「ひゃっふぅー!!」
俺は岩場から海に飛び込んだ。バッシャンと水飛沫が上がり、俺は海中に身を沈める。浮かび上がれば、俺を微笑ましそうに見る彼女の姿が目に入った。
「桔梗ちゃんも早く!」
俺は両手をあげて櫛田が飛び込んでくるのを待つ。櫛田は少し躊躇った後、海に可愛らしくダイブした。
そんな無人島試験3日目の話である。
「帝くんはしゃぎすぎだよ」
「反省してる」
海で遊びまくった後、俺たちは砂浜に腰を下ろして、少しばかりの休憩をしていた。砂浜に髪から垂れた水滴が落ちる。
休憩といっても手が暇なので俺はお城作りに勤しんでいた。
「……え?もしかして大阪城?」
「え!すごいよくわかったね!」
「いやいや!わかるよ!だって本当にすごいもん」
もしかしたら俺の前世は砂遊び名人かな。なんていうのは冗談だが。
「もしかして、試験初日に砂浜にできてたすごいやつって帝くんが作ったの?Dクラスでちょっとだけ話題になってたんだよ」
多分それは、坂柳と協力して作り上げた作品のことだな。作品名『自由とは何か』。ビーチバレーや海で泳ぐ人々の土台にくたばってる人々を作った現代アートだ。あれは力作だったね。坂柳の器用さには感心した。
「楽しかったなあ」
「あはは!もうその道の人としても食べていけそうなくらいの才能だね」
櫛田が笑ってそう言う。でも、流石にその道の人に失礼じゃないかなあ。その道の人が実際に存在するのかは分からないけどね。
いや、そんなことよりも、だ。そろそろ本題に入ろう。俺は笑顔を崩さないまま話し始めた。
「桔梗ちゃんに協力して欲しいことがあるんだ」
「なあに」
にこりと笑った櫛田の前向きに聞く姿勢が見えたので、俺は有り難く本題を始めることにする。
「まず改めて、Dクラスのリーダーの
「全然いいんだけどね?念のために聞くけど、それは2人の退学に関係あることなのかな」
実は俺は、この試験の初日に櫛田と会っていた。島を縦横無尽に走り回って探索したあの時にだ。
当たり前のことだが、島の全貌がわからない一日目は特に、各クラスの動きが活発だった。基本的には誰かの姿を見かけた場合、隠れ潜むつもりだったが、この試験での俺の立ち回り方を決める上で櫛田からの情報はほしい。
森を散策していた櫛田とその他数名の姿を確認した時、タイミングを見計らって櫛田に声をかけた。
笑顔で世間話を始めて、周りからの視線がはけた隙を見て小声で問いかける。表情筋は変えない。リーダーは誰?堀北。そんな短い会話だった。
夏休みが始まる前、櫛田が俺に伝えた望みは堀北鈴音、綾小路清隆の退学。櫛田が言いたいことは簡単だ。Dクラスのリーダーを務める堀北を教えたこと、それは本当に2人の退学につながることなのか、という疑問。
しかし櫛田の気持ちもわかる。櫛田はDクラスを負けさせたいわけじゃない。退学になるような生徒が出ないようなルールの中で、リーダーを教えるというDクラスを一発で不利にするような情報提供。
俺が櫛田を騙している、そんな可能性も考えてしまうだろう。
正直に言ってしまえば、清隆に関しては現段階で退学させるつもりはない。そもそも、俺は2人を退学にさせると言う目的に対して長期的に考えるべきだと思っている。先程の通り、特にこの試験のルールでは退学する生徒が出ない。流石に今回の試験で退学させるのは厳しいだろう。
まあ、櫛田が納得するように俺の戦略を伝えるのは簡単だ。けどそれは今言うべきではない。
「桔梗ちゃんは2人の退学の為ならどんな協力でもしてくれると思ってたけど」
「そうだよ?そんなのは当たり前だよ。2人が退学するまでは、どれだけDクラスが不利になるような情報でも言うし、協力する。でも、大前提として私の立場が今と変わらないこと。わかってるよね?帝くん」
「はははっ、ごめんね。意地悪なこと言っちゃった。……大丈夫、心配しないで。俺は桔梗ちゃんを裏切るつもりなんてないよ。そうだなあ、証明できないけど、最終日に
これで櫛田は、今から俺がどんな協力を頼もうとも納得するしかないはずだ。
本来なら櫛田相手にこんなに丁寧に接する必要はないんだが、俺たちの関係性は櫛田が上、俺が下。まだ櫛田に利用価値のある段階で、この関係性を壊すメリットはない。
「ごめんね、こっちこそ意地悪するようなこと言っちゃった。帝くんが私に頼みたいことって?」
予想通りの櫛田の返答に、俺は感謝するように控えめに笑った。
「試験6日目に、伊吹澪に堀北鈴音がリーダーであることを伝えてほしい」
櫛田はどう思うのだろうか。まあそんな事はどうでもいい。
櫛田にしてほしいことの詳細を伝え、俺たちは解散した。櫛田なら上手くやるはずだ。
俺のこの特別試験でも目的は2つ。『Aクラスの勝利』と『清隆との
準備は全て終了した。あとは自然に身を任せるだけだ。
◆◆◆
夏休みを明日に控えた終業式も終わり、帰路につこうとしていたオレの目の前には、何故か死神がいた。
「ある男が言った。綾小路清隆を退学にさせろ、とな」
連れてこられた指導室で担任の茶柱はオレを見てそう言った。
オレが一旦話を聞く姿勢を見せれば、すぐ後に言葉が続く。
「獅峯帝を知っているな」
何故ここで帝の名前が出る?話の流れが全く読めないな。
「1年Aクラスのリーダーでしょう?そいつがどうしたんですか」
「獅峯帝は歴代で最も優秀な生徒だと言われている。今の代でいえば堀北学や南雲雅らと同じく名前が上がることが多い生徒だ。そして、獅峯の率いるAクラスに勝つことができなければAクラスへは上がれない」
「そうでしょうね」
帝が歴代で最も優秀な生徒と言われている事は有名な話だ。教師たちの間でもそんな話は出ているのだろう。生徒間でも、超人エピソードは絶えない。
オレの肯定の後に間が空いた。その後の言葉に凄みを持たせるためか、意図的に作られた間はオレに嫌な予感を覚えさせる。
「私はおまえが獅峯帝に勝てる存在だと思っている」
そう茶柱先生の口から発せられた時、オレの中の地雷は確かに踏まれた。
オレは長机に左手をつき身を乗り出す。そして茶柱先生のの胸倉を掴み上げた。
「これ以上この話を聞く価値はないですね」
「これは取引だ、綾小路。おまえは私のためにAクラスを目指す。そして私はおまえを守るために全面的にフォローする。いい話だとは思わないか?」
話し方や表情に余裕はない。オレがこの提案を蹴れば、本当にオレを退学にさせるつもりだろう。
「後悔するかもしれませんよ。オレを利用しようとしたこと」
「安心しろ。私の人生は、既に後悔だらけだ」
オレの人生は全て帝に勝つために捧げてきた。
何も知らない赤の他人に、当たり前のことを言われるのはこんなに腹が立つことなのか。
帝とオレ。最後に勝つのはオレだ。
そんな事は、言われるまでもないんだよ。
特別試験5日目。
平田と共に女子テントのペグを打ちながら、どうしてこうなったんだと少し振り返る。
今日の朝、女子に叩き起こされた男子一同は下着泥棒の疑いをかけられた。そして男女の生活スペースを分ける事になり、女子テントを移動させている今に至るわけだが。
オレが手伝う事になったのは完全に堀北のせいだ。堀北が平田は信用ならないからもう一人の男子にも手伝ってもらおう、なんてことを提案しなければオレが手伝わされることなんてなかったのにな。
「ごめんね、綾小路くんにまで手伝わせちゃって」
「気にするな。平田が一人で背負うことはない」
「助かるよ。綾小路くんが手伝ってくれるなんて心強い」
優しく笑いながら全てを背負うこの男はそう言う。
帝は平田がリーダーに向いていないと言っていたが、何かと背負いがちな平田のことをよくわかっている評価だと改めて感じた。
「そういえば綾小路くんは獅峯くんと仲がいいんだよね?同じ小学校だったとか」
平田がオレの方を見ながら言う。
「仲は別に普通だ。なにかあったか?」
「大したことじゃないんだけどね。少し前にあったサッカー部の大会に獅峯くんが生徒会の人たちと見にきていたんだ。獅峯くんが生徒会に所属したって話は聞いたことないし、どうしてだろうと思ってね」
「確かに、オレも獅峯が生徒会に所属しているなんて話は聞いたことないな。獅峯ほど知名度のある人間が生徒会入りでもすれば、噂になると思うが」
「そうだよね。僕もそう思ったんだ」
そのことが事実なら、帝は堀北学と通じていることになるだろう。どういった経緯で敷地外で行われているという大会に行くことになったのかは知らないが、それは帝の行動、戦略を予測する上で役立つ情報だ。
「聞く機会があれば聞いてみる」
「ごめんね、誘導したみたいになっちゃった」
「いやそんな事はない。オレも気になったからな。何か分かれば平田に伝える」
「ありがとう。綾小路くんには頼ってばかりだね」
少し申し訳なさそうに、自嘲気味に笑いながら平田はそう言う。
「平田はもう少し人を頼った方がいいと思うぞ。何でも一人で背負いすぎだ」
「そんな事ないよ。事実、こうして綾小路くんを頼っているしね」
優しく微笑んで平田はまた作業に取り掛かった。
それにしても生徒会か。帝と堀北兄がどんな話をしたかは知らないが、帝がグレーゾーンを歩きやすくなったのは間違いない。堀北学という生徒会長がバックについたと言う事だろう。
この試験、ルール違反ギリギリ、いやむしろルール違反をしてくる可能性もあるな。
だが
「雑用を押し付けられて大変ね」
「堀北が余計なことを言わなければ、こんな事になってなかったんだけどな」
平田は軽井沢に連れて行かれてしまったので、オレ一人でテントの移動を終わらせひと息ついていた所に、堀北が声をかけてきた。
相変わらず嫌味混じりの言葉だ。
「仕方ないでしょう。平田くんは信用ならないもの」
「なんでだ?そんなこと思ってるのは堀北くらいだと思うぞ」
「優しいだけの人間は信用ならないと、警戒しているのよ」
「……獅峯のことか」
Aクラスのベースキャンプに行った時のことを思い出してるのだろうか。確かに堀北から見ればあれは帝に何のメリットもない交流だった。
帝の意図の読めない言葉たちは堀北を不安にさせている。
「獅峯のことは気にするな。一応、獅峯の幼馴染のオレからのアドバイだ」
「そうだ、綾小路くん嘘をついてたわね。あなたと獅峯くんはただの知り合いじゃないでしょう。それなりの交友関係を感じられたわ。今も幼馴染って」
「悲しいことを言わせないでくれ。オレの存在なんか、獅峯にとっては有象無象の一人なんだよ」
「……彼、人気者らしいわね」
違いないな。帝は櫛田や一之瀬、平田と並ぶような男だ。
話に区切りがついたため堀北がオレに背を向けて歩き出そうとする。ジャージを着込んでいる堀北は、腕をさすり妙に寒そうだ。
オレは歩き出した堀北の肩を掴んで振り向かせる。
「堀北。そろそろ白状したらどうだ」
「白状?何のことかしら」
「お前この試験が始まった時から体調良くないだろ」
堀北のおでこに触れればやはり熱かった。38度近くあるだろう。
「別に平気よ。もう5日も我慢してるもの」
それはそうだ。耐えた5日を考えれば残りの2日なんて大したことじゃないと言うことだろう。
「それに、私にはリーダーを請け負った責任がある」
「……そうだな」
そう言った堀北に危うさを感じながらオレは堀北を見送った。
少しテントで休むらしい。それで少しでも体調が良くなればいいのだが、こんな環境だ。そう上手くはいかないだろう。むしろ初日から今まで、あの熱で耐え忍んでいたこと自体凄いことだ。
こうして5日目が終了し、この特別試験の山場とも言える6日目に突入した。
『余談』
獅峯は約束は守る男です。