精霊の御子 カレは美人で魔法使い   作:へびひこ

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第十五話 開戦

 学園長室に麻帆良の魔法使いのトップたちが集まっていた。

 部屋には緊迫した空気が流れている。事態がただ事ではないという認識はここにいる全員に共通したものだ。

 

「結界が消えた理由は不明です。電力、魔力などの機材に不具合はありませんでした。外部からの干渉により落とされたと見るべきかと」

 

 明石教授の報告に近右衛門は顔をしかめた。

 

「麻帆良の結界が外部からの攻撃で消えるとは……」

 

 麻帆良を守る結界は強力だ。

 呪いでくくられていたとはいえあのエヴァンジェリンの力さえ封じていたほどなのだ。現在は対処されてしまったが。

 

 麻帆良学園全域を覆う大結界。よほどの大魔法使いでも外部からそれを無効化するのは困難であろう。近右衛門にすら不可能だ。

 

 妖怪魔物のたぐいを無力化し、麻帆良に封じられた鬼神の力さえ奪う結界。

 侵入者を探知し、外部からの攻撃をほぼ防ぐ防壁。

 

 麻帆良最大の守り、麻帆良の城壁があっという間に崩れ落ちたのだ。

 

 皆顔色が悪い。

 これほどのことをしてくる『敵』が、この無防備になった麻帆良を見逃すはずがないのだ。

 

「いったいどこが……」

 

 ガンドルフィーニがうめく。

 魔法使いたちが口々に声を上げる。

 

「かなりの数の魔法使いが動いていると見るべきでしょうな。組織ごと敵に回った可能性がある」

「……関西呪術協会か?」

「あそこは表向きはともかく実際に戦争を仕掛けてくるとは思えないですよ。一部の暴走程度では麻帆良の結界がおとせるはずがないですし」

「あとは日本の魔術組織か? 最近関東の魔術組織がごたごたしているとは聞いていたが?」

 

 関東か……。

 近右衛門は藤宮一族からの情報を思い出していた。

 

『関東のいくつかの魔術組織が手を組み何事か企んでいる』

 

 いったいなにをしようとしているのか、どこが実際に動いているのかまではわからなかったがそういう噂があるらしい。藤宮一族も調査に人手を出していたらしいがつかみきれなかったようだ。

 

 まさかその標的が麻帆良だったのでは?

 

 関東の魔術組織は関西に比べれば麻帆良に協力的だ。

 しかしやはり西洋魔法使いに対する反発はある。もっと情報を重視してこちらも調査、対策を取るべきだったかと近右衛門は後悔した。

 

 まさか麻帆良の結界が落とされるとは想像もしなかった。

 

「鬼神の封印などはどの程度もつ?」

「現在追加で封印処理をおこなっています。数日なら持たせられるでしょう」

 

 近右衛門の問いに葛木刀子が答える。

 その返答に一同は小さく安堵する。

 

 外に敵がいるのがほぼ確実なのだ。内にも敵がいる状態は避けたい。

 だが逆に言えばその数日で結界を復帰させられなければ、麻帆良の地下から強大な力をもつ鬼神たちがよみがえり、麻帆良で暴れ回ることになる。

 

 猶予は少ない。

 敵がその情報を持っていた場合は危機的状態に陥る。

 

 隠れて結界だけ妨害されたら、麻帆良にとっては悪夢だ。

 敵が攻めてくれば戦って追い払えば良い。

 しかし姿さえ見せずに麻帆良の自滅を画策していたら。

 

「結界の復帰は最優先でやるべきです」

 

 魔法使いたちはそう進言する。だが近右衛門はうなずけない。

 もし敵の狙いが、無防備な麻帆良に攻めこむことであった場合。結界の復旧に人材を使えば当然麻帆良の防衛戦力は少なくなる。

 

 人手不足の麻帆良だ。

 人材の割り振り、この場合戦力の活用は慎重であるべきだ。

 しかも。

 

「こんな時に高畑先生が出張なんて」

 

 誰かが唸るように呟いた。

 間が悪いとしか言いようがない。近右衛門を除けば麻帆良の最大戦力が不在なのだ。

 

 高畑・T・タカミチは彼らの中で群を抜く実力者だ。

 

 魔法世界の英雄『赤き翼(アラルブラ)』に所属していた人物で、魔法世界の有名人でもある。戦士として優れており、本来なら今この麻帆良にこそ必要とされる人物だが、魔法世界での『使命』のためにたびたび麻帆良を離れることが多く。今回もその留守を狙われた格好だ。

 

 このときばかりは麻帆良に腰を落ち着けてくれない高畑が恨めしく思える。今から連絡し、呼び戻すまでに麻帆良が無事である保証はない。もし彼がいればたとえ軍勢が押し寄せてきてもある程度安心出来るのだが。

 

「今いる戦力で麻帆良を守るしかあるまい。まずは情報収集を密にする。どんな些細な変化も見逃さずに報告せよ」

 

 近右衛門の言葉にガンドルフィーニが言いにくそうに口を開いた。

 

「……学生を、魔法生徒を使いますか?」

 

 麻帆良の魔法使いは大きく分けて二種類いる。

 大人の魔法使いと子供の魔法使い。

 

 大人たちはそれぞれ教職につき、魔法先生と呼ばれながら活動している。それぞれ熟練の魔法使いであり麻帆良の主力と言っていい。

 

 そして子供の魔法使い。

 多くが見習い魔法使いであり、麻帆良の学校に通いながら修行している。魔法生徒と呼ばれ、簡単な活動などもするがあまり危険なことはさせない。

 

 実力的には一部大人顔負けの実力者もいるがほとんどは見習い程度の未熟者たちだ。

 本来ならこの状況で子供であり見習いに過ぎない魔法生徒を使うはずがない。

 

 しかし、人材不足であり戦力の足りない現在の麻帆良、この危機的状況では彼らさえある程度あてにしなければならない。麻帆良の広さに比べて大人の魔法使いの数が少ないのだ。

 

 だからこそ、ガンドルフィーニは確認した。

 本心では子供たちは避難誘導などの安全な任務に就かせ、最前線は大人だけで行くべきだと考えていたが、どう考えても手が足りない。

 

 麻帆良の結界の復帰、結界が落ちた原因の究明、犯人の探索、地下の鬼神への対策、未知の敵への備え……いくら人手があっても足りない。

 

「うむ……やむを得まい。彼らも偵察にだす」

「学園長……」

 

 非難するような視線が近右衛門に集まる。だが手が足りないのが現実なのだ。見習いであっても子供であっても使えるなら使わなくてはならない。

 

「ただし敵を発見しても交戦は禁じる。あくまでも偵察にとどめ報告させることを徹底させよ。偵察に出す魔法生徒の基準は任せる」

 

 戦闘はなるべくさせたくない。

 大人たちの監督のもとおこなわれる夜間の警備とは訳が違う。今回のは下手をすれば魔法使い同士の戦争なのだ。

 

 だから『戦えない者』『幼い者』は除外したい。それが基準の委任という言葉になり魔法先生たちもそれを飲み込んだ顔をした。

 その条件をつけると使える魔法生徒の数は半数以下に減る。だが実力のないものを敵がいるかもしれない場所へ出すことは出来ない。

 

「最前線は魔法先生で行き、後方を魔法生徒で警戒させようと思いますが?」

 

 ガンドルフィーニはせめてこの提案だけは通したい。

 敵とまずあたるのは大人であるべきだ。未熟な子供たちでは敵に発見され、逃げることも出来ずに死ぬこともありえる。

 

 最前線は大人たちでかため、その指揮のもと後方の確認に子供たちを使う。危険がないわけではないが、いきなり敵と交戦におちいって死ぬ可能性は減るだろう。

 

「任せる」

 

 近右衛門の承認に安堵してガンドルフィーニは指揮を執るために部屋を出ようとした。

 そのとき学園長室の電話が鳴った。

 

「うむ、わしじゃ……なんじゃと?」

 

 近右衛門は電話を取り、受話器越しに絶句した。

 そしてすぐに指示を出した。

 

「強制認識魔法を許可する! 一般人すべてを屋内に避難させよ! 戦力は今向かわせる!」

 

 受話器を乱暴に置き、近右衛門は口を開いた。魔法先生たちはその様子に来るべきものが来たのだと覚悟した。

 

「敵が来た。大量の妖怪が召喚され、こちらに向かっておる」

「……一般人の避難は?」

 

 間に合うのか? という問いに近右衛門は答えない。

 日が暮れたとはいえまだ深夜とはいえない。当然人通りはある。目撃者も出たに違いない。

 

「魔法の秘匿を守る気はないか……」

 

 誰かがうめいた。

 

 おそらくそうだろう。

 この敵は魔法の秘匿を気にかけ一般人の目にとまらぬようになど考えてくれる甘い敵ではないらしい。

 

 だがそれは世界中の魔法使いの掟に背いているということになる。常識外れであり忌むべき裏切り者である。

 

「諸君、もはや出し惜しみは出来ん。全力を持って敵を迎撃……」

 

 再び電話が鳴った。

 それにでた近右衛門は小さくうめいた後、「わかった」と言って電話を切った。

 

「学園長?」

 

 悪い知らせかと明石教授が目で問いかける。

 

「木乃香がさらわれたそうじゃ」

 

 路上で保護された神楽坂明日菜が目を覚まし、何者かに木乃香が誘拐されたことを話したらしい。誘拐からすでに二時間以上経っている。

 

「そんな、刹那はなにをやっていたの……」

 

 刀子が呆然と呟いた。そのための護衛のはずだ。彼女がいたのなら防げたはずだ。いや例えそれがかなわなくてもそのことをすぐ報告しただろう。それが報告がなく、明日菜が目覚めるまでの二時間を無為に過ごすことになった。

 

「刹那君は部活にでておったそうじゃ」

 

 忌々しげに近右衛門が答えた。

 桜咲刹那が木乃香を避け、護衛としては今ひとつ頼りないということは知っていた。

 だが麻帆良にいる限りは大丈夫だろうと安心し、二人の仲が修復されるのを見守っていたが裏目に出た。

 

 木乃香は明日菜と二人で帰宅し、刹那は部活に出ていて護衛として機能していなかった。

 そこを狙われ、何者かに木乃香はさらわれた。明日菜という目撃者が残されていなければこの事実を知るのにさらに時間がかかったことだろう。

 

 大失態といっていい。

 

「これは……今の麻帆良の状況に関わる可能性は?」

 

 敵が麻帆良を攻めるのと同時に木乃香をさらったのでは。

 その場にいる者にとって当然の発想だった。無関係とは思えない。

 

「わからん。木乃香が目的だったにしては大袈裟すぎる。だがこうもタイミングがよいと無関係には思えん」

 

 近右衛門は頭を振った。

 

「お嬢様の捜索は?」

 

 刀子が前に出て尋ねる。許可さえもらえれば自分が出るという意思表示だろう。

 

「今は麻帆良の防衛が第一じゃ」

 

 その言葉に刀子は息をのんだ。

 

 確かに今はそれが大事だろう。

 木乃香のことは痛恨といっていい事態だが、現状の危機の中では優先順位は低い。なにしろ麻帆良が壊滅しかねない事態なのだ。関西からの預かり物である木乃香の身柄を奪われたのは麻帆良の失態だ。必ず後で問題になるだろう。だがいま木乃香捜索に人手を割く余裕がない。

 

 近右衛門は麻帆良防衛のために孫娘を切り捨てる決心をしていた。

 その心情を察して魔法先生たちは黙り込む。

 

 痛恨。娘を早くに亡くした近右衛門にとっては孫娘を失うことは身を引き裂かれるような思いだろう。

 だが、どうにもならない。

 怒り狂っても嘆き悲しんでも限られた戦力は増えない。

 

 目の前の危機は去りはしない。

 

「木乃香のことは後でわしが責任をもつ。今は麻帆良の防衛に全力を傾けよ」

 

 近右衛門の言葉に魔法先生たちは黙って頭を下げた。

 かける言葉さえ見つからなかった。

 

 

 

 麻帆良防衛のために魔法先生を主力にした魔法使いたちが出撃する。

 

 魔法生徒である子供たちは初めての戦場の空気に恐怖しながらも魔法使いの使命を果たすために恐怖を押し殺して大人たちの指示に従って出撃していく。

 

 麻帆良全域を包む強制認識魔法が発動し、一般人はすべて屋内に避難している。

 

 無人を思わせる麻帆良の町をさまざまな妖怪魔物の群れが進軍する。

 それを迎え撃つ麻帆良の魔法使いたち。

 

 麻帆良の魔法使いたちがほとんど初めて経験する『戦争』がはじまった。

 

 

 

 近右衛門はもはやなりふり構っていられないと決心し、たった一人残された学園長室で受話器を取った。

 

「今の事態は把握しておるかの? この老いぼれの願いを聞いてはくれんかね?」

 




驚愕の麻帆良の魔法使い。
自慢の学園結界があっさり破られました。

痛恨の刹那。
部活をがんばってたらお嬢様がさらわれました。

やはり木乃香は悪い人にさらわれるお姫様なイメージです。
そして……困ったことに麻帆良の魔法使いってあまり役に立つイメージがないです。
原作でも学園祭ではネギ不在だと敗戦。ネギが復活してもあっという間に時空跳躍弾で脱落。
仮にも麻帆良という西洋魔法使いの拠点を任されているのだからそれなりに優秀なんですよね。たぶん。

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