なんでこんな事になるのだろう?
やはり麻帆良に来るべきではなかったかもしれない。司は虚しく考える。
捕縛用の魔力糸を焼き切られると目を輝かせてさらに好戦的な『イイ笑顔』になった金髪の少女。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
どうやら西洋魔法使いらしい。
ということは麻帆良の魔法使いだろう。
つまりこの襲撃に師である近衛近右衛門が関与している可能性がある。
あの師ならば「弟子の実力を見てみたかった」などととぼけた顔をしながら覗き見していてもおかしくない。
しかしそれにしては目の前の彼女は司の目には誰かに使われるような人物に見えない。非常にプライドの高い独立心の強い人物だと思えた。
あるいは彼女の独断かもしれない。
どちらにせよ一戦する必要はありそうだ。
話し合いで済ませられるような雰囲気ではない。
慎重に彼女を観察する。
小柄な身体は小学生と言われても納得できそうだ。到底格闘戦に向きそうには見えない。だが魔力で強化されたら子供でも大人を殴り飛ばせるのだから体格差があってもあまり油断は出来ない。
魔力自体は普通の魔法使い程度なのだろうか。司は西洋魔法使いの基準をよく知らないのでわからない。しかし取り立てて魔力に恵まれているとは思えない。標準かあるいはそれより少なめ程度だろう。
しかし先ほどの魔力糸はすさまじかったと思い浮かべる。なにしろ気がついたらあっという間に包囲されていた。
おそらく自分並みかそれ以上の制御能力があるのだろう。やはり油断は出来ないと司は憂鬱になる。
そんなのと戦わなくてはならない。魔力が少ないことなどなんの慰めにもならない。
魔力が少なくても戦い方と経験でどうとでも出来ることが多々ある。
本格的な修行を始めたばかりの司が良い例だろう。
大祭後『関東最大の魔力量』と持ちあげられたが、司は自分より魔力量で劣る先輩や父や近右衛門にさんざん叩きのめされていた。
大きな魔力も使いこなせなければ意味はなく。あの頃の司はただ制御が得意なだけの子供だった。魔力の制御は出来ても肝心のそれを活かす技や技術を知らないのだ。熟練の魔術師達に勝てるわけがない。
そして多くの人に鍛えられて成長した今でも最強には手が届かない。
『関東最大の魔力を持つ魔術師』イコール『最強の魔術師』ではないのだ。
それでも怪我をしたくないし死にたくもないのでがんばるしかない。
おそらく戦いはじめればきりのいいところで制止が入るだろうと司は予想している。
これが近右衛門の手のひらの上なら確実に。そうでなくてもここが麻帆良であることを考えれば戦いはじめれば確実に麻帆良の魔法使いが気がつくはずだ。
相手は正体不明の実力者。所属はおそらく麻帆良の魔法使い。
負けるわけにもいかず。かといって容赦なく彼女をぶちのめすわけにもいかない。
手加減が苦手なことは自覚している。だが万が一重傷を負わせたら問題になる可能性があった。
それ以前にこの正体がいまいちつかめない少女は全力で挑んでも平然としていそうな予感がする。
仕方がない。と決断する。
怪我をすれば治療すればいい。それが自分であれ相手であれだ。
麻帆良側も自分から仕掛けておいてことさら問題視はしにくいだろう。そう思いたい。
司の雰囲気の変化に気がついた金髪の少女が楽しそうに笑う。
「ふん、ようやく腹を据えたか? 煮えきらん男は嫌われるぞ」
「失礼しました。こういうお誘いは珍しいので困惑していました」
司は女性からまっとうなお誘いなどろくに受けたことがない。ろくでもないお誘いは多かった。おもちゃ的意味で。
それでも会ってすぐさま『戦おう』と言われるのは珍しい。青山の宗家に出向いた時ぐらいか、それでもあれは一応皆伝のための試験という名目だった。
そしてその手の女性は大抵司の意見など聞きもしないのだ。
正直女性はか弱くて守るべきものであるという言葉に無性に反論したい。あのパワーは男ではたぶん無理だと思う。守る必要があるのだろうか?
「ふふっ、良いところを見せたら食事ぐらいは誘ってやるよ」
「そしてその場で僕の秘密を聞き出すのですか?」
「よくわかったな。安心しろ、無粋な方法は使わん。それほどの男には相応の扱いをしてやるさ」
「では無様に負けたら?」
「負け犬には負け犬にふさわしい扱いがあるだろう?」
「よく理解出来ましたよ」
大人たちに藤宮の跡取りとして鍛えられた笑顔の仮面で会話する。
……胃が痛い。
麻帆良にいる間はこんな事をし続けなければならないのだろうか?
これなら地元の学校で女子のおもちゃになっていた方がマシだったか。
どちらかというと素直な性分の司は本心を隠しての会話は疲れるし、気質的に好まなかった。
本心では素直にとにかく争いごとはしたくないと伝えたい。
そしてなんとか穏便にすませたい。
けれどそれは『藤宮の跡取り』には許されない。特に麻帆良で麻帆良の魔法使いに対しておこなうことは絶対に許容されない。
藤宮は麻帆良の下部組織ではないのだ。
正式には関東魔法協会に加入すらしていない独立勢力であり、その跡継ぎ候補である司が麻帆良の魔法使いに非もなく頭を下げ許しを請うなどあってはならない。
そのあたりの教育は麻帆良に来る前にきっちり受けた。
「藤宮の名と誇りと共に歩め」
そう言って送り出した父の姿を思い出す。
藤宮最強の魔術師の一人であり、威厳と指導力溢れる藤宮当主だ。
司の尊敬する父が司ならば問題ないと認め送り出してくれたのだ。
その期待と信頼を背くことは出来ない。
それは『藤宮司』には許されない。
「では藤宮司、この美しき満月の下で共に楽しもうじゃないか。このエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルがお相手しよう」
金髪の少女、エヴァンジェリンの手に試験官に似たガラス容器が握られる。どうやら服に仕込んでいたらしい。
試験管を放り投げエヴァンジェリンが呪文詠唱に入る。
即座に魔力が練り上げられ、魔法という形になる速度のすさまじさに目を見開いた。
この速度と制御力、さらに完成された魔法の熟練度は師、近右衛門すら超えるだろう。
「魔法の射手、連弾、氷の三十一矢」
司の立っていた場所に西洋魔法の基本攻撃魔法『魔法の射手』が打ち込まれる。
その威力に司は驚いた。
込められた魔力の少なさに比べて威力が途方もない。
呪文詠唱前に投擲した試験管。あれになにか液体が入っていたが、おそらく呪文発動のための触媒だろう。
触媒の力を借りたとはいえあれっぽっちの魔力でよくあの威力がでるものだ。司に同じ事をやれと言われてもできないと断言できる。
「逃げ足が速いな? 藤宮司、それが藤宮の戦い方か?」
とっさに空へ逃げた司を追撃するでもなくゆっくり視線を向けて笑いかけてくる。
司としては可能なら死角からの攻撃を加えたかったが、相手に隙がないので諦めた。結果ただ上空で突っ立っているようにも見えた。
そんな司にエヴァンジェリンは心底楽しげに笑みを浮かべる。
彼女は彼女で司の技量に驚いていた。恐ろしいほどにスムーズな瞬動からの空中を浮かぶ魔術へのつなげ方。緊急回避一つに無駄に熟練の技術が込められている。並の術者ではありえない。
「心配するな、わたしは大抵のことでは死なない。だからそれほどおっかなびっくり戦う必要はないぞ?」
攻撃をためらっているのを見抜かれたらしい。司としてはお互い怪我なく実力を讃え合って終わりという結末がもっとも波風立たない方法で望ましいのだが。
「怪我をした場合は治療しますから、安心してください」
するとエヴァンジェリンは噴き出した。
「おまえはなにも知らないんだな? まったく笑える無知さだ。怪我の心配なら自分の綺麗な肌でも心配していろ。いや、そうだなそちらがそういうつもりならこちらも加減してやろうか?」
魔術で宙に浮く司にエヴァンジェリンがさらに魔法を放つ。
「氷結、武装解除!」
投げつけられた試験管が爆砕し、相手を無傷で武装解除させる魔法が発動した……はずだった。
「氷よ。安らかなれ」
司のその一言で、エヴァンジェリンの魔法がかき消えるように無効化された。
彼女の目が驚愕に見開く。
「……なにをした?」
「教えてあげません」
その答えにエヴァンジェリンが笑う。腹の底から楽しげに。
「そうか、それが『精霊術』か! 西洋魔法のように魔力を対価に精霊を使役する魔法ではなく……おそらく精霊と同調し、自ら精霊の技をふるう魔術だな?」
一目でまるっとお見通しらしい。
司は少し驚いた。
「先生でも一目で見抜いたりはしませんでしたよ……」
「ふん、じじい程度とわたしを比べるな。わたしは封印さえなければ最強の魔法使いだぞ?」
「封印?」
「その話は後で話そう。今はもう少し遊ぼうじゃないか。わたしも身体が温まってきたところだ」
どうやらなにか事情があるらしい。
そしてまだやる気まんまんらしい。
「今のがわかったのなら理解出来たはずでは? あなたの魔法は僕には効きません」
笑顔ではったりをかますが、これはさすがに無理があったらしい。即座に否定された。
「さてそれはどうかな。おまえは初撃の魔法の射手を無効化せず避けた……なぜ無効化しない? 出来なかったのではないか?」
どうやら術の特性まである程度見抜かれたらしい。はったりなど通用しないようだ。
「その術は対魔法用の防御としては優秀だ。だが欠点もあるだろう? おそらく相手の使う属性を見極めた上で、同じ属性の精霊を使って無効化する必要がある。だから最初の一手、発動の速いわたしの魔法に対処が遅れて貴様は回避を選んだのだろう?」
司は口元を引きつらせた。
図星だ。
予想外に速い魔法展開に司の精霊による干渉は間に合わなかった。
おかげで慌てて上空に逃げたのだ。
二撃目はすでに魔法の速度を見ていたのでなんとかそれに合わせられた。
かなりぎりぎりで追いすがるのがやっとだ。さらに速度を上げられたら司では追いつけない。
「万能の防御呪文などない。完全な攻撃呪文がないようにな。ようするに……」
彼女が選ぶ手はおそらくこちらの予測を外す攻撃だろう。司は予想する。
精霊干渉による防御は相手の魔法を認識している必要がある。
つまり。
「貴様は奇襲に弱い」
エヴァンジェリンが断じた。その通りだと司は顔を引きつらせた。
再び糸が司の足を絡める。焼き切ろうと意識を集中するより速く強力な力で地面に引きずり落とされた。
「そしてその魔術は、その特性故に精霊属性の魔法しか防げない。純粋な魔力を無効化は出来ない」
にやっとエヴァンジェリンが笑った。
貴様が拘束用の魔力糸を燃やしたのもそれが理由だろうと。その魔術では魔力糸は無効化できないのだろう? そういいたげな笑顔だった。
かろうじて受け身を取り、まとわりついた糸を炎で燃やして司は立ち上がる。まったくの事実なので反論できない。
「そしてこれは推測だが、おそらく相手の魔力を上回る魔力が必要なのではないか? そうでなければ相手に支配された精霊が言うことを聞くまい」
まぁこれは貴様にとっては特に弱点になるまいと笑ってみせる。
確かに司ほどの魔力量の持ち主は希だ。
司が自身の持てる全魔力を一度に運用できると仮定すれば、司は個人戦に限定すれば大抵の魔法を無効化できることになる。
現実には司はまだその領域に届いていないが。
かなりの規模の魔力も扱えるようになったが、魔力が巨大化するにしたがって発動に時間が必要になってしまう。これでは実戦ではろくに使えない。
「じじいの世迷い言もたまには役に立つ。貴様ならあるいはわたしの呪いも解けるかもしれん」
「呪い? 先ほどは封印と聞きましたけど」
封印された上に呪いまでかかっているのだろうか?
司の言葉にエヴァンジェリンは苦い顔をした。
「似たようなものだが、貴様に期待しているのはわたしの身を苛む呪いの解呪だ。これはじじいからいずれ伝えられるだろう」
「まさかそれを伝えるためにこんなことを?」
「まぁな。本当にそれが可能な力量を持つものか確認したかった。未熟者にあれこれいじられて悪化でもしたら目も当てられんからな」
だったら最初からそう言って欲しかった。司は内心で恨み言を吐く。
そうすれば自分の魔術の特性を話し、あるいは実演して見せただろうに。
自分の体質はともかく精霊術を見せる程度なら特に問題はないのだから。
でもこれで終わりかと安心しかけたところでエヴァンジェリンが再び試験管を取り出した。
彼女は輝かんばかりの笑顔だった。司はいやな予感で背筋が震える。なんというか司をおもちゃ扱いする女子と同類の気配を感じる。
「おいおい、まさかこれでお開きなんて腑抜けたことを考えていないだろうな? 言っただろう? 良いところを見せてくれよ、藤宮司!」
同時に三つの試験管が舞う。
「闇の吹雪!」
ちらりとエヴァンジェリンの期待に満ちた表情が目に入り、一瞬で魔力は魔法となり巨大な暴力となって吹き荒れた。
彼女は期待している。
自分がまだ手札を隠しもっていると。
それを見せろと要求している。
ならばおとなしく見せましょうと司は諦めた。
ああいう強引な人間にはなにを言っても無駄だろう。
きっと満足するまで続ける気だ。
ならば早めに満足してもらおう。
「……すべてを燃やし尽くす!」
司は目の前の自身を消し飛ばしかねないほど強大な魔法を睨みつける。慣れ親しんだ魔術は特に強く意識するまでもなく形となりその猛威を振るった。
こちらを喰らい尽くそうと突進してくる闇と氷の暴風に対して司は巨大な炎を顕現させる。すべてを燃やし尽くす業火は爆炎となって夜の気色を真昼のように照らし出した。
藤宮に伝わる精霊術。
精霊と同調し、精霊の力を借り、精霊の力をふるう。
藤宮の子、司の操る炎は文字通りすべてを燃やし尽くす。それが物であろうとも、者であろうとも、例え魔法であったとしても。
エヴァンジェリンの呆気にとられた顔が少しおかしかった。おそらく自信のあった魔法なのだろう。それだけの威力があった。
誰が思う。
誰が想像する。
放たれた魔法を一瞬で『燃やされる』などという非常識を。
闇と氷が炎に喰われ燃やされ、魔力の残滓すら残さずに消滅する理不尽。魔法が力負けして敗れるなら理解出来るだろう。しかし相手の魔法を消滅させる魔法や魔術は通常存在しない。それこそ希少技能である『完全魔法無効化』ぐらいだろう。
エヴァンジェリンの放った『闇の吹雪』は司の一睨みですべて『燃やし尽くされた』格好になった。エヴァンジェリンどころかほとんどの西洋魔法使いが度肝を抜かれる光景だろう。
これこそが近右衛門が藤宮を軽視してはいけないと自戒する要因の一つ。『魔法を滅する魔術』である。世界的にも珍しい魔術であり。近右衛門達麻帆良の西洋魔法使いでは再現不可能な技能である。
「くっくっく……はっはっはっはっは!! なんだそれは!? 魔法すら燃やす魔術か! これは驚いたよ。先ほどの無効化が児戯に見えるほどだ!」
「実際、精霊の干渉による魔術無効化は精霊術では基本の術です」
司は狂ったように大笑いするエヴァンジェリンに若干呆れつつ説明した。
「それに比べれば魔法だろうと魔術だろうと滅ぼす術行使は通常の術より上位の技術になります。基本的にこの上級精霊術が使えて初めて一人前扱いですね」
藤宮では精霊を操って普通に魔術を行使するのは下級精霊術。精霊干渉はこれに属する。
さらに上級の技術で相手の魔術、魔法すら滅する。つまり精霊も魔力も滅することが出来る術は上級精霊術に分類される。
上級精霊術を使えて初めて藤宮の精霊術士として一人前と認められるが、その上級精霊術も上を見上げればきりがない。
司が今見せた『魔法を滅する魔術』など上級精霊術の初歩といっていい。
「なるほど降参だ。今の魔法の威力を見る限りおまえはその気になればわたしをいつでも殺せる攻撃手段をもち、かつわたしの魔法を理論上すべて滅ぼせるのだな? ならばこの条件ではわたしが不利だ。全力を出せるならばおまえの無効化も今の炎も上回る魔力で魔法を使えるが、今の封印された身では不可能だ。おまけに今の一撃に魔力の大半を使った。もう残りの魔力が心許ない。ここは素直におまえの健闘を称えて降参しよう」
予想外にあっさり引き下がったことに司が驚く。
するとこちらの感情を読んだのかエヴァンジェリンが若干おもしろくなさそうに腕を組んだ。
「わたしはおまえを殺す攻撃ができない。わたし自身女子供を殺さない主義というのもあるが、おまえはわたしの呪いの解呪に必要だ。だから殺せない。殺し合いならばわたしにもまだ打つ手があるが、そこまでやる必要はないし、やるわけにもいかん」
おまえには期待しているからなと。降参といいながらむしろ勝者のような晴れ晴れとした笑顔でエヴァンジェリンが笑う。
実際彼女に勝てるかは半々だろう。
魔力を消費させ持久戦に持ち込めば勝てるだろうが、それを許すか疑問だ。
精霊術も初見なら通用しただろうが、すでに見せてしまった以上なんらかの対策をするだろう。
精霊干渉による無効化さえあっという間にその特性を見破ったほどの魔法使いだ。上級精霊術の特性すら見破ってもおかしくない。藤宮の精霊術も無敵でもなければ万能でもないのだから。
本気で勝とうとするならば、それこそ全力で潰しにかからなければならない相手だろう。そんな相手と意味のない戦いなどしたくないのが司の本音だ。
「ところで一つ聞きたいんだがな」
エヴァンジェリンが皮肉げな笑顔をこちらに向けた。
「あの炎を使ったときのおまえは人間だったか?」
やっぱり気がついたか……。
諦めたように司は説明した。ばれてしまっているのなら教えても良いだろう。教えてかまわない範囲なら。
「精霊術を使うには基本的に精霊と同調できる能力が必要ですが、上級精霊術を使うには通常以上の精霊との同調が必要です。そうですね。精霊を憑依させたに等しい半精霊といっても差し支えない状態になります。人間とは気配が違うかもしれません」
「おまえの奇妙な気配はそれのせいか……なんとも無茶な魔法を使うものだ」
「それほど危険はありませんよ。きちんと制御能力があり、精霊との適性が高すぎたりしなければ問題ありません」
「高すぎればどうなる?」
「低ければそもそもこの術が使えませんが、高すぎると精霊と同化して人から外れます。その後も生き続けられるかは半々ですね」
「おまえは適性が高すぎる口か?」
司は見透かすようなエヴァンジェリンの問いに答えなかったが、彼女はなにやら納得したようだった。
「魔法使いが魔法に呑まれて死ぬなど哀れを通り越して滑稽でしかないからな。まぁ気をつけることだ。ツカサ」
司の常人とは違う気配も精霊術の副作用程度に認識したのだろう。
それならそれでかまわない。わざわざ初対面の相手に話すことではない。
上機嫌に納得するエヴァンジェリンの言葉を司は訂正しなかった。本来、司ほど人からはずれることなどありえないなどと部外者にわざわざ説明することではない。
憑依云々は精霊術の素人にわかりやすく説明した結果に過ぎない。上級精霊術を使うのに精霊との親和性が重要になるが、憑依までさせるのはまた別の術だ。
見習いへの訓練で『精霊をその身体に宿すつもりで術を使いなさい』と教わるからまんざら嘘でもないが。
精霊術を修め、極めようとする藤宮一族はその身に精霊の気配を強く宿す。だがそれだけだ。『人の気配から外れている』などと指摘されるのはよほどの例外だ。
そして司は『世界最古の精霊』とも言い伝えられている藤宮の守護神『大神』の加護を受けた人間だ。藤宮一族の中でも特別な存在である。
初対面の西洋魔法使いにそこまで明かす義理はない。なので司はすっとぼけることにした。
「あ、あの!」
突然の第三者の声。
戦闘を終えて気が緩んでいた二人は驚きを表情に表した。
振り向くとそこにはおでこを出した少女と目元が隠れがちな程前髪の長い少女がいた。
「綾瀬夕映と宮崎のどかか……いったいどうやってここに入り込んだ?」
舌打ちをしてエヴァンジェリンが一気に不機嫌になった。
面倒ごとになったと感じたのだろう。
司も内心多いに顔をしかめていた。魔術の秘匿は藤宮一族でも基本だ。
彼女たちに見られていたのなら対策をする必要がある。
「あなたたちは魔法使いですか?」
夕映が緊張しながらも目を輝かせて尋ねてくる。
エヴァンジェリンはもう一度大きく舌打ちするとこちらを睨みつけた。
「おい、ツカサ。貴様の一族ではこの場合どうなる?」
「……記憶封印か、あるいは説得か」
「だいたい変わらんな。こちら側もだいたい同じだ……魔法をばらした奴はオコジョに変えられるという罰則もこちらにはあるが」
「笑えないジョークですね」
「いや、現実に西洋魔法使いではありふれた罰則だぞ。オコジョ刑は」
変な罰則もあったものだ。
その法律を決めた人間はよほどオコジョが嫌いだったのか、あるいはオコジョになりたいという願望でもあったのか。
「さてどうする?」
「麻帆良側としてはどうしたいのです?」
エヴァンジェリンに問いかけられるが司こそ彼女の方針を知りたい。質問を返すと彼女はきょとんとした。
「ああ、貴様はまだなにも知らんのか。わたしは厳密には麻帆良の魔法使いではない。ここに少々厄介にはなっているが、ここに所属している訳ではない」
少々変わった立場らしい。
ということはこの件に麻帆良の助力や庇護は期待できないのだろうか。
考え込む司に夕映は少し怯えた顔をした。
「なにを話しているのですか?」
「おまえたちの処遇に決まっているだろう綾瀬夕映。好奇心猫を殺すとはよく言ったものだ」
彼女たちに向けて露悪的ににやりと笑ってみせるエヴァンジェリンに司は眉をひそめた。
どうも怯えさせて楽しんでいるようにしか思えない。どうやら彼女は性格に問題がある魔法使いのようだ。
二人の少女は怯えて後ずさる。のどかを背後にかばうように夕映が立ちはだかっていたが足が震えているのが一目でわかる。
司は彼女たちがかわいそうになった。
おおかたなんらかの事故で結界をすり抜けてきたのだろう。
そこで超常現象を発生させて戦う自分たちを見て、興味を持ったのだろうと考えた。
「エヴァンジェリンさん……女の子を脅かすなんて趣味が悪いですよ」
「ふん、ならおまえがなんとかしろ。わたしは面倒ごとは嫌いだ。また魔法使いどもがうるさいからな」
面倒ごとを丸投げされて司は少し肩を落とした。
面倒ごとは司も嫌いだ。
けれどここで彼女たちを放り出したら後が怖い気がする。
エヴァンジェリンが麻帆良の魔法使いなら彼女に任せるという選択肢もあったのだが、そうでないのなら彼女たちの対処はエヴァンジェリン自身の都合が優先されるだろう。
組織ならともかく個人では彼女たちのことを考えた配慮をしてくれるという保証がない。
それは組織でもあまり変わらない気もするが。それでも一般人への魔法バレに対するノウハウをもっている組織と個人ではやはり組織の方が穏便に事をおさめる傾向がある。
女子供は殺したくないというようなことを言っていたから、目撃者には死をなんていう過激なことはしないと思うが。
それでもいまだに麻帆良での立ち位置や行動方針が読めない彼女に、目の前で怯える女の子たちを預けるのは気が引けた。
「二人とも怖がらずに落ち着いて聞いてください」
司はできる限り穏やかに、相手を刺激しないように話し始めた。
二人の少女の目には、好奇心や不安、怯えなどに混じってかすかにこちらを頼るような色が合った。
さて、無事に説得できるといいのだけど。
司対エヴァンジェリン。
エヴァンジェリンってたぶん封印状態でも強いですよね?
しかも種族的に満月の夜なら特に。
ネギとの対戦は絶対に手抜きしまくっただろうと考えています。
封印結界の落ちた全力状態でもかなり手を抜いていた感じですし。