精霊の御子 カレは美人で魔法使い   作:へびひこ

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第八話 弟子入り

「べつにかまわんよ? 本人が望んでいるなら問題ないぞい」

 

 朝も早くに学園長室に押しかけてきた弟子に近右衛門は気軽に答えた。

 

 魔法バレしたのは確かに痛い。魔法の秘匿は東西問わず魔法使いの常識だ。

 けれど状況からほとんどエヴァンジェリンの責任である事は明白に思えた。

 

 場所を設定したのも、結界を張ったのも、戦闘を仕掛けたのもエヴァンジェリン。

『闇の福音』相手に交戦しながら一般人の気配に気がつけと要求するのは酷だろうと誰しも判断するだろう。

 

 けれど呪いの解呪を控えている彼女に問題を起こされても困る。

『闇の福音』の解呪に反対の立場を取る者もいる。彼らはこの件を追求してエヴァンジェリンの危険性を主張し、呪いの続行を主張するだろう。

 

 魔法生徒を襲い、その光景を一般人に目撃された。

 そんな危険な人物の呪いを解呪するなんてとんでもないと。

 

 近右衛門はそれを望まない。

 エヴァンジェリンが麻帆良に封じられてもう十四年。

 呪いの期限はたった三年。すでに十年以上超過している。

 

 もう十分じゃないかと思う。

 

 魔法を目撃し、保護した一般人が魔法使いになりたいと希望することも珍しいことではない。

 魔法という神秘を目にした一般人がそれに惹かれてその道を目指すなどありふれていると言ってもいい。

 

 事態を丸く収めたい近右衛門としては問題にする気もなく、また問題にする必要もないことである。

 

 昨夜エヴァンジェリンから報告は受けているし、司自身からも深夜に電話で報告があった。エヴァンジェリンからのものは報告というよりも「やることはわかっているな? さっさと揉み消せ。出来るだろう?」という具合のほとんど命令だったが。

 

 ともかく司はきちんと事態が大きくなるのを防ぎ、報告もしてきている。

 新米の魔法生徒としては合格点をあげていいだろう。

 

 なので司にエヴァンジェリンの情報と、その呪いの解呪を依頼して「とっとと授業にいけ」と追い出した。

 今日は平日であり、当然午前中には授業がある。

 学園長室を追い出された司は途方に暮れた顔をしていた。

 

 

 学園長室を追い出された司は父にも電話した。

 藤宮の当主である父は事情を聞くと質問してきた。

 

「麻帆良側の対応はどうなっている?」

 

 魔法バレについては麻帆良側の魔法使いの失態が大きく、またその魔法使いにも事情があるため公式には魔法バレなどなかったことになると近右衛門の言葉を伝える。

 

 エヴァンジェリンは麻帆良の所属ではないと言ったが、外から見れば麻帆良に厄介になっている時点で十分に麻帆良側の魔法使いだ。なので近右衛門は今回の件は麻帆良側の責任が大きいと認めた。

 

 そして事情があるため責任の追及が出来ないからと事件自体をもみ消すと。

 

 当主はそれが司にとって損な動きではないと見た。

 失態自体がなくなるのだから悪くはない。後からその件でなにか言おうにもより責任が重いのは麻帆良側の魔法使いだと認めている。そう無体な要求は出来ないだろう。

 

「二人が望むなら精霊術を教えてもいい。もちろんものになれば一族に属してもらうが」

 

 苦悩する司に軽く伝える。

 それでいいのかと問い直すが、父はなにも問題はないと鷹揚に弟子をとることを認める。

 

「良く育てることだ。若い才能が一族に加わるのは良いことだからな」

 

 司は電話を切った後、茫然自失した。

 

 司は近右衛門か父親があの二人を止めてくれるのではないかと期待したのだ。

 そのくらい司は一般人が魔法に関わることに忌避感がある。なにしろ魔法使いになればもう普通の人生は望めないのだ。

 

 生まれながらの魔術の名家に生まれた司にすれば、自分が望んでも得られない平穏な幸福をあっさり捨てる二人が理解出来ない。

 

 しかし麻帆良と藤宮のトップは奇しくも似たような思考をした。

 

「本人が望んでいるのなら、どうなっても本人の責任」

 

 そう突き放したのだ。

 

 近右衛門にしてみれば重要なのはエヴァンジェリンの解呪を滞りなく実行することであり、司の今後の麻帆良での生活に悪影響を与えない事である。

 

 藤宮の父も大事なのは司であって、一般人の少女が道を踏み外して魔法の世界に足を踏み入れようとも、本人が望んでいるのならその責任まで背負う気はない。

 

 魔法バレについては事態の隠蔽。

 弟子入りについては本人の希望なら誰も特に反対する必要がない。せいぜい忠告する程度だろう。

 

 そして忠告は司がすでに行っているのなら、もはやなにも言うことはないと。

 こうして司の退路は断たれた。

 

 

 

 

 放課後にエヴァンジェリンの家に集まった二人の少女に司は弟子入りが認められたことを伝えた。

 二人は大喜びで抱き合ってはしゃいだが、司の顔色は晴れない。

 

 やはり自分の一存で断るべきだったか?

 けれどこの二人のやる気を見るに、自分が断っても他の魔法関係者に弟子入りを希望しそうだ。

 司としては諦めるしかない。

 

「二人は藤宮一族の見習いという立場になります。将来は藤宮一族に正式に所属して一族の勤めを果たすことになるでしょう」

「一族の勤めとはなんですか?」

 

 夕映の当然の疑問を司は申し訳なさそうに突っぱねた。

 

「今は教えられません」

 

 夕映の顔が不満げになり、のどかは不安げにこちらを見る。

 

 まだ精霊術も扱えない入門したての見習いに教えることではないのだと説明する。

 二人は一応当主の認めた藤宮一族の見習い扱いだが、まだ精霊術も使えず一族の元へ顔を出してもいない。現状ではただの魔術師志望の一般人だ。とても一族の重大事を打ち明けられる立場にいない。

 

 その様子を眺めていたエヴァンジェリンが助け船を出した。

 

「魔法使いの組織にはそれぞれ規則や使命がある場合が多い。そしてその中でも重要なものは下っ端には教えられないことも多い。まだ入門したてで魔法使いとして使い物になるかもわからないものに教えられるものではないだろうさ」

「魔法使いとして一人前になれば教えてもらえると?」

「そういうことになりますね」

 

 まだ不満そうな夕映にいささか投げやりな気分で答える。

 司としてはその前に諦めた方が幸せではないかと思うのだが。

 

 

 

 

 エヴァンジェリンが修行にちょうど良い場所があると案内された先は、広大な魔法空間だった。

 地下室に鎮座した魔法球の中に存在する異空間であり、エヴァンジェリンは『別荘』と呼んでいた。

 

 中世の城やビーチなど様々な環境があるらしい。

 今は海を眺めながら砂浜にいる。作り物とはとても思えない。

 

 夕映とのどかは感動したように喜んでいるが、ここでの一日は現実の一時間に相当し、使えば使うほど早く歳をとると説明されて微妙な表情をした。

 

「いいのです。勉強の合間の修行ではいつまで経っても一人前になれません。ここは修行時間が確保できたことを喜ぶべきです!」

「そ、そうだね~、それに早く大人になれると思えばそんなに悪い気もしないかも~」

 

 前向きに考えることにしたらしい。

 

「ほら、修行をつけてやれ。先生」

 

 意地悪く『先生』などと呼ぶ、司が乗り気でないことなど百も承知だ。

 白い椅子に腰掛けて、悠然と足を組んでいるエヴァンジェリンは完全に見学する気満々である。

 

「なんでエヴァンジェリンさんまで一緒なんです?」

「場所代だと思え、見学ぐらいかまわんだろう?」

 

 極東の歴史ある魔術に興味津々なエヴァンジェリンは修行風景を見ることで精霊術を見極めようと考えているらしい。

 

「かまいませんけど、あまり周囲に漏らさないでくださいね? 門外不出というほどではないですが、基本的に一族以外に教えない魔術ですので」

「わかっている。単に興味があるだけだ」

 

 うるさそうに手を振る。

 実際興味はあるし、もし有効なようなら自分の魔法に取り込めないかとも考えているが人に教える気はない。

 

 そもそもエヴァンジェリンには人に魔法を教えるという発想がほとんどない。

 自分の魔法は自身が心血を注いで研鑽を注いだ成果であり、おいそれと他人に渡す気はない。そもそもエヴァンジェリンが本気で自分の魔法を教え込めるような素材がそうそういるとは思えない。

 

 司は精霊術が主体の藤宮の後継者だ。

 素材としては申し分ないがエヴァンジェリンの西洋魔法を覚える気はないだろう。

 

 夕映やのどか程度ではエヴァンジェリンの目からは不足と映る。

 一般の魔法使いとしてなら優秀な部類にまで育つかもしれないが、一流を超えた最強ランクまではたどり着けないだろう。

 

 そんなエヴァンジェリンから見たら平凡な素材を司がどう育てるのか、興味がある。

 西洋魔法使いとしては平凡な素材でも、精霊術の観点から見たら違う可能性があるのではないか?

 

 エヴァンジェリンの興味は尽きない。

 当分退屈はしないで済みそうだ。そう楽しげに笑った。

 

 

 

 

「まず二人にこれを渡しておきます」

 

 そう言うと光の中から二つの指輪が現れ司の手のひらに落ちた。

 

「今のも魔法ですか?」

「ええ、西洋魔法の転移魔法を精霊術で再現したものです」

 

 こともなげにいうから二人の少女はただすごいと納得するが、エヴァンジェリンは思わず目を見開いた。

 

 つまり司は西洋魔法さえ、精霊術に取り込める能力があるのだ。

 いくら近右衛門に魔法を仕込まれたとはいえそこまで才能があるとは思っていなかった。

 

 言うは易いが実行するのは困難なはずだ。

 両方の魔法、魔術に精通して初めて出来ることだろう。

 

 西洋魔法も精霊を使って魔法を行使するが、精霊術はエヴァンジェリンの知る限り精霊そのものの力をふるう魔術だ。

 

 精霊という共通点はあるが、まったく違う魔法なのだ。

 

 しかも転移魔法は西洋魔法の中でも上級に位置する魔法である。その分難易度も高い。

 それを呪文詠唱すらなく、遠くにある目的のものを手元に引き寄せるなどエヴァンジェリンでさえ出来ない。

 

 もっと注意してみておけば技を盗めたかもしれないが、こんな自然にとんでもない技術を披露するとは思っていなかったので見過ごした。

 舌打ちしたい気分だが、まだ見る機会はあるだろうと機嫌を直す。

 

「これは精霊術士の見習いが使う補助用の魔術装具です」

 

 主に精霊の知覚化の補助、精霊との同調の補助に使うのだという。

 自転車の補助輪のようなものだという説明に二人は納得したように指にはめてみる。指にはめてみるとまるで指輪が生きているように指にぴったりとサイズを変えたので驚いていた。

 

「最初の目標はこれを使っての精霊術を使えるようになること。次はこれを使用しないでの精霊術の行使となりますね」

「これを使わないで魔法が使えたら一人前ですか?」

 

 夕映は補助用の道具なしで魔法が使えれば一人前だろうと思って尋ねるが司は首を振って否定した。

 

「いえ、半人前程度ですね。その時点で精霊術士としては認められるでしょうけど」

 

 半人前という言葉に二人が少しがっかりした顔をする。魔法さえ使えれば認められると思っていたのだろう。

 

「ではどうしたら一人前と認められるのですか?」

「上級精霊術が使えたら、だいたい一人前扱いですね。一応それを目指してもらいますけど、まずは自力で精霊術が使える程度になれないと話になりません」

 

 夕映の問いに司は一族の基準を教える。

 藤宮一族では上級精霊術が使えればだいたい一人前扱いされる。もっともそこから一流と呼ばれる術士になるまでの道が長いのだが。

 

「上級精霊術っていうのはなんですか?」

 

 のどかが小首をかしげて尋ねる。

 

「普通に精霊を使って魔術を使うのが下級精霊術」

 

 こんな感じです。そう司は自身の周囲に炎を浮かべ、雷を走らせ、光を灯し、風を起こしてみせる。

 目の前で起こる不思議な現象に二人の少女は目を丸くする。

 

「さらに精霊の力を引き出した術が一般に上級精霊術と言われます。さっきのこれも上級精霊術に当たります」

 

 司の背後が光り輝き、光の中から一本の槍が現れる。

 身長ほどもある赤い槍を手にとって軽く振り回す。その綺麗な舞のような動きに二人の少女は感嘆の声をもらした。

 

 エヴァンジェリンは軽々と槍を操る司の姿に槍の心得もあったのかと感心した。

 

 あの様子なら接近戦闘も不得意ではないだろう。いやそういえば神鳴流の使い手だったかと思い出した。つくづく底の知れない少年だと感心する。

 

 神鳴流といえば有名なのは剣術だ。槍術は珍しい。あるいは神鳴流の技ではなく藤宮に伝わる武術なのかもしれない。

 

 一通り槍を自由自在に操ってみせると司は再び背後の光の中に槍を戻す。

 光に吸い込まれるように消える槍を二人の少女は驚きと好奇心を隠せずに凝視していた。エヴァンジェリンはその魔術を凝視してなにか納得したような笑みを浮かべた。

 

 司にしてみれば魔法を撃ち合うだけが藤宮の精霊術士ではないというパフォーマンスのつもりだったが目の前の二人に通じたかどうかは疑問だ。

 

 精霊術を教えながら、身を守る武術を教えていかなければならないだろう。

 

 藤宮の精霊術士は前衛後衛、不得意こそあれどちらも学ぶ。理想的なのは距離に関係なく強い術者だ。前衛に守られなければ戦えない魔術師というのは近距離でも十分な戦闘力を持つ精霊術を扱う藤宮では人気がない。

 

 彼女たちが一族に問題なく認められるためにも藤宮の武術を教えておくべきだろう。

 

 ちなみに司の槍術は一族の先輩に習った藤宮の武術だ。神鳴流ではない。

 

 目の前の二人に神鳴流の技を授ける気はない。青山宗家からは司が認めた相手になら技を伝授して良いと皆伝を得たときに許しを得ているが、目の前の少女たちを神鳴流剣士にする気はない。彼女たちが背負うものは藤宮一族の看板だけでも十分重いだろう。

 

 もっとも今はとりあえず精霊術を使えるようにしなければどうしようもない。

 それすら出来ないなら彼女たちには悪いが記憶封印したうえで破門という形になりかねない。

 

「上級精霊術というのははっきり言ってしまえば『普通ならありえないことさえ起こせる』魔術です。今見たように光を通して物や人を移動させたり、相手の魔法を消し去ったり、通常ありえないほどの威力を出したり、いろいろですね」

「ではまず私たちが学ぶ『精霊術』というのは?」

「一般的に下級に分類される精霊術です。ゲームとかでおなじみの炎を出したり、明かりをつくったりとかですね」

 

 つまり上級精霊術とは物理法則すら越える力を精霊に出させる魔術なのかとエヴァンジェリンは得心がいった。

 

 西洋魔法でも特殊なものは彼のいう上級精霊術相当なのだろう。

 転移魔法や、別荘を作っている異空間魔法。あとは大規模殲滅魔法も上級精霊術相当になるのかもしれない。

 

 まずは基本からと精霊を認識するための瞑想を二人にさせはじめた司を見てエヴァンジェリンは一度本気で戦ってみたいものだと考えていた。

 まだまだ手札を隠していそうな少年だ。さぞかし心躍る時間になるだろう。

 

「……そういえば解呪の話はどうなったのだ?」

 

 実はたいして期待していなかったことと、司で遊ぶことがおもしろかったのでうっかり脇に置いたままだった。

 

 よくよく考えてみれば魔法すら無効化できる魔術を扱う司は解呪にはうってつけの人材だ。しかも魔力総量はナギを越える。解呪出来る可能性は十分ある。

 

「……じじいめ、いい加減わたしのことも話したのだろうな?」

 

 後で問い詰めようと決めた。

 




 夕映とのどかの弟子入り。
 二人には立派な魔術師になってもらいたいです。

 ぬらりひょん。さりげなく一般人が道を踏み外すのを放置します。
 きちんと説明した上で本人たちが望んでいるのならなにもいうことはない。
 そういう姿勢です。
 
 

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