617(俺)とハンドラー・ウォルターの幸せなお仕事 作:パチパチ弾けて 脳みそ幸せだぜ
『木星戦争の英雄』に憧れたのは、何も『稀代のレッドガンのエース』だけじゃない。
ベイラムの戦闘部隊、その入隊式。規則正しく並んだ俺たちにひとりひとり声をかける彼はまさしくガキの俺が憧れたその英雄で、俺に向けて何事か勲等してくれて、その返事にも緊張してあたふたしていればいつのまにか視界から英雄はいなくなっていた。
彼の評判はファーロンのエンジニアである両親から聞いていたが、実際に対面した感想としては「半分間違い」くらいだろうか。
緊張している俺を見つめる目は、その鋭さに反して優しげだった。
ベイラム専属AC部隊"レッドガン"。このまま戦闘部隊で活躍すればそこに取り立てられることもあるだろうか。そうすれば、先ほどの彼と機体を並べることもあるのだろうか。
そんな夢みたいな妄想は、俺の隣に並んでいた男の挨拶ひとつで現実に戻されて、その日のうちにかき消された。
そいつは入隊初日にして、レッドガンの上位ナンバーに抜擢されたのだ。
戦闘訓練というのは、当たり前だが戦闘で勝つために、ひいては死なないために積むものである。そういう"できる努力"をサボったやつからゴミの一部になっていくのだと教官は常に言う。
なるほど真理であると思った俺は、日々こなす訓練に真剣に取り組むことにしていた。低速移動に高速移動、遠距離から近距離までの射撃、対ACに接近戦。
別にレッドガンの人らみたいにACに乗れるわけじゃない。せいぜいがMT、しかもこちとら強化人間でもない
あの同期が立派な"G6"をやっている中で、俺は十把一絡げの二脚軽量MTを操縦して戦場に立っていた。脚のついた箱みたいな外見。BAWSの安価なMTは、その単純な見た目と反して実に立派な働きをしてくれている。
『――第7MT部隊、前進。のち、会敵する独立傭兵への掃射用意』
ここはルビコンのグリッド071。シュナイダーがアーキバスの拠点に物資輸送をしていたのでそれを潰して、ついでにここに簡易拠点を建てて制圧しようという作戦の最中である。
その作戦上、ここを獲っても待つのは解放戦線どもとの劣悪なゲリラ戦になるだろう――そう考えたら嫌になる。ここで独立傭兵を堕として拠点を築けたとしても俺はしばらくここで待機するのはずで、あのガラクタ以下みたいなACの撃墜音で飛び起きるのは御免だった。
そんなことを考えるうち、コクピットのアラートが鳴り始めた。高速接近反応。つまり、
『――発見!AC接近、識別は独立傭兵!アレが目標だ、撃て撃て撃て!』
やはりそういうことらしい。遠くに見えたACはまさにシュナイダーの雇う傭兵と言った様子で、環流ジェネレーターによって噴き出される青とその痩躯は、瞬きの度に時間が飛んだかのようなスピードでこちらに迫っていた。
『はっ、速すぎます!』
『怯むな! 相手は軽量二脚、弾幕には弱いぞ!』
『了か……うわぁっ!』
一番前の方にいた新兵の乗ったMTがグレネードで吹き飛ばされたのが見えた。……ひしゃげたコアパーツ。少なくとも戦闘不能だろう。
気づけば傭兵とこちらの部隊は2000mも離れていなかった。俺より後方にいる長射程のMTがそのバズーカやミサイルを放っているのに倣い、掠りでもすればと右腕のマシンガンを撃ち続けるが当たっている様子は無い。それどころか、同僚のバズーカすらもアサルトブーストで接近しながら更に左右へブーストを吹かすことで避けている。
間違いない。野郎、強化人間だ。それもそこそこ以上の施術を受けていることは想像に難くない。そのACのパーツもシュナイダー純正の物が多いことからして、ほぼ独占雇用のようなものなのだろう。シュナイダーからすればいい買い物だっただろうし、頼りにしているのかもしれない。
……気に入らない。
1500、1200……。もうここはACの射程範囲だ。先ほどの新兵のように長距離武器でやられなくたって、あの右腕のレーザーライフルであと数秒しないうちにこの頭を吹き飛ばすかもしれない。
さしもの軽量機といえ、この距離で放たれる弾幕を避けきるのは難しいようでじわじわと装甲に傷がついていくのが見える。それでもミサイルの半分は躱しているし、バズーカも射線を切るように戦っている。
大した腕だ。――大した腕だと、素直に認められてしまう。
「気に入らねぇな……!」
1000、800。500、200――!
AC戦においてはもう目の前と言ってもいいほどの近距離。マシンガンと、左腕の近距離用バズーカも構わず連射する。
『何を考えたのかは知らないが、わざわざ囲まれてくれてありがたいなぁオイ!』
『そうだ、撃て撃て! ここで仕留めるんだ!』
「……そうだ、なんで近づいて……っ!」
戦闘でのぼせ始めた頭で考える。アイツがいるのは展開した部隊のほぼ中心。普通、対多の状況なら端から削るのが常識で――!
気づいたときにはもう身体が動いていた。
ACの背面。ジェネレータのコアが露出するとともに冷却機構が展開されていく。機体に過負荷を掛ける前兆。
「させるかよ――!!!」
咄嗟に左腕をその露出したジェネレーターに向け、バズーカを放った。前方に数機いたMTの隙間を縫い、弾頭は間違いなく狙った場所に命中する。こういう危機になって初めて普段の訓練の成果を実感するものなんだ、と他人事のような思考が浮かぶ。
しかし、ただそれだけだった。
安価なMTに積める程度の爆薬ではACを止めることなんて叶わなくて、まさに予想通りの光景が目の前に広がる。パルスの奔流、近距離の全てを破壊する電磁の津波。
「前線、今すぐ後退しろ!」
……俺の言葉が聞こえたヤツがいたのかはわからない。何機かは後ろに飛び跳ねようとして、また何機かはそのまま盲撃ちを続けて、そしてその全てが、アサルトアーマーに飲み込まれていく。
思わず呆然としてしまった。
数瞬もしないうちにパルスが治まって、またACの姿が見えた。――こちらに銃口を向けたACの姿が、見える。
その時の俺の思考は、何か意味を成したものは何一つ無かっただろう。ただひたすらに、死にたくないとだけ、その感情の奔流だけが身体を駆け巡った。
『おッ、オイ!』
『死にてぇのか!?』
『クソッ!援護だ、続けて撃て!』
何も考えられずただ本能のままに動いて、結果として俺は全力で前進していた。MTのゴミみたいなブースターを全開にして、その暴力的なGも気にせずに進む。
レーザーライフルのがコアを掠めたのもわからないままマシンガンを撃ち、接近し――
「弾切れェ!? ふざけんじゃねぇ!」
互いの距離は100mも無い。そんな死地にいて、頼りのマシンガンの弾丸が底を尽きて、同時に俺も正気に戻った。あまりの絶望的状況に冷静になってしまった。
迫る。ACが来る。背後の僚機たちの援護射撃をもはや気にしている様子は無い。この残りの数なら正面突破でも問題ないと判断したのだろうか。
――あの左手にあるブレードか何かが、瞬きのあとには俺をMTごとまっぷたつにするのかもしれない。そうなれば俺は、死ぬだろう。
ベイラムに来て、メカニックではなくわざわざ実戦部隊に入って、それで、レッドガンにすら成れずに、
「俺は――!!!」
眼前のACの、その振りかぶった左腕目掛けて、マシンガンの形をしたゴミを投げつける。
何か思いついたわけじゃない。ただのヤケクソ。同僚とか作戦とか、後続の部隊とか。なにも頭には無い、ただ死にたくないだけの足掻き。
……それが、功を奏した。
ブレードは俺のMTの右腕を切り飛ばした。――ただ、それだけだった。ぶん投げたマシンガンはその確かな質量と速度で持ってACの左腕を弾き、そのおかげで投げるために伸ばした右腕にしかブレードは届かなかったのだ。
でもそこまで。ブレードが再度展開されて返す刀で斬られるかもしれないし、右腕のレーザーライフルがこちらを向くかもしれない。
死ぬまで数秒伸びただけ、そのはずだった。
ACが、がくりと膝をついた。
「ACS負荷限界――!」
ACが戦場で優位を持つ理由のひとつ。自動で弾丸を逸らし、最適な姿勢を保ち続ける機能、その限界。
それを見て俺は左腕を相手のコアに目掛けて撃って、撃って、撃って――
「――う、ああアアァ!!!」
「独断先行に作戦継続不可な損傷。結果的に独立傭兵を排除、作戦目標の拠点を作れたとはいえ……懲戒免職ものだな、これは」
ベイラムのルビコンにおける本拠点、そのまあまあ偉い人たちのいる会議室。
俺の棺桶はあの手足の生えた鉄の箱ではなく、このしみったれた部屋なのかもしれない。
「しかし、どうする。作戦の不履行はともかく、MTでACを撃破するその戦闘力は惜しいのではないか。……これで、こいつがアーキバスや我が社に反する勢力に着いたら損失だ」
「ならばこのまま飼うと?いつ上官の命令に叛くかもわかならない野卑を?」
「いっそ輜重部隊や機体整備に回してみては?経歴を見る限りここに来る前は、僅かな期間だが……ファーロンでメカニックとして働いていたそうじゃないか」
「ハッ、ファーロンか。確かにあのロケット狂いどもの技術は有用だな。……いっそ見せしめとして殺す――」
「――お言葉ですが!」
部屋の中心に立つ俺は、良くない方向に行き始めた会議に対して異議を唱えていた。
……これでケチをつけられることになっても、それはそれでいい。このまま流れるままにいたとしても、俺の理想とは程遠いかたちに収まってしまうだろう。それよりは抵抗してみる方がまだマシだ。
「……何だ」
「――ッ、私が上官の命令、ひいては作戦への遵守を背いたなどとは、失礼ながら遺憾と存じます!」
「続けてみろ」
「……事前の作戦概要では、予想される最大の難所はシュナイダーの補給部隊を襲う際の、その護衛であるとされておりました。しかしながら本作戦に参加した者の、現場で戦場を見た者の判断としては、あの場が、あのACこそが要点であると判断致しました!」
「――なるほど、確かに理は通っているな。傭兵の腕も、その機体の質も、報告書を見る限りでは企画時の情報より上回っていたらしい」
「……それで?それが命令に背く理由になるのか?」
パシ、パシと何等かの書類を表示したタブレットを叩く上官殿。先ほど処刑を提案しようとした男だ。そいつが俺の弁明を、いちばん理解のありそうな情報部の上官殿から奪い取った。
あのタブレットに表示されているのは恐らくこの作戦の概要と報告書だろう。
「そも貴様は第7部隊。もとよりこの作戦は、シュナイダーを叩くまでに第8部隊までの損傷を想定して計画されていたのは知っているはずだ。……それに、後方の第12部隊にはハークラーが待機していたのだろう?仮にそのACが貴様の言うとおり難所だったとて、貴様が命令に背いていい理由にはならんな」
功を急いただけだろう、と嘲笑気味に言う上官殿。思わず歯噛みする。彼の論は大局的に、また結果論的には間違っていないのも確かなのだ。……ベイラムの社是、物量による圧倒。それはまさしく、人的
「話にならんな。……退出しろ、沙汰は追って知らせる」
……もはやこれまでだろう。俺は、俺の夢はここで終わるらしい。死ぬまいと足掻いて、結局夢に至る前に死ぬのだ。
ふつふつと怒りが湧いた。せめて何か、何か言ってやろうと俯いていた視線を前に向け、――先ほどの情報部の上官殿と目が合った。
何故か、今なら何でも言っていい気がした。
「――失礼ながら! 私の夢は、ベイラムでしか叶うことはありません!」
「……は、何だ、急に」
「私は幼少よりベイラムの、レッドガンの勇姿に憧れておりました! ゆえに私は、アーキバスではなくここの戦闘部隊へと志願したのです! ――死ぬのは構いません、ですがそれは、戦場で、かのミシガン総長の下で、仲間のために死んでいきたい! こんなくだらない理由で死ぬのは……納得できません!」
言った。言ってやった。
これを聞いた上官殿は、苦言を呈すわけでも、怒るわけでもなく、ただただ面倒くさそうに眉間を揉んで手を払い――。
「聞いたか、ナイル。どうやら威勢だけはいい阿呆がいるようだぞ」
その上官が何か言う前に、俺の背後のドアが開いていた。思わず振り返った俺はふたりの人影を認める。両者ともに筋骨隆々で、露出した肌にはもれなく傷跡。
「G.1ミシガンに、G.2ナイル……」
「ほう、直接の上司に向けて呼び捨てとは本当に威勢がいいらしいな、どうだミシガン」
「は、はっ!?いや、申し訳ありません!」
俺が慌ててG.2ナイルに謝罪すると同時に、疑問が脳に浮かぶ。確かにレッドガンはベイラム戦闘部隊への指揮権を持ってはいるが、それは直接の上司とは言えないのだ。レッドガン上位メンバーにはそれぞれ麾下のMT部隊があり、それは俺のような木端とは全く違う。
つまり、それは……、
「何しに来た、ミシガン」
「そう邪険にしないで貰いたいな、デナリ殿。……すでに上層部には話を通してある。この作戦すら理解できんアホは――カエデはレッドガンが預かる」
「……はぁ、そうか。ならいい、持っていけ」
心底うんざりした様子の上官殿が、もう外聞も気にせずしっしと手を振った。……それだけだった。
前を歩く巨漢を見ながら俺は、内心浮かれきっていた。
勘違いしないで欲しいのは、決して死ななかったことだけに喜んでいる訳ではないのだ。まさか、まさか。レッドガン麾下のMT部隊に入れるなど――。
「カエデ。話には聞いていたが、まさか……本当に強化手術を受けていないのだな」
「へっ!? はい、その通りです! なにぶん、ここに就職する前は金銭的な問題もあり――」
唐突に――と言っても浮き足立っていた俺にとってはどれだけ話すそぶりを見せていようが唐突に感じられただろうが、ナイルがこちらに振り返った。
「そうか、では来週には強化手術を受けてこい。第七世代型手術なら技師が居る。問題ないな?」
「は、え?はい、え?」
「……お前の操縦技術と感覚は、これまで出撃した作戦のデータや訓練記録、機体情報から把握している。ただのMT部隊に置いておくには惜しいほとだ」
話が、飲み込めない……?
「ナイルはこう言っているんだ。――喜べ、役立たず。お前の夢は叶うらしいぞ」
夢、夢。俺の夢。少し前に会議室で張り上げた全力の理想。それよりも現実は、少しだけ俺に優しいらしい。
「強化手術の後、適性検査といくつかの作戦ののち――貴様を正式にレッドガンの
「そういうことだ。……先ほどお前はレッドガンになって仲間の前で死にたい、なんて言っていたな。どうだ、どこまでならできる?」
そのナイルの問いかけは、とうに俺には無用だった。幼少の折、画面に食いついて見た記録データ。木星戦争の英雄、ファーロンの流星。
ずっと前から、決めていた。
「無論、地獄までご同行します」
それを聞いたミシガンは、にやりと笑って、俺の肩をぶん殴った。
レッドガン部隊の宿舎がまさか個人部屋だとは思いもよらなかった。
ここしばらくはとんでもない幸運が続いているように感じていたが、今実感したうちの幸運ならこれが一番かもしれない。以前までのタコ部屋とは雲泥の差の快適さに蕩けそうになる。
先の作戦から三ヶ月が経った。まさに激動と言うに相応しい流れで、その証拠という訳でもないだろうが、俺の身体には至る所に金属が埋め込まれていた。
「これが、強化人間か……」
手術を受けてから何度目になるかもわからない呟きを溢す。
ACの操縦とMTの操縦で最も違う部分はどこか、分かりきった問いだ。その答えは誰に聞いたとしても、間違いなくその機動性だと答える。
ACは端的に言って、普通の人間に扱えるものじゃない。その操作難度もあるが、何よりただ移動するだけで停止と亜音速を短時間に繰り返す機械なんてものにただの人間が乗ってしまえば待っているのはミンチになる未来だけだ。
故に殆ど――というかほぼ全部のAC乗りは強化人間である。脊椎を始めとした内臓、頭蓋骨などの生命機関の耐久性の強化とそれに付随した筋力の強化。脊髄部分の神経系接続コネクタなど、ACに乗るためだけにチューンされた人間たち。俺が受けたのは第七世代型手術で、コーラルを用いない所謂新型強化人間となる。
ベッドから起き上がって部屋を見回すとその惨状が目に入った。把手の欠けたマグ、端が割れた机、レーンが歪んだカーテン。成り立ての強化人間はみんなこんなものらしい。
「……そろそろ訓練か」
ゆっくりと立ち上がって――勢いよく立つと頭を天井に打ちかねない――ドアを開け外に出ると、向こうのガレージの方から人影が歩いてくるのが見えた。知った顔だ。
「よう、レッド!……殿」
「やめろよ、同期なんだ。それより何だ、訓練か?」
「ああ。……そろそろACを動かすのも慣れた。あとは次の仕事をこなせば、俺もレッドガンとして戦場に立てる」
そうだ、俺はもうそこまで来ていた。
これまでやった訓練と、ACを用いた簡単な輸送の任務。実戦こそまだだが、俺はもう、機体さえあればレッドガンの数字を背負うことが確定していた。
レッドガンの末席、G.13に。
「そりゃ末席だし、お前みたいな上位ナンバーには敵わないけどな、――追いつくぜ、すぐに」
「ははは! それはいいな、期待して待ってるとしよう。――ああ、そうだ、どうやら威勢のいい新参の傭兵が現れて……」
しばらく話して、笑い合って、それぞれ廊下を進む。俺はこれから訓練の後、2日後から始まる新しい仕事のブリーフィングだ。
それさえ上手くいけばそのまま俺の機体が手に入るのだ。
大豊が傭兵支援機構オールマインドに掛け合ってアセンブルした機体の輸送およびその機体に搭乗してのヘリの護衛。それさえ、熟せば――。
オリキャラ紹介
俺(カエデ)
この後はご想像の通りに
気難しい上官殿(デナリ)
別に無能な訳ではないが、要領がいいわけでもない、一般的なベイラム上層部
情報部の上官殿
カエデの問題をうやむやにしてなんやかんやでレッドガンのMT部隊に流そうとしていた。カエデは覚えていないが就職のときの面接をしてくれた人。そのためカエデの動機もなんとなくわかっていた
第7MT部隊のみんな
カエデのおかげでこの作戦での死者はそんなに多くなかった(当社比)けどたぶんもう少し後に621にこなごなにされてる