「よお、ひさしぶりだな! 元気そうじゃないか!」
駅まで車で迎えに来ていた恭也の明るい声に司は顔をほころばせた。
帰ってきたのだという実感が胸に広がる。
それほど離れていたわけではないが生まれ育った故郷に帰ってきて顔見知りに会うとなんとも言えない安心感が司を満たした。
「ええ、元気にやっています」
その無邪気な笑顔に一緒にいた夕映とのどかは目を奪われた。
麻帆良ではどちらかといえば大人っぽい印象の司が、まるで子供のように笑っている。
普段見ない表情に見とれてしまった。
司の頭を乱暴に撫でる青年。
二十代前半の若い男性で背が高く身体つきがしっかりしているため大柄に見える。
女顔で小柄な司と並ぶとまるで兄と妹のようだった。
短く刈りこんだ髪を逆立て、首にはシルバーのアクセサリーをさげている。
のどかなどは少々尻込みしてしまうほど司とは正反対のワイルドな雰囲気の男性だった。
「彼は僕の槍の先生で菊池恭也さんです」
「司さんの先生ですか?」
夕映が少し驚く。
師匠というには目の前の青年は若すぎる気がしたのだ。まぁ同年齢の司に師事している自分が言うのはおかしいかとは思ったが。
「若いがかなりのものだろう。なるほど司の師か、納得だ」
同行していたエヴァンジェリンが恭也を見定めて褒め称える。
恭也がエヴァンジェリンに視線を向ける。
「あなたが麻帆良のお客人かな?」
「ああ、世話になる。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ」
少しばかり目を細めてから唇を吊り上げた。
司の二人の生徒、綾瀬夕映と宮崎のどか。そして同行してきた麻帆良の魔法使いエヴァンジェリンとその従者絡繰茶々丸。
菊池恭也は探るような表情を引っ込めると人当たりの良さそうな陽気な笑顔を浮かべた。
「ようこそ藤宮の里へ。我々はあなたたちを歓迎するよ」
夏休み、司は故郷に帰ってくることになった。
理由は二人の弟子を一族に紹介すること。
すでに精霊術士として初心者程度の実力を身につけている二人はおそらく一族に認められるだろう。
司は二人にそう話し、少女たちは自分たちが認められると聞くと喜んだ。
実際二人の魔術の技量は見習いとしては上等の部類だ。修行期間の短さを考えれば破格とさえ言える。
司だけではここまで鍛えられなかった。彼女たちが化けるきっかけをくれたのはエヴァンジェリンだった。
実技と並行して魔術師としての心得や裏の世界の常識も二人には教えていった。
最初は司が座学で教えていたのだが、エヴァンジェリンはそれを『おまえは手ぬるいな』と笑って『少し手を貸してやろう。良いモノを見せてもらっている礼だ』と司の精霊魔術を見た返礼として二人に裏の世界のことをまだ若い司などよりもより深く詳細に語った。
そして二人の様子にまだ実感出来ていないと見るや。
「おい、今から『現実』を見せてやる。覚悟を決めて腹を据えろ」
問答無用で二人に幻術をかけ、世界に存在する魔法使い同士の紛争。魔法使いによる凶悪犯罪。魔法使いが自然と行ってしまう非人道的行為を実際に『見せた』
最初二人はそのあまりの悽惨さ、自分たちの常識との違いに顔色を失って吐いた。
司はやりすぎだと止めたがエヴァンジェリンは意に介さなかった。
「おまえはなかなかよく指導している。しかしおまえのやり方は魔術師を志し、裏の世界に生きる子供に教えるやり方だ。おそらくおまえはそう習ったのだろうが、それではこいつらはおまえの望む『藤宮の魔術師』になれない。せいぜい魔術をかじった魔術師もどきができあがるだけだ。素人を鍛えるにはそれなりのやり方がある」
そう言って、その日はもう精神的に無理だった二人を『情けない』と罵りながらも休ませた。そして次の日も当然のように『現実』を二人に見せた。
それが数日続き、二人がそれに耐えられるようになると『裏の世界に関わるための最初の試験と思え』と言って再び幻術をかけた。
司はもう止めなかった。必要なことだとエヴァンジェリンの話を聞けば理解出来たし、エヴァンジェリンは厳しいがきっちり彼女たちの限界を見極めて無理なく教えてくれていると信頼していた。
だがその日は違った。
幻術が終わった瞬間、二人は金切り声で悲鳴をあげて錯乱状態に陥り、初日のように盛大に吐いた。涙を流しながら吐き続け、苦しみもがきながら失禁までしていた。床一面に広がる汚物と排泄物の異臭以上に二人の様子に司は顔色を変えて、すぐさま彼女たちの精神を落ち着かれる術を使おうとしエヴァンジェリンに止められた。
「いったいなにをしたんです!?」
「言っただろう? 最初の試験だ。平和ボケしたただの中学生が裏の世界の住人になるためのな」
問い詰めてもエヴァンジェリンは顔色一つ変えない。
「なにたいしたことではない。今までと変わらんさ。ただ今まで見た物はあくまでも第三者として裏の世界を見ただけだった。今回はその被害者の立場に立っただけだ」
その言葉に司は絶句した。
「外道どもに殺されるなど序の口、本格的な地獄は生きたまま下種どもに捕らえられたあとだろう。その末路を何度も何種類もこいつらは経験したんだ」
「なんていう事をした!? エヴァンジェリン!」
さすがに温厚な司も激怒した。司は一族の務めとして魔法犯罪者の摘発に同行したこともある。その現場の悽惨さ、被害者の無惨さは魔術師として育ちながらもまだ幼い司では耐えきれず。その場で吐いたあげくに感情を暴走させてその犯人を惨殺したほどだ。
そんな末路を体験させた? まだ幼いと表現される少女たち、しかもまだたいした心得も出来ていない素人に?
「おまえは甘い。師としてはまだ二流だ。こいつらは出来るだけ早く現実を知らなければならない。そうでなければ甘ったれた魔術師気分の魔術師もどきになるだけだ。素人を鍛えるというのはこういうこともしなければならない。憶えておけ。おまえが一族の後継者というのなら将来きっと必要になることだ」
言いたいことはわかる。わかるが……まだ早かったのではないかと思う。ようやく裏の世界の現実を知ったのだ。それを実感させるのならもう少し穏便な方法はなかったのか……。
「やはりおまえはまだ甘いな。こういう甘ったれた子供はな。痛い目にあわないと痛さというものを本当の意味では理解しないんだよ。こいつらがおまえのいないところでなにを話しているか知らないだろう。知っていたらそんな態度はきっと取らないだろうよ。こいつらは神妙な顔でおまえの授業を受けた後で『そんなことがそうそうある訳がない』と他人事のように笑っていたんだぞ?」
もうなにも言い返せなかった。司に出来ることは人間そっくりの人形。エヴァンジェリンに仕える従者たちに頼んで二人を綺麗にしてあげて寝室に寝かせてあげるぐらいだった。
一人になりたいか、二人一緒がいいかと確認すると二人は一緒にいたいと希望した。
だから二人を同じ部屋の一緒のベッドに寝かせて司はその枕元に椅子を用意して座っていた。
女性の寝室に男が居座るなど非常識だと思うが、今の彼女たちの精神状態を思うと目が離せない。エヴァの従者たちに任せたいが彼女たちは基本的にエヴァンジェリンの意志を優先する。少なくとも今の彼女たちの精神的ケアをエヴァンジェリンに任せる気にはなれない。
「司さん。裏の世界って本当に怖いことがいっぱいあるんですね」
「……ええ、そうですね」
のどかの力ないつぶやきにそう答えるしかない。この場でそんなことはそうはないなどと言ったらエヴァンジェリンの気遣いを無駄にしてしまう。そもそも嘘をついたところでいずれ彼女たちは現実を知るのだ。
世界には悲劇と狂気がごく当たり前のようにちりばめられていると。
「私はどこかで、魔法使いという存在をファンタジー的な。幻想の物語のようにとらえていました……賑やかで華々しくて、とても楽しい世界を夢想していました。でもそんな世界は存在しないのですね」
「ええ……どんな偉大な魔法使いだろうと希代の天才魔術師だろうと、世界を理想郷には出来なかったんです」
夕映のまるで懺悔するような告白にも司は事実を告げるしかない。
それから司は二人が眠るまで、少しでも気晴らしになればと自分の昔話などしていた。
正直自分の過去をばらすなど恥ずかしいからこんな状況でもなければ話さなかっただろう。
自分が幼い頃は魔術の修行が退屈で、母の教える剣術ばかりしていたので落ちこぼれ扱いされていたことや、それでも見捨てずにいてくれた一族の人たち。小学校に上がったときは男だと認識されずに必死に自分は男だと主張した日々。女子におもちゃにされながら暮らした故郷での生活。
そんなたわいもない話を優しい声で続けた。
やがて彼女たちはときおり笑みをこぼすようになり、ゆっくりと寝息を立て始めた。
彼女たちが早く立ち直ることを祈りながら司はずっと彼女たちの側にいた。
あとでエヴァンジェリンには過保護だと笑われたが。
その後は修行もより実戦的になり、彼女たちも怪我をすることなど当然。重傷を負ってもそれが当たり前と受け止めるようになった。そう彼女たちが望んだ。
自分たちはあのような目に遭いたくない。そのためには身を守れるぐらいには強くなりたいと。
いったいなにを見せたのかとエヴァンジェリンに問うたら。
「人としての尊厳をすべて失いながらただ実験動物として生きる様や、女としての自尊心を踏みにじられて性玩具として生きる人生などさまざまだな。よくある話だろう?」
おまえも力がなければそうなっていた可能性は高いな。とエヴァンジェリンはどこか意地悪な笑みを浮かべた。
司は『極東最大の魔力保持者』にして藤宮の技を継ぐ直系。しかも美しい容姿だ。確かに弱ければ踏みにじられていてもおかしくない。
結果、彼女たちは凄まじい熱意で才能を伸ばした。
司ももう彼女たちを素人の女子中学生とは扱わず藤宮の見習い魔術師と思って修行をつけた。結果修行はより厳しくなる。二人は重傷を負ってもひるまずにすぐに治療を受けて修行に復帰するぐらい逞しくなった。
「ようやく半人前くらいか。あいつもやれば出来るじゃないか、最初からああしていればわたしがわざわざ手を出す必要もなかったものを」
三人の修行風景を眺めながらエヴァンジェリンはそう笑っていた。満足そうに。
そして実力も精神も、藤宮の見習いとして十分な水準に達したと判断した司は二人を一族へ披露することにしたのだ。
エヴァンジェリンは最初は興味なさそうにその話を聞いていたが、藤宮の里に温泉があると聞くと強引に同行を決めた。
渋る司を押し切った彼女は実に楽しそうに旅行の支度をしており、茶々丸はその様子を嬉しそうに眺めていた。
茶々丸にとって司は主を明るくさせた恩人である。
呪いを解き、退屈だった主の生活を一変させた。
茶々丸は司がエヴァンジェリンの同行を望まないことに気づいていたが、主がこれほど望んでいるならと自身も頼み込み結局司が折れた。
久し振りの麻帆良の外にテンションが上がりっぱなしのエヴァンジェリンと一緒に五人で電車に揺られ藤宮一族の支配する土地までやってきたのだ。
駅周辺はそれなりに開発された町という印象だったが恭也の運転する車で三十分も走ると周囲はのどかな畑が広がり、山が大きく見えるほど近くにあった。
「きれいな景色ですね」
「うん、景色だけはいいからね。他になんにもないけど」
司は故郷を褒められて嬉しそうにのどかに答えた。
「基本的に田舎だからなんにもないけど、のんびりしていていいところなんだ」
観光客などもたまに来るらしいが、あまり観光事業に力は入れていないため隠れた名所扱いだと司は言った。
「ほう、名所か。なら温泉も期待出来るか?」
「藤宮の本宅に温泉をひいていますから、入れますよ。景色も悪くはないと思います」
「今の季節だと山や木々を見ながら湯につかるって感じだな。冬になれば雪景色がいい感じだが、夏は夏でいいものだ」
運転手を務める恭也が口をはさみ、エヴァンジェリンは満足そうに肯いた。
一面に広がる屋敷の大きさに夕映とのどかが驚き。
魔法を継承する歴史ある一族の家ならこの程度は普通だとエヴァンジェリンにいわれて二人はおっかなびっくり司の後についていった。
案内がいなければ迷子になるのではないかという距離を歩き、一同は当主の部屋へ入る。
そこには厳しそうな雰囲気の男性が静かに座っていた。
天井も高く、何十人も押しかけて宴会が開けそうな大広間なのに二人の少女は息苦しさすら感じた。
「ただいま戻りました」
奥に座る男性に対面し、すっと司が畳に正座して頭を下げた。
その様子に夕映とのどかは慌てて司の後ろに座り、自分たちも頭を下げるべきか悩んだ。
エヴァンジェリンは泰然と座る男を見つめて感心したように声を漏らした。もちろん彼女は正座などしないし頭も下げない。茶々丸は一同の後ろで使用人のように背筋を伸ばして立っていた。
それぞれの様子を見せる息子とその客を視界におさめ、藤宮の当主藤宮宗鉄はそのいかめしい顔をほころばせた。
「よく戻った。麻帆良では上手くやっているようだな」
「はい、先生もいろいろ協力してくれています」
「近右衛門か……信用するのはわかるがあまり信用しすぎるな。あれも麻帆良の長なのだからな」
その言葉に夕映とのどかはかすかに身をこわばらせた。声に含まれた不信感のようなものがまるで麻帆良の人間は信用出来ないと言われたようで恐怖すら感じる。
「はい、藤宮の人間としてけして馴れ合う事なくお付き合いをしております」
司の言葉に夕映は改めて麻帆良の魔法使いと藤宮の魔術師は違うのだと実感した。
西洋魔法使いと日本の魔術師の対立関係は聞いていたが今までぴんとこなかった。
けれど目の前でやりとりされれば嫌でも肌で感じる。
目の前の藤宮の大人も、そして司でさえ、麻帆良の魔法使いを信用してはいないのだと。
「さて、自己紹介が遅れたな。私は藤宮宗鉄。司の父であり、一族の長を務めている者だ」
「綾瀬夕映といいます。司さんに弟子入りしています」
「宮崎のどかです。私も弟子入りしています」
二人の少女の精一杯の自己紹介に宗鉄は穏やかに肯いた。そして鋭い視線を金髪の客人に向ける。
「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ。ここには温泉旅行に来ただけだから私のことは気にする必要はない」
「従者の絡繰茶々丸と申します」
二人の自己紹介にしばらく黙考したあと肯く。
「お二人にはお客人として離れをお貸ししよう。温泉をご希望ということなので当家の湯を堪能されよ」
「ありがたく受けておこう」
鷹揚にエヴァンジェリンは受け入れる。
そして案内の女性についていき退出する。エヴァンジェリンと茶々丸がいなくなって夕映とのどかは少し心細さを感じた。
「ふむ、あれが真祖の吸血鬼か。なるほど司では手に負えまい」
「模擬戦などで鍛えてもらっていますが、全力で挑んでもおそらく無理です」
宗鉄の言葉を司は肯定する。
「俺でも無理か?」
恭也の問いに司は少し考えて首を振った。
「相性が悪いです。相手は少しの負傷などあっという間に回復してしまう真祖の吸血鬼、しかも大規模魔法を得意としていますから」
「槍をつけても回復され、距離を置かれたら最後か……敵にはしたくないな」
「今は敵対する意志はないようだからそう心配する必要はあるまい。こちらから喧嘩を売る理由もないからな」
宗鉄の言葉に恭也と司が肯き、それで会話が終了する。夕映やのどかなど口を挟める雰囲気ではない。
「二人は藤宮の一門に入門するということでよろしいかな?」
自分たちに問いかけられているのだと気がついた夕映とのどかが肯くと宗鉄は視線を司に向けた。
「二人の才能は希有なものです。特に精霊術との相性は良く飲み込みもいい。わずかな期間で初歩の精霊術をすでにおさめています」
「才能は問題ないと?」
「はい」
宗鉄の視線が向いたのを感じて二人は身体を固くする。
「よかろう。一門に迎え入れるのを許可する。いずれは顔見せもさせよう」
「今回は見送るのですか?」
司は不満げな声を上げた。
今回二人を一族に紹介し、迎え入れるために連れてきたのだ。当主の許しを得た以上目的を達したに等しいが、出来れば一族の主立った者に会わせたい。
「そう怒るな。おまえを信用していないわけではない。ただ今は主立ったものが留守にしておるのだ。別に今すぐ一族に紹介しなければならないわけでもあるまい」
「なにかあったのですか?」
「とある一族が不穏な動きをしているらしい。あくまで噂だがな」
司は視線を恭也に向ける。恭也は司の視線に気がついていながら知らぬ顔をしている。つまり知らせる気がない。関わるなということだと判断した。
「わかりました。では今後の予定は?」
「静香を呼んである。彼女と恭也に二人の実力を見てもらおうと思う。二人にもいい刺激になるだろう」
「僕も立ち会いますがよろしいですね?」
「おまえは別の用事がある。先生に来てもらっている」
司は表情を曇らせた。
「そう嫌がるな。いつもの検査だけだ。なにもなければそれでいい。父や母を安心させると思って引き受けてくれ」
少しの間司は迷ったが受け入れた。
「わかりました」
「そう嫌な顔をするな。私も親だ。おまえのことが心配なのだ」
夕映とのどかにはなんのことかわからない会話が交わされ、恭也に連れられて退出した。
廊下を歩きながら恭也が人なつっこそうな笑顔で言う。
「じゃあお嬢ちゃんたちは俺と一緒に来てくれ、おまえさんたちの魔術の腕前を見せてもらう」
「司さんはなにか用事があるんですか?」
「ええ……すこし時間がかかりますから一緒に行けません」
その答えにのどかは心細そうな目で司を見た。
「だいじょうぶです。これから会う相手は立花静香さんといって僕の精霊術の師の一人です。優しい人ですから心配はいりません。恭也さんも付き添ってくれますし」
「のどか、だいじょうぶです。私たちは藤宮の当主に入門を認められたのです。言ってみればもう身内なのですから心配はないでしょう」
「お嬢ちゃんのいうとおりだ。心配はいらないよ。ただ今の実力がどの程度か知りたいだけだからな」
そういわれてものどかから見れば今日初めて会った知らない人であり知らない場所だ。
エヴァンジェリンたちも別行動を取り、このうえ司とも離れるとなると心細い。
「だいじょうぶですよ。私がいます」
「……そうだね。夕映と一緒なんだから大丈夫だよね」
夕映がのどかの手をしっかりと握って力づける。
そんな様子を見て司はすまなそうに離れていった。
またあとでと声をかけて歩き出す。振り返ると恭也の後ろを夕映とのどかが手をつないで歩いて行く。
彼女たちは大丈夫だろう。
実力に不安はない。初心者ということを考えれば破格の能力なのだから。精神性もエヴァンジェリンのおかげで強靱な精神力を身につけている。
それよりも自分の方が不安だ。
だいじょうぶだと思う。
けれどやはり医者の元に行くとなると気が進まない。
自分が普通ではないと毎回認識させられるのが不快で仕方がない。
いつも通り悪化はしていないだろう。
しかし間違っても回復などしていないに違いない。
「医者なんて嫌いだ」
八つ当たり気味に呟く。
ため息を一つつくと諦めて幼い頃からお世話になっている医師の待つ離れへと向かった。
夏休みの帰郷です。