図書館の一件の後、職員室で告げられたテスト範囲の変更の話とその一連の流れは、決して無視できるような事ではなかった。
その為オレは昼休みに行動を起こした。それは、過去問を入手する為であり、その有効性を確かめるためでもあった。
「ね、ねえ綾小路くん……。過去問を先輩から貰うなんて事しちゃって、本当に大丈夫なの?」
オレについてきた櫛田は、先輩と取引するオレの行動を見て不安を覚えたのだろう。
「問題ない筈だ。ポイントの譲渡は学校のルールで認められているし、先輩の態度から見ても、こんなふうに取引するのは珍しい事じゃないようだしな」
オレがそう説明をすれば、櫛田はすごいなあと溢してオレを見る。
「でも、過去問が今年のテストとは全くの無関係って可能性もあるんじゃないかな?」
「丸々同じの問題は出ないかもしれないが、全く違う問題になるとも思えない。この間の小テストが、そのヒントを出してくれたからな」
「ヒント?」
そう首を傾げる櫛田にオレは説明する。
小テストの中に難問が混ざっていた事。それは習っていない範囲で答えられることなんて殆どないこと。しかし、過去問が全く同じ答えであれば答えられたであろう事。
「そして、先輩にもらった一昨年の小テストとオレ達が解いた小テストは一言一句違わない」
「つまり!中間テストも過去問と同じ可能性が高いってことっ」
「あぁ、そういうことだ」
「すごいよ!綾小路くんっ。これでみんな赤点回避できるねっ。過去問が使えるっていつ気づいたの?」
「図書館での一件について覚えてるか?」
今度はオレが櫛田に問い掛ければ、櫛田はえっとーと少し考えた後に答えた。
「Cクラスの生徒が絡んできて言い争ってたら、Bクラスの一之瀬さんと、Aクラスの獅峯くんが仲裁してくれたやつだよね?Cクラスの生徒がテスト範囲じゃないところを勉強してなんになるー、みたいなこと言ってたから私たちはテスト範囲が変わっていたことに気がついた」
「そう。その時、獅峯が堀北に向かって言った言葉があった」
オレはあの時の帝の言葉をなぞるように言った。
「今回に限りはAクラスの殆どの生徒がテスト勉強を必要としていない」
なんとなく櫛田も察したのだろう。オレは続けて説明をした。
「いいことを教えてあげよう。そう獅峯は堀北に言った。堀北は挑発しているだけだと真に受けていなかったが、あれは過去問の存在をオレ達に教えてくれていたんだと思う」
「でもそれって不思議だよね?つまり獅峯くんは敵に塩を送ったってことでしょ?まあ、敵ですらないってことなのかもしれないけど」
「それもあるかもしれないな」
帝とはそういう男だ。オレ達Dクラスを憐れんで教えてくれたのかもしれないし、過去問が有効だと気づかせてその事は既にAクラスでは周知の事実だとAクラスには勝てないのだと絶望させたかったのかもしれない。
人間として、限りなく完璧に近い獅峯帝の唯一の
それは、『自らが不利になるように動いてしまう癖』があること。
昔の帝はそうじゃなかった。オレの知らない三年間で何かあったのかもしれない。帝の真意は分からないが、その行動理念はきっと、勝ち続けている自分の人生に対する戒めのようなものだろう。
「なんにせよ、オレ達Dクラスにとって有益な情報だったことには間違いない」
それから妙な間が空いてなんだと思って櫛田を見れば、何かを怪しむような顔でオレを見ていた。
どうかしたかとオレが聞けば櫛田はうーん?と頭を捻ってから質問を投げる。
「綾小路くんって獅峯くんと仲良いの?なんか親しげじゃない?」
「あー、昔の知り合いなんだ。小学校まで一緒でな」
「えー!そうなの!仲良かったんだ?」
「いいや、友達って関係じゃないな。あまり関わりもなかった」
お互い認知していた、程度の関係だった。会話を交わしたことだって数え切れるくらい少ない数だ。
「そうなんだ。綾小路くんって昔からそういう性格?でも、綾小路くんと獅峯くんってちょっとだけ似てる感じするんだよね。ほら、瞳の雰囲気とか!」
「初めて言われたな。オレと獅峯なんて正反対だろ」
「あははっ、確かに」
「おい」
否定してほしかったわけじゃないが、完璧超人の正反対は少し悲しいぞ。まあ、その通りなのかもしれないが。
しかし、瞳が似てる、か。育った環境がそうさせたのか?偽りのない獅峯は無表情で、その時の獅峯とオレが似ているというのならなんとなく分かるが。
自らも常に演じているからだろうか。妙なところで櫛田は鋭い。
「友達じゃなかったならよく認知してたね。やっぱり昔から獅峯くんはすごい人だったの?」
「あー、人数の少ない学校だったってのもあるが。そうだな、獅峯は常に最前線を走ってた。言葉通りの次元が違う存在だったな」
「わあ、想像つくなあ。綾小路くんにとってはどんな人だったの?憧れ?」
櫛田の質問を少し考える。あれは、憧れられるほどの存在じゃなかった。
「『魔王』みたいなやつだな」
「えー!そうなのっ?でも獅峯くんってどちらかと言えば勇者じゃない?綾小路くんの例えは面白いなあ」
「ただの市民には太刀打ちできないような絶望的な相手っていう意味の、秀逸な例えのつもりだったんだが」
オレがそう言えば櫛田は目を見開いて数回瞬きをした。そしてオレの言葉は面白かったのか、堪えられなかったというように櫛田はしばらくの間笑っていた。
◆◆◆
オレの部屋で開催された祝勝会は3バカトリオと櫛田、堀北、そしてオレというメンバーが参加した。堀北に笑顔はないが、こういう会に参加しただけでも成長を感じる。しかし、完全に馴染むまでにはまだ時間がかかりそうだな。
「余計なお世話よ」
「オレは何も言ってないぞ」
「顔がムカつく顔してたから」
なんだよ、ムカつく顔って。
「あ、それはいつもだったわね。ごめんなさい」
コイツっ……、少しは丸くなったと思ったのに相変わらず酷いセリフだ。
「それにしても、獅峯くんの言ったことは本当だったわね」
「あー、Aクラスがクラス平均1位取るって言ってたやつか?」
「そう。中間テストでAクラスの平均点は96点。4クラスの中でダントツだったわ」
オレと堀北の会話をなんとなく聞いていた他のメンバーもこちらの会話に参加する。案外Aクラスに興味があるのだろう。
「それな?えっぐい結果だったよなあ、Aクラス」
「まあ、俺が本気出せばAクラスに配属されててもおかしくないんだけどなー」
「はっ、よく言うぜ。堀北がAクラスじゃねえんだぞ。お前がAクラスに選ばれるわけないだろ」
そんな感じで3バカはわいわいと楽しそうに口喧嘩を始めてしまう。櫛田は対応に困っていたが放置することを選んだようだ。良い判断だな。
「Aクラスを目指すなら、獅峯くんを越えないといけないもんね。高い壁だなあ」
「そうだぞ、堀北。お前が目指す地点はあれ以上だ。弱音言ってる暇はないんじゃないか?」
「弱音は言ってないわよ。相手の実力を認めただけ。獅峯くんは口だけの人じゃなかった」
オレ達Dクラスに過去問が配られたのはテスト前日だ。けれどもし、前日じゃなかったとする。その場合クラス平均96点を取れるのか、という問いに対しての答えはノーだ。
あれはAクラスのスペックの高さ、そして高得点を取るということに対してのモチベーションを維持させた獅峯の手腕あって実現できる結果。
「恐ろしいな、Aクラス」
「弱音を言ってる暇は無いんじゃなかったの?」
「オレはいいんだよ。目指すのは堀北だからな」
そのオレの言葉に対して、堀北は馬鹿にしたように嘲笑った。その笑顔は間違いだ、堀北。
「綾小路くん。Aクラスに上がるまで馬車馬のごとく私の命令に従い働き続けるっていう契約。忘れたとは言わせないわよ」
「いや、契約した覚えないんだって」
まあ、少しだけ手を貸してもいいかもな。と思うくらいには、今のオレは協力的だ。
堀北の変化に感化された?
いいや違う。
——————帝を追いかけるこの感覚が、どうにも懐かしいからだ。
『獅峯帝の弱点』
敗北の経験を知りたいという、潜在的意識から生まれた弱点。
『余談』
連続投稿はここまでにします。次の投稿は8月1日の予定です。
8月1日に投稿してからは毎週金曜日を予定してます!