか。
だが、何故かコイツは普通に前進だった。それであり得ない程足が速いのだから、怖いを通り越して気持ち悪い。
「大体っ、アンタが! 不用意に踏みつけるからっ!」
「し、し、知るかっ! あんっ、なん! 気付かね、て……!!」
ことの始まりは、アルが何か硬い物を踏みつけたことだった。
何か踏んだなー、と思っていると、地中からダイミョウザザミ。
え、何? とか考える前に、あれよあれよと今の状況だった。
「もとはと……言えばっ! ぺ、ペイ、ント! じゃ、ね、……の!」
「う……、さい!」
全力疾走中に会話。
無駄に体力を消費するだけだとわかっているのに止められないのは、もはやある種の呪いか。
ともあれ、少しずつ盾蟹と二人との距離は縮み始めていた。
そして、さらに悪いことに、
「ちょっ!? 前! 前!!」
「行き止まりぃぃぃぃ!?」
アルとエイナ。割りと絶体絶命であった。
※※※
剥き出しの岩肌が足場になったかのようなエリアは、砂の海しかない他のフィールドと違い障害物も豊富だ。
というか、一つの巨大な岩が風化して、足場やら柱のような岩の塊になったのではないだろうか?
それはさておき、アルとエイナ。二人はまさに今、壁のようにそそり立つ岩肌に向かって走っていた。
背後からは凄まじい勢いで盾蟹。割りと絶体絶命である。
「どーすんだよっ!?」
「うっさい! 知らないわよ、バカ!!」
岩壁までの距離はそうない。このままではあっさり追い詰められ、狭い場所で戦わざるを得なくなる。
それだけはごめんだ。と、アルはエイナに視線を向けた。同じタイミングでエイナからも視線が返ってくる。
どうやら同じことを考えたらしい。ならば話は簡単だ。
とくに打合せもなく、二人は同時に足を止めた。自然、盾蟹との距離は一気に縮まる。
「このぉ……」
「いい加減に……」
振り返る。盾蟹のハサミは、既にアル達に向かって振り下ろされている。
それを左右に分かれるようにして回避。
ほとんど身体を投げ出すようだった回避は、お世辞にも華麗とは言えない。だが、アルにとっては回避出来れば十分だった。盾蟹が前進しながら攻撃を仕掛けた結果、左右に分かれたアルとエイナは盾蟹の後ろを取ることに成功したのだから。
アル達を追い越した盾蟹が振り返るのと、砂を払いながら二人が立ち上がったのは同時。
アルは勢いよく片手剣を抜き放った。そのまま、躊躇なく盾蟹の懐に飛び込む。
だが、盾蟹のハサミは既に唸りを上げていた。
接近するアルを叩き潰すために、高い防御力を持った『盾』が振り下ろされる。
「「調子に、乗るなあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」
二人分の絶叫。
剣と盾が交錯する。
普通なら脆弱な剣は、圧倒的質量と筋力を備えた盾に潰されていただろう。
しかし、そうはならない。
これは一対一の戦いではない。これは二対一の狩猟なのだ。故に、アルの側にはもう一人────エイナがいる。
アルの片手剣が盾蟹のハサミに接触した瞬間、エイナのハンマーが凶悪な唸り声を上げて、剣の背に炸裂した。
片手剣の刃を『楔』代わりに打ち込んだハンマーは、そのままの勢いでハサミにも直撃する。
────結果、
「キシャアアアアアアアアアアッ!?」
圧倒的防御力を誇るハサミは、その中心から粉々に砕けてしまった。
さすがの鉄壁も、楔によって傷ついた場所をピンポイントで打撃されればひとたまりもなかったようである。
衝撃に、ダイミョウザザミが数歩下がって揉んどりうつ。
割りと無茶な迎撃を敢行した二人は、その様子に胸を撫で下ろした。
全力疾走後に全力回避、さらに全力全開の一撃なんて疲弊しない方がおかしい。
結論としては、二人とも次の行動までにタイムラグがあったのだ。その隙に追撃をかけられていたら、もうどうしようもなかった。
だが、それも盾蟹が怯んでくれたことによってなんとかなった。
「思い切りブチ抜いちゃったけど、大丈夫?」
「腕も剣も今ん所は。つーか、あんだけ容赦なくブチ込んどいてよくもまあ……」
うっさい、いくわよ。と返すエイナにアルは笑って頷いた。
「んじゃ、いっくぜぇぇぇ!!」
アルの絶叫を皮切りに、盾蟹との本格的な戦闘が開始された。
実際に立ち回ってみてわかったのは、守る為に特化しているせいか、ダイミョウザザミのハサミはやや重い、ということだ。
盾で受けた時の相当な衝撃には正直参った。
が、反面、ハサミの動き自体に鋭さはない。これなら回避は容易だ。
ハサミによる攻撃と、突進紛いのバック走。口器からの泡だか水流だかには驚かされたが、粗方の行動は見れた。
「うおおおおおっ!!」
側面────砕いたハサミ側から斬りかかる。
盾蟹は迎撃の意思を見せたが、やはりハサミのダメージは大きいらしい。緩慢な動きで振り下ろされたそれを軽く回避し、アルは盾蟹の身体に斬り付けた。
「──────!!」
ダメージに盾蟹が声にならない悲鳴を上げる。
直後、その悲鳴すらかき消す轟音。盾蟹の巨体が、あらぬ方向へと吹き飛んだ。
「でぇぇぇっ!?」
驚いたのはアルだ。
目の前の盾蟹が、もの凄い勢いでぶっ飛べばビビりもする。というか、アルへ向かってぶっ飛んだのだし。
おかげでアルは、熱した鉄板のような岩肌に身を投げ出して回避せねばならなかった。
「熱っ!? あ、アッツい!?」
「戦闘中にギャアギャアうっさいわよ」
「んだと!? 熱いもんは熱いんだからしゃーね……、つか! 元はと言えばお前が前置きもなく、ダイミョウザザミをぶっ飛ばすから!!」
盾蟹をホームランした張本人、エイナはアルの抗議に「ふん」と一つ返しただけだった。
「バカなこと言ってないで、次来るわよ」
「いや大事なことですのことよ!?」
暑さと熱さで若干言語中枢がおかしくなったらしい。
そんなアルを黙殺して、起き上がった盾蟹にエイナは身構えた。アルもまた、やや不満そうな顔はそのままに、右手の得物を持ち直す。
エイナとレオルド。一度、二人と戦闘しているだけあって、さすがに気は立っている。なにもしていなくとも、殺気を向けられているのがありありとわかる程だ。
だが同時に相当のダメージが蓄積されているのも分かった。
攻撃パターンも、見てきた限りでは対応できない程のものはない。
いける。
自分一人ではこの状態の盾蟹であっても苦戦するかも知れないが、エイナと二人ならば狩れる。
希望的観測ではなく、それは確信だった。
その上────、
「いぃぃぃぃヤッホゥゥゥ!!」
アル達の頭上から雄叫び。
それに振り返るより速く、盾蟹の身体が爆発した。
「キシャアアアアアアアッ!?」
爆炎に包まれた盾蟹は、その場でのたうちながら絶叫する。
何が、と思う前に、もう一度頭上から声が降ってくる。
「アル!」
「え、あ! ジェイ!!」
振り返った先、岩壁のてっぺんにはボウガンを構えたジェイ。
一体いつのまによじ登ったのかは知らないが、なるほど。確かにあの位置からなら、一方的に狙撃が出来る。
そして、これで三人。これなら負ける要素はない。
「うっしゃ、決めるぜ」
「遅い、置いてくわよ」
「へ? ちょっ」
ジェイの姿を確認していたアルよりも先に、エイナが盾蟹へと踏み込んだのは当然といえた。
盾蟹はジェイが放った火炎弾のダメージが抜けきらないのだろう。足下がどこか覚束ない。
決めるなら今だ。とアルがエイナに続こうとした瞬間、
「待てって!」
「!? ……なんだよ! チャンスだろ、今!!」
ジェイの声に出鼻を挫かれつんのめったアルは、彼に対して抗議の声を上げる。対するジェイは涼しい顔で、「受け取れ」と言って、何かを投げて寄越した。
「ちょっ!? いきなり……と」
何とかキャッチして、自身の腕の中を見る。
そこにはやや大きめの円筒缶。
そこそこの重さがあるものの、持ち運びに差し支える程ではない。
どことなく見覚えがあるような……?
「……って、シビレ罠じゃねえか!?」
アルの叫んだ通り、それはシビレ罠と呼ばれる狩猟用の道具だった。
円筒缶を地面に突き刺し展開することで、神経性の麻痺毒でモンスターを捕える道具。
短い間とはいえ、モンスターを拘束できることは、ハンターにとっては大きい。アルも何度かお世話になったので、この道具の有効性は十分に理解していた。
つまりジェイは、これを使って盾蟹を拘束してしまえ、と言いたいのだろう。
それは分かる。分かるが、
「こんなもん投げるなよ! 衝撃で発動しちまったらどうすんの!?」
そういうことである。
万一そんなことになろうものなら、せっかくの罠を無駄にしてしまうどころか、アルを巻き込んでエライことになっていた。
クソ暑い中、背筋が冷える感覚を味わったアルとは対照的に、ジェイはヘラヘラ笑うのみである。
「いいから、さっさと仕掛けろよ。でないと、エイナが片付けちまうぞ」
「恐ろしいマネしといて他人事かテメェ!? つか、決まっちまうなら、それはそれでいいだろ?」
アルは怒鳴りながらエイナを見た。
盾蟹相手に着かず離れずの距離を保ちながら、一撃離脱を繰り返している。確かにこれなら、このまま決めてしまってもおかしくはない。
「バーカ。今回は『討伐』じゃなくて『捕獲』だろうが。殺しちまった時点で失敗だ」
「あ、そうだった」
呆れたようなジェイの指摘に、アルは今さら正確な依頼内容を思い出した。
となると、エイナのあのペースではそう時間はない。
というか、彼女もアル同様に依頼内容を忘れていそうである。
「だからさっさと仕掛け……、うお!? 旦那が来た、本格的に時間ねえぞ!!」
「え!? マジでか!?」
瞬間、盾蟹のハサミ(無傷であった方だ)が、胴体と泣き別れた。巨大なハサミが地面にぶつかり大きくバウンドする。
そのハサミの向こう側。砂と同じ色のディアブロ装備。
レオルドだ、と思う前に二撃目。
次は盾蟹の脚の内、一本が吹き飛んだ。
「ちょっ!? レオルドまでペース配分考えてねえ!?」
確認したアルは大慌てで罠を仕掛け始める。
幸いシビレ罠は設置が簡単な罠である。加えて、以前にも仕掛けた経験がプラスに働き、あっという間に罠が組み上がった。
「っし! 仕掛けたぞ!!」
「エイナ、旦那! そいつをこっちに寄越せ!!」
アルの合図と同時に、ジェイの怒号が飛ぶ。
盾蟹を粉砕しかねない勢いで動き続けていた師弟は、その声に攻撃を緩めた。
盾蟹を仰ぎ見る。
距離はそれなりだ。どうやってこちらへ誘き寄せるか。
と、ここでレオルドがエイナに何事かを指示した。距離がありすぎるせいでアルには聞こえなかったが、エイナが首肯したのは見える。
彼女は一度アルを────いや、罠の位置を確認すると一気に駆け出して────、
「ぶっ飛べ!!」
盾蟹の背後に回り込んで一撃。
離れた位置からでもわかる程の怒声とともに放たれた一撃は、その声を遥かに上回る轟音を発てて炸裂した。
直後、壮絶な悲鳴を上げて盾蟹が
「キシャアアアアアアア!?」
「うおおおおおおおおおっ!?」
盾蟹とアルの絶叫が重なる。
背中のヤドを粉砕された盾蟹は、凄まじい勢いで転がりながらアルのスグ脇をすり抜けていった。
「あ、あ、あ、あぶねえなっ!!」
何だか今日はこんな風に叫んでばかりな気がする。
そして当然の如くアルの絶叫は無視だ。
「ナイスショット」
背後の高台からはジェイの声。
振り返ってみれば、盾蟹はシビレ罠に拘束されて痙攣していた。
「麻酔玉!」
拘束時間を鑑みるとあまり余裕がない。
確実に捕獲しなければならないなら、とポーチをまさぐるアルを尻目に、ジェイのボウガンが火を噴いた。
一発。
二発。
たった二回の発砲で、動けないながらも抵抗しようとしていた盾蟹は、完全に沈黙した。
え? 死んだ? と青くなるアルの頭上から気楽な声が降ってくる。
「捕獲完了。さ、こんなクソ暑い場所とはおさらばだ」
その瞬間、アルにとって初めての砂漠での狩りは終了した。