精霊の御子 カレは美人で魔法使い   作:へびひこ

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第二十二話 老兵の最後

「ふむ、そろそろ底が見えてきたか」

 

 空中から麻帆良の町を、そこを闊歩する鬼の軍勢を眺め降ろしてエヴァンジェリンは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

 鬼の軍勢の圧力が弱くなっている。

 疲労した魔法使いたちでもなんとか戦線を押し上げている。

 

 当初は倒しても倒しても湧いて出てくるように押し寄せた鬼達。

 それがあきらかに数を減らしている。

 

 空から見下ろすエヴァンジェリンにはそれがはっきりと見える。離れた場所で戦っている茶々丸からも敵の勢いが弱まっているという報告が来ている。

 

 これだけの鬼の召喚などたいした手並みだったがさすがに無限に召喚するなどといった非常識は出来なかったらしい。

 

 簡単に言えば魔力が底をついたのだろう。

 

「つまらん。これならばじじいに任せてわたしも世界樹に行けば良かった」

 

 鬼にやられそうになっている魔法生徒を無詠唱の魔法の射手で助けながら眉間にしわを寄せる。

 

 最初こそ久し振りに大暴れ出来るのでハイテンションだった。

 だが手応えのないくせに数ばかり多い敵と、足ばかり引っ張る味方のフォローばかりでまったく楽しくなかった。

 

 おまけにこれだけの大事を行った召喚者である魔術師の顔すら見ていない。

 その力量に多少の興味があっただけに失望感で苛立っていた。

 

「こういう事はタカミチの仕事だろうに。わたしは警備員をやめたんだぞ」

 

 この場にいない男の老け顔を思い浮かべて悪態をつく。

 これは酒の一本や二本では割に合わない。

 

「さてじじいとタカミチにはこの埋め合わせをどうつけさせようか」

 

 腕を組んでどうしてくれようかと二人で遊ぶことを考えながらも絶え間なく魔法で鬼達を滅ぼしていく。

 

 それにしても……。

 

「……あいつらはなんなんだ?」

 

 こちらをときどき輝くような瞳で見つめる年若い魔法生徒たち。その視線に居心地の悪さを感じながらもとりあえず自分から買って出た役目は果たすエヴァンジェリンだった。

 

 

 

 

「なるほど、司さんは正しかったわけだ」

 

 世界樹広場前で桜咲刹那は自分と戦う剣士の実力に内心驚いていた。そして納得した。

 

 この場でこの剣士と術者を倒すよりも、先行して魔術儀式を止めて木乃香を救出した方がいい。

 下手に戦うことを選べばこの敵は負けない戦いに終始し、徹底的にこちらの足止めをしてきただろう。そのぐらいの実力はある。

 

「あの二人も良くやっている……本当につい最近まで素人だったのか?」

 

 綾瀬夕映と宮崎のどかの戦いをちらりと見やって感心する。

 二人は連携して術者を完全に封じ込めていた。おかげで刹那はなんの心配もなく少年剣士相手に戦えるのだ。

 

 正直とても最近まで素人だった見習いには思えない。

 

「余所見とはたいした余裕だ」

「貴様は確かにたいした腕だが、司さんほどではない」

 

 稽古で剣を交える機会もあった。学ぶことの多い実りある時間だった。

 

 さすが神鳴流の本家、青山家が皆伝を認めるだけのことはある。

 そう素直に司を尊敬した。

 

 今日はなぜか剣ではなく槍を持っていたのが少し残念だったが。

 

「司さんならきっとお嬢様を救ってくださる……」

 

 叶うならば自らの手で救いたい。

 弁解の余地もない失態を犯した身としてはそれぐらいしなければ申し訳なさ過ぎて合わせる顔がない。

 

 守ると心に誓った幼なじみにも、自分にこんな大役を任せてくれた西の長にも。

 

 しかしわがままを言える状況ではないのだ。

 せめて与えられた役目はきちんと果たしてみせる。

 

「こんな私を信頼しこの場を任せてくださった。せめてその期待には応えさせて貰う!」

 

 負ける気はしない。

 

 自分の最愛の幼なじみ、近衛木乃香を救うために。

 任せられた戦場で敗北など出来はしない。

 

 

 

 

「のどか!」

「うん!」

 

 親友に声をかければまるで心がわかるかのように適確なフォローが来る。

 これも厳しい訓練の賜物だと思うと司とエヴァンジェリンには頭が上がらない。綾瀬夕映はここまで鍛え上げてくれた二人に感謝していた。

 

 正直なところもう少し優しくしてくれても……と思ったりはしたけど。

 

 特にエヴァンジェリンとチャチャゼロ。あの金髪吸血鬼と刃物人形には何度殺されると絶望したか……。

 

「まったく……藤宮の精霊術は予想以上に厄介ですね」

 

 ほぼ同年代と思われる敵はそう愚痴っている。少女の美しい顔立ちは不機嫌さを露わにしてもやはり絵になった。

 

 外見がいいのは得ですね。そんな場違いな感想を持つ。

 

 前衛を引きはがされた後衛型に二人がかりという状況。

 そんな有利な条件のおかげで互角に戦えていた。一対一ならまず勝てない相手だったろう。

 

 美人で才能があっておまけに名家の生まれ?

 木乃香さんに嫉妬しているみたいなことを言っていましたが、あなただって恵まれているでしょうに。

 

 私が昔、なんて呼ばれたかわかりますか?

 デコ助とかデコっぱちですよ? なんなんですかそれは。おでこが広いくらい個性でしょうに。

 

 おまけにあまり背ものびないですし……女性的発育に関してはきっと未来があると半分泣きながら自分に言い聞かせているのですよ?

 

「夕映? だいじょうぶ?」

 

 どうやらのどかに心配をかけてしまうほど不審だったらしいと夕映はこっそり落ち込んだ。

 

「大丈夫です。のどか」

 

 少しだけ親友を振り返り笑顔を浮かべる。

 花がほころぶような笑顔を返してくれた。それだけで胸の内が晴れて温かく感じる。

 

 本当にのどかは可愛くなったと夕映は思う。

 

 以前は前髪を長くして顔を隠しがちだった。おかげでどこか暗い印象があった。

 けれど最近は前髪を少し切り、可愛らしい顔がはっきりと見える。おかげで普通に美少女揃いのクラスでも通用する可愛らしさを持っている。

 

 気持ちを切り替えて漆黒の槍を構える。

 さんざん鍛えられたおかげで少しは様になってきたと思う。少なくとも槍を振り回して取り落とすような無様はもうしない。たぶん。

 

「のどか、このまま桜咲さんが勝つまで押さえ込むです」

「うん、無理に勝とうとするよりもその方がいいね」

 

 冷静に状況を分析する。

 結果、自分たちが無理に勝ちに行く必要はないと判断した。

 

 司が先に行ったことで夕映達は目的の半分を果たしている。彼ならばきっとこの魔術儀式を止めて木乃香を助けてくれると信じていた。

 

 後はこの二人を足止めすればいい。

 桜咲刹那が勝利すれば三対一。無理せずに勝てるだろう。

 

「あと少しです。がんばるですよ」

「うん、きっと大丈夫だよ」

 

 二人で声をかけあう。

 うん、きっと大丈夫だ。

 

「あれ……なにこれ?」

 

 その時後ろからどこか困惑したような声をかけられて二人は愕然と振り返ってしまった。

 

 それはここにいないはずの人だったから、それは知り合いだったから。

 

「……ほ、本屋ちゃんに夕映ちゃん。そんな格好してなにしてるの?」

 

 そこには驚いたような表情の神楽坂明日菜がいた。

 予想外の事態に夕映ものどかも動きを止めてしまう。思考すら真っ白になってしまった。

 

 一般人は屋内にいるはずでは……?

 ここに向かう途中でそう聞いている。だからこれ以上一般人に被害は出ないと。

 

 なら関係者なのか? とてもそうは見えない緊張感のなさだが。

 

 思考能力が自分の強みだ。だが考えすぎるのは弱点につながるとも指摘されてはいた。

 

 さまざまな可能性を考え、思考に没頭しかけた夕映。

 どうしていいかわからないのどか。

 

 その隙を法条佳奈子は見逃さなかった。魔術のかけられた短刀を二人の少女に向かって投げつける。

 

 一瞬の早業で投げられた短刀の数は六。

 

 その気配に慌てて振り返った夕映は悲鳴を上げかけるほど驚いた。

 

 強力な魔力がこめられた武器。おそらく敵の切り札か隠し武器。

 あれは危険だ。この身を守り続けてきた高い防御効果のあるマントや護符もどこまで効果があるか……。

 

 自分の心配をするよりもまず気をそらしているだろう親友に声をかける。

 

「のどか!」

 

 親友を助ける余裕がない。

 

 高速で飛んでくる複数の飛び道具。

 それを槍で叩き落とす技量は自分にはない。のどかにも無理だろう。

 

 迫り来る三つの短刀の刃に夕映は背筋が凍りつく感覚を味わった。

 

 

 

 

「さて、どうしたものかの」

 

 麻帆良の上空で対峙する近衛近右衛門は遠目に麻帆良を攻める鬼の軍勢が崩れていくのを確認して安堵していた。

 

 司も心配だが、あちらには助っ人も送った。

 よほどのことがなければ大丈夫だろうと考える。

 

 むしろエヴァンジェリンの方が心配だった。

 

 実力は司よりも信頼出来る。だが彼女の悪名を知る人間が前線には多くいる。

 魔法先生達と一部の魔法生徒。彼らがエヴァンジェリンを敵と認識したら目も当てられない惨事になっただろう。

 

 敵を前にそんな愚かなことはしないだろうと考えてはいたがやはり不安ではあった。どうやら杞憂だったようだが。

 

「後はあちらか……まぁ、あの子ならばなんとかするだろうがの」

 

 そんな無条件の信頼が自分でもおかしく思える。客観的に見ればどれだけ実力者でもまだ中学生の子供だ。この状況で無条件に信じるには幼すぎる。

 

 しかし信じてしまう。それがすとんと胸に納まるのが自然であると思える。

 本当に不思議な子だ。

 

 対峙する法条家当主、法条源助は荒れる呼吸をなんとか静めつつも胸の内に空虚さが広がるのを抑えきれなかった。

 

「やはり『極東最強』は強いな……わしでは届かぬか」

「降伏してくれぬか? 一門にもけして無体な真似はせぬよ」

 

 二人の勝負は単純な力比べになった。

 真っ正面から近衛近右衛門に勝つことを法条源助は望んだ。

 

「……わしは負けたか」

「降伏を受け入れると言うことで良いな?」

 

 その言葉に源助は微かに笑った。

 

「わしは負けた……力が足りなかった。それは仕方がない」

 

 どこか満足げな笑みに近右衛門は警戒した。まさかなにか隠し球でもあるのかと。

 しかし源助はぶらりと力なく空中に立っているだけだった。

 

「だが近右衛門よ。お主はこのままでいいのか?」

「このままとは?」

「この期に及んで余計な問答をさせるな。わしは疲れておるのだ」

 

 相手の真意を探ろうとする言葉を笑って受け流される。

 

 意外だった。

 どちらかといえば頑迷な老人だったはずだ。それがなにやら知己のような気安い笑顔で語りかけてくる。

 

「お主がいかに理想を語ろうとも東西和平の先にあるのは西洋魔法使いによる支配になる。お主もわかっておるだろう?」

「それは……」

「西洋魔法使いどもが皆お主のようであるわけがない。互いに手を握り、友のように語らい力を合わせて繁栄する。素晴らしい理想だ……だが夢に過ぎぬよ」

 

 嘲笑うでもなく心底その理想に憧れながらも不可能だと諭すような口調。

 近右衛門は胸をつかれる思いだった。

 

「お主がどれほど手配りしようとも、お主はしょせん極東の実力者に過ぎぬ。地球における西洋魔法使いの代表でさえなく、本国とやらに至っては貴様の願いなど気にもかけまい」

 

 反論など出来るわけがない。

 まったくその通りなのだから。

 

「本当にいいのか? このままではこの日の本は……いやこの世界は、魔法世界とやらに引っ込んで囀る連中の食い物にされるのだぞ?」

「そのような事、させはせぬよ」

「ならいいがな……」

 

 近右衛門は源助の異変に目を見開いた。

 

「お主、それはどうした!」

「ああ、これか? いささか無茶をやった代償よ。お主も知っておろう。身の丈に合わぬ魔術は心身を、魂すらも食いつぶすと」

 

 源助の腕が石のように色彩を失い。砂のように崩れていく。

 はっと近右衛門の脳裏に莫大な、異常とも思える鬼の軍勢が思い浮かんだ。

 

 あれほどの鬼の大軍。極東最高の魔力量を誇る木乃香や司であっても独力では呼べまい。

 

「お主、身を捨ててあの軍勢を呼んだのか……」

 

 そしてそんな身体で自分と戦ったのか。

 身を捨てて戦争を仕掛け、自身が万全でないことを承知で挑んできた。

 

 近右衛門はなんとも言えぬ寂寥感を感じた。

 

「お主ほどの男が、なんという短慮を……お主がおれば東西和平が成っても日本の魔術師を守るくらい出来ただろうに」

「わしには無理だ。貴様が嫌いだからな」

 

 むしろ楽しげに笑い飛ばされた。

 本当にこの男は自分を嫌っているのかと疑問に思うほど陽気な声だった。

 

「わしには無理だった。わしと共におった年寄り達にも不可能だった。だから命を捨てて賭けることにした」

「お主、一族の者にも命を捨てさせたか」

「ふん、どいつもこいつも石頭の馬鹿ばかり。わし一人でやるというのに勝手についてきおった損得勘定の出来ぬ老いぼれどもよ……若い者達はさすがに参加させなかった。こんな下らぬ意地を張って死ぬのは年寄りだけでよい」

 

 これは法条家の古い世代の最後の反抗じゃったか。

 

 近右衛門はいまさらながら彼ら日本の魔術師、それを束ねる一族をもっと大事に扱うべきだったと後悔した。

 

「孫達には失敗したら逃げろと言った。あれは目端の利く男だから逃げおおせるだろう。いささか腹の底が読めぬがたいした実力者だ」

 

 なんの苦痛すら見せずに関東でも名門の当主の身体が崩れ、風に吹かれて散っていく。

 

「あれはきっと日本を守るためにまだ戦い続けるだろう。いや、あれの頭にあるのは日本ではなくこの世界かもしれん……それでもよい。希望は残る。西洋魔法使いの横暴に立ち向かう男がいる。本当に良い拾い物だったな」

「拾い物とは?」

「衛史郎はわしの息子の養子だ。血は繋がっておらぬよ……まったくあの馬鹿息子はあんな男をどこで拾ってきたのやら、しかも次期当主にしたいなどと。その才能欲しさにそれを許したわしもたいがいだがな。しょせん馬鹿者どもの集まりだったのだな。我が一族は」

 

 近右衛門は姿勢を正して老魔術師に約束した。

 

「けして法条家に無体な真似はせぬ。わしの名において約束する」

「ふん、そんな事をしては弱腰の誹りを受けるぞ?」

「いまさらじゃな」

「そうか、いまさらか」

 

 関西呪術協会との決着をつけずに和平を目指している。

 それだけでも麻帆良の魔法使いはともかく、本国からは弱腰と強硬派から非難を受けているのだからいまさらだ。

 

「藤宮の跡取りに、関西の姫、それに衛史郎に佳奈子。きっとわしに出来なかったこともやってくれるだろうよ」

「子供達に西洋魔法使い打倒を託すのかの」

 

 法条源助は近右衛門の問いに無邪気な子供のような笑みを浮かべた。

 

「わしがあの子達に託すのは……ただこの美しい国が平和であることよ」

 

 和平だろうと戦争だろうと、その先にこの日の本と魔術師達の平穏と繁栄があるのならばかまうものか。

 

 その言葉を最後に、法条家当主の姿は崩れて消える。

 近右衛門は一人きりになったその場でただ立ち尽くしていた。

 

「またこの国を、この世界を守れる実力者が逝ってしもうたか……せめて後始末ぐらいは手伝っていけばよいものを。すべてわしと子供達に放り投げおって」

 

 厄介ごとをこちらに押しつけて勝手に黄泉の国に去った老人。

 その人の悪い笑顔を、頑固そうなしわだらけの顔を、日本を守るという気概にあふれた姿を幻視する。

 

「……馬鹿者が」

 

 寂しげにそう吐き出すと。近右衛門は世界樹へと夜の空を舞った。

 

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