ぼくのかんがえたさいきょうのせーと   作:秋九

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20話 怠惰

 

 決して幸いとは言いたくはないけれど、雨で泥濘(ぬかる)んだ地面のおかげで伊吹さんの後を追うのは難しくなかった。

 体調不良の影響で、私の足取りは軽快ではないけど、それでも彼女との距離の差は埋まっているはず。

 

 伊吹さんはDクラスに送り込まれたスパイだった。2日目にAクラスのベースキャンプで獅峯くんがそれらしいことを言っていたけれど、綾小路くんも彼女がスパイだと確信していたけれど、私は確信を持つのが彼らより随分と遅れてしまった。

 伊吹さんはきっと、私がリーダーだと伝えるのだろう。それが誰かなのかはわからないけど、伝えられしまえばDクラスに勝利はない。リーダーを請け負った責任が私にはある。

 

 帝くんの言葉が頭の中でループする。彼は邪道が勝つと言っていた。その言葉の意味がなんとなくわかったような気がする。

 龍園くんらCクラスの生徒がリタイアしている現状を考えれば、今回の一件に帝くんが絡んでいる可能性も高いのかもしれない。

 

 こうして頭を回しながら懸命に足跡を辿れば、伊吹さんの姿が見えた。彼女は歩みを止めていたので、私は木の陰に潜む。けれど意味はなかったようだ。

 

「出てきたら?」

「気づいていたのね」

「まあね」

 

 Dクラスのベースキャンプでの生活で猫をかぶっていたわけじゃないと思うけど、今の彼女は何か吹っ切れているような態度だった。

 

「伊吹さん、こんな時間にどこに行くのかしら」

「リタイアするんだよ。改めて考えてみたら私が無人島に残ってるのっておかしいなって思ってな」

「見送らせて」

「おまえの方が見送りが必要なんじゃないか?体調が悪そうだ」

 

 私の整いきれていない荒い息遣いを見て体調不良を察したのか、伊吹さんはそんな風に言って私に背を向けた。そのまま歩き出すつもりだろう。

 

 私のするべきことが決まった。伊吹さんが誰と接触することもないように彼女のリタイアを見送ること。無理矢理にでも、私は誰かの元へ向かう彼女を止めないといけない。

 

 歩き出した伊吹さんにもう一度声をかけて歩み寄る。

 

「やっぱり見送るわ」

 

 隣に並ぼうとした時、彼女が突然荷物を地面に放り投げた。その瞬間、いらないって、と呆れたように言ったのと同時に私に向かって蹴りが飛んでくる。

 運よく反応できたのでガードができたが、今の私には十分な威力。

 

「暴力行為は即失格よ……」

 

 苦悶の顔を上手く隠すこともできず、私は彼女に脅しをかけたが、表情のせいで負け犬の遠吠え程度にしか受け取られていないだろう。

 なんとか臨戦態勢をとった。これで少しでも虚勢を張れたらいいのだけれど。

 伊吹さんは暴力行為に及んだことを悪びれた様子も見せず、そうだっけ、ととぼけながら薄く笑った。

 

「でもおまえも、無理矢理にでも私を止めるつもりだったろ」

「……そうね」

 

 考え方によっては好都合かもしれない。この雨の中ならどちらが先に手を出したかなんて分からない。今すぐ私が学校側に報告すれば、あるいは……。いや、余計なことをして私がリーダーだと叫ばれたりでもすれば自分の首を絞めることになるだけ。

 ともかく、利用しよう。彼女をここで引き留めれば、会う約束をしているであろう相手と合流はできない。

 私は一度呼吸を整えた。彼女を気絶させられたら最高ね。

 

「お、やる気みたいだな」

「あまり、実力行使は好きじゃないのだけれど」

 

 もう須藤に暴力事件のことを責められないわ。

 自分の無力さを痛いほど知った。ここで私は、私のために挽回しなければならない。大丈夫、私ならやれる。大丈夫、大丈夫。

 ……ほんと、私はこの試験でDクラスに何一つ貢献してないわね。むしろ懸命にがんばっているDクラスの足を引っ張っている。

 

 獅峯くんは、ああ言っていたけれど、結局私はひとりだから。全てひとりでやらなければならない。

 

 何度かの応戦の末、思考も身体もすでに限界を迎えていた私は彼女の蹴りで倒れ込む。地面へ崩れた私の前髪を掴んで、伊吹さんはおおきく振りかぶってビンタを狙った。私にはそれを避ける術もなく、再び地面に崩れ落ちた。

 

「悪いな。ちょっとの間、寝ててもらえる?」

 

 私は、大きな過ちを犯してしまった。

 遠のく意識の中、私は1人の隣人を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「伊吹は去った後、か……」

 

 オレは、大木の側で事切れたかのように気絶している堀北を見つけた。ベースキャンプでの荷物の移動作業が思ったより時間がかかったのと、足取りの悪い雨の中と言うこともあり、見つけるのがだいぶ遅くなってしまった。

 

 堀北がリーダーであると、既に獅峯は把握している頃だろう。

 

 オレは眠る堀北を抱き上げて、歩みを進める。少しすれば堀北が目覚めると思ったが、その前に来客が現れた。

 

「お、やっぱここにいたか」

「かなり意地悪な戦略をとったな、獅峯」

 

 薄暗い森の中から現れたのは帝だった。軽快な口ぶりは全てが上手くいったことに対する感想のように思える。

 ()()()()からの情報で、帝がDクラスを狙い撃ちしていると分かったが、全てはこれのためか。

 

「俺のジャージを貸してやる。彼女は木の側で寝かせてやれよ」

 

 帝の指示に従って、オレは堀北を木の側に寝かせた。体調の悪い堀北には酷なことだが、堀北を抱き上げたままでは帝の相手はできない。帝もそれを許さないだろう。

 

 横になった堀北を一目してから、帝はオレを見た。懐かしいあの目が確かにオレを捉えている。

 

「リベンジマッチの一つの要項に、殺し合いがあってもいいだろう?」

「オレはまだ死にたくないけどな」

 

 はははと笑った帝がその瞬間、見えない速さで拳を振るう。

 

 その一撃をなんとか避けたが、勝てないな、と思ったのはオレの本音に違いない。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 坂柳とゆっくりな足取りで海へ向かった。

 快晴であればこんなにもどんよりしていないのだけど、それでも隣を歩く坂柳は少し楽しそうだ。

 

「坂柳さんが医者に禁止されてるのって、運動だよね?これはギリアウトって感じ?」

「そうですね……ギリセーフ、でしょうか。獅峯くんが全く配慮してくれなければ、ギリどころか完全なアウトですね」

 

 ふふふと笑いながら坂柳は言う。正直断られると思っていた海で遊ぼうという提案だったが、坂柳が俺の誘いにのったのには裏があるんだろう。

 

「実はこの試験も教師に事前に伺っていたので休むことができたのですが。……少しだけ興味をそそられまして」

「珍しいね。どうして?」

「内緒です」

 

 秘密の多い女はいい女だと思っているが、彼女の場合厄介なだけだ。心の内が読めないからね。

 そのうち浜辺に辿り着いて、俺は坂柳に向かって手を差し出した。

 

「海に入ったことはある?思い出の一つにどうでしょうか」

「ではお言葉に甘えて」

 

 俺があの白い部屋を出て初めて空を見た時、今の坂柳と同じ表情をしていたのだろうか。いや、どうせ当時の俺のことだから無表情だっただろう。けど、心持ちは一緒だったはずだ。

 

「楽しそうなところ悪いけど、坂柳さんの話が聞きたいな」

「どういう意味でしょう?」

 

 海に足を踏み入れたまま、坂柳はきょとんとした表情で微笑んだ。それが演技であることなんて、今更分かりきったこと。

 

「君が意味もなくこの試験に参加するわけはない。君の目的は果たされた、というのが俺の考察だ。それと同じく、君が海に惹かれる?そうかもしれない、けれどそれだけじゃないだろう。どうして俺の誘いにのった?」

 

 俺の問いに坂柳は笑みを深めた。

 それから、俺に倒れ込む形で距離を縮め、届かない分だけ俺に屈めと言わんばかりに服を引っ張る。素直に応じて、俺は坂柳を支えながら少し屈んだ。

 耳元で坂柳が、まるで探偵が犯人を言い当てるかのように、そんな意図が思い浮かんでくるような、タチの悪い抑揚で言った。

 

「綾小路清隆」

 

 想像通りのその言葉を聞いて、俺は坂柳を見下ろす形で睨みつける。それでも坂柳は楽しそうに笑うだけ。

 

 清隆の存在がバレるのは時間の問題だと思っていたけど、まさか接触でもしたんだろうか。何か問題があるわけではないけど……いや、念の為最悪な想定もしておくか。

 

「綾小路清隆くんを負かすのは私ですので、あまりいじめないで下さい」

 

 なるほど、坂柳は坂柳なりに俺がこの試験どう動いているかを把握しているというわけだ。

 でも別に、清隆を虐めようとしているわけじゃない。

 

「怠惰を重ねた綾小路の目を醒させてやるだけだよ。あいつに微睡みは似合わないからね」

「獅峯くんなら綾小路くんの相手なんて余裕だと?」

「当たり前だよ。俺が負けるとしたら、俺への勝利を渇望した綾小路にだけだ」

 

 そう、昔の()()()をした清隆にだけ。俺に勝たんとじっと俺を見つめてきたあの目。

 

「……懐かしいな」

「勝手に思い出に浸らないで下さい」

 

 あははごめんと笑えば、緊迫した空気が一気に弛緩する。

 ふと空を見上げれば、朝より深まった分厚い雲の層。

 

「思ったより早く降り出すかな。急いで戻ろう、坂柳さん」

「えぇ、雨に打たれるのは好きではないので」

 

 打たれたことなんかないくせに、とは言わなかった。

 帰り道もまた、坂柳の歩幅に合わせてゆっくりと、来た道を戻る。

 

 しかし、雨は俺たちの想像よりはるかに早く降り出そうとしていた。パラパラと、雨が肌に当たる感覚がする。

 

「やばいね、雨に打たれるの嫌いなんでしょ?」

 

 俺はそう言って、許可も得ず坂柳を抱き上げた。小柄な上に細い坂柳は、俺の想像よりはるかに軽い。心配になるくらいだ。

 

「杖落とさないでね。俺にしっかりつかまってよ」

 

 俺はそれから、唖然とする坂柳を無視しながらベースキャンプまで駆け抜けた。

 

 約束の時間まで、もう余裕はない。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 雨がポツポツと降る中、俺は懐中電灯ひとつを持って森に入った。

 約束の時間と場所を明確にはしていないが、きっと彼も俺と同じく俺を探しているのだろう。

 遠くでライトの灯が見えた。約束の人物だろう。俺はあえて灯を消して彼に近づいた。

 

「わっ!」

 

 俺が背後から現れて脅かすと、彼、龍園翔はバッとライトを俺に向けた。

 

「脅かすんじゃねえよ」

「あははごめんごめん」

 

 久しぶりに会った彼は、いかにもサバイバル中と言ったような風貌で、たった1人でこの無人島を生き抜いてきたという説得力が外見にあった。

 

「数日間のサバイバルお疲れ様」

「悪くなかったぜ。蛇も食えるもんだな」

 

 お、すっげえな蛇食べたんだ。サバイバル初心者が、たった数日だとはいえ生き延びたことも含め、彼には並外れた生命力があるのかもしれない。

 いやしかし、彼を褒めるのは今じゃなくていい。時間に余裕があるわけじゃないのですぐに本題に入らせてもらった。

 

「それで、約束の天気になったから会いにきたんだけど。どうかな、()()()()()()()()()は見つけられた?」

 

 俺の問いに龍園はニヤリと笑った。

 

「ちょうどさっき伊吹から連絡が来た」

「そっか、なら君はBクラスとDクラスのリーダーが分かったってこと?流石だなあ」

 

 心からの称賛で拍手を送る。

 各クラスのリーダーを探し当てることは簡単なことじゃない。むしろこの試験のキーとなる要素なだけに、難易度は計り知れないことだろう。

 

「Bクラスのリーダー、白波千尋。Dクラスのリーダー、堀北鈴音」

「了解、情報提供ありがとう。契約内容の再確認はしなくて大丈夫かな」

「必要ねえよ。リーダーが外れた場合A()()()()()()()()()()()()()()()、だったな」

「そう。覚えているかもしれないけど、細かい内容は試験が終わったら確認しよう」

「あぁ、そうだな」

 

 こうして俺と龍園。いや、AクラスとCクラスの取引が完了した。あとは俺たちAクラスが対価を払うだけだが……。

 まあそれは今はいいか。

 

「じゃあ俺は用も済んだんでな。リタイアさせてもらうぜ」

「もう残り1日もないんだから、もうちょっとサバイバル頑張ればいいのに」

「無駄な努力は嫌いなんだ。俺の目的は最初からお前との契約だけだ。じゃあな獅峯」

 

 おそらく浜辺に向かったであろう龍園を俺は見送る。彼が本当にリタイアするかどうかは置いておいて……、あそうだ。一つ龍園に言い忘れてた。

 

「なあ龍園。試験終わったらお前の頰殴らせてもらうからな」

 

 確実に聞こえていた俺の声は見事に無視された。

 まあいい、本当なら今一発ビンタしときたいが、リベンジマッチの計画が泡になるのは困る。椎名の分、彼女と約束したからな。強烈なのをお見舞いしてやろう。

 

 こうして俺は龍園と別れ、清隆を探すべく再び森を歩み始めた。

 

 




『勝手な考察』(読まなくていい)
原作ではAクラスはCクラスのリーダーを把握してなかった。AC以外のクラス視点ではおかしいではない。何故なら龍園を含むCクラスの生徒は全員リタイアしていたと思われていたから(伊吹、金田を除く)。
でも葛城は6日目に龍園と直接会ってリーダーの情報を聞いていた。それなのにリーダーが龍園だと疑う様子すらなかった。
つまり龍園はきっと自分はこのあとリタイアするって葛城にそれとなく伝えたんじゃないかな?(分かんない)。

『勝手な考察②』(もっと読まなくていい)
Cクラスの生徒の大半は2日目にリタイアした。
なぜ伊吹と金田(スパイをしてた生徒)はリタイアしないの?ってBクラスの生徒もDクラスの生徒も疑問もたなかったのか。
勝手な予想だと、リタイアしてCクラスの生徒しかいない船上に戻るのが嫌だったとか、そんなような事を適当に言ったと予想。でもねぇ?サバイバルよりはマシでしょ?って私なら思いますけど。
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