精霊の御子 カレは美人で魔法使い   作:へびひこ

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第十九話 魔術師の少女

「どうかしましたか?」

「いえ、なんでもありません。先を急ぎましょう」

 

 気鬱げにため息をついた司を見とがめて夕映が声をかけてくる。それに何でも無いように笑いかけて司は足を速めた。

 

 正直先ほどの交渉でずいぶん冷や汗をかいた。

 表面はいかにも正論を述べているかのように自信ありげに見えただろう。だが内心は交渉決裂を覚悟していた。

 

 なにしろ『彼女は一般人だから助けに行きます』などあの状況では屁理屈以外の何物でもない。

 法条の当主は『藤宮一族はこの局面でどう動く?』と問いかけてきたのだ。

 その回答が『一般人を助けます』ではまったく道理を知らない子供の返答だ。笑い飛ばされなかったのが不思議なほどだった。

 

「僕を先に通してでも、敵対は避けたい……ならこの先には僕を止められる人物がいるか、もしくはもうこの魔術儀式は止められないのか」

 

 悲観的な予想が口から出るが後ろに続く二人の少女には届かなかっただろう。

 

 本当にこの二人は成長した。

 ただの一般人であったはずなのに、司と共に戦場となった麻帆良を駆けて息一つ乱さない。

 先ほどの交渉でも思うところはあるだろうに立場をわきまえて口を挟むような真似はしなかった。

 

 正式に自分の従者として認めてもいい。そのくらいの実力と精神を身につけている。

 そこらの魔法使い相手なら後れを取ることはないだろう。手練れとやり合っても二人がかりならば戦えるだろう。

 

「本当に強くなった……エヴァのおかげかな」

 

 自分だけではここまで鍛えられなかっただろう。

 

 今まさに最強の魔法使いとしての力を振りまいているだろう友人を思い浮かべてかすかに笑う。

 

「僕も負けてはいられないかな」

 

 藤宮の一族として、戦場に立つと決意した男として不甲斐ない行いは出来ない。

 

「もうすぐ世界樹です!」

「木乃香さんを助けるですよ!」

 

 のどかと夕映もやる気十分だ。友人の危機だからだろうか、戦場にいるという威圧感をそれほど感じずに済んでいるようだ。

 

 出来れば彼女たちはまだ……まだ彼女たちには早すぎる。

 人を殺すのは。彼女たちはまだ早い。

 

 そんなことを考えてしまう。

 そしてそんな司を嘲笑う金髪の少女の姿がはっきり浮かぶ。

 

『まだそんなことを思い悩んでいるのか? 決断し、走りだしたならばなにがあろうと駆け抜けろ。親兄弟が切り刻まれ焼き殺されようとも、血を流し、力尽きようとしてもだ。命が燃え尽きるまで駆け抜けろ。それが『戦う』という事だ』

 

『一度信じたならば、信じ抜け。信頼したふりをして内心で疑うような男に人は従わない。おまえは藤宮の跡継ぎだ。自らに従う者を信じ切れないような屑に俺たちを導くことなど出来はしない』

 

 槍の師である青年の言葉が思い起こされる。

 そうだ。僕は信じたのだ。信じてここに連れてきた。ならばここで疑ってはいけない。

 彼女たちならば、例えその手を血で汚そうともきっと崩れることなどない。

 

 

 

 

 世界樹広場前には二人の人物が待ち構えていた。

 刀をぶらりと片手に握る同年代の少年と巫女装束に身を包んだ黒髪の少女。

 

「ああ、来てしまいましたか……お爺様は止めなかったのでしょうか?」

「近右衛門がいません。おそらく足止めをされているのでしょう」

 

 少女は少し納得出来ないように疑問を口にすると少年が生真面目な口調で返した。

 

 自然と司の足取りはゆっくりとしたものになった。目の前の二人は少なくとも軽く蹴散らせるような人物ではない。そう感じた。夕映とのどかもかすかに緊張しつつ油断なく司に続く。

 

「騒がしくして申し訳ありません。けれどもう少しおとなしくしてもらえますか? もうすぐ兄様がすべてを終わらせてくれますから」

 

 腰まで伸びた黒髪が街灯の明かりに煌めくようだった。

 そんな美しい少女のごく自然な口調に夕映とのどかは気圧された。

 

 司はそんな雰囲気に危機感をもった。もしかしたらこれは少しまずいかもしれない。

 目の前の少女はおそらく一流の術者。そして少年もまた剣においてはかなりのものだろう。司にはそれがわかる。二人もそれを感じているのだろう。

 

「あなたは?」

「法条佳奈子と申します。そちらは藤宮司様ですか?」

「僕を御存知で?」

「有名人ですから」

 

 そう手で口元を隠し、ころころと笑う。

 

「藤宮家が麻帆良に付くとは思いませんでした……正直、悪くても静観を決め込むものとお爺様とお兄様は予想されていましたから」

「正確には麻帆良の味方でもないのですが」

「ではなぜとお伺いしても?」

「近衛木乃香は僕の友人です。それで納得してもらえますか?」

「あらあら、それはまた」

 

 少女は心底楽しげに笑っていた。

 

「なんとも羨ましい」

 

 その一言を吐き出したとき少女の瞳は一瞬、憎悪に暗く陰っていた。その瞬間に隣に控えていた少年が一足で間合いに踏み込み刀を振り下ろす。

 

「二槍使いとは馬鹿にしてくれる……宮本武蔵もびっくりだ」

「これでもそれなりに修行したんだよ」

 

 少年の刀を左手の槍一本で受け止めて右手の槍を突き出す。

 

 その槍先を避けて少年が体重がないような歩法でふわりと下がる。

 

「ふん、見かけ倒しではないか。お嬢様、これは少々厄介です」

「冬馬でも敵いませんか?」

「正直、衛史郎様クラスですよ。こいつは」

 

 今まで片手で刀を握っていた少年が両手でしっかりと刀の柄を握り直す。

 それを見た佳奈子は少し驚いたようだった。

 

「お兄様クラスで冬馬が()()()使()()()()()()()ですか……これは少し荷が重いかもしれません」

 

 そういった少女の手にはさまざまな呪符が握られていた。

 

「でも足止め程度ならなんとかなるでしょう。近衛のお姫様が干からびるまでぐらいなら」

「……あなたは木乃香さんに恨みでもあるのですか?」

 

 その物言いになにかを感じとったのか夕映が口を開いた。

 

「恨み? 面識もありませんからなんとも。強いていえばただの八つ当たり、嫉妬というものです。苦労知らずに日常を楽しむお姫様。そして危機となればこうして王子様が自ら槍をとって駆けつける。羨むなと言う方が無理でしょう?」

 

 少女はかすかに羨望を込めて両手に二振りの槍を構える司に視線を向けた。

 

「今まで楽をしてきたのですから、ここらで苦労をしてみろと思うぐらいは許されるのではないでしょうか? 貴方も今まで大変な思いで生きてこられたのでしょう?」

 

 裏の世界の重要人物でありながらそれを知らず。

 ただ父親と祖父に守られ、それすら知らず。

 自分はただの女の子に過ぎないと思い込んで日々自由に生きている。

 

 魔術師の家に生まれ、魔術師として育てられ、それ以外の生き方など許されない立場から見ればなんと羨ましいことか。

 

 司には彼女の言いたいことがよくわかった。

 自分だって苦労はした。修行は厳しかった。遊ぶことなどほとんどなかった。なぜ自分は他の子供のように『将来の夢』すらもってはならないのかと悩んだこともある。

 

 しかしそれは。

 

「それは木乃香さんの罪ではないでしょう……」

「西の長が愚かだっただけ、そしてその愚かさで娘を失う。因果応報というものでしょうか」

「そ、そんなのおかしいよ! 木乃香さんはなにも悪くないじゃない!」

 

 のどかの悲鳴のような叫びにも佳奈子は微塵も動揺しなかった。

 

「それが魔術師というモノ。魔術師の家に生まれた者の運命でしょう? 父親の愚かさで彼女はつかの間の幸福を味わい。そして死んでいくのですよ」

 

 いっそ他人事のように言い放つ。その姿にのどかは呆気にとられた。彼女には……いやきっと魔術師や魔法使いには自分のこの出口も見つけられずに荒れ狂う感情は理解されないのだとわかってしまった。

 

「こちらの要求は『一般人である近衛木乃香の解放』です」

「こちらの要求は『日本の魔術師の未来を守るためにこの魔術儀式を完遂する。その邪魔はしないでいただきたい』です」

 

「決裂ですか……」

「決裂ですね」

 

 司が二振りの槍を構える。夕映が槍を両手で握る。のどかがいつでも術を発動出来るように集中する。

 佳奈子が呪符に魔力を通す。冬馬と呼ばれた少年が刀を構えてこちらをひたと睨みすえる。

 

「では押し通る!」

「兄様の元へなど行かせはしません!」

 

 冬馬の刀と司の槍が打ち合う。その一太刀の重さに司は驚いた。先ほどの一撃など比べものにならない。これはまさに豪剣と称せられる一撃だった。

 

 佳奈子の呪符が数頭の炎の獣となって飛びかかる。その一匹を夕映の槍が貫き、討ち漏らした二匹をのどかの放った炎が焼き尽くす。

 

 これは……まずい。

 

 重い一太刀だが防げないほどではない。だがこちらが攻めきるにはなんとも邪魔な一撃の威力だった。防ぐことにかなりの力を割いているため思い切りよく攻められない。

 結果、互いに打ち合いながらの勝負になってしまった。これではすぐに決着はつかない。

 

 夕映とのどかも果敢に槍で挑む夕映と後方で支援するのどかという戦闘スタイルで戦えてはいるが、攻めきれない。

 佳奈子の手数はのどかの対処能力を上回ってしまっている。結果攻撃役の夕映も防御行動に力を割かれ、攻めきれない。

 

 司は顔をこわばらせる。

 戦況は冬馬対司。佳奈子対夕映とのどかで拮抗してしまった。

 

 実力では冬馬は司に劣るだろう。司にはまだ余裕がある。槍でも魔術でもだ。

 だが司はここで全力を出し尽くせない。話を聞いた限りではこの少年以上の手練れがこの先にいる可能性が高い。

 

 佳奈子はまさに一流の術者だった。夕映とのどかでは互角に戦えていることをむしろ褒めるべきだろう。

 

 全力で二人を潰して、そしてさらにもう一人の強者と戦って勝てるか?

 だがここで力の出し惜しみをしてもずるずると足止めされるだけだ。

 

「そんなもんか! 関東最高の魔力保有者! 自慢の魔術の一つも見せてみろ!」

 

 槍しか使わない司を挑発するように冬馬が刀を振りながら嘲笑う。

 

 魔術儀式の中断が目的である以上魔力の無駄遣いは避けたい。

 いくら極東最高の魔力と言っても無限の魔力を持つわけではない。さらに強敵があと一人控えているならなおのことだ。

 

 消耗戦を仕掛けられたか……。

 

 司は状況を打開すべく戦いながら思考する。

 

 エヴァンジェリンの離脱が悔やまれる。

 彼女がいれば世界樹に陣取っているだろう強敵を任せられた。自分は目の前の敵と魔術儀式の停止だけを考えれば良かった。

 

 同時に三つの目標を完遂するのは難しい。どれも手に余りかねない難事なのだ。

 

 もはや後先考えずに戦うしかないかと半ば自棄を起こしかけた司の耳に知り合いの声が届いた。

 

「司さん! 学園長の指示で助太刀に来ました!」

 

 その声を聞き、司は一瞬冬馬との間に牽制の炎を出現させ、さらに佳奈子にも同じように牽制の攻撃を打ち込んだ。

 

 その一手で戦場は仕切り直すように互いに距離を取る形になる。

 

「さ、桜咲さん……来てくれたんだ」

「宮崎さん、綾瀬さん……よく頑張ってくれました。後は私に任せてください」

 

 思わぬ援軍に安堵の息をついた級友に微笑みかけ桜咲刹那が刀を握った。

 司は夕映とのどか、刹那。そして佳奈子と冬馬に一瞬視線を走らせるとすぐに指示を出す。

 

「桜咲さんはあの剣士を、夕映さんとのどかさんは術者を、僕は先へ進みます」

 

 その言葉に夕映とのどかは一瞬目を見張り、すぐに互いに視線を交わして頷きあった。

 

「任せてください」

「私たちは大丈夫ですから司さんは木乃香さんを助けてあげてください」

 

 その発言に刹那のほうが仰天する。

 

「司さん! 素人にこれ以上無理をさせるのは危険です! 私と司さんならこの二人を無力化も出来るはずです!」

「もう時間がない」

 

 そんな刹那に司は光り輝く世界樹に視線を向けることで答えた。

 光はさらに強くなっている。もう猶予はないと見るべきだろう。

 

 そして司はほんの少しだけあった不安を飲み込み、振り返った。

 

 夕映ものどかも苦戦しただろうに少しも()()()いない。むしろこれからが本番だと言いたげにそのまっすぐな瞳に強い光を煌めかせている。

 

「それに」

 

 苛立たしげにこちらを見据える刹那に、司はいつもの穏やかさで微笑んだ。

 

「この二人は強いんですよ?」

 




 なるべく読みやすく簡潔にと思ったのですが、なんだかあまり変わっていない気も……。
 手直しで多少削ったのですが、やはり書き方はそう簡単には変わらないのでしょうか?

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