精霊の御子 カレは美人で魔法使い   作:へびひこ

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第二十一話 司対衛史郎

「なるほど」

 

 戦いながら衛史郎は納得したように肯いた。

 

「藤宮の精霊術……噂は聞いていましたが、要は『神降ろし』の応用ですか」

 

 司は少しだけ顔を歪めた。

 藤宮の精霊術。それは精霊をその身に宿す『神降ろし』『巫女(シャーマン)』の術。

 実際に見ればわかるだろう。だが()()()()()()()()()()()宿()()()()使()()()()()()

 

 なのに術の正体を見破った。

 自由自在に精霊を操り、魔術を行使する源を見抜いた。

 

 異常と言ってもいい。

 エヴァンジェリンでさえ、初見でそこまでは見抜けなかった。

 

 ただ炎を操っているのを見ただけで、神降ろしの系統だと見抜く? ありえない。

 

「……化け物め」

「そんなに褒めないでください。照れてしまいますよ」

 

 漏れ出た悪態に返されたのはすさまじい魔力の砲弾。

 精霊術の炎で燃やし尽くしながらすぐに瞬動で場所を変える。この男相手に立ち止まるのは危険なのだ。動きを止めれば容赦なく格闘での追撃を受ける。

 

 法条衛史郎は術の発動が速く、一撃の威力が高く、しかもそれすら囮にして格闘戦さえ仕掛けてくる厄介な敵だった。

 

「いつまで出し惜しみをするのですか? 長々と戦う余裕は君にはないはずですが。君はまだ本気ではない。舞台に上がった主人公が手を抜いていては興ざめです」

 

 瞬動で間合いを詰められ、槍にも劣らない鋭い手刀による突き。咄嗟に身を捻ってかわす。食らっていたら脇腹に穴が空いていただろう。

 

「弱者が力を惜しむなど、愚かすぎて失望すら感じますね。なにを考えているか予想はつきますが力を温存して僕に勝てると本気で思っていますか?」

 

 悔しさに歯を噛みしめる。

 確かに今の司では法条衛史郎に届かないのだ。

 

「天才は自分だけだと慢心していましたか? 自慢するわけではないですが僕も天才児ともてはやされていたのですよ?」

 

 蹴りを余裕をもってかわす。寸前でかわすのは危険だった。

 この男は格闘にさえ魔術を上乗せする。それもその気配を感じさせずに。それに気がつかなかった当初危うく腕を切り飛ばされるところだった。

 

 すでに司の手に槍はない。

 目の前の男の手によって切断され、失われた。

 藤宮一族が司のために用意した業物がまるで棒きれのように真っ二つにされた。

 

 そして格闘ではこの男に司は届かない。せめて槍があればまだ戦いになるだろうにと悔やむ。

 一本はどこかに吹き飛ばされた。一本は真っ二つに斬り裂かれた。予備を魔術で呼び出す隙などあるわけがない。

 

 魔術儀式停止のため、近衛木乃香の救出のために魔力を温存している余裕は残念ながらない。

 

「仕方ない……」

 

 司は決断した。

 先ほどとは違う。この男を倒せば木乃香を救える場所にいるのだ。ならば全力を出すべきだ。その上ですぐにでも魔術儀式を止める。手を抜いてだらだら戦いを長引かせればこちらが負けるのだ。

 

 全力でこの敵と戦った後に魔術儀式を止めるだけの余力があるのか。それはもう後で考えるしかない。この男を排除しなければそこへ辿り着けないのだから。

 

 光り輝く世界樹の存在を意識して若干げんなりする。

 正直、この馬鹿馬鹿しくなるほどの魔力をどうにかするのならば万全の状態でありたかった。けれどもうそんなことを言っている余裕がない。

 

『精霊憑依』

 

 身体を器に。

 その魂は友を抱くように受け入れる。

 

 その透明な杯に精霊という力の水を流し込む。

 杯に満たされた力の水は杯の色すら一時的に変える。

 

 精霊との同調能力では一族でも頂点にいる司の肉体はなんの障害もなく精霊の力に満たされる。

 

 衛史郎曰く『神降ろしの応用』、エヴァンジェリン曰く『人が使うのには過ぎた狂気の技』

 

 完成するのは司の奥の手の一つ。精霊憑依『炎王破邪』

 

 その身に炎を宿し、炎をその意志一つで操る上級精霊術。

 槍と炎を自在に操る師、菊池恭也の戦闘スタイルを参考に編み出した攻防一体の武器。

 

 その炎は身を守り、そして敵を焼き尽くす。

 

 エヴァンジェリンはこれを見たとき、唖然とし、直後腹を抱えて笑い転げた。

 

『まさかわたし以外にそんな気の違った技を使う人間がいるとは思わなかった。おまけに一族に代々伝わる術だと? どんな冗談だ! それなら藤宮一族とやらはすでに人ではありえぬであろうよ。おまえだけが例外ではない。人の身に精霊を降ろす? それは人であるのを辞めるようなものだ!』

 

 涙を流して笑い、なぜか怒り、それが済めばしばらくむっつりと考え込んで司に二、三質問すると納得したように肯いた。

 

『神の与えた術、神の加護がある一族か……だからまだ人でいられるのか? そもそもその『大神』とはなんだ?』

 

 そうぶつぶつと思考に没頭してしまったが。

 

「なるほど、確かにそれは『神降ろし』ですね。すでに半ば失われつつある太古の秘術の欠片。良い物を見させて貰いました。これだけでもこの馬鹿騒ぎを起こした甲斐があった。まさかこんな近くにその技を継承する一族がいるとは!」

 

 衛史郎は目を輝かせ、どこか浮かれたように喜びを露わにする。

 司はどこか心に引っかかるものを感じた。

 

 今までどれだけ楽しそうに語ろうとも飄々とした態度を崩さなかった男がこうまで喜び興奮している。

 違和感を覚えるし、心がひどくざわめく。

 

 もしかして彼は……神降ろしの技こそ欲していた?

 

 しかし藤宮の技はあくまで精霊術。本物の神降ろしの技ではない。彼の言うとおりその一欠片程度の技だろう。

 神をその身に宿す大魔術などもはや失われている。少なくとも一般的にはそう伝えられている。

 

「噂を聞きまさかとは思いました。藤宮の精霊術は精霊をその身に宿すほどに強力だと。でもまさか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とは……この世界も捨てたものではない」

 

 衛史郎は感慨深げに静かに呟く。

 

「神に見放されたかと絶望し、再び神の恩寵をこの目で見た。これほどの喜びを僕は知らない……」

 

 どこか呆然と、降って涌いた幸福を持てあますように衛史郎は静かな目で司を眺めていた。

 

「感謝しますよ。藤宮司君。とても良い物を見せてもらえた」

 

 よくわからないが、おそらく彼の個人的な目的が神降ろしの技に関する情報だったのだろう。

 

 現代で神を降ろす必要などまずない。なのになぜ彼はそれを求めているのか。

 

 司にはそれはわからないがこうして静かな瞳で見据えられると先ほどまでの狂気じみた愉快犯、快楽のみを貪る面影が薄れて、どこか生真面目そうな表情が垣間見える。

 

「さて、僕はもう満足しましたが……お爺様の願いですからね。もう少しだけ付き合うとしましょう。君には迷惑かもしれないですがね」

「満足したのなら退いて欲しいですね」

「そう言わないでください。僕にも義理やしがらみがあるのですよ。そして僕も西洋魔法使いが好きではない。ああ、そうだ。近衛木乃香に関してはあまり心配しなくていいですよ。常人ならともかくあれだけ破格の魔力保有者ですからね。まず危険はない。そうでなければお爺様が彼女を使うことを承知する訳もないでしょう。お爺様は君や近衛木乃香にだいぶ期待しているようでしたからね」

 

 先ほどとはうってかわって優しげに語りかけてくる。その様子は穏やかな好青年そのものだ。

 先ほど見せた愉快犯じみた物言いと誠実そうな優しさ。いったいどちらが本当の法条衛史郎なのか司にはわからない。

 

「さあ、お姫様をさらった悪党と主人公の一騎打ち。その幕引きの場面ですからね。拍子抜けさせないでくださいよ、司君!」

 

 口元に先ほどのような笑みを浮かべて襲いかかってくる。実に楽しそうに。先ほどのようにこの状況が楽しくて仕方がないといった笑顔で。

 

「よくわからない人だ……」

 

 理解出来ない人物に対する感情は脇に置いて、司は遠慮なく力を解放した。

 

 極東最高の魔力保有者の肩書きは伊達ではないと思わせるほどの炎の弾幕。絶える事ない炎の魔術がたった一人に向けられるには過剰なほどに放たれる。

 

「は、はっは……なるほど、これが『極東最高の魔力保有者』『藤宮の跡取り』の実力ですか。思わず嫉妬してしまうほど馬鹿げた力ですね!」

 

 拳で打ち払った炎の弾丸に肌を焼かれて、弾幕から逃げ回りながら衛史郎が愉快そうに笑う。周辺を焦土と化すような勢いに押し負けて空に逃げれば、司も空に舞い上がり空一面を炎の弾幕で彩る。

 

 砲台として撃ちまくる司と一撃の威力が圧倒的に上がったため防御が出来ずに逃げ回る衛史郎という構図。攻守の立場が入れ替わった。

 

 司が攻め、衛史郎が必死に避ける。

 

「さすがですね。お爺様があれだけ期待するのも理解出来る。これならば夢見てしまう。希望を託したくなる」

「……勝手に期待されても迷惑なのですが」

 

 司は衛史郎の言葉に不機嫌そうに応える。衛史郎は愉快そうに笑った。

 

「力持つ者は力ない者に羨望され、嫉妬され、利用され、排斥される。いつの世も変わらぬ人の世の有様でしょう」

「あなたも十分に力があるでしょうに」

「ええ、だからこそ僕は法条家に受け入れられた。力が無ければきっと誰にも省みられる事なく途方に暮れていたでしょう。いや、もしかしたら案外平穏に暮らせていたかもしれませんね。無力な一般人に混じって力ある選ばれた人物に羨望しながら、ね」

 

 反撃の魔力弾も司の炎の群れは飲み込み燃やし尽くす。

 かつてエヴァンジェリンの魔法を無力化した炎がそれこそ雨あられと撃ちだされるのだ。相手はたまったものではない。

 

『初見ならばタカミチにも勝てる』

 

 そうエヴァンジェリンに評された理由がこれだ。豊富な戦闘経験と確かな実力を持つ高畑がおそらく事前知識がなければ一方的に負けるだろう物量による飽和攻撃。

 

 豊富な魔力量と一流と言える魔術の技術。さらにそれを何倍にも増幅する精霊の憑依術。

 事前に対策をしていればまだしも、初見で対処出来るのはそれこそエヴァンジェリンのような最強クラスの人物ぐらいだろう。

 

 司よりも優れた格闘術を修め一流の魔術師である法条衛史郎をもってしても対処不能の『技ですらない数の暴力』に衛史郎は口元をほころばせた。

 

「ああ……すごいですね。これでこそ舞台上の主人公だ。主人公はこうでなければいけない。卑劣な悪党に負けるような主人公はいらない。劣勢でありながらもここぞという場面で勝利の手札を持ち、それを躊躇なく切れる。やはりこうでなくては美しくない」

 

 陶然とした口調。しかしその目にはどこか悲しげな、圧倒的な力を振るう司を羨むような色があった。

 

「格上の敵に今まで伏せていた実力を出し切って勝利する。まさに理想の物語です。君はきっとお姫様を救い。世界も救うのでしょうね」

 

 すでに回避も限界らしくあちこち被弾している。手数で押し切る弾幕でも当たれば十分なダメージを与えている。一撃の威力を高めた攻撃なら十分にこの男を打倒出来ると司は思考した。

 

「つまらない演目かと思いましたが予想外の登場人物に出会えた。ここで幕を引いてもきっと美しい光景が見られるに違いない。それに満足して僕は次の舞台に行きましょう」

 

 衛史郎は微笑んだ。その瞳はまるでこちらの姿を写し取るように真っ直ぐに向けられている。司はなぜか緊張した。理由はわからないがなにかが危険を感じた。

 

 確実に仕留める。

 

 そう決断したのはとっさの判断だった。

 この男を生かしておけばきっとまた大変なことになる。

 

「司君。君が僕の舞台に来ることを祈っていますよ? 君ならばきっと『救える』だろう。きっと救ってしまうのでしょうね……そうでしょう()()()?」

 

 ぞわっと怖気が走った。

 あの男はなんと言った? 一体誰の名を呼んだ?

 

 シズクとは、『雫』とは『天ノ雫』と呼ばれる藤宮の『大神』の名。

 藤宮に迎えられた夕映やのどかでさえ知らされていない名前。なぜ部外者が知っている? 藤宮の人間でも限られた者しか知らない。一般には『大神』としか知られていない名をなぜ知っている?

 

 殺すべきだ。

 

 そう強く決心する。

 

 心が、魂が。危険をがなり立てる。

 理屈などわからない。理由も理解出来ない。ただ危険だと本能のように突き動かさせる。危険だから殺せと。

 

 明確な殺意を露わにした司の頭上に特大の火炎の玉が形成されるのを見て、衛史郎は懐の転移符に密かに魔力を通した。

 

「もし君が、僕の世界にいてくれたならば……」

 

 悲しげな呟きは誰の耳にも届く事なく消えていった。

 


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