ぼくのかんがえたさいきょうのせーと   作:秋九

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7話 数多の視線

 

 坂柳有栖に先手を打たれた現状、俺の勝率は大幅に下がっただろう。支持率が大きく傾いた。

 さらに追い討ちをかけたのは、テスト範囲変更の知らせ。配られた過去問とぴったし当て嵌まる新たなテスト範囲にAクラスの生徒全員が過去問は答えという確信を得た。

 

「あんたこれでいいの?」

「神室さんは俺に勉強を教わりに来たんじゃないってことだ」

 

 俺はテスト週間を図書館で過ごすことにしている。勉強をしている、という解釈も取れるが俺がしているのは読書。

 クラスメイトには、分からない問題や質問したいことがあれば図書館にいるから来てね、と伝えている。まあ初めての客が神室とは思わなかったけど。

 神室は椅子に座ることなく、俺を見下ろしていた。

 

「質問は質問でしょ?」

「そういう事じゃないんだよ。テストは余裕なの?まあ余裕か」

「答えの配られたテストに余裕もなにもないわよ。で、質問の答えは」

 

 急かすなぁ、と笑ってやれば神室は怪訝な顔をする。その表情はタイプじゃないが、美人だなくらいには思った。

 

「神室さんはどっちの味方?坂柳さんじゃないの?」

「別に。どっちの味方とか無いでしょ。あんたに質問したのは……ただ、疑問なだけ」

 

 疑問?と首を傾げれば神室さんは俺の向かいの椅子に座った。俺も仕方なく本に栞を挟んで閉じた。

 

「坂柳はアンタを警戒してる。それに、あいつが勝負を仕掛けるくらい、獅峯が優秀な人ってことは分かった。それがこのまま一方的に負けるわけ?信じられないでしょ」

「坂柳さんが俺より遥かに優秀だった、とは考えないの?実際、彼女の着眼点はすごいでしょ」

 

 間違いなく、勝負は五分五分だった。しかしそれが大きく傾いた。それは何より、彼女が優秀だという証明になるだろう。

 

「俺のことは気にしなくていい。状況はわかってるよ」

「別に気にして無いけど」

 

 そう?俺はそう言って読書を再開した。

 しかし、本は取り上げられた。当然、目の前に座っていた神室によって、だ。

 

「勉強、教えてくれるんじゃ無いの?」

 

 そう言われて前を見れば、目の前に広げられたのは教科書と過去問。あとノート。俺は思わず目を見開いて、そして笑ってしまった。

 

「はははっ、ツンデレかよ」

「は?きもい」

「はははっ。まじかわいいーな、神室さん」

「勉強苦手なだけ。獅峯、きもいわよ」

 

 その時ばかりは、神室が可愛くて仕方がなかった。

 それは神室の、俺にも花を持たせてあげようという優しさかもしれない。本当に勉強が苦手なだけかもしれない。

 

 でも、前者なのならいらない気遣いというやつだ。

 

 なぜなら俺は、負けるつもりなど一切ない。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 後をつけられている。二人、いや、三人だな。

 ケヤキモールを一人で歩いていた時、ふとそんなことを考えた。

 ここ数日はずっとだ。友人と一緒にいようと、今日と変わらない三人が俺を監視している。特に気にしていなかったが、流石に視線を鬱陶しく感じた。

 俺はケヤキモールを出る。そして、建物と建物の間、尚且つ監視カメラの死角となる場所へ向かった。殆どの生徒は監視カメラの位置など把握してないだろう。例に漏れず彼らも把握していない様で、身の危険を感じることなく、まんまと引っかかってくれた。

 

「もしもし、俺に何か用?」

「—————うわっ!」

「な、なんで……?」

 

 俺が角で待ち伏せしていれば、分かりやすく驚いてくれる。どう考えても罠だったのにこんなにも騙されるとは。尾行慣れしてないね。

 俺は思わず笑ってしまう。

 

「なんで、って言われてもね。ずっと俺に話しかけたくて付いてきてたんでしょ?まるで声を掛けたくても、掛けられない……あれ?もしかして、俺に恋してる?行動理念が恋そのものじゃん!はははっ!」

「違ぇよ、アホか!テメェ!!」

「えー?違うの?じゃあ君らは橋渡し役?優しいんだね。なら、俺のこと好きな子は誰かな。本人に伝えてよ。——————()()()()()()()()。……ってね」

「————っ……!」

 

 上下関係を認識させることによって起きる、特有の圧力(プレッシャー)。それは立場から自然と溢れ出るものでもあり、コントロールできるものでもある。

 俺はジリジリと彼らと距離を詰めていた。人間が本能的に感じる()()。体格、声、眼光、全てにおいて俺が強者であることを強制的に意識させる。

 彼らは分かりやすく俺の圧にやられて尻餅をついた。

 

「で、話なら聞くけど?俺としては尾行をやめて欲しいんだ。ハエとか蚊とか、まあどっちでもいいんだけど。あいつらって雑魚のくせに鬱陶しいでしょ?それだよ、それ」

 

 ニコリと笑ってやれば、それすらも彼らの目には恐怖に映ったようで、目を逸らすことすら出来ずにいる。彼らは今、俺が恐ろしくて仕方がないのだろう。

 

「な、なんも用はねぇ……」

「へぇ、そういう指示?因みに、その指示出したの誰?」

「言えねぇ」

「ふーん?」

 

 言えない、かあ。その支配力には尊敬するが、おそらく短期間での支配から見て暴力ってところか。それとも、俺に対する恐怖を凌駕するような並外れたリーダーシップを持つのか。

 まあなんだっていい。

 

「クラスなに?」

「Cクラスだ」

「……ねぇ、何立ち上がろうとしてんの。許可してねぇよ?」

「—————す、すみませんっ」

 

 立ち上がろうとしていた所を凝視してやれば、彼らは正座をする。素直な点は加点だが、それ以外の減点で結果的にマイナスだな。

 俺は彼らには最終警告をする事に決めた。

 

「なあ、悔しいか?今まで上手く尾行できてたのに、バレた途端アスファルトに正座させられて。悔しいだろ?じゃあ、俺を殴れば良い」

 

 俺がしゃがみ込んで三人の前でそう言う。彼らは目を見開いて俺と視線を合わせた。

 それから俺は、三人の中で特にリーダー格であった奴と顔の距離を近づける。無表情で奴の目を見つめた。

 

「でも出来ない。俺がこんなに近い距離にいるのにお前は殴れない。何故なら本能で勝てないことを理解しているからだ。この場では俺が強者であり、お前らが弱者。覆すことのできない世界の摂理さ」

 

 俺がそう煽ってやれば、やっと拳が飛んでくる。しかし、俺に怯えているせいで力が全く入っていない。当たっても痛くないだろう。俺はその腕を掴んで、圧迫してやる。

 

「なあ、指示を出したの誰?」

「……いっ!」

「は、話すから!話すから、そいつを解放してくれ!」

 

 それでも俺は掴んだ腕を離さない。加える力を強めれば、その場に響くのはただ、苦しそうなうめき声だけ。慌てるのは残された二人だ。目には恐怖を浮かべ、脂汗がとめどなく流れている。

 手の色が変わってきた。これ以上はまずいと、残り二人が声を上げる。

 

「……っ———龍園!龍園翔って生徒だよ!俺たちと同じCクラスの!」

 

 俺はパッと手を離した。解放された一人はその場で腕を抑えながら蹲る。

 

「おっけー、把握。俺のこと好きなその子にさっきの言っといてよ?」

 

 勿論それは、可愛がってあげるって言葉の事だ。三人に伝わったかは知らないが、どうでもいいな。

 

 俺が圧迫したあいつの腕は折れてないだろう。そこら辺の調節は得意だ。多分十数分すれば全快するはず。監視カメラの位置も完璧、問題にはならないな。あれだけ俺に恐怖していれば、下手な事もできないだろう。

 

 それにしても、龍園翔か。初めて聞いたな。Cクラスは特に喧嘩っ早い生徒が多いと噂だが、おそらく彼がリーダーだ。人を使い、他クラスの情報集め、自らを秘密にするような緘口令。

 まだ大々的に行動をしたことのない俺を調べるように指示を出したその観察眼。Aクラスの中から無作為に選ばれた?まあ何にせよ俄然、彼には興味が湧いてきた。少し調べてみようか。

 

 そんなことを考えながら、ケヤキモールに戻った。俺は買い物の途中だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません、龍園さん」

 

 石崎大地は左手でスマホを持ってそう言った。石崎の右手はまだ腫れていて痛々しい。

 電話の相手は龍園翔。件の獅峯帝の後をつけるよう指示を出した張本人だ。謝罪から始まった電話に眉を顰める。

 

「獅峯帝の件だろ。何があった」

「尾行がバレました。それで、龍園さんの名前を言ってしまいました」

 

 それは、龍園翔の暴力より獅峯帝の圧の方が恐ろしかったと白状しているようなもの。暴力という恐怖の力により石崎を従え命令をしていた龍園だが、その自身の命令に反いた。それはつまり、獅峯帝の方が恐ろしい、そういうことなのだ。

 龍園は楽しそうに口を歪めた。面白いおもちゃを見つけた子供のような心情だった。

 

「それはいい。獅峯は何か言ってたか?」

 

 命令に反いたことに対して追及が無かったことに石崎はほっとした。スピーカーにしている為、側で聞いていた小宮、近藤も一安心する。

 しかし、質問に対する返事を求められたことでまた表情は固まった。この言葉を伝えた時の龍園の反応が怖いのだ。

 

「か、可愛がってあげる。と……」

「……へぇ?」

 

 電話越しに怒りは感じなかった。むしろ、喜んですらいるように感じた。実際、龍園の抱いた感情は怒りなどではなく、むしろ好奇の感情。Aクラス獅峯帝に対する興味だった。

 

「話はわかった。尾行はもういい」

 

 そう言って龍園は電話を終わらせた。電話をしていたカラオケのソファに深く座る。そしてクククと笑みを溢した。

 

「面白くなってきたな」

 

 その言葉は小さな呟きだったが、部屋に反響して大きく響いた。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 部屋で参考書を読んでいたら、寝落ちしていた。俺は頭をむくっと起こす。時刻は8時半過ぎ、あー晩御飯食べるか。いや頭回んねえ。一旦、風に当たりに行こう。

 今の俺の格好は上下スウェットのザ・部屋着。まあ別に、少し風にあたるだけだしこのままでいいか。

 俺はそのまま部屋着で外に出た。くわっと欠伸をしつつ寮を出て、一番風の気持ちいい敷地内の端へ向かう。海に面しているので景色もそれなり。フェンスにもたれながらまた欠伸をした。

 

 ——————背後から視線を感じる。

 だめだな、ここ数日監視されていたせいで視線に敏感だ。無意識に警戒を解いていない。これでは疲れてしまう。

 ふぅ、とため息をついて海を眺めた。声をかけてくるか、隣に来るか。肩を叩くか、それとも無視か。視線の人物は声をかけることを選んだようだ。

 

「獅峯くん?」

 

 俺の名前を知っている。知り合いか?いや、聞いたことのない声だ。高くそしてよく響く綺麗なこの声を、忘れているなんて事はないだろう。

 即ち、初対面。俺は彼女と会ったことはない。

 くるっと振り返って彼女を見た。明るい茶髪を靡かせた美少女がそこにいた。

 

「獅峯だけど……。初めまして、かな?」

「あっ、ごめんね!私は櫛田桔梗って言いますっ」

「いやこちらこそ。知っているのかもしれないけど、俺は獅峯帝です」

 

 微笑んで自己紹介を返す。

 

 彼女は櫛田桔梗と言った。初めましてに違いはないが、俺は彼女を知っている。Dクラスに可愛くて性格のいい子がいるというのは橋本に聞いたんだったか。確かその子の名前は櫛田桔梗だった。

 何度かすれ違った事はあったが向き合ったのは初めてだな。

 

 どうやら、この時間まで友人に勉強を教えていたそうだ。下のクラスの事情に詳しいわけではないが、赤点候補者が多く大変だということくらいは知っていている。

 面倒見の良さそうな彼女が誰かに勉強を教えている様子など想像するまでもなく目に浮かんだ。

 

「大変そうだね。部屋に戻って休まなくていいの?」

「んー、少し風に当たりたい気分だったって言うのもあるし、この時間帯に敷地の端で海眺めてる人ってなんだか心配で」

 

 俺の身を案じてくれていたわけか、良い人だな。別に飛び降りようとか思ってないし、死のうとするほど追い詰められてもない。Dクラスで現状0ポイントという彼女の方がよっぽど追い詰められているんじゃないだろうか。

 

「櫛田さんは優しいんだね。実はさっき部屋で寝落ちしちゃって、俺寝起きすっごい悪いからさ。夜風に当たりに来たの」

「あははっ、起きたばっかりって頭スッキリしないよね」

 

 そうそう、と笑いながら答える。

 少しの間、二人で夜風に当たりながら雑談をした。俺の脳は段々と覚醒していく。そのうち頭がスッキリとした。

 

「ところでなんだけど、どうして俺のこと知ってたの?」

 

 それは後ろ姿しか映らなかったはずの俺に櫛田が声をかけたことに対する疑問だった。

 俺と彼女は初対面だ。たとえ俺という存在を知っていたとしても、後ろ姿だけで獅峯帝だと断定できるとは思えない。顔を何度も見合わせたことがある、などと交流があれば納得だが、俺たちはそうじゃないからな。

 

「あー、そうだよね。でも獅峯くんって有名人なんだよ?ほら、スタイルいいじゃない?8等身!」

「はははっ、流石に8頭身は大袈裟じゃないかなあ」

 

 つい笑ってしまう。顔について褒められることはよくあるが、体型について触れられたのは珍しい。それに流石に8頭身は言いすぎだろう。調べてみたこともないし、今度測ってみようか。

 

「大袈裟じゃないよっ、獅峯くんは王子様ってよく聞くもん。あ、でもね、白馬の王子様じゃなくて、うーん。わんぱくな国の王子様って感じかな?」

「わんぱくな国の……?はははっ、流石にそれは初めて言われたなあ。ふふっ、わんぱくって俺は小学生かっ」

「ほらっ、獅峯くんっていつもニコニコしてるイメージがあるんだよ!絶対みんな共感してくれると思うんだけどなー」

「はははっ、流石にそれはないね。櫛田さんくらいだよ、そんな面白いことを言うの」

 

 彼女は俺が初めて思い描いた性格とは随分と違った。見た目通り顔が広く友人が多いタイプに違いはないだろうが、それよりも彼女はもっとフレンドリーで女子特有の裏が感じられない。

 勿論感じられないだけできっと彼女にもそう言った面が存在するのだろうけど、それを悟られないということだけでも十分素晴らしいことだ。

 それからまた少しくだらない雑談をして、会話のキリがいいところで区切ることにした。

 

「そろそろ寮に戻ろうか。櫛田さんに会えてよかったよ」

「うん、こちらこそお話できて楽しかった!」

 

 櫛田に会えてよかったという言葉に嘘偽りはない。

 そして、櫛田と共に寮への帰路についた。彼女と別れて自分の部屋に戻る。

 

 手早く晩御飯の準備を始めて、俺はその時ふと思った。

 

「裏が感じられない人ほど、存在する裏は怖いんだよなあ」

 

 これは持論だし、俺に害がなければどうでも良いのだが。

 願わくば、彼女に出会った事が俺の不都合になりませんように。簡単にお願いしてみた。

 

 きっとこれは、フラグってやつだろう。

 

 

 

 




『りゅうえんの てしたが
             ▼
しょうぶを しかけてきた !』


みかどの
          ▼
強者特有の圧力(プレッシャー)(笑) !


こうかは ばつぐんだ !

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