617(俺)とハンドラー・ウォルターの幸せなお仕事 作:パチパチ弾けて 脳みそ幸せだぜ
ストーリートレーラーと併せてお読み頂けると幸いです
「ハンドラー。次の作戦に僚機が付くというのは?」
「617、説明は後だ。…619、620、揃ったな。ブリーフィングを始める」
私たちは、
ハンドラー・ウォルターが、世間一般から見たときにあまり評判が良くないのはこれまでの傭兵活動で十分に知った。銃口を並べた相手にも、向かい合わせた相手にも。
通信越しでもわかる唾棄するような口ぶりは心底ハンドラー・ウォルターを蔑むそれか、もしくは私たち飼い犬を哀れむ声であると理解したとき、私はどういう感情を抱いたのだったか。
ハンドラー・ウォルターは心労の多い人だ。私も短く無いと言いきれるだけの時間世話になっているが、彼の過去や、何を目的としてるのかなんてものはてんで知らない。それでも彼が殺した、あるいは死なせたヤツのことを、少なくともそのミッションが終わるまで気に病んでいることくらい私でもわかる。
――ハンドラー・ウォルターは、傭兵業の斡旋者としては不適合だと、私はずっと思っていた。
「…難しい仕事になる。次の目標は、惑星封鎖機構の輸送拠点。それの制圧だ」
「……ッ!本気ですか、ハンドラー!」
「落ち着け、620。勝機の無い仕事ではない」
「惑星封鎖機構に喧嘩を売るのか。ハハ、いいぜ。やってみたかったんだ。……敵の規模と数は」
「619。…分かっている中で、厄介なのはふたつ。大型のレーザー砲台と、惑星封鎖機構の執行機体、カタフラクトだ」
……現在共にブリーフィングを受ける仲間の犬たち――619と620。彼らはどのような経緯でハンドラー・ウォルターと出会い、飼われることになったのだろうか。
このふたりとはそう長いこと話したことはない。せいぜい性格を知っている程度、過去に何があったかなんて聞いたことも無かった。……長く関わっていたとして、それを話したくなれるかどうかは知らないし、私なら話していない。
ハンドラー・ウォルターが猟犬を選び、飼う基準は私になんて分からない。分かるのは、少なくとも彼等も、そしてこれから飼われる誰かも、ロクな過去なんて持っていないのだろうということだけだ。
619も620も、私の経験から言えばともに企業などの専属AC乗りになれる程度には
「それで?惑星封鎖機構と喧嘩するだけが目的じゃないんだろう?」
「ああ、そうだ。この拠点を落とし、星間輸送ロケットを奪う。その後、俺は拠点を移そうと考えている。…ルビコンに」
「ルビコン!あのアイビスの火の!」
その言葉を聞いて私は目を見開いた。
アイビスの火。ルビコン3及びその周辺星系をも巻き込んだ大規模宇宙災害。――私の故郷をも焼いた、破壊の炎。その元凶の惑星。
私が動揺している間に619はハンドラー・ウォルターとブリーフィングを続けていた。それに気づけたのは知った名前が出たからだろう。そうでなければ私の視界は、ずっと灰の中だったろうから。
「ルビコンといえば……数年前にカーラの姉御と仕事に行く、とチャティに聞いたが」
「それで合っている。…カーラはあの星で相応の地位を築いているようだ」
「成る程。じゃあまた世話になるのか?」
「…そうだな。無事にルビコンで仕事を続けることができれば、そうなることもあるはずだ」
「そうか。……それは楽しみだ」
カーラ。『灰かぶり』のカーラ。もともとルビコンにいた技術者で、今でもACパーツの開発や、それに関する仕事などをハンドラー・ウォルターを介して契約したこともある。619も620も、そして私としても、とても世話になった人だ。
いつでも楽しげにモノを作る彼女と、それに従うチャティはどこか悪戯げで、話していて愉快になったことを覚えている。そんな彼女たちとまた仕事ができるのか。
「さて。…ブリーフィングを詰める。今回お前たちに求められる物は少ない。砲台と、カタフラクトの破壊だけだ。他にもMTなどがいるだろうが、それらは気にしなくていい。このふたつを落とすことだけを考えろ」
「質問は。…ではこのまま目標地点へとお前たちを輸送する」
ブリーフィングを終えたハンドラー・ウォルターたちと別れ、自分のガレージへと移り作業用ブリッジから眺める。もう長いこと連れ添った自分の半身――アーマード・コアを。
機体パーツに関しては変える必要は無いだろう。というより、出撃の前に
武器は……そうだな。僚機の619と620。彼らの武装に合わせて行こうか。
619は近距離戦を好む。作戦目標が敵機の破壊であるならいつも通りのハンドガン二丁に、ハンガーに何かしらの中距離武装を載せるだろう。620は攻撃的だ。たいてい両肩に10連ミサイルを装備するので今回もそうだろう。それに中距離を補う銃器と、あとは近距離武器のブレードかパイルバンカー。そのあたりだろう。
なら私はそれを補えるよう、まずはパルスシールドを。これで彼らの壁になれる。そして、どうしても継戦能力の欠けがちな彼らの武装を補填するガトリング。あとは砲台を破壊するための遠距離グレネードに接近戦用のブレード。――これでいい。
アセンブリを終わらせて、ガレージに揺れる愛機を見て漠然と思った。――今回の仕事は、うまくいくだろうか。
「…617」
ハンドラー・ウォルターに声をかけられたのは、機体を組み終えて、作戦開始まで少し休もうとしたときだ。杖をついて歩く彼の顔は……少し、やつれているか。
「どうなさいました、ハンドラー」
「いや。…準備は順調かと、思ってな」
「ええ。
私がそう言ったとき、ハンドラー・ウォルターは僅かに頬を緩ませ、抜けた息を吐き出した。……ように見えた。――少しでも心労を和らげることができただろうか。
ハンドラー・ウォルターは、その世間や傭兵の間で噂される悪評とは似ても似つかないほど、私たちハウンズを気にかける。わざわざ作戦前に飼い犬に話しかけるなど、どこの企業でもやっていまい。……いや、ベイラムのACが何か言っていたような気がするが。
少なくとも私は、ハンドラー・ウォルターがその悪評通りの人物であるとは微塵も思っていない。むしろその間違った認識を聞く度に、『お前たちは何もわかっていない、彼のことを知らないなんてバカだ』と大声で喚き散らしたい気分に駆られてしまう。
それ程に優しい彼でも、こうして仕事の前に話すことは稀だ。ブリーフィングに抜けがあったり、もしくは私が本調子でなかったり。そういった、仕事に支障が出るような、もしくはとても楽な仕事の場合などに少し話すことがあるくらいか。――ハンドラー・ウォルターは、傭兵の仕事、その準備の時間の大切さを知っている。
準備は順調か。……そう聞きたくなるほどにこの仕事が重要であるということなのだろう。私なりに考えた、この最適のアセンブルでは不安があるだろうか。
「いや、機体はそれで良い。お前がそれがいいと思ったならそれで間違いないだろう。…俺よりも、お前の感覚を信じろ」
「……。……そうですね、ありがとうございます。……では私は少し――」
「待て」
休む、そう言いかけたときにハンドラー・ウォルターから遮られた。これもまた、珍しいことだ。
ハンドラー・ウォルターは、先ほども言うように、ハウンズ自身の考えを尊重する。それは放任や投げやりではなく、私たちを個人として――尊厳を持つ人間として関わってくれるからだろう。故に、学のない私たちが言葉に迷い詰まったときも、続きを促すことなく待ってくれる。
「ええと、なんでしょう?何か不備があったでしょうか」
「そうではないが…」
ハンドラー・ウォルターが言い淀んだ。……これは本当に、珍しい。私は明日死ぬのだろうか。
ハンドラー・ウォルターをして言いづらいことなど、私には想像もつきそうにない。
「…617、お前はルビコン周辺惑星の生まれだったな。先ほどは聞き忘れたが…もしルビコンに行くことに抵抗があるようなら、次の仕事をもって傭兵業を辞めてもいい。…身体を多少マシにするだけの金なら稼げたはずだ。腕のいい技術者を紹介しよう」
「待ってください!」
突然大声を上げた私に対して、ハンドラー・ウォルターはどう思っただろうか。
――彼の表情は変わらない。いつも通り、こちらの目を見ているだけだ。
ああ、いつも通り。私はいつも彼が何を考えているのか、少しも分からない。
「確かに私はあの星の生まれです。……アイビスの火から逃れ落ちた母から産まれて。灰しかない都市の中で、赫く輝くルビコンを恨んで生きていました」
そうするしか生きる理由が無かった、ということもあるだろう。もはや無いに等しい資源を奪い合う燃え滓の星の中では、何か強い感情を持たねば生きることも、死ぬことすらままなからなかった。
「そうやって生きていくんだと漠然と思っていて……でも、そうはならなかった」
惑星ルビコンに眠る未知なる資源、コーラル。それを求めた企業たちはまず足掛かりとして、その周辺惑星の支配から始めた。その制圧された星の中に、私のいた都市はあった。
そこからは地獄だった。半端に強化人間手術の適性があったのがよくなかったのだろう。よくわからないままに強化人間になり、ACに乗り、また半端に適性があったせいで『ファクトリー』に送られ、調教と教育と調整を繰り返す日々だった。まさかあの、先細りしかない蠱毒のほうが居心地が良いと思える場所があるなんて当時は考えもしていなかったはずだ。
結局、適正も操縦技術も半端だった私は主力部隊に配属させることもなく廃棄され、もはやジャンクにすらならないほどに死にかけて――ハンドラー・ウォルターに拾われた。
「あのとき私は、確かに貴方から
「お願いです、ハンドラー。貴方の仕事が終わるまで、私も共に歩ませてください」
言い切って、頭を下げてから後悔した。
もしかしたら、彼の目的には私は邪魔で、それとなく排除したかったのではないのか、そう思い至ったからだ。
この提案に善意があるのは間違いないだろう。彼は優しい人で、しかしそれでいて合理主義でもある。これからの仕事に、ルビコンでの彼の仕事には私は必要ないのだと、そう遠回しに伝えてくれたのではないか。
結局、その逡巡は数秒もしないうちに治った。
「頭を上げろ、617。…お願いするのはこちらのほうだな。617、すまなかった。これからも宜しく頼む」
そう言われて、何を言われたのかを理解して。それでも私は頭を上げることができなかった。思考を整理して、感情を整理して、頭を上げられたのはもはやハンドラー・ウォルターの杖の音が聞こえなくなり、その影すら視界にいなくなってからだった。
――彼は、どんな顔で今の言葉を言ったのだろうか。
ただ声は、いつもよりも優しく聞こえた。そんな気がした。
「619、620。準備はいいな」
「ああ」「はい」
「617」
「……大丈夫です」
「よし。…仕事の時間だ」
『作戦目標地点に到着。投下します』
大型輸送ヘリから地面へと降り立った私たちは、レーダーに従うままにブースターを噴かして砂漠を突き進む。途中に邪魔してきたMTたちは前方にいる620のライフルで沈んでいった。
「まずはフェーズ1、輸送基地へ向かう。砲台に察知されないよう遠方からACでの移動となる。617、619、620。歩調を合わせて進め」
ハンドラー・ウォルターがブリーフィングのおさらいをしてくれているのを聞きながら、アサルトブーストを起動し、一気に直進する。619と620もそうしているのが左右前方に見える。
「…基地が近づいてきている。砲撃に気をつけろ」
ハンドラー・ウォルターのその言葉を聞いて、私は立ち位置を619と交代した。パルスシールドを持つ私が前線、壁だ。
『ハウンズ、作戦領域到達。フェーズ2移行』
COMのアナウンスを聞き流し、集中を高める。ここからは、一手間違えれば死だ。
ひときわ大きな砂丘を乗り越えたとき、COMが大きなアラート音を立て始める。レーダーが示す方は前方、レーザー砲撃!
それを確認した瞬間横にブーストで飛び跳ね、その一瞬後に私がいた地点を青い光が通過した。
惑星封鎖機構の持つEN武器技術は脅威だ。LC機体が携行する程度のものですらそこらの企業の武器を凌駕している。それほどの技術をもってして、あの大型のレーザー砲台を作ったのなら、その破壊力はどれほとになるのだろうか。
ブリーフィングの際に見たその画像に、私は戦慄したことを覚えている。
しかしそのまま怯むことなく619、620両名ともに前進する。数回の砲撃を避けながら進んだ先、砂塵の奥に大きな壁が見られた途端、619が両肩のミサイルを展開した。砲台までに立ちはだかる障壁、その要塞を破壊するのだ。そして、ミサイルが機体を離れたそのとき、
――619の機体の中心を青い光が貫いた。気を抜いたのか、それともミサイル展開の反動で動きが鈍ったか。
考えている時間は、無い。
『619、生体反応ロスト』
619が最期に放ったミサイルは、確かに要塞の堅牢な壁とその周辺にいたMTを消し飛ばした。その瓦礫を飛び越えながら、砲台を破壊するべく駆けていく。
砲台の、主砲以外の銃撃を防ぐべく展開したパルスシールドはその集中砲火により数秒で剥がされ、銃弾はそのまま私の左腕のブレードごともぎ取った。
……だから何だ。ただ、進む。
『突入ルート再計算開始』
レーダーに映る、頼りなく進む二つの点は、確かに砲台の目前へと近づいていた。目視も出来ている。あとほんの少し――。
その瞬間、眼前の砂が大きく舞い上がった。視界に入ったのは赤いアイサイトの色と、大きな履帯。
執行機体、カタフラクト。まさか砂漠に潜って擬態するなんて。
飛び跳ねたその機体の足下を間一髪で抜け後ろを振り向いたとき、カタフラクトの正面には620が立っていた。彼はその両手に持ったハンドガンで、機体にACS負荷を掛けていく。620の得意な接近戦。私とは逆から挟み込むように動いていく。――だがしかし、それもカタフラクトが装備していたレーザーショットガンで終わりを告げた。620は一撃目で右腕を崩され、二撃目でコアを吹き飛ばされた。
『620、反応ロスト』
眼前の、濃厚な死を纏った機体は、一瞬前にゴミのように蹴散らした620の破片にすら目を向けることなく、ゆっくりとこちらに向き直った。
……ああ。そうか。
このとき私は、漠然と思った。――私はここで死ぬために生まれたのだ。
ジェネレータやブースターの限界なんて考えない。真正面にいる怨敵に向けたアサルトブーストは、その圧倒的な質量差を持ってなお、相手の機動を停止させることに成功した。
そのまま、唯一残った武装であるガトリングをカタフラクトのコアに向け放つ。考えての行動では無かった。ただ、そうすることしか身体が動かなかった。
COMがガトリングのオーバーヒートを訴えているが、それがどうした。ここで終わるのだから、もはや継戦なんて考えていられない。
ガトリングの砲身が赤熱し、コアに押し付け続けたせいでぐにゃりと曲がってしまった。もはや銃弾が出なくなったと気づいた瞬間、パージ。カタフラクトのコアはもうグズグズで、動かなくなっていたことに私は気づかなかった。
咄嗟に飛び退いて、残骸の転がる砂漠に立つ。地面に転がるカタフラクトの機体は、銃弾なんて一切通さないような堅牢な装甲をしていた。……そういえば、ハンドラー・ウォルターがブリーフィングで何か言っていた気もする。
破壊を確認して、すぐ正面の砲台に目を向けた。カタフラクトに隠れていた私を確認できたからか、レーザー砲台が装填しながらこちらを見ていた。
『ターゲット情報更新。フェーズ3、パターンE』
両肩、両腕ともに武装もなく、APも限界寸前。目の前に広がるのは主力砲台ひとつのみ。
ああ、私は、ここで死ぬ。
だがそれでハンドラー・ウォルターの道が広がるなら、十分すぎるほどの報酬だ。
私はどんな顔をしているだろうか。泣いているのだろうか、それとも不敵な笑みでも浮かべているのか。
――なんにしても。それは絶対に、不幸を嘆く表情では無い。
要塞に向かって出せる最高速度で飛びながら、ジェネレーターをコアの外へと露出させ、最大出力で稼働させた。
数瞬後にはパルスの波が――アサルトアーマーがこの砲台を破壊するだろう。そして、それを耐え切るだけのジェネレーター出力もAPも無い私も、自壊する。
ああ、ハンドラー・ウォルター。そして次に飼われる猟犬よ。願わくば貴方に、意味が与えられんことを。
『617、ロスト』
『ハンドラー・ウォルターに報告』
『ミッション完了』
「…ああ」
「機能以外は死んでいるものと……」
「御託はいい。起動しろ」
「621、お前に意味を与えてやる」
「仕事の時間だ」
もし設定資料などで621以前のハウンズの情報が解禁され、この二次創作と矛盾があるようなら私がコーラルの火種になります
カタフラクトを四脚MTと見間違えていたので修正しました。617(俺)が強くなったみたいで嬉しいですね、レイヴン。