12月──空気は冷え込み、息を吐けば白いモヤが散っていく季節。
毎年この時期になると、人々は年に1度のパーティの準備で騒がしくなる。それはエイラ達も同様だった。
「──サーニャ。買い物行ってきたゾー」
紙袋を抱えたエイラがドアを開けると、エプロン姿のサーニャが出迎えてくれた。
「お帰りなさい、エイラ。それじゃあ、始めましょう。手、洗ってきて」
「うん。……でも、ホントに大丈夫か?ワタシ、料理とかロクにしたことないし……サーニャに迷惑かけちゃわないカ?」
「ちゃんと教えるから大丈夫よ。エイラ器用だし──それに2人で作った方が、きっとユーラも喜ぶわ」
「う……ま、まァそういうことなら仕方ないナ。折角のパーティだし、アイツの驚く顔を見てやろう」
「ふふっ──ええ、そうね」
そう言って、手を洗い終えたエイラがエプロンを着ける傍ら、サーニャは紙袋からエイラが買ってきた諸々の材料を取り出していく。一部材料がやや余分に購入されているのが気になるが、特に買い忘れ等もなく、注文通りに買い物を済ませてきてくれたようだ。
「ヨ、ヨシ……こっちは準備できたゾ!」
「ええ。それじゃあまずは──」
約3時間後──
「──で、出来た…ノカ?」
「ええ、これで完成よ。お疲れ様、エイラ」
苦心の末に出来上がったのは、生クリームをたっぷり使ったホールケーキ。初挑戦となるエイラでも完成形をイメージしやすい様にと、苺を使ったシンプルなショートケーキだ。
「よ、良かったァ~……ワタシが生クリームをぶちまけた時はどうなる事かと……」
「でも、エイラの予知のお陰で大量には零れなかったし、クリームを少し余分に買ってくれてたから、思っていたより豪華にできたわ」
「アハハ…実は買い物中に、なんとな~くヤな予感がしてサ。何かやらかすとしたら絶対ワタシだって思ったんダ」
そこで、万が一クリームを盛大にぶちまけても問題の無いよう、生クリームを余分に購入。且つエイラは進んで生クリーム担当に手を挙げることで、嫌な予感の方向性を絞ったというわけだ。正直作業中は気が気ではなかったが、その甲斐あってか、自分でも驚く程綺麗に仕上がった。
「ケーキは出来たから、後は料理ね。こっちは私がやっておくから、部屋の飾り付けはお願いしていい?」
「わかった。出来るだけキッチンには近づかないでおくから、安心してクレ!」
エイラはまだ自分が何かしでかす危険性を感じているのか、サーニャの邪魔にならないようキッチンを出て行く。その背中を見送ったサーニャは、ふと窓の外へと目を向けた──同時に、リビングにいるエイラも。
外では丁度、白い雪が音も無く降り始めていた。
時は進み、すっかり日も落ちた頃──全ての準備を終え、温かいココア片手に談笑していたエイラとサーニャだったが、ふと、サーニャが時計に目を向けた。
「ユーラ、遅いわね……」
「確か、夕飯の時間までには帰るって話だったヨナ?」
「そのはずだけど……何かあったのかしら?」
不安気な空気が漂う中、家の電話が鳴る。席を立ったサーニャが受話器を取った。耳に入ってくる言葉を聞くに、どうやらユーリからのようだ。エイラがテーブルから耳を欹てていると……
「……そう……ううん、こっちは大丈夫──……分かったわ。ユーラも、気をつけて帰ってきてね」
カチャン、と静かに受話器が置かれる。戻ってきたサーニャの顔は、明らかに沈んでいた。
「……何か、あったのカ?」
「……ユーラ、遅くなるって。もし夕飯までに戻れなかったら、自分の事は気にしないで楽しんでくれ。って……」
「ハァ!?何で急に……」
「上層部の人が急に来たみたいで、対応しなきゃいけないそうよ。さっきの連絡も、空き時間になんとかって感じだったわ」
「あ~もう、ッタク……!」
ユーリのことだ、元々あった仕事はきちんと終わらせているはず。予想外の来客さえなければ、きっと今頃帰って来ていただろう。
「それで……どうする?」
「そうね……もう少しだけ待ってみて、それでもダメなら、私達だけでいただきましょ」
そう言うサーニャの顔は、寂しそうに笑っていた。
それから30分後──やはりというべきか、ユーリは帰って来なかった。これ以上は折角の料理も冷めてしまう為、仕方なくサーニャとエイラの2人で夕飯を食べる事に。
「料理の感想をユーリに自慢してやろう」等と、少しでも楽しい空気にしようとエイラも頑張ったのだが……如何せん、あるはずの無かった空席のせいでエイラ本人も気分が乗り切らない。
物足りなさを感じながら夕食を食べ終えた2人。洗い物を片付けている間も窓から街道を覗いてみたが、待ち人の姿は見えない。エイラとサーニャは、揃ってチラリと冷蔵庫に目をやる。
「……ちょっとだけ休憩しましょ。お腹、いっぱいになっちゃった」
「……そうダナ。お茶、ワタシが淹れるよ」
出来るだけ丁寧に、ゆっくりと、少しでも時間をかけて、エイラは食後の紅茶を準備する。そんなささやかな抵抗で得られたものは、寂しい沈黙だけだった。ティーカップへ注がれた紅茶が湯気を燻らせ、それが空になると、また注がれる。そんな一連のやり取りを何度か繰り返す内に、やがてポットの中身も尽きてしまった。
「………」
「………」
部屋が今日一番の沈黙で満たされる。時計を見れば、時刻は夜の10時に迫ろうかという頃──早い者ならベッドに入り始める時間だ。
──…ケーキ、食べよっか。
そう、サーニャが口を開こうとした瞬間。それを遮るように、エイラが立ち上がった。
「エイラ……?」
「アー、いやその。なんか、急にまた腹減ってきたなぁってサ。ケーキだけじゃ足りそうにないし、ちょっと買い出し行ってくるよ」
そう言っていそいそとコートとマフラーを手に取るエイラ。それを見たサーニャも、彼女に倣った。
「サーニャ……?」
「私も、ケーキだけじゃ物足りないから」
小さく笑うサーニャを見て、ドキリとしたエイラは顔を隠すようにマフラーを巻く。支度を終えた2人は、雪が舞い散る寒空の下、足りないものの元へ向かうのだった。
「お疲れ様でした。すみません、長いこと引き留めてしまって。ご予定、あったんですよね?」
「あの対応は僕じゃないとダメでしたし、後の一杯に付き合わされそうになっていたのを助けて頂いただけで十分ですよ」
「でしたら、ご自宅の近くまで送らせてください。せめてものお詫びです」
部下の厚意をありがたく受け取ったユーリは、急いで帰りの準備をする。出入り口に向かう途中に見た時計は、もう10時を回っていた。車をとばせば20分もせずに帰れるはずだが……
「……降ってますね」
思った以上に長い間降っていたらしい雪は、石畳を白く染め上げていた。これでは車だとあまりスピードを出せない。であれば、選択肢は1つだろう。
「──では、僕はここで」
「もしかして、歩いて行く気ですか!?」
「あまりスピードを出しすぎて事故になっては元も子もありませんし。徒歩なら近道も出来るので、ご心配なく。早く帰って怒られないといけませんから──それでは、失礼します」
言うだけ言って走り出したユーリ。雪で彩られた道を抜け、やがて街道に出る。
(確か、あそこの路地を抜ければ……!)
道に沿って行くと大きく迂回する必要があるが、狭い路地を通れば大幅にショートカット出来る。こういった近道を逃さずに走っていけば、20分程で家に着けるはずだ。
1つ、2つ、3つ──幾度目かのショートカットを経て、次第に辺りの光景が見慣れてくる。次の路地を抜ければ、2人が待つ家はもう目の前。最後の路地に差し掛かったところで、ユーリは突然足を止めた。
「──っと……これは」
路地を通せんぼするように立ちはだかっていたのは、ユーリの腰程の高さの雪だるま。ウィッチを模したのだろうか、頭には耳のようなものが付いていた。
魔法力を使えば飛び越えられそうだが、雪で滑るこの状況では万が一の事故が怖い。子供たちの力作なのであろうこの雪だるまを壊すまいと、ユーリは近道を諦めて正規の道へ足を向けた。
雪道を踏みしめる度、ユーリの口から漏れ出る白い息が頬を撫で、冬の空気をより冷たく感じさせる。だがユーリにとってはそんなもの瑣末な事。2人との約束を破ってしまったという事実が、何よりも重大な事だった。
電話越しに聞こえたサーニャの声が脳裏に蘇る。エイラも同じ話を聞かされたはずだ。
彼女達は怒っているだろうか。悲しんでいるだろうか。その両方かもしれない。斯く言うユーリも、本心では「どうしてあのタイミングで」「どうして断らなかったんだ」と叫びたい気持ちが山々だ。
(せめて何かお詫びのものを買っていくべきだろうか……けど、物で機嫌を取るような真似をするのも……)
家が近づく中、そんな事を考えながら走っていると、前方の少し離れた場所に2つ並んだ人影が見えた。どんどん近づいてくるその人影は、やがてユーリが会いたくてやまなかった2人の少女の姿となる。
「──エイラさん、サーニャさんも……こんな所で何を?こんな時間に……」
「別に、ちょっとした買い出しっていうか──オ、オマエの方こそ!こんな時間までサーニャを待たせるとかどーいうつもりダッ!?」
「そ、それは本当にすみません……」
「そんな深く思い詰めないで?エイラも、仕方のない事だったっていうのはわかってるから」
「サーニャさん……ありがとうございます。──あの、お詫びというには全然足りないと思いますが、その買い出しは僕が行きます。お2人は先に帰っていてください」
ユーリの言葉を聞いた2人は顔を見合わせると、揃って小さく噴き出した。
「別にいいよ。買い出しならもう終わったシ。な、サーニャ?」
「ええ。早く帰りましょ」
「えっ……?」
ユーリは戸惑いながら背中を押されて家路に着く。見たところ、2人は紙袋も何も持っていない。買い出しというからには何かしら食べ物なりを購入してきたのだろうと思っていたのだが……
不意に、ユーリの両手が柔らかい感触に包まれた。
「オ、オマエがいないと、その……アレだ…そう、ケーキ!ケーキが食べきれないんだヨ」
「エイラ、ユーラの事ビックリさせようってケーキ作り頑張ってたものね」
「エイラさんが、ケーキを?」
「おいサーニャ!──そ、そういうサーニャだって、ユーリから連絡もらってからずっと落ち込んでたじゃんカ!」
「当然よ。だって、私達3人だけで過ごすサトゥルヌス祭は今日が初めてだもの」
そう言われて、エイラもユーリも過去の記憶に思いを馳せる。確かに、これまでのサトゥルヌス祭はどれも他の仲間達と一緒に大勢で祝うことが多かった。この3人だけというのは、サーニャの言う通り今回が初めてなのだ。それを聞かされたユーリは、尚更遅くなってしまった事に申し訳なさを感じる。
「ッたく……いつまで落ち込んでんだヨ──ホラ、早く帰って飲むゾ!」
「ユーラ、早く──!」
2人に手を引かれ、ユーリは再び走り出す。
ようやく帰った暖かい家の中で、ケーキを食べ、サーニャの料理の感想をエイラから聞かされ、来年はユーリがケーキを作る約束までさせられた。
「……ねぇエイラ、ユーラ」
「はい?」
「どうした?」
「……来年も──ううん、これから毎年ずっと、こうやって3人でサトゥルヌス祭をお祝いしましょう」
「うん……そうダナ」
「1年の楽しみが増えましたね」
「ユーリ。来年はワタシとサーニャの足を引っ張らないように、精々ケーキ作りの練習しとけヨ~?」
「それはエイラさんもでしょう?大方、今回だって生クリームでもひっくり返したんじゃないですか?」
「………」
「……もしかして本当に」
「ウ、ウルセー!こういう失敗から、学んでくもんダロッ!来年はしないッ!」
「ふふっ……」
こうして、聖夜は更けていく──多くの人々の喜びと笑顔、次なる聖夜への想いを乗せて。