「どうしてこうなったんだ? 俺たちは……」
高木信繁が憂鬱そうに呟く。
「図書館探検部にはいって女の子と仲良くなるはずだったのにねぇ」
田村公磨がトラップを手早く解除しながら愚痴る。
「えっと、この先はまっすぐだね。脇道に入ると危険そう」
藤宮司が地図に手早く書き込みしながらルートを指定する。
ここは巨大な迷宮、図書館島の地下エリア。
複雑な迷路、数々のトラップが目白押しの探検家の欲求を十分に満たす秘境。
そこを男三人で探索中である。
そう男三人で。
あれから図書館探検部に見学を申し込んだ三人はそのままチームを組んで図書館探検を体験した。
そしてどういうわけか知らないがかなりの好記録を叩き出したらしい。
到達時間がどうとか、罠回避能力がどうとか、ルート取りがどうとか絶賛された。
そして諸手を挙げて入部を歓迎され、そのまま三人でチームを組んで図書館島を探検することになった。
冷静に我が身を振り返れば実にいいチームではあった。
自然とリーダーシップを発揮し、判断力と決断力があり、その優れた身体能力で少々のトラップなど粉砕する高木信繁をリーダー件斬り込み隊長に。
慎重な観察力と手先の器用さを生かして数々の罠を発見、解除する田村清麿をトラップ対処担当に。
思考能力と勘の良さで適切なルートを選び出す藤宮司が迷宮のナビゲーターとなる。
このままいけば今年の一年でもっとも優秀なチームと呼ばれるかもしれないと上級生に褒められたが、信繁たちの目的は部活で好成績を出すことではない。
「なぜ俺はあの時、勇気を出して女子と組ませて欲しいと言わなかったんだ! 俺のチキンさが憎い!」
「頼めばあの先輩が一緒に来てくれそうだったのにノブがかっこつけて自分たちだけでいいとか言っちゃったんだよね。ああ、清楚な眼鏡美人なのにあのおっぱいは反則でしょ。もうアレは凶器だったよ」
公磨が件の先輩を思い出しているのか手をわきわきと動かした。
妄想の中で揉んでいるのかもしれない。気持ちはわかるが本気でもてたいなら自重して欲しいと司は思う。女子は女子同士なら平気で下ネタトークもするが男子の下ネタは許容しないという不思議な価値観を持つ生物なのだ。
「まぁ、評判はいいみたいだからそのうち女の子とも仲良くなれるんじゃないかな」
二人ほど飢えていない。女の子と仲良くなることに意欲を燃やしていない司がそうなだめる。正直入ってすぐに仲のよい女子が出来るなど都合よく考えてはいなかったのでさして落胆していない。
ここ数日はこんな感じだ。
実際図書館探検部での三人の評判は良い。
なにせ入部わずか二週間足らずで新入生最優秀チーム候補と目されるようになったほどだ。
女子になかなか出会えないおかげで真面目に活動していたので、男女問わず先輩からは良い後輩だと可愛がられ同級生からは素直な賞賛と信頼を向けられている。当然女子部員も好意的な態度で接してくれる。
もちろん競争相手として対抗心を燃やされる場合もあるが敵意を向けられるほどではない。そのあたりの空気は非常によいところなのだ。
「そういえば評判がいいな俺たち、ちょっとまろと手分けして聞いてみたんだが、かなり高評価だったぞ」
信繁が若干信じられないという顔つきで言った。
信繁はリーダーとして評価されていて、リーダーシップがある男子として頼りになりそうと好評。
公磨は礼儀正しく博識なところが好印象。特にトラップ対処能力は男女問わずに教えて欲しいと人気だ。
司はとにかく美人ということでこちらも男女問わず人気。男子はあれが女なら即座に口説くと若干残念そうにしており、女子はどうしたらあの美貌を維持できるかと興味津々だ。
要約すると信繁は頼れる男子として注目株。公磨は見た目の割にいい人と友人として高評価、司は男女問わず憧れの美人という感じだそうだ。
「ちょっと我ながら信じられないな」
「最近ノブも真面目にやっていたからね。真面目なノブはふつーにモテると思うよ? むしろボクの方が意外でしょ?」
「外見より内面ということじゃね? 中身の性能なら俺より上だしな」
勉強ではさりげなく上位にいる公磨である。運動も普通程度には出来る。探検活動で信繁と司にまったく遅れずついてくるあたり見かけより体力と運動能力があるらしい。
「……僕の美人っていう評価は?」
「妥当な評価だろ?」
「ま、第一印象ならそうなんじゃないかな」
二人が内面や能力を評価されたのに比べると外見しか評価されていないようで悲しい。
「まだまだこれからだろ。俺らは絶賛売り出し中だからな」
「そのうちモテモテになるといいなぁ」
「贅沢はいわん。彼女の一人は欲しい」
「ボクも二人はいらないから、ボク好みの彼女が出来たらそれで満足だよ。満足すぎて成仏しちゃう」
「成仏したら死んじゃうよ……」
彼女が出来たら死んでも悔いはないといいたげな二人にさりげなく突っ込む司だった。
そのまま迷宮じみた図書館内を探索する。
とりあえずの目的地は配布されたマップに記された到達目標点だ。
いくつもの箇所にあり、どこまで到達出来たかで探検部の活動評価につながる。
もっとも中学生はあまり危険な箇所には入れてもらえないのだが、それでも中学生の最終到達点にたどり着ける中学の部員は全体の半数程度らしい。
本を読むのが専門で探検はほとんどしない部員もいるし、逆に本はろくに読まないが探検三昧という部員もいる。
本当にいろいろな部員がいるので司たちも普通に入部できた。
もちろん入部動機はそれぞれ適当にごまかした。ちなみに司は『たくさんの本に囲まれて生きたい』と書いた。他に思いつかなかったのだが、ふざけていると怒られるかなと思ったら『君は実にいい感性を持っている』と多いに同意を得られた。
本が好き過ぎている人たちの感性は司にはちょっと理解出来ない。
「あれ? ボクらの他にも人がいるよ」
「それはいるだろ? 探検部は人が多いんだし、みんなここをうろついているんだし……むしろ今まで探検中に誰も出くわさなかった方が異常だろ」
つまらなそうに答える信繁に公磨はわかっていないと言いたげな顔を向けた。
「ボクらが通っているルートはボクらの軍師が割り出した安全な最短ルートだよ。大抵の部員は罠たっぷり困難いっぱいのダミールートに行っているって」
その言葉に信繁は顔色を変える。
「ちょっとまて! それはつまりあれか? これまでやけに他の部員を見ないと思ったら俺らのルート取りが特殊すぎたせいだっていうのか!?」
「なにをいまさら」
公磨がなにを当たり前なことをと肩をすくめる。
「ツカサ! おまえ俺らの目的わかってんのか? 俺たちは好成績が欲しいわけじゃねぇ、出会いが欲しいんだよ! わざわざ人のいない道通ってどうすんだ!」
あっと司が今気がついたというように意表をつかれた顔をする。そういえばそういう目的もあったのだった。ゲーム感覚で探検ごっこをするのが意外に楽しくてあまり気にしていなかった。
すごい剣幕で怒る信繁を公磨が非難するような目で見やった。
「ツカサを責めるのはひどくない? 最初に聞かれたじゃん。面倒くさいけれど一般的な道と楽そうな道どっちがいいかって」
「確かに俺も楽な方がいいと言ったぁ!?」
頭を抱えて絶叫する。選択肢を提示されながら自分も気がつかずに出会いのない方を選んでいたのだ。怒りは行き場を失った信繁は呆然とした。
そんな信繁の肩を公磨がぽんと叩いた。
「ノブ、よく考えなよ。ツカサのルート取りのおかげでボクらは好成績を出して評判があがっているんだよ? このまま最初はちょっとがんばって評判あげてからの方がきっとモテるって」
なにも考えていなかった司や信繁とちがって公磨はちゃっかり下心あっての行動だったらしい。
「……部活で活躍してモテモテルートか?」
「現に今もボクら人気者になりかけてるじゃない? フラグは立ててるって」
公磨の言葉にすっと信繁が立ち直った。
「よくやったツカサ。その調子で頼むぞ俺たちの諸葛亮!」
「こだわるねぇ。ノブは三国志好きなの?」
「男のロマンだろ?」
調子よく司を持ちあげた信繁は軽くツッコミをいれた公磨にぐっと親指を立てて断言する。よくわからないがこだわりがあるようだ。
「僕はそんなたいしたものじゃないよ」
「別にたいした意味はねーよ。ちょっとしたジョークなんだからそんな真面目に取るなよ」
どこか迷惑げに眉を寄せる司の肩を抱いて信繁が快活に笑う。
「三国志なら周瑜じゃない? 美周郎的に。司も美人だし」
公磨が司の顔を値踏みするように観察しながら発言する。そう言えばと信繁も考え込むが司は無視した。
そんなことを話しながら歩いているとやがて四人の少女の姿がはっきり見えてきた。
その光景を見た信繁が感動に震える。
「……俺は神に感謝したくなった。天は俺を見捨ててはいなかった」
「レベル高い美少女たちだね。仲良くなれるかな?」
相手が不快にならないように素早く観察した公磨がぽつりと呟く。
長い黒髪の綺麗なおっとり系美少女。
好奇心の強そうな目をしたメガネっ娘。
つまらなそうな顔をしながらもその目は冷静にこちらを観察している知的おでこ娘。
前髪が長くて顔が見づらいが気弱そうな感じの小動物系少女。
それぞれ方向性が違うがかなりの美少女たちだ。
「やっぱり司くんやった。おひさやねぇ~」
おっとり系美少女が笑顔で手を振ると男二人が司に目線をやった。
「ひさしぶりですね。木乃香さん」
あの日以来会っていなかった近衛木乃香に挨拶をすると即座に信繁と公磨に肩をつかまれる。
司は驚いて二人を見た。
目の色が違う。まるで裏切り者を発見した密偵か秘密警察のような目だ。
さて捕らえて吐かそうかこのまま殺そうかと言ったような。
「おい、おまえあの子と知り合いなのか?」
「うん、以前会ったことがあって」
「おまえは! おまえは友達だと信じていたのに実は一人だけ女に縁があったのか!?」
血の涙でも流しそうな信繁の必死の形相に司は一歩後ずさった。
「ちょっと会ったことがあるだけだよ」
「とか言いつつ実はメアドとか交換していたりしない?」
言い訳がましく弁明するが公磨も眼鏡を光らせて追求してくる。
確かに携帯ナンバーとアドレスも教えてもらっている。
しかし素直に肯けない気迫が公磨たちから発せられていた。肯いて見せたらなにか別の存在に変身しそうな程の迫力だ。
「あはは、仲良いねぇ。木乃香の友達?」
「うん、司くんは恩人や。あとの二人は初対面やな」
メガネっ娘の楽しそうな声に木乃香も笑いながら答える。
信繁と公磨は姿勢を整え、きらりと紳士的な笑みで自己紹介した。
「高木信繁です。こいつのルームメイト兼クラスメイト兼親友です」
「田村公磨。ツカサの親友です」
光り輝くような笑顔だった。
それまで異様な迫力でその親友を脅しあげていたとはとても思えない。
すごい握力で握られていた肩をやっと放してもらえたツカサは軽く肩を回して調子を確かめながら自己紹介した。
「藤宮司です。木乃香さんとは入学式の日に会いました」
クスクス笑いながら木乃香たちも自己紹介する。
おっとり系美少女、近衛木乃香。
メガネっ娘、早乙女ハルナ。
知的おでこ娘、綾瀬夕映。
小動物系娘、宮崎のどか。
図書館探検部に所属する。女子中等部1-Aの生徒だった。
木乃香とハルナは好意的な笑顔を浮かべていたが夕映は興味なさそうに三人を一瞥してぶっきらぼうに、のどかは木乃香たちに隠れるようにおどおどと自己紹介した。
それから七人で探索を開始する。
せっかく会ったのだから一緒に行こうと木乃香が提案し、信繁たちは文句はなく他の女子たちも特に反対はしなかった。
「そうですか、あなたたちが今年最優秀候補の新入生だったのですか。道理でこのルートを通るはずです」
夕映はそう納得したように肯いた。
自分たち以外は通るわけがないと思っていたという。
「一見遠回りだけど一番安全なルートだからね。面倒なトラップや回り道が少ないから結局最短ルートだと思うし」
「ルート取りはあなたが?」
「うん、うちのナビゲーター役だから、公磨がトラップ担当で信繁がリーダー兼実力行使担当」
綾瀬夕映は若干興味を引かれて目の前の少女にしか見えない男を見た。
たいそうな美人だ。
自分の容姿にたいした興味も価値も認めていない夕映をして若干妬ましく感じるほどだから相当だろう。
どうやら頭も回るらしいし、木乃香が話した武勇伝が本当なら腕も立つのだろう。
どんな完璧超人ですか?
そう呆れかけたが穏やかに微笑む司を見て、最大の欠点は男に見えないことですねと結論づけた。
間近で見て話しても男性とは思えない。
下手な女性よりも綺麗な顔立ちにすらりとした品のあるたたずまい。
口調も穏やかで声も綺麗だ。服を変えるだけでほぼ完璧な女装が出来るだろう。
これでは異性から男性として見てもらうのは困難だろう。男性から同性と認めてもらうことすら苦労しているかもしれない。
おかげで男性恐怖症の気があるというのどかも彼が側を歩いてもあまり緊張しないようだ。
男性的イメージを抱きにくく、いかにも善良そうで優しそうなので相手に恐怖心や警戒心を感じさせない。本人もどこか育ちが良さそうでのほほんとしている。
人に好かれて周囲に助けられるか、悪い人に言葉巧みに利用されるかどちらかのタイプですね。
そう夕映は判断した。
三人の少し後ろを木乃香とハルナ、そして信繁と公磨が続く。
お互いに図書館島の感想やら攻略のコツなど情報交換しながら歩いているため、どこか気が緩んでいるが悪くない雰囲気だ。
最初はようやく打ち解けはじめたばかりの友人たちとのひとときを邪魔されたように感じていた夕映もこれはこれでたまにはいいでしょうと考えた。
ルート取りの最大の決め手は直感という司に情報を吟味して選択するのが一番だと主張しながら歩く。
突然のどかが小さな声をあげた。
反射的に目を向けると、いつの間にか少し前を歩いていたのどかが足下を見て目を見開いている。
どうやらトラップのスイッチを踏み抜いたらしいと考えるよりも速くのどかの頭上にいくつかの鉄球が落ちてくる。
その瞬間夕映は地下なのに風が吹いたように感じた。
隣にいた司とトラップにかかって硬直していたはずののどかの姿が消える。
そして誰もいない場所に夕映の拳くらいの鉄球が三つほど落ちた。意外に重い音にひやりとする。当たり所が悪ければ怪我をしていたかもしれない。
「大丈夫?」
慌てて声の方を向くと先ほどの場所から少し離れた所で司がのどかを抱きかかえていた。
「は、はい……だいじょうぶ、です。ありがとう、ございました」
頬を赤く染め、蚊の鳴くような声で礼をいう。
そんな彼女を優しい手つきで立たせて司は「よかった」と微笑む。
まるで大事なお姫様でも扱うような柔らかな物腰だ。
仮にも同年代の異性を抱きかかえたというのに照れも下心も感じさせない綺麗な笑顔だった。
その笑顔にのどかはますます顔を真っ赤にして言葉につまっている。
木乃香とハルナが「だいじょうぶ?」と声をかけてくるが夕映の頭の中はまったく別のことで思考がフル回転していた。
今のはなんです?
すぐ隣にいた司が、話に夢中で少し遅れた自分たちより先に進んだのどかの場所まで移動して、彼女を罠の地点から抱きかかえてさらに移動した。
それを今の今まで話していた自分にまったく知覚できない速度で、罠の鉄球が落下するより速く行う。
瞬間移動? 馬鹿な。そんな非科学的な、ありえません。
でもクラスにも能力的にずば抜けたクラスメイトもいる。彼も同じように少し特殊な人間なのでは?
いえ、それでも今の動きは速すぎる。
本当に瞬時に移動したとしか思えない速さ。
『まるで魔法でも使ったかのよう』
自分の思考に呆れつつも彼から目が離せない。
穏やかに笑う少年。
外見はまるっきり少女にしか見えない。
しかし、そんなことは些末なことだ。
目の前で起こった『不思議』に比べたら女顔で美人な事ぐらいなんの意味も価値もない。
『不思議な男』
世界から色彩が抜け落ちたかのような退屈な日々の中で穏やかな時間をくれた友人たち。
そして今日、綾瀬夕映は自分の心を震わせる『不思議』の一欠片を目撃した。
問い詰めたところで、素直に教えてくれるかわからない。
ならば調べよう。
あらゆる知識を調べ抜いて今の現象がなにかを知ろう。
そう考えるとわくわくしてきた。
自然に唇が笑みを浮かべる。
「あなたの正体を、私は必ず『知る』です」
宣戦布告するような小さなつぶやきは誰の耳にも届かない。
綾瀬夕映のその瞳は好奇心と探究心で輝き、頬を興奮で朱く染めていた。
ゆえ吉がツカサを探究心対象としてロックオンしました。
原作のどかの階段落ちイベントをネギを司、明日菜を夕映に置き換え場所を図書館島に。
夕映ならその場で詰め寄って追求するより、自分でその不思議現象を調べるかなと。
「いまのはなんですかー!」
と詰め寄るのもありだったかも、いやその方が自然だったかも?