トレセン幼稚園   作:稗田之蛙

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とある先生と園児の出会い

 東京都府中市。そこにはウマ娘たちが通う幼稚園があった。

 中央トレセン幼稚園。将来は中央トレセン学園への入学を希望するウマ娘を対象とした幼稚園だ。

 府中市内にあるこの幼稚園は、今日は新しい入園生を迎え入れる新学期。

 各クラスの先生たちが、慌ただしく入園式の準備を進めている。

「樫本園長代理! こっちの飾り付け終わりました!」

 幼稚園の先生の一人である『ミノル』は、園長の代理である樫本理子に声をかけた。

 樫本は、ミノルの言葉にうなずく。

「ありがとうございます、ミノルさん。助かりました」

「……園長代理、大丈夫ですか? なんだか顔色が良くないみたいですけど……」

 ミノルは、樫本の顔色を見て心配そうに言う。樫本は少し考えた後、ミノルに小さな声で耳打ちした。

「……今年の入園生は、諸事情で、トラブルが起こらないように、万全の体制で迎えたいのですが……」

 樫本は、そこで言葉を区切る。ミノルも何かを察してた。

「それはまた……どうりで顔色が悪いわけです」

 ミノルは、樫本の様子とその言葉に、不安そうに言った。

 

 この幼稚園の生徒は全員がウマ娘だ。

 子供とはいえ、ウマ娘。ヒトの男女よりは力が強く、足が速い。

 追いかけっこともなれば、加減を知らない園児の全力疾走に、大人の先生ですら追いつけない事もままある。

「……新しく園に加わる児童たちをキチンと保護する為に、私もトレーニングを欠かしてはならないと思って、日夜臨んできたわけですが……」

 全身に湿布を張って、筋肉痛からかプルプルと生まれたての子鹿のように震えている樫本。

 その様子は、ミノルの目からしても明らかにオーバーワークだった。そもそも、幼稚園の園長代理という職務だけでなかなかの激務なのだ。それに加えて、毎日トレーニング。休まる暇もなかろう。

「樫本代理。確かに、それは大切な事だと思います。ですが、無理をして体を壊すのは良くないです」

 ミノルは、樫本に言い聞かせるように言った。それに対して樫本は、一瞬目を伏せて沈黙する。

「……そうですね。ありがとうございます」

「園長代理。それでは入園式の準備を始めましょうか」

「えぇ、わかりました」

 ミノルに促され、樫本園長は準備を始める。

 

 そして、幼稚園のホールでは入園式が始まった。

「スペシャルウィークさん」

「はいっ!!」

「セイウンスカイさん」

「……はぁ~い」

 新入生たちは、樫本に名前を呼ばれて元気よく(?)返事をしてから保護者と共にホールの雛壇へ次々上がっていく。

 一人ずつ名前を呼んでは名前を呼ばれて嬉しそうに返事をする園児たちを見て、大人たちは皆が表情を和らげた。ミノルも、その微笑ましい光景に頬を綻ばせる。

「………ん?」

 そんな中、樫本代理が表情を強張らせる。ミノルもそれに反応し、小声で呼びかける。

「どうなされましたか?」

「……一人足りない」

 樫本とミノル、入園式に集まった生徒を数えていった。確かに一人足りない。

 その一人が誰なのかは、二人にはすぐに分かった。

「わ、わたし。探してきます……」

「お願いします」

 粛々と入園式を続ける園児と保護者を慌てさせないように、樫本にその場を任せてミノルはその場をそっと抜け出す。

 

 広い園庭を駆けずり回るミノル。将来はアスリートとして中央トレセン学園の門へ向かおうという者たちに開かれた幼稚園であるがゆえに、その面積は広大だ。

 しかして、この『ミノル』もウマ娘の一人である。過去には、中央トレセン学園に所属する生徒の一人として一時代を駆け抜けた実績がある。

 そのスタミナや身体能力は普通の人間の比ではない。その培った身体能力を活かすようにして園舎の隅々まで探し、動物の飼育小屋まで探しに来たところで、声が聞こえた。

「しんつうっ! めもあいていないというのに、このよーによわっているとは……」

 栗毛で、ロングヘアーのウマ娘の子が、すみっコを覗き込むようにして何事か呟いていた。

「さがしましたよ」

 ミノルが声をかけると、その娘はビクっと肩を震わせてから振り向いた。

 怖がらせないよう、ミノルはゆっくりとした口調で話しかける。

「はじめまして、私は幼稚園の先生です」

 ミノルが、しゃがんで目線を合わせて話しかけると、その娘は光明を見出したと言わんばかりの様子で口を開いた。

「かいこう!! せんせー、ちょうどよいところにきてくれた!」

 娘は、ミノルの肩を引っ張る。目の前にあるものを見てほしいと言わんばかりだ。

 視線を移せば、そこにあったのは……猫の赤仔だった。生まれて間もない、といった様子である。目も開いていない。

 周囲を見渡してみるが、親猫は居ない様子である。どうやら、何かしらの事情があって取り残されたらしい。

「しょうぜん……このこをたすけたい。せんせい、どうすればよい?」

 そのウマ娘は、真剣な瞳でミノルを見つめる。その瞳の奥には、隠し切れない情動が見て取れた。

 

 職務を優先するなら、この幼子を言いくるめて入園式へ誘導するのが一番なのだろう。だが、ミノルはこの娘と仔猫に対してその選択肢を使わなかった。

 ミノルは再度、周囲に母猫がいるかどうかを確認する。……やはり、居る気配はない。

「先生が責任を持って動物病院に連れていきましょう」

「それでたすかるのか?」

「えぇ、もちろん」

「きしょう!! ほんとうか! ありがとう、せんせい!」

 その娘は、嬉しそうに笑顔を浮かべて言った。この娘は、この仔猫を本当に救いたいのだろう。ミノルもまた、この小さな命は救いたいと思っている。こういうものは理屈ではない。

 

 仔猫をそっと持ち上げるさなか、傍らで様子を見守っていたウマ娘に訊ねられる。

「そうだ! せんせいとは、たくさんいるのだったな! せんせいのなまえはなんというのだ? しゃくぜんっ! おなじ、ウマむすめどうし! じこしょうかいといこうではないか!!」

 名前を訊ねているらしい。ミノルは笑みを漏らす。それから、その娘の瞳をしっかりと見据えて名乗った。

「先生の名前は"トキノミノル"です」

 その名前を聞いた瞬間、その娘は満面の笑みを浮かべた。

「いいなまえだ! わたしは"ノーザンテースト"だ! このようちえんの、えんちょうのムスメである!」

 この娘とは、長い付き合いになるのだろうなという予感をミノルは感じた。

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