堀北は、帝の用意したビニールに腰を下ろし、串焼きにされている魚を眺めていた。
なんでこんなことになったのかしら、なんて思ってそうな顔だ。
対して帝はにっこにこ。いい笑顔だな、ほんと。
「見事な手際ね。何かの経験者だったりする?」
堀北がそう問いかけてしまうのは、魚を焼くまでの帝の手際があまりにも良かったからだ。
帝は、まず小さな焚き火を完成させて、そこに大きめの石を置いていった。だんだんと追加される枝も太くなり、その間に魚はよく見る串焼きの状態にされていて、あっという間に焚き火に近くに設置されて焼かれ始めた。その手際の良さは、サバイバルの知識が何もない人には見えない。
しかし、帝の返答はオレや堀北の予想とは違った。
「こういう系は全部初めてだよ。色々と試行錯誤しながらって感じかな。あ、でも結構いい感じだよね。美味しそう」
流石天才というべきか。堀北も帝を常識の枠で考えるのは辞めたようだ。
それから帝はいい具合に焼けた魚をまず堀北に渡した。これもいいかな、と言って今度はオレに手渡してくれる。最後に帝が手に取っていただきますをしてからパクりと食べた。
「うっま!早く食べて!めっちゃ美味しいよ、これ」
勧められるがままオレと堀北も一口食べる。
確かに美味しい。味付けが塩だけでシンプルなのが魚の旨みを引き出してる、というのか。身もほろほろで……いやまじで美味いな。
オレが美味しさに感動していると、堀北は改めて帝に問いかけた。
「やっぱり、こんな自分勝手が許されてるのは、貴方がクラスをまとめているからなの?」
食料を他クラスに分け与えるような行動は確かに自分勝手かもな。
戸塚は帝に対して敵対心を向けていたが、それでも反撃はしなかった。できない、ともいえるだろう。そもそも、Aクラスの中で帝に敵対心を持っている生徒は少ないはずだ。
帝が何をしても誰も文句はない。何故なら必ず帝はAクラスを勝たせてくれる。そんな信仰心にも似た信頼関係が成り立っているのかもしれない。
「確かに俺がまとめ役はしてるけど、自分勝手が許されてるのはまとめ役だからじゃないよ。そもそも俺はこれを自分勝手だとは思ってないしね。身体は資本だよ、体力蓄えてこ」
そう言って帝は堀北の目を見てニコリと笑った。
焼けていく魚のいい匂いに釣られてきたAクラスの生徒が帝の近くに駆け寄ってくる。帝は、はいどうぞと言って塩焼きを手渡していった。
釣った魚は今全て塩焼きにするつもりらしい。どんどん魚に串が刺されていく。
異常なのは帝から塩焼きを手渡された生徒たち、誰一人としてオレたちを気にした素振りを見せなかったことだ。帝が何をしても文句はないというAクラスのスタンスを体感した気がした。
「それで、情報提供?だっけ。質問してよ。答えられることに答えてくからさ」
「リーダーは誰?」
「誰がキーカードを所持してるリーダーかって?はははっ、言ってもいいけど、信用できる?」
「そうね、冗談だわ」
帝がどの程度答えてくれるか分からない、だからリーダーを問う質問を最初にしたのは悪くない選択だ。おそらく帝は、ほとんどの問いに答えてくれるだろう。そして、その大部分に嘘はつかない。それが
「なら、参考程度に今回の試験のAクラスの戦略を教えてもらえる?もちろん言える範囲で構わないわ。答えられないのなら答える必要もない」
「んー、そうだね」
堀北のかなりぶっ込んだ質問に、帝は首を傾げて考え始めた。
「質問で返しちゃうけど。堀北さんから見てこの試験はどういう試験かな」
「難しい質問ね。……チーム力が勝敗を分ける試験、かしら」
「うん。俺もそうだと思う。でも、それが八割ってところかな」
「八割?」
首を傾げた堀北に帝は頷く。オレも塩焼きをかじりながら話を聞いた。
「残りの二割はアクションだと俺は思う。そうだね、もっとわかりやすく言うと八割は守り、二割は攻撃ってところかな」
八割に含まれるのはクラスメイトと協力して如何にポイントを節約できるか。二割は最終日のリーダー指名といったところか。
「でも、この試験の勝敗を分けるのは二割の方。他クラスの情報を集めてリーダーを指名する、または他クラスの妨害をする。だったりね」
「……そうね。リーダーの指名に関してはハイリスクハイリターン。それが勝敗を分けるというのに異論はないわ」
堀北が頷くと、合わせて帝も頷いた。
その後帝は微笑むように笑ってから、でもね、人差し指を立てる。
「君たちのクラスがいい成績を残したいのなら、二割に手を出すな。今回の試験は邪道が勝つよ」
「……途端に訳のわからない話に変わったわね。邪道?ルールの範疇ならそれは正道と変わらないわ。ルール違反があるということ?」
「そういうことじゃないよ。なら分かりやすい言い方に変えようか。勝つためにはまず相手を知ること。相手の裏を読むこと。裏の読み合いさ。でも今回は読めないのだから裏を読むのは諦めろ、ってこと」
堀北に向けられた言葉は、ある意味オレに向けられている。
なるほどな、これは勝てない。けれど、随分と優しいヒントをくれた。
「今回の試験、勝つのは諦めて次に繋げたほうがいい。勝つっていうのは1位を狙うのはって意味ね?ある程度の成績は見込めると思うよ」
「貴方、私に話しているようで私と話す気はないわね。不愉快だわ」
「えぇ?素直に話したのに。今言ったことの意味、誰かが答え合わせしてくれるといいね」
おい、その台詞はやめろ。この話を聞いてるのはオレと堀北しかいないんだから、堀北の視線が自然とオレに向く。あー、気づかないふり気づかないふり。
「あ、そうだ。せっかくだしアドバイスしてあげよっか?」
「上から目線でムカつくわ。けれど、ぜひ聞かせてもらえる?」
堀北の怒りのコメントにあははと帝が笑った。話が逸れてくれて助かった。
「Dクラスから上のクラスに上がりたいのなら、まずまとめ役を変えるべきだね。平田くんが無能、と言いたいわけじゃなくてね。平田くんにはDクラスをまとめれない。彼は参謀が向いてるよ」
Dクラスのことを詳しく知っているわけではないのに、やけに的確なアドバイスだ。そして、なんとなく納得してしまう。曲者揃いのDクラスのまとめ役は、優しさの塊でできた男には荷が重そうだ。
「因みにこれはBクラスにも言えるね。一之瀬さんのクラスはすでに完成されている。だからこそ今は強いが将来性がなく弱い。一之瀬さん自身の爆発的な変化が無い限り、成長の見込みがないんだ」
「随分な言いようね。何か根拠に基づいているのかしら」
「俺の独断と偏見による評価だよ。でも公平に見てるつもりさ。そうだな、俺がいなくなったと仮定したらAクラスも強くはないね。言わずもがな、クラス内対立でもするだろう」
自身のクラスにも遠慮のないものいい。どうした、ストレスでも溜まってるのか。
近くにいたAクラスの生徒に聞かれてないかと見渡すが、タイミングはしっかりと見計らっていたようで、誰の耳にも届いた様子はない。
「Cクラスはそうだね。成長のしやすさ、でいったらBクラスより強いかな。あのクラスはワンマンチームだからね。リーダーの優秀さが全てを分ける、って感じかな。あ、アドバイスから遠ざかっちゃったか。でも参考になったんじゃない?」
「貴方が信頼できる人なら、そうね。かなり参考になったわ」
「はははっ、信じなくてもいいよ全然。ただね、俺は君が
目を細めて笑った帝は、食べ終わった串を焚き火に投げ入れる。そして立ち上がった。
「俺の話に付き合ってくれてありがとう。長く引き止めちゃったね。ついでなんだけど、櫛田さんにあったらさ。どこかのタイミングで海で遊ぼうって誘っといてもらってもいいかな」
「わかったわ。話を聞けてよかった。お邪魔したわね」
堀北が立ったのに合わせてオレも立ち上がる。
「そうそう。最後に一応言っておくよ」
「何かしら」
来た道を戻ろうとするオレたちを引き留めるように帝は声をかけた。オレも堀北も振り返る。
「Dクラスには伊吹澪。Bクラスには金田悟。うちのクラスにもCクラスの生徒との接触があった。偶然とは思わないほうがいい。言うまでもないかも知れないけれどね」
「忠告ありがとう。参考にするわ」
今度こそ、オレと堀北はこの場を去る。
帝の話を聞いて、堀北は何を思ったのだろうか。
茶柱によって、表舞台に引き摺り出され、帝によって舞台を整えられてしまった。
でも、全ては帝の掌の上と思っておいた方がいいな。
悔しいが、今回は勝てそうにない。
◆◆◆
葛城との話を終え、魚もバケツいっぱいになった後。ベースキャンプに戻る途中で俺は椎名にあった。
椎名は大木に身を預け、自分に影を落としている木の葉っぱを眺めていた。
「私は私を包む若葉の色に心を奪われていた。その若葉の色をよくよく眺めると、一々違っていた。同じ楓の樹でも同じ色を枝に着けているものは一つもなかった」
「珍しいね、夏目漱石か。……どうしたの?今の椎名さんの
彼女の近くに寄って俺は独り言のように呟いた椎名の言葉に応えた。独り言のようだったが、確かに俺に気づいていて、俺に向けた言葉だっただろう。
今度こそ椎名は俺の方を向いてにこりと笑った。
「久しぶりです、獅峯くん。バカンスは楽しんでますか?」
「そんなことよりさ、どうしたのその頰。誰にやられたの?」
「気にしないでください。こう見えて、私の心は踊ってるんですよ。獅峯くんに会えたからでしょうか」
椎名の頰は誰にやられたのか。かなり強く打たれていないとならない赤さだ。男子ならまだしも、女子も打たれるなんて、どんな時代だよ。一昔前でもあり得ない。
俺はバケツと釣竿を置いてから椎名の横に腰を下ろした。触っていい?と、問いかけると、いいですよと言ってくれたのでそっと触る。
「痛い?」
「痛いです」
「うわ、普通に重傷。テントに救急セットあったかな」
「ほんとに気にしないでください。私が龍園くんのやり方に文句をつけたのがいけなかったんです」
「……龍園くんがやったってこと?あり得ないな。殺すか、あいつ」
「ふふ、獅峯くんも案外口が悪いんですね」
優雅に笑うが、あまりにも頰が痛々しい。
Cクラスを追い出された?と、いうよりは龍園から追い出されたという方が正解かな。椎名がクラスの輪を自ら出てきた可能性もあるが……、読めないな。ただ間違いないのは、椎名が龍園に手を上げられたこと。
「やっぱ殺しとくか。隠蔽方法どうする?崖からの転落とか」
「……どうでしょう。腕時計にはGPSが搭載されていますから、特定されるのも時間の問題ですね。腕時計を壊したとしても、アリバイがない時点で犯人候補は間違いありません」
「はははっ、たしかにね!……んー、なら、こうしよう!Aクラス全員協力させて、みんなの腕時計を同じタイミングで壊す。犯人候補多すぎて疑われないんじゃない?ほら、俺って品行方正だし」
「ふふふっ、やっぱり殺さないであげてください」
そう言って椎名は笑った。頬は痛々しいけど、ちゃんとした笑顔が見れてよかった。
なら、とりあえず、椎名にはこの後どうするかを聞いておかないと。
「椎名さん、よかったらAクラスのベースキャンプにくる?クラスには戻れないでしょ」
「……そうですね」
俺の提案に椎名は頷きながらそう言った。けれど顔には戸惑ったような笑顔が浮かんでいる。
「不服かな。Aクラスの誰かが椎名さんに危害を加えることはないよ。絶対に約束できる」
「いえ、すみません。そういうことではないんです。私はリタイアするつもりなので気にしないで下さい」
椎名の口からは予想外の言葉が出てきた。そうか、……リタイアか。
龍園が俺との契約で、支給された300ポイントのうち200ポイントをAクラスに譲渡することを提案してきたときに、Cクラスが
つまり、Cクラスの大半の生徒はリタイアする。椎名がその戦略を把握しているのなら、リタイアという言葉が出ても不思議じゃない。
「……そっか。なら、先生たちのいる浜辺まで送るよ」
俺はそう言って立ち上がった。そして椎名に手を差し出す。
「いえ、本当に気にしないで下さい。1人で行けますよ」
断る椎名にそれでも手を差し出し続ければ、笑って俺の手を掴んでくれた。
しかし、俺に起こされた椎名はうまく立てずバランスを崩して俺の方へ倒れかかった。俺も咄嗟に支えようとしたが、運悪く体勢を崩してしまい椎名を支える形で尻餅をついたので、椎名の手が俺の太ももに触れてしまう。
俺は慌てた様子を
「ごめん!大丈夫?手とか擦りむいてない?」
「いえ、大丈夫です。ごめんなさい、倒れかかってしまって」
「いやどう考えも俺が悪いよ。ごめんね」
今度こそ優しく椎名を立ち上がらせた。浜辺まで送ると言ったが本当に大丈夫だと断られてしまったので送るのは諦める事にする。
椎名は苦笑いをしていたが、龍園を一発ビンタする約束も取り付けることができた。そのうち良いのをお見舞いしてやろう。
椎名を見送ってから、俺は釣竿とバケツを持ってAクラスのベースキャンプへ戻った。
ベースキャンプが見えてくれば、清隆と堀北にちょっかいをかける戸塚が、ちょうど目に入った。
『一応』
無人島試験ではいろんな思惑、戦略が飛び交っているため上手く話がまとまってないかもしれません。無人島試験編(原作3巻)が終われば、拙作の無人島試験を時系列順にしたものを投稿します。