仮面ライダーギーツ 卵割編 作:エグ神
「————自殺?」
異空間に浮かぶオーディエンスルーム。
豪勢なソファにどっしりと背中を預けていた少女は、デザイアグランプリのナビゲーターから聞かされた一報に目を見開かせた。
「最終戦の中継が終わった直後でした。……あなたが選出した仮面ライダー“カメール”は、ビルから身を投げて————」
「なんでだよッ⁉︎」
激昂と同時に立ち上がり、少女は白黒の衣装で着飾ったナビゲーターへ掴みかかる勢いで迫った。
「アイツは確実に“デザ神”になれる素質があったんだ……! 今回はダメでも、次こそ……!」
「……申し訳ありません。私も止めようとしたのですが」
「…………っ……‼︎ 失せろッ‼︎」
怒りと失望が入り混じった表情でナビゲーターを部屋から追い出した後、少女は顔を覆いながらソファへと体重をかける。
思い通りの人生を描けてしまう未来人にとって、新鮮な刺激を感じられるリアリティライダーショーは何ものにも代え難い至高の娯楽だ。
生きるも死ぬも、自分のことは自分でデザインする自由がある。だからこそ常に想像を超えてくる古代人たちの人生を観賞するのはこの上なく楽しかった。
中でも「彼女」は自分にとって別格の存在だった。
教師である男に対して身の丈に合わない恋心を抱き、彼と結ばれるためならば何でもやってのける底意地の悪さと執念はデザイアグランプリと相性がよかったんだ。
だからエントリーさせた。「彼女」のサポーターとして、己の幸せと他人の不幸を貪る最高の“デザ神”を生み出すために。
「彼女」の願いはきっと恋だけじゃない。欲望にまみれた世界を、「彼女」はきっと見せてくれる。自分の道化になってくれる。そう思っていたのに。
「……あの狐野郎さえいなければ」
最終戦、あと一歩のところで“ギーツ”は「彼女」からデザ神の座を掻っ攫っていった。
ゲームから脱落すれば理想を願う心が失われることを事前に知っていた「彼女」は、それが適用されるよりも前に自ら命を絶ったのだろう。サポーターが再選出すればその記憶も取り戻せるというのに、最後の最後で救いようのない馬鹿を見せてくれやがった。
「そんなに良いものなのかよ————『死』ってのは」
自分たちの時代と古代人の「死」は意味合いが違う。
前者は自分をデザインする上でのただの一要素。後者は決して避けられない運命だ。
最後の最後に訪れる「終わり」。どうせ避けられないのなら、その過程を好きに生きようとどうして思えない。なぜそこまで「死」に救いを求める。
「死」とはなんだ。もがき苦しむ人間が最後に手を伸ばす選択肢には、一体どんな意味がある。
考え続けた結果、自分はひとつの結論に辿り着いた。
●
《READY FIGHT》
校舎の壁を突き破り、紅白と黒、二人のライダーが校庭へと吸い込まれていく。
取っ組み合いをした時点で前回戦った“ゲイザー”を上回る力を相手から感じ取っていたギーツは、「ブースト」の推進力を用いて敵を即座にアイから遠ざける判断を下した。
彼女を守りながらでは勝てない。
創世の神にそう思わせるほどの威圧感を、目の前の漆黒は放っている。
地上へ降り立つと同時に再度接近を図る黒のライダー。
装着しているベルトはデザグラ運営のゲームマスターが使用していた“ヴィジョンドライバー”に酷似しているが、色は正反対の白。
ギーツの知る限り、以前までは存在していなかった物だ。
「旧運営の残党か? この世界で一体なにを企んでる?」
正面から振るわれた拳をマグナムシューターで受け止めつつ、ギーツが問いかけた。
だが問答無用と言わんばかりに、黒いライダーは無言のまま猛攻を絶やそうとしない。
格闘主体の戦法にギーツはかつて戦った“リガド”を思い浮かべるが、打撃から伝わるパワーはそれを上回っている様子だ。
(なんだ……この違和感は)
《SET UPGRADE》
向かってくる連続打撃をいなしている最中、不意に敵がベルトのサイドへバックルを装填したことに気づく。
《REMOTE CONTROL WATER》
「……!」
直後、ギーツの上半身を覆っていた白い装甲が霧散した。
代わりに真横から飛来した軽装が黒い素体に被さり、彼を強制的に「ウォーターブーストフォーム」へとチェンジさせる。
かつて対峙した運営ライダー・グレアのような洗脳する過程を省いた上での強制武装。
性能の低い小型バックルを、強引に装備させられた。
「厄介だな」
再び正面から迫った拳を受け止めようとするも、今度は押し負けて後方へ吹き飛ばされてしまう。
相手に強力なバックルを使わせない能力。それだけでももちろん面倒だが、ギーツが「厄介」と称するのにはまた別の理由があった。
(俺は確かに創世の力で抗おうとしたはず。だがその直後に相殺された)
ギーツの持つ神の力をも打ち消す力。当然そこらに転がっているものではない。
考えられる可能性は————
「まさかお前も……“創世の力”を」
《SET UPGRADE》
《REMOTE CONTROL ARROW》
言いかけたところで再度強制武装が開始される。
「ブースト」の赤い装甲が弾け、ギーツの下半身は「アロー」の緑色に変化。
《DELETE》
防御力が減少した瞬間を突き、黒いライダーは必殺の一撃を解き放つ。
ギーツは咄嗟に回避行動をとろうとするも、同時に《ACCELERATE》によって加速された拳はより迅速に空を抉り、ギーツの胸部へ到達してしまった。
「ッ……!」
直撃。「マグナムブースト」ならばいざ知らず、心許ない「ウォーター」と「アロー」の装甲であるが故にそのダメージは変身者である英寿の体へダイレクトに伝わった。
許容範囲を超える衝撃に彼を覆っていたスーツが消滅し、浮世英寿の姿が校庭へ転がる。
絶体絶命のピンチの中、英寿は視線を上へ移した。
そこに見えたのは向かい側にある校舎。その屋上に佇んでいるのは、アイが救おうと奮闘している「彫像の少女」。
「——そうか、お前の力は」
ゆったりとした足取りで近づいてくる漆黒のライダーへ、英寿は鋭い眼差しを突きつけた。
「だめぇぇっ‼︎」
視界の外から飛んできた声音に、両者が動きを止める。
息を切らしながら駆けつけた大戸アイは、英寿の前で両腕を広げると彼を庇うようにして黒いライダーへと立ちはだかった。
「よせ!」
「逃げてください英寿さん。私だって……戦えるから」
手にしていた武器を構え、アイは明らかな虚勢を張った。
黒いライダーは彼女の抵抗など歯牙にもかけず、無言のまま握りしめた拳を彼女へ叩き込もうとする。
「——————」
だが、そこからが不可解だった。
引いた腕をそのままに数秒静止し、やがて何かに戸惑うように握っていた拳を解くとアイたちから一歩後退。
その隙を浮世英寿が見逃すわけがなかった。
「変身!」
瞬時にデザイアドライバーへ生成したマグナムバックルを装填すると、装甲とともに手元に現れたマグナムシューターで発砲。
黒いライダーのマスクへ的確に着弾させ、瞬きの間の視界を奪う。
中心にあるモノアイの視線が戻ったとき、アイと英寿は既にその場から逃げ仰せていた。
「時間までじっとしていれば逃げ切れるはずです」
「……ま、今日のところは退いといた方がよさそうだな」
逃げ込んだ先は校舎の中の空き教室。
遅れて気がついたが、おそらく今回はミテミヌフリもジャマトも発生していない。あの黒い仮面ライダーだけが自分たちを狙う敵だ。見つかる可能性も普段のそれよりは少ないはず。
「見ているだろ。黙ってないで出てきたらどうだ」
唐突にそう口にする英寿。
首を傾けるアイだったが、すぐに誰への問いかけなのか理解した。
『……神様はなんでもお見通しってわけかい』
『裏アカ』
『問題ないだろ。所詮はこの世にいない人間。エッグを経由している以上、俺たちのところへ辿り着くこともない』
「警戒しなくても、カチコミなんてするつもりはないさ」
スピーカーから聞こえる声——アカと裏アカと言葉を交わしながら、英寿は不敵な笑みを浮かべた。
「お前らがアイたちを利用してる奴らか」
『利害の一致と言ってほしいところだね。僕らも彼女たちも、お互いがいなければプライオリティは果たせない』
「モノは言いようだな」
「いいの、英寿さん。……全部わかった上で、私はここにいるから」
やり取りを横で聞きながら、アイは複雑そうに俯く。
アカと裏アカが純粋な善意だけでワンダーエッグを作ったわけじゃないことは知っている。だがその手助けをすることでしか、アイは目的に到達することはできない。
それぞれの「優先事項」のため。今までもずっとそうしてきた。
「……きみがそれでいいなら、俺から言うことはない。だが付け加えるのなら、もう少し自分に正直になるべきだ」
「え?」
「時間だ」
別れの時間はいつもより早かった。
英寿はその場で立ち上がると、穏やかな、それでいて力強い眼差しでアイを見下ろす。
「あの仮面ライダーの狙いはアイだ。……現実で目を覚ました後も、油断はしない方がいい」
「それってどういう————」
言い終わる前に、英寿は煙と化して消滅してしまう。
不明点を多く残したまま、その日のミッションはリタイアというかたちで終わることになった。
●
寝床である自室のテントで目を覚ましたアイは、しばらくの間仰向けになってぼんやりと天井を見つめていた。
ワンダーエッグから神様が現れ、知らない敵が襲ってくる。
思えば大変なことが起きているようなのに、頭の中はずっと別のことでいっぱいだ。
アカや裏アカが何を考えているのかだって、本当は心底どうでもいいのかもしれない。
なぜならアイにとって最も重要なのは————
「今の私を見たら、なんて言うのかな」
更新されることのないグループトークの画面を眺めながら、アイはこぼした。
「機械のために死にたくないからな」——これはかつてリカが、
「私が、傷つきたくないの」——これは桃恵が、
それぞれ口にした言葉だ。
ねいるという、もともと存在しなかった子を助けるために頑張っている自分は、馬鹿なのかもしれない。
やがてはアイ自身ですら、戦いを続けることが煩わしく感じてしまうかもしれない。
そう思うととても恐ろしくなった。
(私が挫けたら……ねいるに会おうとする人が誰もいなくなる)
気怠げに起き上がったアイは、いつもの場所へ向かう支度を始めた。
そうだ。自分は戦い続けなければならない。ねいるに辿り着くその日まで。
「やほ」
庭園に行くと、いつもアカと裏アカが座っている椅子にアヤメが腰掛けていた。
テーブルに足を乗せてだらしなく背もたれに寄りかかっている姿は、直感的にリカを連想してしまう。
見た目だけなら大人っぽい雰囲気なのに、これではそれも台無しだ。
「あれ、アカたちは?」
「わたしが来た時からいなかったよ」
「珍しいね」
既にエッグを買ったのかそうじゃないのか。アヤメはガチャマシンのもとへ歩くアイの後ろ姿をじっと眺めている。
しばしの沈黙の後、雑談を始める調子で彼女は口を開いた。
「アイ〜アイさんや〜」
「どうしたの?」
「やっぱりさぁ、やめた方がいいんじゃない? エッグなんて買うの」
「え?」
あまりにも突拍子のない言葉だった。
反応できずに固まっているアイへ歩み寄りながら、アヤメはゆったりとした声で続ける。
「アイは今の生活が幸せ?」
「え……」
「幸せ?」
「…………うん。幸せ。すっごく」
いつだったか、同じことを「並行世界のアイ」に尋ねられたときも、今のように答えを返したのを思い出した。
「親友」に出会う前の自分とは違う、ワンダーエッグの戦いを通してアイはかけがえのないものを手に入れてきた。
友情も愛も、信じる心も今のアイは持っている。だから断言できる。今の自分は
「じゃあさ……もういいじゃん。そのお友達がいなくたって今の幸せは消えないでしょ?」
「そういう問題じゃないよ」
「欲張りはよくないぞ?」
「欲張りなんかじゃない」
ガチャマシンを回し、出てきたエッグを手に取りながらアイはアヤメへ向き直る。
「友達を助けたい。それだけの願いが欲張りなんて、そんなはずない」
揺らぎのない瞳とともに、アヤメに言い放つ。
彼女にどんな意図があっての発言なのかは知る由もないが、アイにとっては反発せざるを得ない問いかけだった。
「……青いなあ」
「え?」
「ま、古代人のお子ちゃまなんてこんなもんか」
「……こだいじ————?」
息ができなくなった。少し遅れてそのことに気づいた。
「……?」
自分に何かが覆い被さっていて、そこから伸びた手のひらがアイの首を握り締めている。
アヤメだ。アヤメの腕が、アイの呼吸を封じていた。
「……ぁ、やめ、ちゃ……⁉︎」
「最初からこうすれば手っ取り早かったかな。あんまり目立ちたくはなかったけどしょうがないね」
淡々とした声を吐き出しながら、アヤメはアイの細い首を締める力を強めていく。
「青沼ねいる」
「……⁉︎」
「わたしもあの子のこと知ってる。わたしの計画に必要な核だったから。でもキミのことが気がかりみたいで全然働いてくれないからさ、もうキミ先に殺しちゃおうって考えてたわけ」
アヤメの口走ることの内容はその殆どが理解できないものだったが、ひとつだけハッキリと飲み込める名前があった。
ねいる。ねいるが関係していることだ。
それ以上はわからない。思考がまとまらない。
呼吸が、できない。
「あ〜〜それとめんどくさいヤツがいたよね〜……あのクソ狐……。アイが呼び寄せたの? ねえねえどうなのさぁ〜〜」
「っ…………」
「まあどっちでもいいか。今ここでキミを始末しちゃえば邪魔は入らない。——ああ、でもほら、怖がらなくてもいいかもよ? よく言うじゃん、天国って楽しい場所だから誰も帰って来ないんだ〜って」
視界と一緒に意識も朦朧としてきた。
アヤメの歪んだ笑い声だけが残り続ける中、アイが最後に思い浮かべたのは友達の顔だった。
死ぬのは怖い。
死んだら終わり。
もっと、もっと生きていたい。楽しいことばかりじゃなくてもいい。もっと。
もっと、一緒に、
そう強く願ったときに鼓膜を揺らしたのは、空気を割るような銃声だった。
「……………………は?」
間の抜けた声を漏らしたアヤメの手から力が抜ける。
「——ゲホッ! ゲホッ! ゲホッ!」
突然流れ込んできた空気にむせ返りながらも必死に呼吸を行い、アイはなんとか視界の明るさを取り戻した。
「あ、アヤメちゃ…………」
ふと目の前に座り込む少女の姿を見たアイは、突然の出来事に言葉を失うほかなかった。
黒と紺、二色のジャケットに滲んでいるのは濁った赤色。
脇腹を中心に広がっているその液体の正体は想像に難くない。
「そんなことだろうと思ったよ」
庭園の奥から出てきたのは二体のトルソー。
紳士然とした物腰の方が構えている拳銃からは硝煙が立ち昇っている。
「アヤメちゃん……! そんな、どうしてアヤメちゃんを……!」
「お前本当のバカか? やらなきゃお前が殺されてたぞ」
「だって、なにもそんな!」
「落ち着くんだアイ。……ほら、見てみなよ」
「え……?」
アカは顎でアヤメの方を示すと、手にしていた拳銃を懐へしまった。
アイはそれに従い、違和感の残る首を押さえながら恐る恐る振り返る。
「ただの置物かと思ってたけど——案外やるんだね」
腹と口から血を垂れ流すアヤメ。だが何かおかしかった。
彼女の体がノイズがかるように揺らいでいる。
今まで存在していた肉体が二次元化され、バグを起こしているようにも見えた。
「最初からおかしいと思ってたんだ。キミは僕たちにエッグ世界での様子を見せたがらなかったからね、アヤメ」
「どういう……こと?」
「俺たちはいつもミッションの時にゃお前らの戦いを覗いてたろ? コイツはずっと俺たちにダミー映像を流して、実際のエッグ世界での活動を隠してたんだよ」
「え……⁉︎」
「ハハッ」
腹を撃ち抜かれたというのに、アヤメは随分と余裕げな笑みのまま立ち上がる。
「ここで死んでも、わたしの存在は滅びない」
「完全なデータ人間ってところか。便利なものだな」
「僕らも将来的には視野に入れるべきだね」
「やってみろよ、猿人」
嘲りと苛立ちが入り乱れた表情でそう言い残した後、アヤメの体は消滅してしまった。
文字通りの「消滅」。手品やトリックの類じゃない。本当にアヤメの肉体はその場から跡形もなく消えてしまった。
「なにがどうなって……」
「アイ、忙しなくて悪いが今すぐエッグの世界へ行ってくれ」
「え?」
「少し厄介な事態になっているんだ」
「このままだと俺たちが築き上げてきたものもパァだ」
「ああ、家には帰らなくていい。時間が惜しいからね。屋敷の寝室を使ってくれ」
「えっ……ちょ、どういうこと……⁉︎」
アカと裏アカに背中を押され、アイは流されるまま未踏のミッションへ身を投じることになった。
●
暗雲で覆われた空の下に広がる草原。それがアヤメのエッグ世界だった。
ワンダーエッグのミッションに臨む少女たちの世界には、必ずひとり「彫像の少女」が存在する。アヤメの世界も像が存在することに例外はなかった。
ただ、それはもはやヒトと呼べるものの姿をしていなかった。
「もう面倒だからさ、始めちゃうことにしたよ」
草原の上に佇んだアヤメは、自分にだけ見える赤毛の少女に対してそう語りかける。
彼女はずっと自分を見ていた。デザグラを楽しむオーディエンスのように。
まるで以前までの自分と向かい合っているようだった。
言葉を発しないままニコニコとこちらへ視線を注ぐ少女に、アヤメは続けて言う。
「この世界の支配者であるキミには悪いけど、でしゃばらせてもらうよ。もっと多くの人間を、この世界に連れてきてあげる————フリル」
フリル。そう呼ばれた少女がゆっくりと片手を上げ、アヤメの背後を指差した。
反射的にアヤメが振り返ると同時に、その姿は消失する。
「——アヤメちゃん!」
「やっぱり来た」
鬱陶しさを含んだ微笑みで、現れた少女と男を歓迎する。
「この世界」の戦士、大戸アイと——仮面ライダーギーツ、浮世英寿。
「あのマネキン野郎共も結構勘付いてたわけだ。ほんっと面倒くさい……」
「……!」
並び立った二人はアヤメよりもまず先に、その背後にそびえ立つグロテスクな彫像に意識を持っていかれた様子だった。
「これは……」
「女神だよ。お前と同じ力を持ったね」
前回までと同じようにアイが購入したエッグを介して現れたであろう英寿は、何かを確信すると同時に険しい表情へ変わった。
アヤメの背後にある彫像は、無数の少女たちが入り乱れ取り込まれたかのような様相をしていた。さながら地獄の光景をモチーフに作られた美術品だ。
ワンダーエッグに必ず存在する彫像の少女。そしてギーツと交戦した黒いライダーが備えていた「創世の力」。
英寿の中で、それらの点が瞬時に繋がった。
「……あらゆる世界に存在する彫像の少女たちを束ねて、創世の女神を模倣したのか」
「正解。ま、正確にはまだ未完成なんだけど」
「アヤメちゃん、一体なに言って……」
「わたしは遠い未来からこの時代——いや、この世界にやって来た。そこの狐野郎から聞いてない? “デザイアグランプリ”って。わたし、そのオーディエンスだったの」
「……!」
依然状況が呑み込めていない様子のアイに視線を送りつつ、アヤメはポケットに手を突っ込んだまま話し始める。
「“創世の女神”はさ、強い願いを抱いたことがきっかけで生まれたものなんでしょ。なら同じように、強くて純粋な願望を持った人間の意志を固めれば再現することはできる。一つ一つは微弱でも、無数に存在する並行世界からかき集めれば実現は不可能じゃない」
「この子たちをどうするの⁉︎」
「人の話は最後まで聞くようにって、ママに教わらなかった?」
絶対零度を帯びたアヤメの眼差しがアイに突き刺さる。
今まで体感したことのない怖気が、アイの全身を駆け抜けた。
「わたしはさ、楽しみたいんだよね。飽きることのない永遠のエンタメが欲しいんだ。……『死の世界』があるとしたら、それに値すると思わない?」
尋ねているように聞こえても、アヤメは他人の意見など求めてはいない。
彼女にとってこの時間は、さしずめテーマパークへ客を招待する際のアナウンスだった。
「人は極限の苦しみを味わったとき『死』を求める。多くの人間が誘惑される最後の選択肢……それってつまり、エンタメなんだよ。わたしはその世界を現実にしたい」
「捻じ曲がった倫理だな。オーディエンスらしいと言えばそうだが」
「もうオーディエンスはやめたよ。今度は『作る側』なんだ」
そう言ってアヤメがジャケットから取り出したのは純白のドライバー。
黒い運営ライダーが装着していたのと同じ物だった。
「アヤメちゃんが……あの黒いの……?」
「デザイアグランプリの運営からちょぴっとデータを拝借して作ったの。ギーツ、お前がトップを始末してくれたおかげでセキュリティもガバガバでさぁ、もう盗み放題。フフッあんときゃマジウケたわ」
《ODD DRIVER》
掲げていたそれ——“オッドドライバー”を腰に巻いた後、アヤメは後ろの彫像へ顔を向けた。
「この力とワンダーエッグの技術を使って、わたしはあらゆる世界に終焉をもたらす。マルチバース規模の“グランドエンド”を引き起こしてやるんだ。『この世』を『あの世』に置き換える。それがわたしの目指す、最高のエンタメ」
「……俺の世界で少女の自殺が続いていたのも」
「そ。わたしが引き込んだ。そうすれば手っ取り早く材料を集められるって、この世界で学んだからね」
そこまで口にしてから、再びアイへと視線を流した。
「ただの人間じゃないからかな。『青沼ねいる』は彫像の中でも最も願いの純度が高かった。だから他の彫像を束ねる核の役割を担ってもらってたの。……けどあの子はアイ、キミが生きている限り利用されてはくれないみたい」
「ねいるもあの中に————」
天まで続いている彫像を見上げ、アイは息を呑んだ。
彼女の中ではもはやアヤメの目的よりも、目の前にねいるがいるかもしれないという事実だけが重要だった。
「アイ、まずはキミを確実に殺す。そうやって青沼ねいるの心さえ折れば、わたしの“女神”は完成するんだ。この世の未来を絶つ破滅の“女神”————そう、“絶世の女神”とでもしておこうか」
「させると思うか?」
英寿もまた“デザイアドライバー”を腰に装着し、愛用のマグナムレイズバックルを構える。
「そうだ、そうだね。その前にお前だ、ギーツ」
対するアヤメは不敵に笑い、吐息交じりの声をこぼしながら右手の親指をオッドドライバーのセンサーへ押し当てた。
《PUPIL DIVE》
血走った眼球がアヤメの周囲に現れ、彼女を取り囲む。
ホルダーから引き抜いたカードを額付近で止め、黙祷を捧げるように沈黙した後、彼女は宣言した。
「——変、身——」
《SUICIDE》
《TEMPTATION OF THANATOS,PUPIL》
無数の「眼」で覆われた彼女が再び姿を現したとき、その姿は漆黒の異形と化していた。
アイと英寿がミッション中に遭遇したものと同じ。マスクに埋め込まれた単眼が、二人を射抜く。
“仮面ライダーピューピル”————それが、世界に新たな終焉をもたらす者の名前だった。
「ギーツ、お前の神話は……ここで終わる」
少女たちの願いは、死の世界を作り上げる力に運用される————。
ピューピルは「児童」や「瞳」といった意味らしいです。
変身音声はかなりストレートなものをチョイスしました。
たぶんあと2話程度で完結します。
どうぞ最後までお付き合いください