精霊の御子 カレは美人で魔法使い   作:へびひこ

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第二十四話 戦争の終結

 戦闘が終了した。

 

 鬼の軍勢は討ち果たされ、魔術儀式は停止して世界樹は普段の姿に戻り、近衛木乃香は救い出された。

 

 かなりの被害を出しつつも麻帆良は守られ法条一門の計画は阻止された。

 魔法関係者だけでもかなりの負傷者がでた。死者すらいたと聞いている。

 

 夕映、のどかも負傷したらしいが渡しておいた呪符を使って治癒したらしい。

 二人の無事な姿を見て司は安堵した。信頼はしていたつもりだがやはり心配だったのだ。

 

 対峙していた敵に逃げられてしまった事を詫びていたが、むしろ格上の敵を初陣の二人に任せた自分の責任だった。だから気にする事はないと言っても二人の表情は晴れなかった。

 

 二人の話で戦闘に一般人が巻き込まれかけたと聞き。司はその話をそのまま近右衛門に報告してその一般人の処置を頼んだ。

 

 魔法バレしたのは神楽坂明日菜。司の知り合いであり、木乃香の親友だ。

 

 さらに二人の同級生が彼女を追っていたらしい。しかし魔法使いも驚く身体能力を持つ明日菜に追いつけずに置いてけぼりを食らったところを警戒中の魔法生徒に保護されていた。

 

 麻帆良で起きた魔法バレ、しかもこれだけの大事件に巻き込まれかけた一般人。

 

 司としてはたとえ知り合いであっても口出しは難しかった。なのでせめて近右衛門に直接報告してなるべく穏便な処置をと頼むぐらいしか出来ない。

 

 夕映とのどかの件はエヴァンジェリンや司の立場、状況が特殊だった。だからこその例外的処置に過ぎない。

 

「明日菜さん。大丈夫だといいけど」

 

 司がそう心配すると夕映は素っ気なく言った。

 

「心配しなくてもきっと大丈夫ですよ」

 

 そんな夕映をのどかがなにか言いたげに見ていたのが気になったが。

 

 

 

 誰もが忙しく働いていた。

 なにしろ麻帆良で戦争と言うべき規模の戦いが起きたのだ。やるべき事はたくさんある。

 

 麻帆良を守る結界の復旧。残党がいないか警戒のための見回りの強化。負傷者の治療。犠牲者の供養。一般人への魔法バレ対策。混乱に乗じて事を起こそうとする不穏分子への警戒などなど。

 

 魔法先生は負傷や疲労など感じさせないほどに忙しく飛びまわり、その姿を見た魔法生徒も積極的に協力していた。

 

 そして司は麻帆良にとってお客さん。つまりは部外者である。

 司の立場では出来る事は限られている。手伝えた事は負傷者の治療ぐらいだ。

 

 治癒魔術の使い手が麻帆良所属だろうが外部の人間だろうが違いなどない。気にしている余裕もない。

 

 治癒魔術も得意で、重傷であろうとも治癒出来る司。

 部外者だろうとこの際関係ない。どうせ機密とは無縁の仕事だとかなり頼りにされた。

 

 結果すさまじく忙しく働く羽目になった。普通の魔法使いなら魔力が少なくなれば休める。だが司の魔力量は極東最大。比べるのも馬鹿らしいほどある。

 

 おかげでろくに休みもなく負傷者の治療を続ける羽目になった。

 人の役に立つのだし、怪我をして苦しんでいる人を救えるのだからやりがいはあったが……それでも疲れるのだ。多少は休ませて欲しかった。

 

 

 

「ようやく落ち着いてきましたね……」

「ああ、ここ数日はずいぶん慌ただしかったがようやく落ち着いてきた」

 

 さすがに疲れを見せる司にエヴァンジェリンは言葉通りにようやく落ち着けたとばかりにのんびり紅茶を飲んでいた。

 

 数日のばたばたした日々が過ぎるとようやく落ち着ける時間がとれた。なので司達はエヴァンジェリンの家で思い思いにくつろがせて貰っていた。

 

 夕映とのどかも茶々丸にお茶をいれて貰い。お菓子を食べてくつろいでいる。

 

「そういえば神楽坂明日菜の処遇が決まったらしいぞ?」

「どうなりました?」

「魔法の事は口外しない約束で特に対処は無しだ。以後は魔法を知る一般人という扱いになるらしい」

「そうですか」

 

 少し安心した顔を見せた司にエヴァンジェリンは意地悪い笑みを浮かべた。

 

「だいぶ揉めたらしいぞ? クラスメイトが記憶処置されたと聞いて大暴れしたらしい」

「えっと……和泉さんと佐々木さんでしたか?」

「そうです。明日菜さんを追いかけるために寮を出て魔法生徒に保護されたそうです」

 

 夕映がそう司に説明する。夜道でうろついているのを魔法生徒に保護され、その場で簡単な記憶操作をされそのまま寮に戻されたらしい。

 

 事態が落ち着いてから改めて魔法先生が面接を行い。あの夜の記憶を封印して元の生活に戻したそうだ。

 

 どこに揉める要素があるのか司にはわからなかった。かなり穏便な処置だ。

 少なくとも魔法バレしたから弟子にさせるなどという非常識よりははるかにまともな対処だろう。

 

「なにか問題が?」

「生粋の魔術師の生まれであるおまえにはわからんだろうな。神楽坂明日菜の立場に立って見ればただ夜道を歩いていただけの友人が捕まって、得体の知れない連中に頭の中を弄られたのだぞ? 向こう見ずな正義感だけは強い小娘が騒ぐのには十分な理由だろう」

 

 そう言われて司は納得した。

 確かになにも知らない一般人からすれば魔法使いやその組織を無条件で信頼出来るはずもない。記憶を弄ると言えばむしろ悪い方向に想像してしまうだろう。

 

「よく記憶処置の対象になりませんでしたね」

 

 こちらを信用せず。むしろ敵意を見せたのならばそうなりそうなものだ。

 

 友人として思うところもあるし、ささやかながら口添えもした。

 だが魔術や魔法の秘匿から考えればこちらを信用せず不信感を抱えている人物を野放しにするのはどうかと思う。

 

 記憶封印の後、一般人にもどす。それが一番妥当な気がする。

 実際彼女の友人達にはそう対処している。明日菜だけ記憶を残すという判断は正直納得いかないものがある。

 

「そういう意見もあった……いやそれが多勢だった。しかしタカミチが帰ってきてな。あいつが説得することで納得させたらしい」

 

 ああ、あのダンディー先生か。不精髭の中年男性の顔を思い浮かべる。

 

 親しいようだったし彼の言う事なら聞いたのだろう。しかしなぜ彼女だけ記憶を残すのかという疑問は残る。

 

「おまえは神楽坂明日菜と親しいのか?」

「ええ、友人ではありますね。それがなにか?」

 

 司の答えにエヴァンジェリンは小さく笑った。

 

「友人を大切にするのもいいが、よくこの状況であいつの心配など出来るものだ。おまえなら怒り狂うかと思ったが」

「なんの話です?」

「聞いていないのか? そこの二人が負傷したのは神楽坂明日菜のせいでもある。おまけに重傷だった宮崎のどかの治療を邪魔さえしたそうだぞ?」

 

 司は無言で二人を見た。

 のどかが叱られたように小さくなり、夕映が無表情で断言した。

 

「事実です。明日菜さんに気を取られたのは私たちの未熟ですが、のどかの治療の邪魔をしたのは少し腹に据えかねています」

 

 夕映は左腕に短刀が一本。のどかは腹部に三本刺さる重傷だったらしい。

 

「邪魔をしたというけど、具体的にはなにをしたの?」

 

 司の知る神楽坂明日菜は友人が怪我をしたという状況で邪魔をするような人間ではない。むしろ積極的に助けようとするだろう。

 

「呪符を使おうとしたら呪符を取り上げ、あげくに『救急車を呼ばないと』と喚きながらさんざん邪魔してくれました」

「くっくっく、一般人の神楽坂明日菜からすれば怪我人がいれば然るべき場所へ連絡するのが筋であり、間違ってもオカルトじみた呪符で怪我が治るなどとは信じられなかったのだろうよ」

 

 エヴァンジェリンは愉快そうに笑う。だが笑い事ではない。司はため息をついた。

 

 要するに明日菜としては善意で行動したのだろう。しかし一般人の感覚で行動した結果として夕映の足を引っ張り治療の邪魔をしてしまった。

 

「おかげでのどかが死ぬかと思いました。結構出血が多かったのですぐに治癒したかったのですが」

 

 夕映はよほど腹に据えかねているらしい。そんな夕映をのどかがなだめている。

 

「そんなに怒らなくても……私は無事だったんだし、あのくらいの怪我は修行でよくあることだよ」

「しかし、出血が多くなってのどかは立つことも出来ないほどになったではないですか!」

「大袈裟だよ。ちょっと目眩がしただけだって」

「出血多量で貧血を起こすまでのどかの治療を邪魔したのですよ!」

「わ、悪気はなかったんだろうし」

「善意ならばなにをやっても許されるわけではありませんし、むしろ悪意があったのなら私が殺していましたよ」

「夕映~……」

 

 頑なな夕映にのどかが情けない声を出す。

 

「よほど揉めたみたいですね……」

「ああ、仲良しこよしのクラスメイトが一夜にして一色触発のムードへ突入だ。楽しくなるな」

「……趣味が悪いですよ」

「わたしは悪の魔法使いだからな」

 

 なんの理由にもなっていない言葉でエヴァンジェリンは胸を張る。

 

 司は後で木乃香にでも取りなしを頼もうと考え、あの時の事を思い出して頭を抱えた。

 自然に顔が熱くなる。忙しさにかまけてあれから木乃香に会っていないが、どんな顔で会えばいいのだろう?

 

 そもそもあれはどういう意味なのだろう。

 

 助けてくれた事への感謝だろうか?

 けれど物語ならともかく現実に助けて貰ったからと女の子がキスなどするのだろうか?

 

 少なくとも自分なら出来ない。相手の事が好きならもしかしたら……もしかしたら?

 

「もしかして……いやいや、いくらなんでも自意識過剰なのでは……でも木乃香さんがそんな事を軽々しくするとも思えないし」

 

 誰にでもキスするような女の子だとは思えないし、思いたくもない。

 ならもしかして、自分は彼女に好かれているのだろうか? 異性として?

 

「おやおや、なにやら悩んでいたと思ったら茹で蛸のようだな。いったいなにを考えているのやら」

 

 そんなエヴァンジェリンの声も耳から素通りする。

 司は結局『いい加減うっとうしい』とエヴァンジェリンに殴り飛ばされるまで真っ赤になったまま悩み続けていた。

 

 

 

 

 こうして麻帆良で起こった戦争は終わった。

 

 関東の魔術一門に配慮するという理由で犯人の名前に法条一門の名前が公表される事はなく。魔法犯罪組織の犯行とされた。

 

 法条一門は当主が病死したと発表。

 次期当主に指名されていた人物は修行の旅に出て不在であるため、しばらくの間一族の長老格の人物が当主代行を務めるらしい。

 

 彼らは今回の事件とは無関係であり、麻帆良に侵攻してきた者に法条一門の人間などいなかった。

 つまりはそういう事になった。

 

 麻帆良では真実を知る一部の魔法使いの中で不満があったらしい。

 それも『下手に追い詰めると関東の魔術一門がそろって麻帆良に攻め寄せる事になる』や『むしろ面子を立てて貸しを作り東西和平に協力させる』などと近右衛門に説得されて納得したらしい。

 

 伏せられた真実の中に、あの魔術儀式の内容も含まれる。

 

 あれが魔法世界を破壊するためである事は一部を除いて知らされる事なく、麻帆良を破壊するための物であったとすり替えられた。

 

 理由は『魔法世界を破壊する方法があるなどと公表は出来ない』という事だった。

 

 そんな事を知ればまた麻帆良の世界樹を狙うものが増えるだろう。

 単なる侵入者とは比べものにならない戦力を準備をした組織。それが攻め寄せてきたらどうなるのか。

 

 さらに言えば世界樹で出来る儀式が他で出来ない保証はない。

 魔法世界は常に滅ぼされる危険に怯え続けなくてはならなくなる。魔法世界を滅ぼせる方法など知るものは少ない方がいいのだ。

 

 もちろん術式は失われている。再現は不可能だろう。

 解呪した藤宮司でも解呪しただけであって術式を再現することは不可能と断言した。

 

 可能性があるとすれば逃亡中の法条衛史郎一派だろうが、それは密かに捜索が続けられるらしい。

 

 もっとも追っ手という意味ではなく、交渉によって穏便に法条家に帰って貰うというものだった。

 

 危険人物が野放しになるより、法条一門という立場に縛りつけた方が麻帆良としては都合がいいらしい。おそらく監視しやすいという事だろう。

 

 

 

 そんな話はすべて大人達のした事だった。

 司は詳しい事はほとんど知らされる事なく、今回の事件の大部分が機密扱いになったと告げられただけだった。

 

 それに反発するほど司は幼くはないし世間知らずでもない。

 けれどすぐに納得できるほど大人でもなかった。

 

 なんとも言えないもやもやした気持ちを抱えていた彼にさらに信じられない現実が突きつけられた。

 

 藤宮司が今回の事件で首謀者を撃退して魔術儀式を止めた功労者として賞される事を。

 それは藤宮司が麻帆良を守った『英雄』と呼ばれる事を意味していると。

 

 真実を知るものにはさらに重い意味を持つ称号。

 藤宮司が守ったのは麻帆良だけではない。魔法世界を守ったのだ。世界すら救ったのだ。

 

 まさしく藤宮司は『英雄』なのだ。

 

 

 藤宮司は『英雄』になる。『英雄』として一歩を踏み出す事になる。

 極東最高の魔力保有者が、極東最強の弟子が、藤宮一族の後継者が。

 

『大神』に愛された御子が『英雄』になったのだ。

 


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