精霊の御子 カレは美人で魔法使い   作:へびひこ

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第二十話 法条衛史郎

 これで麻帆良は三つの戦場をもった。

 

 鬼の大軍を迎撃するエヴァンジェリンと魔法使いたち。

 法条家の当主と戦う近衛近右衛門。

 世界樹広場前で最後の防衛戦を任されていただろう法条佳奈子と彼女に従う冬馬という少年剣士。それに挑むのは桜咲刹那と綾瀬夕映、宮崎のどか。

 

 不安がないわけではない。

 

 それでも司は自分がやるべき事を果たすことに集中すると決めた。

 

「桜咲さんは不満そうだったな」

 

 最終的には納得してくれたが、やはり最近魔術を習い始めた夕映とのどかを戦力として信頼出来なかったらしい。司が保証することでなんとか納得した。

 

「彼女たちはそれほど弱くはないと思うけど、こればかりは仕方がない……あらら、これは本当にもう余裕がないかもしれない」

 

 世界樹の高まる魔力を肌で感じて危機感を募らせる。

 正直、異世界である魔法世界を滅ぼすなど実感がなかったがこれならばもしかしたら可能なのではと思うほどの馬鹿げた魔力だ。

 

 いったい自分が何人いたらあれほどの魔力が出せるのだろう? 百人? 千人でもまったく足りない。

 

「一戦して、この魔術儀式の中断……出来るかな?」

 

 少し厳しいかもしれない。

 

 こんな馬鹿げた大魔術を行使出来る魔術師相手に余裕など持てるはずもない。

 

「おや、お客さんですか……ここまでわざわざ来てくれるとは実に面白い」

 

 光り輝く世界樹を前にしてゆったりとくつろいでいた青年がこちらを振り返った。

 もう魔術儀式は終わったのだろうか。特になにかしている様子はない。後は発動を待つばかりといった様子に見える。

 

 やはり急いでここに来たのは正解であったようだ。

 

「しかも藤宮の跡継ぎですか、これは予想外ですね。正直ここに来るとしたら真祖の吸血鬼か近衛近右衛門だと考えていました。あの二人に信頼されて送り出されたのだとしたら実に素晴らしい」

 

「近衛木乃香はどこです?」

 

 てっきり魔術儀式の中心であるこの場所にいると考えていたのだが、姿が見えない。

 

 その言葉に青年は微かに笑った。

 

「お姫様なら、貴方の目の前にいますよ?」

 

 目の前?

 

 理解出来ずに司は青年を睨みつけた。

 

「古来より、大魔術に贄を使うのは良くあること。ましてや彼女ほどの素質ある巫女は神にささげられてもおかしくないでしょう。優れた魔力を持つ汚れなき乙女。まったく良い仕事をしてくれます」

 

 ちらりと世界樹に目を向ける青年に司は心が押しつぶされたように顔を歪めた。

 

「……世界樹の贄にしたのですか?」

「ええ、大変生きのいい餌にほらこんなに世界樹が喜んでいますよ」

 

 瞬間。司は槍を突き出していた。

 

 空気さえ抉り切るような突き。

 

 両者の距離を一歩で踏み越えて右手の真紅の槍が目の前の敵を貫こうとする。

 

 そして司は愕然とした。

 慎重に間合いを取って後方に下がる。その右手には槍がない。

 

「ああ、なかなかのものですね」

 

 そう司の力量を褒め称える青年は突き出された槍をまるで巻き込むようにたぐり寄せてはじき飛ばしたのだ。まるで当たり前のように軽々と。

 

 自分の手から槍が一瞬で奪われ、失われた。

 確かに激情に駆られたのは否定出来ない。だが油断はしていなかったし本気の一撃だった。

 それを子供をあやすように無力化され、武器を奪われた。

 

 その行為を誇るでもなく司を見下すでもなく、むしろ楽しげに青年は口元に笑みを浮かべる。

 

「さすが藤宮の跡継ぎ。その年齢でこれほどの技術はなかなか身につくものではありません。僕が君ぐらいの年齢の頃と比べれば雲泥の差だ」

 

 穏やかに青年は微笑む。

 得体の知れない恐怖が司の心臓を握りしめた。

 

「改めて自己紹介を、僕は法条衛史郎。次期法条当主であり、この事件を計画したこの騒ぎの元凶だよ」

「なぜ……法条家がこんな事を?」

 

 かすれるような声に青年、衛史郎は不思議そうな顔をする。

 

「お爺様に聞かなかったのかな? 僕らの目的を」

「聞きました。けれど魔法世界を破壊するにしてもこんな方法を使う必要はなかった。もっと確実で邪魔の入らない方法もあったはずです」

 

 麻帆良は西洋魔法使いにとって日本の根拠地であり、そこには十分な戦力がある。

 近衛木乃香は麻帆良、日本のどちらにとっても重要人物でありそれをこのような事に利用するのは問題がある。

 そして麻帆良には最強の魔法使いと言われる真祖の吸血鬼エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルがいる。高畑・T・タカミチが不在であっても十分に戦える。

 

 確かに上手くいっている。

 このまま行けば彼らの計画は成就する。

 

 だが失敗する可能性も十分ありえたはずだ。

 

 麻帆良に事前に情報が知られ、警戒されているだけでかなり手こずったのではないか。

 実際藤宮はなにかしら知っていた可能性が高いと司は思う。

 

 帰郷の時に主だった者が不在だったのはこれを調べていた。もしくは一族の方針を検討していたのだろう。

 あるいは黙認した可能性すらある。藤宮はけして麻帆良の味方ではないのだから。

 

 二十代も半ば頃の若者は楽しげに笑った。

 

「そうですね。この方が面白いからですかね」

「面白い……?」

 

 一瞬なにを言われたのかわからなかった。

 

「そう、面白いでしょう? 西洋魔法使いのお膝元に攻めこみ、彼らが後生大事にしているものを二つも奪ってそれを利用する。そして彼らの拠り所を壊す。こんなに痛快なことはないと思いませんか?」

 

「そんな理由で……」

「お爺様は違うでしょうが僕は面白そうだから計画しただけです。安全確実に行くのなら関西呪術協会を抱き込み、近衛詠春を幽閉して実権を握り、関西の呪術拠点を利用して同じ事をしたでしょう。この方が邪魔は入らない。贄は他に探せばいい。いなければ佳奈子辺りでも十分です」

 

 お兄様と親しげに呼んでいた少女を平然と生け贄にすると言う。

 

「けれどそれではあまりにつまらない。退屈でなにも楽しくない。鉄壁と信じた守りを崩され驚愕する魔法使いたち、孫をさらわれ苦悩する長、途切れることない大軍と延々戦い続けて絶望する魔法使いたち、そして世界樹は輝き魔法世界は泡と消える。彼らはどんな顔をするのでしょう? 想像するだけでも胸が高まり、魂が震えるでしょう?」

 

 まるでお気に入りの映画を絶賛するような振る舞いに司の肌は粟立った。

 

「そんなことで、貴方は木乃香さんを……」

「ああ、君が怒っているのはそれですか。誤解しないように、彼女はまだ死んでいませんし、おそらく死ぬことはありませんよ」

 

 それはまだ助けられるということか?

 司の目が世界樹に向く。なんらかの魔術的処置でおそらく世界樹に埋め込まれた。あるいは封じられたのだろうか。自分ならそれを解けるだろう。救えるかもしれない。

 

「これは面白い」

 

 衛史郎はますます楽しげに喉を鳴らして笑った。

 

「愛しい少女を助けるために立場を乗り越えて馳せ参じた少年。しかし少女はすでに息絶えていると絶望したが、実はまだ生きている。救える望みがあると奮い立つ……いいですね。まさに王道な展開もまた楽しい」

 

 そのためにはこの男を排除しなければならない。

 

 無言で再び繰り出された槍を衛史郎は少し驚いたようにはじく。先ほどより速い。そしてはじかれた槍は司の手を離れない。

 

「これはこれは……やはり二槍は本領ではありませんでしたか」

「あれは幼い頃に師に勝つために編み出した我流です。多数相手には有効ですし、不意も突けます。二槍による攻防一帯の構えは同格相手にも有効でした。ですがやはり槍とは本来両手で使うものです」

 

 槍とは両手で握り、身体全体で操ることで攻防自在の武器になる。

 片手で、それも両手に持って扱うなど正気ではない。槍の利点を半分以上捨てているようなものだ。

 

 それを初めて師に見せたときの呆れ顔は今でも忘れられない。

 

『司、おまえは頭がいいと見せかけて実は馬鹿だろう?』

 

 本気で呆れ果てていた。一本でまったく敵わないなら二本で挑めば勝てるのではという子供の発想だったが予想以上に馬鹿にされた。

 

『いいか、おまえにわかりやすく言うとだ。刀だって片手で振るうよりも両手で振った方が威力が出るし安定もする。そもそも刀も槍も腕で振っているうちは素人だ。重要なのは身体だ。全身で振るってこそ刀も槍も十全の扱いが出来る。そんなことはもうあの人に叩き込まれているはずだろうになんでこんな馬鹿げた事をする? おまえのやっていることはせっかく達人一歩手前まで鍛えられた技を捨てて素人の技を使おうとしているようなものだ。悪い事は言わないからそんな馬鹿げたことはやめろ』

 

 あまりの酷評に腹が立って密かに二槍の扱いを修行して『馬鹿も極めればたいしたものだ』と呆れ混じりの賞賛をもらえるまでになった。

 

 それでも師の教えてくれた槍術には及ばない。

 あるいはもっと体格に恵まれれば二槍を操れるかもしれない。師にはそう言われたが、司は体質的にそこまで体格に恵まれることはないだろう。

 

 だから本気で戦うならば槍は一つ、それを両手で握って身体全体で操る。師に鍛えられた型になる。

 

 先ほどそれをしなかったのはもともと多数と戦う用意としての二槍であり、あの場には剣士の少年と術者の少女がいた。いざというときは二人を相手取れるようにと二槍のまま戦ったのだ。

 

 目の前の相手は本気の槍をもってしてもおそらく格上の魔術師。この巨大な魔術儀式をこなしただろうに涼しい顔をしている正体のつかめない男。

 

「僕と戦いますか? ならば急いだ方がいい。修行をした魔術師であるならばともかく、素質だけ一流の素人では魔術儀式に耐えられずに壊れてしまうかもしれませんからね。あの美しい少女が狂人か、あるいは廃人に成り果てたら君がどんな顔をするのかにも興味はありますが」

 

 その言いようと心底その光景が楽しみだと言わんばかりの笑みにひどく苛立つ。

 

「……一言いいですか?」

「なんなりと」

「おまえなんて大嫌いだ」

「これは手厳しい……僕は君が大好きになりそうなのですが、いえすでに愛していると言ってもいいかもしれません。美しく気高く真っ直ぐであり、才に恵まれ努力を重ね。まるで物語の主人公のように悪に立ち向かいヒロインを救う。ああ、とても胸躍り心惹かれる」

 

 司の嫌悪あふれる罵声にもまるで賞賛の言葉を聞いたように心地よさげな笑みを浮かべて戯言を語る。心底気持ち悪い。

 

「おまえはここで死ね」

 

 普段の温和さなど微塵も感じさせない冷淡さで司は吐き捨てた。ここまで他人を嫌悪したことなど記憶にない。それほど目の前の男が気に入らない。

 全身から炎が吹き上がり手に持つ槍は炎の槍と化す。

 

「ああ、実に美しい。悪を倒してヒロインを救い。異世界の危機を救う勇者になるか。力及ばず敗北し、廃人となって人形のように成り果てたヒロインを抱いて絶望の涙を流すのか……どちらにせよとても楽しみだ」

 

 心底嬉しそうに語るその顔面を思い切り殴りつけてやりたい。ここまで暴力的な発想をするとは自分でも驚きだ。

 

 司の身体から炎が弾丸となって撃ちだされ、衛史郎はそれをするりとかわして軽く印を組むと司の身体にすさまじい重さがかかる。それを気合い一つでかき消して槍を繰り出せば対抗するように長い手足で拳を打ち込み、蹴りを放ってくる。

 

 衛史郎と司の戦い。

 これが四つ目の戦場だった。

 


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