東方紅邪譚   作:東へ旅立つ

3 / 7
第三話 : 命懸けの攻防

「紫様、結局あの紅という少年は一体・・・?」

 

 

藍はスキマと呼ばれる空間にある紫の屋敷にいた。

 

そこでずっと気になっていた質問を投げかけた。しかし紫の反応は冷たかった。

 

 

「あなたには関係の無い事よ。」

「ですが・・・!」

「新しい式神が加わったとでも思えばいいのよ。特別な事をする必要はないわ。」

 

 

紫はそうとだけ言うとスキマを開いてどこかへ消えていった。藍はいつにも増して情報を与えられない事に少し悲しさを覚えつつも、言われた事はとにかく最善を尽くしてやらねばと心に決めた。

 

その時、式神として使役している故に感じ取れる妖力の変化を察知した。

 

 

(橙・・・? 誰かと戦っているのか?)

 

 

◇◇◇◆◆◆◇◇◇

 

 

二度の被弾で満身創痍になっていた橙は、激しく揺れ動かされた事で意識がはっきりとする。その時橙は紅に抱きかかえられているのに気がついた。

 

ふらふらになりながらも自分を抱えて走っている紅は、自分の意識が戻ったことすら気づいていない。

 

 

(なんで・・・こんなに必死に・・・置いてけば、逃げれるかもしれない、のに・・・)

 

 

その時上下が反転する能力が発動したのが橙にも分かった。そして紅は地面に座り込んでしまう。

 

 

(無理だよ・・・空も飛べないのに・・・)

 

 

しかし紅は再び走り始めた。アベコベの中無理やり走り出した彼に橙はかなり驚いた。そしてぎこちないながらも前に少しづつ進んでいた。

 

 

(なんで・・・なんで人間のくせに・・・! 死んじゃうよ、死んじゃうって・・・!)

 

 

橙は目に涙を浮かべ、こぼれそうになる。しかし橙はこちらに迫る火の玉に気がついた。

 

教える事も間に合わず紅の背中に当たり、衝撃が起こる。せめて自分が下敷きになれば紅の痛みを少しでも・・・なんて思いとは裏腹に、彼はその攻撃を受け切り、片膝立ちで橙を守りきった。

 

 

そして次の火の玉が向かってくる。

 

 

その時、橙の中で何かが動いた。

 

 

パァンッ

 

 

そんな甲高い音を立てて、火の玉を消した。手に込めた妖力をぶつけ、相殺したのだった。

 

 

「・・・橙・・・さん・・・?」

「もう・・・もう大丈夫だよ・・・今度は、絶対・・・絶対守るから・・・!」

 

 

細く小さな両足は震えながらも、橙は立っていた。肩で息をして、まっすぐは立っていられなくても、正邪をまっすぐに見つめて攻撃に備える。

 

 

「だから・・・絶対逃げてよ・・・」

「・・・っ!!」

 

 

橙は上下反転状態をものともせず、地面を踏みしめて飛び上がり、火の玉を素早く躱す。左右反転の時とは違い、上下反転の感覚は、飛行可能であれば上下移動を封印するだけで意外と対処しやすいのだ。

あっさりと対処され正邪も苛立ちを隠せない。

 

 

「チッ・・・面倒な・・・」

 

 

橙はスペルカードを一枚取り出す。無数の火の玉が展開され襲いかかる中、目を閉じて集中すると、彼女の周りに風が逆巻く。

 

 

(憑きたてほやほやじゃないから・・・どうなるか分かんないけど・・・やんないと・・・!!)

 

 

しばらくすると反転が元に戻り、弾幕が終了する。そのタイミングで間髪入れず橙がスペルカードを発動した。

 

 

「鬼神『飛翔毘沙門天』・・・!!」

 

 

橙の背後に鬼のように見える瘴気が立ち上る。そして空を踏みしめて一気に加速して正邪に接近する。

 

正邪を囲うような軌道を描いて飛び回り、遅めの弾幕が展開される。その密度は隙間を潜り抜けるのは不可能のように見えた。

 

 

「大人しくしてれば当たりにくいかもしれんが・・・動きにくいな・・・!」

 

 

正邪は弾幕の壁に囲まれて大きな動きを制限させられていた。そして、それこそが橙の狙いだった。

 

 

(今のうちだよ人間・・・! 早く逃げて・・・!)

 

 

橙が少し動きを止めて確認すると、紅は走って逃げ始めていた。

 

それに安心した橙は方向を変えて今度は逆回転で正邪を囲い始めた。しかしそこで橙は違和感に気付く。

 

 

(さっきから正邪が全然動かない・・・なんで・・・?)

 

 

不自然なまでに正邪は直立不動だった。思い切って正邪に向かって突進してみるが、正邪は動くどころか、ぶつかると思ったらそのまますり抜けてしまった。

 

 

(何かの道具だ・・・! 紫様が何か言ってた気がする・・・!)

 

 

「橙さんッ・・・!! 正邪はそこじゃないッ!!」

 

 

紅は振り返って叫ぶが、離れすぎてその声は届いていないようだった。

 

 

呪いのデコイ人形・・・そして・・・

 

 

血に飢えた陰陽玉

 

 

振り返って叫ぶ紅の目の前に突然正邪が現れる。狙い通り作戦が上手くハマって機嫌がいいのか、満面の笑みを浮かべている。

 

 

「ほぉら絶望しろ・・・恐怖しろ! これが天邪鬼・・・鬼人正邪の実力だ!」

 

 

彼の絶望顔が拝めると思っていたであろう正邪の笑顔は、次第に訝しげな表情に変わる。

 

 

(コイツ・・・全く驚いてない・・・?!)

 

 

正邪が目の前に現れた瞬間、紅は180度向きを変えて正邪の腰に向かってタックルをする。

 

 

「方法は分かんないけどあんたが真っ先に俺を狙うのは分かってた・・・! 橙さんッ!!」

 

 

突然の行動に正邪は抵抗できずにタックルを受けて、そのまま地面に倒れ込む。

 

 

(マズイっ!! デコイ人形の効果が切れるぞ?!)

 

 

「・・・ッ!! そっち?!」

「橙さん今だッ!!」

 

 

デコイ人形の効果が切れて橙にも正邪の位置が正確に認識出来るようになる。

瞬間移動していた正邪に驚きつつも、空を蹴って彼女に向かって全速力で近づきつつ次のスペルカードの準備をする。

 

 

「鬼符『青鬼赤鬼』ッ・・・!!」

 

 

二体の鬼の魂を式神として召喚する技で、橙の背後に青色と赤色の鬼の瘴気が浮かび上がる。

 

 

巨大な弾に姿を変えた二体の鬼はそのまま橙と共に正邪に向かって飛んで行きながら弾幕を発射する。

 

正邪は腹部を押さえつけている紅の頭を拳で殴ったり、足をばたつかせて腹を蹴ったりしながら抵抗する。

 

 

「クソぉっ!! 離せ離せ離せぇぇぇ!!!!」

「死んでも離すもんかッ・・・!!」

「行けぇぇぇぇッッ!!!!」

 

 

紅は道連れにするつもりで、橙はこれを最後の一撃にするつもりで・・・お互いが命を懸けて正邪を倒そうとした。

 

 

・・・しかし、その渾身の一撃は正邪に届く事はなかった。

 

 

突然二体の鬼が展開された弾幕と共に消えた。そして正邪に攻撃を仕掛けようとしていた橙は目から光を失ったまま正邪と紅の近くに墜落した。

 

 

妖力の限界を迎えていたのだった。

 

 

藍に式神を憑けてもらってから日数が経っており、それに加えて妖力が最大に近い時でようやく二枚とも扱えるようなスペルカードを、既に複数回の被弾で満身創痍を迎えていた状態で使用した。

 

妖力の限界はとうに超えていて、『飛翔毘沙門天』の時点で最低限意識を保てるレベルの一雫の妖力しか残っていなかったのだ。

 

 

斜めに速度をつけて急接近していた橙は正邪達のいる少し手前で意識を完全に手放し、その勢いのまま急降下して頭から地面と激突した。

 

 

そんな様子に紅達は言葉を失う。

 

だがそんな紅の隙を正邪は見逃さなかった。髪を掴んで地面に叩きつけて拘束から逃れる。そして少し呼吸を整えるため数歩下がって片膝をつく。

 

 

「がぁッ・・・!」

「はぁっ・・・はぁっ・・・私は全然ビビってないぞ・・・」

 

 

正邪を離してしまった紅は、ゆっくりと立ち上がり、岩のように重い両足を引きずりながらフラフラと橙の元へ駆け寄り、上体を起こした。

 

 

「橙、さん・・・!」

 

 

瞳孔の開いた光のない瞳、額から流れる赤い血、被弾した時に出来たであろう両腕の火傷のような跡や少し焦げたように汚れた服・・・そして力無くダランと垂れた両腕・・・彼女は、死んでいるようにも見えた。

 

 

「そ、んな・・・起きて、起きてよ・・・橙さん・・・!」

 

 

自分よりも幼い姿をした彼女が腕の中で何も答えない。熱を、そして生気を感じられないその身体を抱いたまま紅は震えた。

 

 

「・・・まったく随分手間をかけさせる雑魚妖怪と雑魚人間だな。」

 

 

正邪は紅の背中を見つめ、手をかざす。その手元には打出の小槌の模造品が現れた。

 

 

「だがもうこれで為す術はあるまい!! 殺しはしない、死ぬ事さえ救いと思える程の地獄を味わわせてやるよ!!」

 

 

本気ではない、軽く腕を振るように打出の小槌で紅の背中を殴りつける。だがそれでも橙を抱きかかえた紅を軽く数メートルは打ち飛ばす。

 

 

そのあまりの痛みから橙を手放してしまい、二人は地面に力無く倒れ込んでしまっている。

 

 

「・・・ぁ"・・・が・・・・・・」

 

 

痛みが全身を駆け巡りながらも、叫び声をあげられない。正邪は打出の小槌を振り上げて橙を見下ろす。

 

 

「まずはこっちの猫に確実にトドメを刺してやる。人間風情の味方なんかするからこうなる・・・ちゃんと見とけよ、この妖怪の死に様をな!」

 

 

紅は震えた。

 

 

悲しみではなく、憎しみで。

 

 

ザワッ・・・

 

 

手を振りおろそうとした正邪は手が止まる。悪寒が背中を這い回る。強い殺気、怨念・・・まるで首筋に刃物を突きつけられているかのような鋭利な感覚。

 

 

汗が溢れる。命の危機・・・指名手配を受けて幻想郷中の猛者達から命を狙われ続けた今であっても、一番の恐怖だと断言できる程の恐怖だった。

 

 

その恐怖を振り払うように後ろを振り返る。そこには力無く倒れている紅がいるだけだ。

 

髪は飛ばされた衝撃で乱れて目元は隠れ、口からは血が流れていた。

 

 

だがその髪の隙間から覗き込む、真っ黒の・・・深い深い夜よりも暗い瞳と目が合った。

 

 

そして、その口元はパク・・・パク・・・と何かを呟くように動いていた。

 

 

「・・・ぉ"・・・・・・す・・・・・・ぅ・・・ぁ"・・・・・・」

 

 

言葉とも言えないような呻き声を零しているのが微かに聞こえる。

 

 

「な、なんだよ・・・何なんだよお前はァッ!!」

 

 

恐怖を振り払うように叫ぶと、目の前に別の人影が現れる。そのシルエットは人間のようで、それでいてあまりにもかけ離れていた。

 

 

風に揺れる九本の尻尾・・・黄色の毛並みが風に合わせて波打っていた。なびいて視界を遮ろうとする黄金色の髪を左手で抑え、鋭い眼光で正邪を見つめる。

 

 

「・・・橙、よく頑張ったね。そして、遅れてすまなかった。」

「お、お前は・・・賢者んとこの九尾の式神だな?」

「初めまして、かな? 指名手配された貴方を皆が追いかけていたあの時を思い出すよ。」

 

 

紫本人が出張ったその時は、藍は待機を命じられていた。初めて会った正邪と藍だが、正邪は余裕の表情を見せる。

 

 

「こっちはお前のご主人様とやらの不可能弾幕から生き延びているんだ、今更お前なんかに負けるはずがないな!」

 

 

その言葉を聞いて、藍は僅かに微笑む。そしてゆっくりと目を閉じた。

 

風が巻き起こる。藍の周りを駆け回るようにその風は次第に強くなり、正邪も思わず腕で顔を庇い、目を細めてしまう。

 

 

「私を誰だと思っているのかしら、九尾の狐よ。貴方がさっきいじめ倒した橙とは桁が違くてよ、色々と。」

 

 

ゆっくりと空に上昇していきながら、札を袖から取り出すと、バラバラになって消えていく。すると藍の周りに青と緑のクナイが大量に展開される。

 

 

的確にそれを躱しつつ正邪も反撃を加えようとする。しかし藍もまたその反撃をものともせず躱し尽くす。

 

 

「妖怪としての格の違いを見せようか。」

 

 

藍の左右の手にはそれぞれ六枚ずつ、合計十二枚の人型をした札が握られていた。そしてそれらを空中に投げ放つとまるで意思を持つようにそれぞれが配置についた。

 

 

その人型の札を依代として十二体の神が顕現する。

 

 

『悪行罰示』、式神との契約方法として最も荒々しく強力であるこの方法は、力で調伏する事でのみ成立する。

 

 

式神『十二神将の宴』

 

 

(式神を十二体も同時にだと・・・?!)

 

 

式神を使わない正邪でさえ、その技術の凄まじさは理解できた。本来式神とは言うなれば家来のようなもの。使役する者に力が無いと思われれば召喚したとて逆らうまでの事であるからだ。

 

 

ベストコンディションの橙でさえ、あまり強いとも言い切れない青鬼と赤鬼を二体同時に顕現させるのが限界であったのに対して、藍はその六倍の数の式神を同時に使役し、その上その一体一体がそれぞれ強大な力を持っている。

 

そしてその十二体それぞれが宴のように自由に弾幕を展開させる。

 

 

「くっ・・・だがこっちには反則道具がある・・・!」

 

 

四尺マジックボムに妖力で火をつけて、前方に軽く放り投げる。手で顔の前を庇って衝撃に備えると、マジックボムが大きな衝撃波と共に周りの弾幕を消し去る。

 

 

「弾が消えちまえば大した事ねぇな!」

「貴方の計画を崩壊させた三人の人間達は、この技を霊撃に頼る事なく打ち破って見せたけど・・・貴方には無理だったようだね。」

「・・・あ"?」

 

 

藍も正邪も霊夢、魔理沙、そして咲夜と戦って負けた事があるという共通点がある。だからこそ、藍は的確に正邪の嫌がりそうな言い方で煽る事が出来た。

 

 

「行符『八千万枚護摩』。」

 

 

そのまま間髪入れずに次のスペルカードを発動した。正邪に距離を詰めてから放った膨大な量の御札は、まるで壁のようだった。

 

 

(これは・・・隙間を抜けるのは無理だ・・・!)

 

 

それに加えて、常に藍を中心に発生している淡く発光した球状の弾が無数にあるという事が、通り抜けれない程の隙間から辛うじて見える。それらが放出され続けている限り藍への接近は許されない。

 

 

「陰陽玉は使えないか・・・なら!」

 

 

天狗のトイカメラ・・・小型のカメラを構えてシャッターを切ると、弾幕の壁に一筋の穴が開く。そしてそこで初めてその御札の壁が、360度全てに向かって放たれているわけではない事に気がついた。

 

藍は、かつて取材に来た天狗をこのスペルカードで追い払おうとして、同じようにカメラで耐え抜かれたのを思い出していた。

 

 

(どうせ裏には逃げ道は無いし・・・ここを抜けるしかないんだろ?!)

 

 

トイカメラで弾幕を消し飛ばした一筋の道の中を素早く通り抜けて打出の小槌で渾身の一撃を放とうかと思った矢先、第二波の札が展開される。

 

 

これだけの規模の札を同時に展開しているのだから、連続しては撃てないだろうと完全に高を括っていた。しかし相手は妖怪の賢者と同じ八雲の姓を名乗っているだけの事はあるのだと改めて思い知らされる。

 

 

第二波の札が正邪に命中する。

 

 

しかしその正邪の身体はポンッと小さな破裂音を出したかと思えば煙に包まれ、その中から一つの小さな地蔵様のような人形が落ちていった。

 

 

「チッ・・・!! 厄介なスペルカードだ・・・!!」

 

 

その煙の中から正邪が飛び出してくる。まるで無傷だが、その表情からは苛立ちが見て取れる。

 

 

紅はそんな二人の弾幕ごっこを視界の端に辛うじて捉えながら、驚き、そして己の無力さを悔いる。

 

 

(藍さんって・・・やっぱり強いんだ・・・俺なんか、何の役にも・・・)

 

 

しかし、雑念を振り払い、悔いるよりもまず橙の元へ行こうと決めた。背中を殴られた時が原因だろうか、左腕に力を入れようとすると全身に激痛が走る。だが右腕ならなんとか動かす事は出来る事が分かったので、右腕だけを使ってゆっくり、ゆっくりと体を引きずって橙の元へ近づく。

 

 

常に首を絞められているかのように、呼吸が自由に出来ない。口の中に充満する鉄の味を堪えながら、飛びそうになる意識をわざと左腕に力を入れる事で全身に激痛を走らせて繋ぎ止める。

 

やっとの思いで橙の元に辿り着くも、声を掛けることができない。

 

 

「ぃ"・・・ぁ・・・・・・」

 

 

掠れる声では橙を呼びかける事も出来なかった。冷たくなった橙の左手が不意に紅の右手に触れて、涙が止まらなくなる。思わず橙の手を握り、ギュッと力が入る。

 

 

(ごめんなさい・・・本当にごめんなさい・・・俺が、弱かったから・・・俺が、騙されたから・・・全部・・・俺が・・・)

 

 

そして紅は眠りにつくように意識を無くした。限界をとうに超えていたのは、彼も同じであった。

 

そんな紅達の上空で、藍と正邪の弾幕ごっこは熾烈を極めていた。

 

 

「はぁっ・・・はぁっ・・・くそう・・・大して、強くもないくせに・・・このクソ狐がッ・・・!」

「本当に品の無い天邪鬼だね。これを最後のスペルカードにする。」

 

 

超人『飛翔役小角(えんのおづぬ)』

 

 

藍にしては珍しく、腰を深く落として構える。正邪は当然何か攻撃が来ることを予想し身構える。

 

ボンッと空気が破裂するような音がする。

 

それは、身構えていても反応が遅れる程の超速の突進だった。

 

 

移動が間に合わない。正邪は反射的にひらり布を出していた。そのままその場で倒れ込むように布に包まる。

 

 

(あと、あとほんの少し遅れたら・・・やばかった・・・!!)

 

 

だが布から覗き込むと、通り過ぎたはずの藍が再び先程と同じ所から突進を繰り出している。短い距離であれば、紫のような空間から空間へ転移する妖術を身に付けている藍だからこそ出来る超高速の連続タックルと言える。

 

 

(こ、こんなのどうやって攻撃を当てりゃいいんだ・・・?! ひらり布も永遠じゃねぇ・・・)

 

 

布に隠れながら思慮を巡らせる。だが考えれば考える程勝つ方法など思いつかない。

 

そして、たどり着いた答えはやはり・・・

 

 

亡霊の送り提灯

 

 

(攻撃しようにもこんな高速移動じゃ当てようがねぇ・・・!! この十秒間でとにかく遠くに逃げてやるッ!!)

 

 

正邪は体を霊体化し、とにかく遠くへ遠くへと逃げようとした。

 

 

「・・・どこまでも逃げるといい。」

「・・・ッッ?!」

 

 

正邪の事が見えているはずのない藍から言葉が飛ぶ。そして藍は既に攻撃をやめていた。

 

 

「怨霊を使役する私にとって、今の貴方を認識するなんてあまりにも簡単。所詮は戯れと思い知るといいわ。」

 

 

藍は目線すら向けない。最早相手にすらされていなかったのだと思うと、正邪は瞬きを忘れる程に目に力が入り、奥歯が痛むほどに悔しさを噛み締める。

 

だが今は逃げなくては、生き延びた者こそが真の勝者なのだから。

 

 

そしていずれ藍からも認識できない程遠くに逃げたようだった。

 

 

「・・・・・・橙、どうしてこんな無茶を。」

 

 

かつて人間達(霊夢、魔理沙、咲夜)にいじめられて傷付いた橙を癒し、妖力を最大まで注いだ事があった。

 

その時は調子に乗ってまた人間達に喧嘩を売り、コテンパンにされていたのを思い出す。

 

 

橙は、人間を大事にはしない。人間では、自分には勝てない事を知っているからだ。博麗の巫女や胡散臭い魔法使いなど一部の例外を除けば、式神の憑いた橙はどんな人間よりも強いのだから。

 

 

なのに、彼女は限界を超えて戦った。妖力が底を尽きて尚動こうとして、意識を失ったのだ。

 

 

(・・・有り得ない事だ。そんな無茶をするように命令はしていないのに・・・)

 

 

今までも多少の命令無視はあったが、今回のように命令以上の行動というのはした事がなかったのだ。

 

それが今や、彼女達は手を握り合って眠るように気を失っている。

 

 

考えても仕方ないと思い、二人を抱きかかえようとすると、後ろに気配を感じ取る。

 

 

「・・・おい九尾、それがどういう事か説明するんだ。」

 

 

後ろを振り向くと、八卦炉を構えた魔理沙がいた。表情を悟られまいとしてか、いつもよりも深く帽子を被り、声色からは怒りが滲み出ていた。

 

 

「・・・私は現場を見た訳じゃないから確実なことは言えないけど、天邪鬼が人間を襲おうとして、それを橙と私が助けた・・・それ以外に言い様が無いな。」

「助けただと?! そんな傷だらけで信じられるかよ!!」

 

 

八卦炉を握る手が更に熱くなり、ギリギリと音を立ててより一層怒りを顕にする。

だが藍はまるで動じない。

 

 

「あのスキマ妖怪が悪いようにはしないって言ったから、アイツを止めなかったんだぞ・・・?!」

「・・・助けたい気持ちがあるなら、診療所に連れていくのを手伝ってはくれないか。」

 

 

魔理沙はしばらく動かなかったが、結局構えていた八卦炉をゆっくり下ろし、紅の元に歩み寄る。

 

 

「・・・コイツを助けた後で、詳しい話は聞くからな。」

「お好きにどうぞ。」

 

 

紅をゆっくり抱き上げようとするが、紅の右手と橙の左手が固く握られていて、動けなくなる。

 

 

「・・・藍、これどうにかならないのか?」

 

 

藍は橙達の手を離そうとするが、抵抗してるのかと思う程に固く、これ以上無理矢理離そうとすると負傷させてしまう可能性も考え、諦める事にした。

 

 

「死後硬直のように固いわ。」

「え、縁起でもない事言うもんじゃないぜ?!」

 

 

橙達がまだ死んでいない事は魔理沙も藍も分かってはいる。とはいえ安心出来る状態ではないのもまた事実だ。

 

だがやはり妖怪はどこか人間にある『命が惜しい』というような生命の尊重の気持ちが欠如している、と魔理沙は考えていた。

 

 

何とか橙達を抱き上げて、魔理沙達はゆっくりと距離を合わせながら空を飛び、永遠亭を目指して歩き始めた。

 

 

◇◇◇◆◆◆◇◇◇

 

 

「・・・全く、うちは動物病院じゃないのだけれど。」

 

 

迷いの竹林の奥にある幻想郷でも数少ない診療所の一つ。

 

自力で辿り着くのさえ困難と言われるこの場所に、藍達は難なく辿り着いた。

 

 

処置を終えて、少し血の滲んだ包帯や固定具を巻かれた橙と紅が敷布団の中で横になっている。

 

この診療所で助手をしている鈴仙が慌ただしく、血で汚れた水の入った洗面器と手拭いを裏手に運んでいる。

 

 

魔理沙は安堵の溜息をつく。そして藍は薬師を務める八意永琳に頭を下げて礼を言う。

 

 

「八意さん、感謝します。」

「いえ、大した事ではないわ。でも、八雲の所の妖怪が、因縁のある私を頼るなんてちょっと不思議ね。」

「因縁を感じておられるのはご主人様と八意さんの話ですし、私はただ合理的に考えて頼ったまでです。」

 

 

その話を聞いて永琳はフフッと笑った。

 

 

「そうね、あなたみたいに聡明で物事を合理的に考える方が好きよ。」

「師匠、水替えてきました。」

「ありがとう。取り敢えず今出来ることはやり尽くしたわ。」

 

 

鈴仙が橙達の寝ている傍に綺麗な水の入った洗面器と新しく用意した乾いた手拭いを置いた。

 

 

「これで一安心だぜ・・・」

「それにしても・・・あの天邪鬼に襲われたなんて運の無い子ね。」

 

 

そんな話をしていると、紅から呻き声のような声が聞こえ始める。

 

皆が紅の方に注目してしばらくすると、ゆっくりと目を開けた。

 

 

「・・・・・・ぁ・・・ううっ・・・」

「おい大丈夫か?!」

 

 

魔理沙が真っ先に駆け寄り、目が合う。目を細めて魔理沙を見つめる紅は、まだ状況を飲み込めていないようだった。

 

 

「なん、で・・・魔理沙さんが・・・?」

「やばい妖怪の気配感じてさ、大急ぎで向かったらあんたがボロボロになってたのを見つけたんだよ。」

 

 

そう言われて紅も次第に何があったのか思い出してきた。起き上がろうとするが、体が痛む。

 

 

「いっ・・・!!」

「ダメですよまだ起きちゃ。」

 

 

鈴仙が優しくなだめて布団を肩までかけ直す。

そのタイミングで藍も橙の傍でしゃがみ、頭に手を置いた。

 

 

「彼も目を覚ました事だし、何があったのか聞くなら今ね。」

 

 

一瞬だけフワッと風が舞い上がったのが誰の目から見ても明らかであった。そして、橙を淡い紫色の光が包んで、空いている手で札を一枚摘んでいる。

 

聞き取れない程小さな声で何かを呟き、その札を口元に持っていく。そしてフッと軽く息を吹きかけると筆で書いたような文字が浮かび上がる。

 

手を頭に置いたままその札を橙の胸元に置くと、数秒経ってから橙がゆっくりと目を開けた。

 

 

「・・・ら、ん・・・様・・・?」

「大丈夫かい?」

「・・・少し、頭が痛いです・・・」

 

 

橙がふと周りを見渡そうと反対側を見ると、紅と目が合った。そして、その目は今にも泣き出しそうな程に潤んでいた。

 

 

「よ、かった・・・! 死ん、じゃったかもって・・・思って・・・!」

「紅・・・ごめんね・・・そんな、大怪我させちゃったんだね・・・」

 

 

紅は首を横に振って、そして謝罪した。

 

 

「ち、違う・・・俺のせいなんだ・・・俺が、アイツに騙されたから・・・」

「違うよ・・・私が、その、えっと・・・ま、マタタビに釣られちゃって目を離しちゃったから・・・」

 

 

改めて言語化すると恥ずかしかったのか橙の頬が少し赤くなるが、そんな様子を見て紅も少し笑顔になり、橙も釣られて微笑み返す。

 

 

「えーっと、手も繋いで仲良くしてる所申し訳けれど、何があったのか私達にも教えてもらえないかしら?」

 

 

永琳がスパッと割り込んでそう言うと、それで橙達が未だに手を繋ぎ続けていた事に気がつく。熱いものに触れたのかというくらいに一瞬でパッと手を離し、少し気まずい雰囲気になる。

 

だが永琳は全く気にも止めなかった。

 

そして気を利かせた鈴仙がお茶を二杯持ってきて、橙達を介助しながらゆっくりと上体を起こさせる。

 

橙達は感謝しながらお茶を飲んで状況を頭の中で整理しながらどのように説明したらいいか考える。

 

 

「・・・どこから話したらいいんでしょうか。」

 

 

そして橙と紅はゆっくりと、油揚げをご馳走になった辺りから事細かく説明を始めた。

 




第三話を読んで頂きありがとうございます。
スペルカードを用いた戦闘の描写というのは無限に解釈ができてしまうので難しいところですが、既存のスペルであれば名前を出せばどんな弾幕かはイメージできるし、調べれば出てくるのが本当に書きやすいです。読み手に伝わるかは別ですが...

個人的には藍様はかっこいい系のイメージが強いです。威厳があってカッコよくて、歩くだけで目を引く美人な感じですが、意外と原作でのセリフだと柔らかい口調になる時もあるので、難しいですね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。