東方紅邪譚   作:東へ旅立つ

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第四話 : 羨望

紅と橙は、自分達が意識を失うまでの事を事細かく説明していた。そして、先に気を失っていた橙は、失神してからの事を真剣な表情で聞いていた。

 

 

「何となく状況は分かったぜ。しかし正邪のヤツ、まさか人里に紛れ込んでたなんてな。」

「弾幕ごっこにしては随分と大怪我に思えたけど、そういう事だったのね。」

 

 

魔理沙と永琳は紅達の話を聞いて色々と納得したようだ。しかし藍はそうではなかった。

 

 

「・・・橙、何故無茶をした?」

「えっ・・・?」

 

 

ただその表情は決して怒ってはいなかった。純粋な疑問だった。

 

橙も改めてそう聞かれると、ハッキリとした理由が思い浮かばない。

 

 

「え、えっと・・・この人間に、助けてもらったから・・・だと思います・・・私がアイツの攻撃に当たっちゃって、落ちちゃったのを受け止めてくれて・・・」

「・・・確かに私は『他の妖怪から守って』とは言った。でも意識を失う程無茶をするなんて・・・」

 

 

そう言われると、橙も黙り込んでしまう。

 

 

「式神が剥がれるくらいなら後から戻せる。でも元の肉体そのものが破壊されたら、私でも完全には元に戻せないわ。」

「ご、ごめんなさい・・・」

「大丈夫、怒っている訳ではないから。」

 

 

不意に見せた藍の母親のような一面に、紅は目を奪われる。そして、ふと考えてしまった。

 

自分にも、母がいるのかと。

 

 

その瞬間、頭に激痛が走る。

 

 

「・・・・・・ッ?! ぁ・・・ぐ、っ・・・い、だ・・・!」

「っ?! ど、どうしたんだよ?!」

 

 

頭の内側を何度も鈍器で殴られ続けているかのような鈍い痛みと、針で刺されているかのような鋭い痛みが同時に絶え間なく起こり続ける。

 

痛みで声が出てしまう程の頭痛、それが突然襲いかかったのだ。

 

 

「・・・ウドンゲ、もう一枚手拭いを。紅くん、こめかみを冷やすわね。」

 

 

鈴仙は慌てて手拭いを取りに向かう。そんな中紅が頭を抑えながらもがき苦しむ。頭痛を和らげる為に永琳はすぐさま彼のこめかみに冷たい水で濡らした手拭いをあてがう。

 

歯を食いしばりながら痛みにもがいている紅を見て、周りも驚き困惑する。

 

 

「・・・酷い熱。さっき診た時はそんな事無かったわよ・・・ウドンゲ、今度は常温の水、あと解熱薬を。」

「は、はい!」

 

 

額に手を当てただけでも確信が持てるほどに体温が上がっているのが分かる。鈴仙から受け取った手拭いを濡らして反対側のこめかみにあてがう。

 

 

「う、ぐ・・・ぅ・・・ッ、ぎ、ぃ・・・い"、だぃ・・・!」

「辛いと思うけど、しっかり両方のこめかみを手拭いで抑えて。」

「・・・何が起こっている・・・?」

 

 

突然の状況に藍もどうする事も出来なかった。橙は驚きと心配で、少し泣きそうな表情になってきている。

 

鈴仙が湯のみと、薬包紙の乗った小さなお皿を持ってくる。それらを持ったまま永琳の近くに膝をついて座り、手渡した。

 

 

「紅くん、解熱薬を飲むから少し我慢して。ウドンゲ、手拭いを貰って濡らし直して。」

「はいっ・・・え、も、もうこんなぬるく・・・」

「いいから早く!」

 

 

ほんの数秒だけ痛みに全力で抗い、薬包紙に入った粉薬を口に入れる。そして永琳の持っている湯のみから水を飲ませてもらい薬を飲み込んだ。

 

しかしもって数秒、絶え間なくやってくる痛みを誤魔化し切るのは不可能で、薬を飲み終わった後も変わらなかった。

 

 

「とにかく今は落ち着かせるしかないわ。大丈夫、きっと治るから・・・落ち着いてゆっくり呼吸して。」

 

 

異様に汗ばむ背中をさすりながら永琳は看病を続ける。そんな危機的な状況に魔理沙も藍も橙もその場に凍りつくしかなかった。

 

 

◇◇◇◆◆◆◇◇◇

 

 

十数分経った頃、永琳の献身的な看病もあってか、ようやく落ち着きを取り戻した様子だった。

 

 

「少し横になりましょ。私が支えるからゆっくりもたれて。」

 

 

紅の頭と背中を支えながらゆっくりと横にさせ、着物の胸元を少し緩めて汗を拭く。薬が効いてきたのか、先程までの苦悶の表情よりかは少し穏やかになってきているのが誰の目から見ても分かった。

 

 

「・・・・・・ごめ・・・な、さ・・・」

「いいの、取り敢えず安静に。眠れそうならそのまま寝なさい。」

 

 

今は脱力して目を閉じているのが分かり、皆安心する。永琳は紅の首元の汗を拭き、もう一枚の手拭いを濡らして額に乗せた。

 

 

「・・・できることは全てやったわ。」

「な、何だったんだ本当に・・・流石にビックリしたな・・・見ているこっちも熱くなったぜ・・・」

 

 

しかし誰しもにとって突然かつ理解不能な事態、対応した永琳の言葉を皆が待っていた。

 

その空気を察している彼女はしばらく紅を見つめて考え込む。

 

 

「・・・・・・ごめんなさい、私にも分からないわ。言えるのは、彼は間違いなく人間。でも・・・ただの人間ではなさそうだけれど。」

「・・・なぁ藍。本当に何も聞いてないのか?」

「本当に何も・・・私も混乱してるよ。何故紫様がこの子を私と橙に預けたのか・・・そもそも、誰なのか・・・」

 

 

魔理沙は溜息をついて適当な所に座り込んだ。橙も紅を心配そうに見守る。そんな彼女を見かねて永琳が声をかけた。

 

 

「貴方のせいじゃないわ。貴方を庇った事と今の頭痛は全く関係の無い事。まぁ・・・関係ないから余計に分からないのだけど。」

 

 

藍は橙の頭を撫でて、安心させようと微笑みかける。橙も藍と永琳の顔を見て、小さく頷く。

 

 

「八意さん、恐縮ですが今晩はここにお邪魔させていただけないでしょうか?」

「構わないわ。そもそもそんな重傷なのに帰らせる気は無いわよ。」

 

 

永琳はゆっくり立ち上がって、鈴仙に食事の準備の指示を出す。そして皆に夕飯の提案をした。

 

 

「気が利くなぁ! じゃあ遠慮なくいただくぜ!」

「・・・夕飯・・・あぁ、橙。頼んだお使いの荷物って、どうなったんだ?」

「あっ・・・豆腐のお店で・・・預かって貰ってました。」

「・・・私は一度人間の里に戻るよ。ここに戻るのは遅くなるかもしれないから、私の分の夕飯は必要ない。」

 

 

藍は静かに外に出て行った。今病室に残っているのは永琳と橙、そして眠りについている紅だけだった。

 

橙は永琳がどういう存在かはあまり詳しくない。接点が少ないからだ。橙の中では少し気まずい雰囲気になり、視線をどこに向けるのか困ってしまう。

 

 

「ねぇ、貴方はその子の事を命懸けで守ろうとしたのよね?」

 

 

突然永琳の方から声を掛けられ驚き言葉を失う。慌てる橙を見て思わず手で口元を隠しながら笑ってしまう。

 

 

「ふふふっ・・・ごめんなさいね。でも、貴方の優しさは彼にも通じてるはず。」

 

 

しかしそんな言葉を掛けられても、橙の表情はどこか暗かった。それは『守る』と約束したはずの相手の方が重傷を負ってしまったからだ。

 

 

「・・・人間なんて、私よりも弱いの。盾つこうなんて・・・絶対無理なのに。盾突くどころか、守ってくれるなんて・・・生意気だよ。」

「・・・貴方達が負けた後、あの九尾の狐が助けに来てくれたんでしょう? それは彼女が、貴方達の方が弱いと思ってるからだと思う?」

 

 

橙は、いまいち永琳が何を言いたいのか理解できなかった。そして永琳は、誰かが理解に苦しむ様子を見るのが好きだった。

 

 

「・・・彼女はね、貴方が大切だから助けに来たの。だからきっと、紅くんも貴方が大切なんじゃないかしら?」

「えっ・・・」

 

 

橙は眠りにつく紅に目を向ける。今は穏やかな表情で眠る彼を、自分もまた助けようとしたのを思い出す。

 

それは彼が恩人のような人であり、ある意味では大切な人だったからだと考えた。

 

 

永琳はまた手拭いで汗を拭き、額の手拭いを取りながら手を添える。

 

 

「・・・だいぶ熱が下がってる。きっと一時的なものだったのね。貴方は痛い所は無い?」

 

 

その問いかけに橙は首を横に振って答える。そして永琳はまた濡らし直した手拭いを紅の額に乗せた。

 

 

「・・・今伝えても意味が無いかもしれないけど、言うわね。」

 

 

少し寂しそうで、でも真剣な永琳の表情に橙は目が離せなくなる。少し間を置いてからゆっくりと話し始める。

 

 

「・・・・・・どれだけ大切になっても、彼は人間で貴方は妖怪。絶対に、近付き過ぎては駄目よ。それはきっと、貴方達双方にとって、嫌な結果を生み出す事になるわ。」

 

 

真っ直ぐと見つめてくる永琳の瞳に橙は少し恐怖を覚える。その言葉はきっととてつもなく重要なものなのだと本能的に察した。

 

しかし、紅と近付き過ぎるという姿が全く想像できない。なぜなら彼は人間で、対等にはならない事は分かっているからだ。

 

 

「・・・取り敢えずもうすぐ夕飯ができるから、待ってて。」

 

 

そう言われた後は、少し気まずい沈黙の時間がしばらく流れたのだった。

 

 

◇◇◇◆◆◆◇◇◇

 

 

鈴虫の声が静かに響く真っ暗な部屋の中、紅はゆっくり目を覚ました。

 

横からは寝息が聞こえ、自分がまださっきまでの部屋と同じ場所にいる事を理解する。

 

しかし明かり一つないこの部屋では最早誰がどこにいるのかすら分からなく、少し恐怖を感じる。

 

 

「・・・おや、目を覚ましたのか?」

「・・・~~ッッ?!?! ら、藍さん・・・?」

 

 

必死に声を抑えて声の出処を探る。すると暗闇の中でも浮かび上がる尻尾のシルエットを見つけた。

 

藍は静かに近付いて、額に手を添える。

 

 

「・・・熱はもう無いようだね。本当に良かった。」

「ご、ごめんなさい・・・」

「何に対してかな? 喉も乾くだろう、水を入れてくるよ。」

 

 

藍はゆっくりと、あまり音を立てないように歩いて部屋をあとにする。だがその暗闇の中でもモッサモッサと揺れる九本の尻尾がよく見える。

 

しばらくすると湯呑みを運んで来たのが分かった。そして床に置いて、背中に手を添えて上体を起こすのを手伝う。

 

 

「ありがとうございます・・・」

 

 

渡された湯呑みの水を飲み干して、空の湯呑みを藍が受け取る。そんな手慣れた様子を見て紅は質問を投げかける。

 

 

「あの・・・藍さんは人間を襲わないんですか?」

 

 

質問された藍の手が止まる。

 

 

「・・・まぁ、子供は襲わない。個人的な信条だよ。それに紫様に仕えてる以上好き勝手に人間を襲う事はできない。それに・・・」

 

 

そう言いかけて溜息をつく。紅は自分が何か気に障る事を質問してしまったのではないかと不安に駆られる。

 

 

「紫様は寝てる間によく人間を外の世界から無意識に連れてきてしまうから、人間への対応も慣れたものさ。」

 

 

暗闇でも苦笑いを浮かべてるのが見て取れる。そしてゆっくり立ち上がって湯呑みを戻しに行く。

 

紅は、八雲紫とは殆ど話した事がない。マヨヒガに連れて来られた時も会話は最低限のみで、とてもお話できる雰囲気ではなかったからだ。だから藍の言うご主人様という存在について全く想像がつかなかった。

 

無意識に連れてきてしまうということは、例えば自分のような人物がいたという事だろうか、と。

 

藍が部屋に戻ってくる。そしてまた横にさせようとするが、永琳程手慣れている訳ではなかったせいか、力を入れやすいように少し抱き寄せすぎてしまう。

 

 

「・・・っ!!」

「すまない、こういう本格的な介助というのは慣れていなくて・・・」

 

 

藍の少し甘くて暖かい香りにドキッとさせられ、紅は動揺する。そして横にさせられた後にまた額に手を添えられる。

 

 

「・・・また少し熱が上がった? まさか・・・ふふっ、私が近過ぎて緊張したか。」

「え、い、いやっ、ちがっ・・・」

「ふふ、いや、気にしてないわ。男の子なら普通さ。」

「ご、ごめんなさい・・・」

 

 

からかうように笑っていた藍は紅の謝罪を聞いて急に静かになる。そのあまりの静けさに紅も思わず「えっ」と声が漏れる。

 

 

「・・・ほ、本当にそうだったのか?」

「は、はい・・・」

 

 

素直に認めた紅に対して藍は反応に戸惑う。そしてそんな戸惑いを示す藍に対しても紅は更に戸惑う。

 

 

「す、すまない、思慮に欠けていたよ・・・ただ本当にまた熱が上がったんだろうと思ったが、ほんの出来心でからかいたくなってしまって・・・」

「い、いえ・・・本当にごめんなさい・・・」

「いや、本当に大丈夫。私自身そんな事言われた経験がなかっただけで、実際まぁ・・・男の子なら、普通だろう。」

 

 

そう言いながら藍は布団を肩まで掛けさせ、そしてその場に座る。少し気まずい空気が流れるが、しばらく経ってから切り出したのは紅の方だった。

 

 

「・・・・・・あの、どうしたら橙さんも藍さんも守れますか。」

「・・・どういう事かな?」

 

 

紅は、その日の戦いであまりにも無力だった事を話し始める。そして結果橙を巻き込み大怪我を負わせてしまった事を悔いていた。

 

だからこそ、もっと戦う力が欲しいと藍に懇願したのだった。

 

 

「・・・・・・どうしたら、いいですか。二人とも、俺を守ってくれて・・・このまま守られてばっかりになるのは嫌なんです・・・」

「難しい事を言わないで。貴方は力の無い人間、私達は妖術を操る妖怪・・・そもそもの出で立ちが違うんだ。」

「ごめんなさい・・・」

 

 

明らかに落ち込んでいるようで、藍もいたたまれない気持ちになる。だから口を滑らせてしまった。

 

 

「・・・まぁ、人間でも戦える人はいる。霧雨魔理沙もその一人だ。」

「えっ・・・じゃあ、魔理沙さんに聞いたら・・・」

 

 

(迂闊だったかもしれない・・・)

 

 

言ってから藍は少し後悔する。だが言ってしまった以上取り返しはつかない。だからせめて危険だということを念押しして、戦いに身を投じないようにするしかなかった。

 

 

「・・・貴方が命を賭ける必要はない。私達は貴方を外の世界に無事に帰す義務がある、守るのは当然さ。」

 

 

藍はその場で両手をそれぞれ反対側の袖の中に入れて、優しく微笑みかける。

 

 

「・・・もう寝た方がいい。紅が少し元気になって安心したし、私も少し寝よう。」

「はい・・・ありがとうございます、藍さん。」

「おやすみ。」

「おやすみなさい・・・」

 

 

あれだけ寝たにも関わらず、紅はあっさりと眠りにつく事ができた。しかし藍は、人間の少年相手に動揺させられた事が気になって、眠りにつくのに少し時間がかかった。

 

 

(・・・・・・私、匂い大丈夫だったか・・・?)

 

 

ほんの不安感で、藍は試しに少し自分の匂いを嗅いでみた。もし本当は匂いが不快だったというのを気遣われただけだとしたらいたたまれないからだ。

 

しかし嗅げど嗅げど自分では分からなかったのだった。

 

 

◇◇◇◆◆◆◇◇◇

 

 

「ほ、本当に入るんですか?!」

「当たり前です。 あなた少なくとも幻想郷に来てから一回もお風呂入ってないんでしょ?」

「そ、そうですけど・・・!」

 

 

浴室の前で朝から大騒ぎになっている。そんな音を聞いて魔理沙が眠い目をこすりながら興味を持って覗きに来る。

 

 

「なんだ朝から騒々しいな・・・どうしたんだよ。」

「この子が風呂を嫌がるの。」

「ち、違いますって! この・・・兎さんが俺と入ろうとするんです!」

「兎さんじゃなくて鈴仙だって! れ、い、せ、ん!!」

 

 

魔理沙は紅達のやり取りを聞いて思わず吹き出す。

 

 

「ぶははははっ!! ウドンゲは年下好みか?」

「ちょ、馬鹿何言ってんの! あとウドンゲじゃなくて鈴仙!」

 

 

鈴仙は手でシッシッと魔理沙を追い払おうとするが、笑いが止まらず動かない。

 

 

「あんたの方が年下好みなんじゃないの?! もう脱ぐよ!」

「はいはい、楽しんできてくれよ~。」

 

 

魔理沙が離れていったのを確認してから、鈴仙は紅の着ている甚平を脱がせようとする。それに抵抗しようとすると、背中に痛みが走る。

 

 

「い"っ・・・!」

「ほら、あんたはまだ怪我人なの。ちゃんと骨がくっつくように血行を良くするのも大事なんだから早く大人しくする!」

 

 

痛みで動きが鈍くなっている間に甚平の結び目を解いて脱がせる。あまりにも慣れた動きであっという間に裸にされてしまった。

 

 

「ひぃ・・・」

「そんな妖怪を見たみたいな声出さない! そりゃ私は妖怪ウサギではあるけど・・・」

 

 

などと勝手にぼやきつつ、紅の体に巻いてある包帯を外して浴室にある座椅子に座らせる。そして白い半袖のブラウスを更にまくって濡れないようにした。

 

 

「痛かったら言って。頭から行くからね!」

 

 

木製の小さな桶を持ってお湯を掬い、頭から被せる。ザパンッと大きな音を立てて身体中にお湯がかかる。

 

 

「い"ッ・・・!! 痛い痛い痛い痛いッ!!!! 鈴仙さん痛いですっ!!」

「ちょっと傷に染みてるだけだから大丈夫! はいもう一回!」

「ぎぃぃぃぃぃッ・・・!! 痛かったら言ってって言ってたのに・・・!」

 

 

立て続けにお湯をかけられ悶絶する。実際のところ傷に染みてるだけではなく熱さによる痛みと無意識に力が入ってしまう事による痛みもある。そんな事は分かった上で鈴仙はゴリ押している。

 

 

「汚れ落とすからね。絶対動かない!」

 

 

何やら白い塊を手に持ち擦ると次第に泡立っていき、その泡で頭を洗い始める。当然正邪に頭を何度も殴られているので電流が走るような痛みが駆け巡る。

 

 

「がぁッ・・・!! 痛い痛い痛いッ!!!!」

「動かない! 動くと余計に時間かかるよ!」

 

 

そしてそのまま首、背中、両腕と体も順番に洗い始める。しかし他人に体を触られる感覚に慣れておらず、くすぐったさのあまり笑い声を上げる。

 

 

「かっ、かはははははッ!! 痛ッ!! ひひっ!! ひひはははははッ!! い"ッ!! ちょ、待ってくだはひひひひっ!!」

「はい大人しくする!」

 

 

そんな賑やかな様子を聞きつけてまた魔理沙が浴室の前までやってくる。そして扉越しに魔理沙の声が聞こえた。

 

 

『おーいやっぱり随分楽しそうじゃないか! 』

「ぜ、全然楽しくなんかあひひひひひッ!!」

 

 

どれだけ嫌がろうと鈴仙は淡々と身体を洗っていく。そして当然身体を洗うという事は・・・

 

 

「い"っ・・・あはははッ・・・?! ちょ、ちょっと待ってください鈴仙さんそこは自分で・・・!!」

「こっちは仕事であんたみたいな重傷人を何人も風呂に入れさせてんのよ・・・今更ガキンチョの裸くらいで動じないわ!」

「いやでもそれは流石に・・・ッッ!!!!」

 

 

 

『うわぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 

 

 

扉の向こうで紅の絶叫が聞こえる。魔理沙は床で四つん這いになるほどに腹を抱えて笑っている。そんな様子を呆れた表情で藍が見つめる。

 

 

「・・・魔理沙、ちょっとどうかと思うぞ。」

「キッ・・・クヒヒッ・・・! だ、だってしょうがないだろ・・・これは面白すぎる・・・」

 

 

魔理沙は最早笑い過ぎて目に涙を浮かべている。藍は溜息をつくが、再び聞こえた絶叫に思わず吹き出してしまったのを瞬時に袖で顔を隠した。

 

 

◇◇◇◆◆◆◇◇◇

 

 

チュン・・・チュンチュン・・・

 

やけに鳥の鳴き声がハッキリと聞こえてくる。包帯や固定具も新しく付けてもらい、甚平も新しく着させてもらった紅は、これまた新しく敷いてもらった敷布団の上に横にさせられていた。

 

そして鳥のさえずりを聴きながら天井の更にその向こう側を見つめていた。

 

そんな紅の元に、歩ける程度には元気になった橙が歩み寄る。

 

 

「ねぇ大丈夫? さっき凄い悲鳴が聞こえたけど。」

「・・・・・・橙さん・・・俺もうお嫁に行けません・・・」

 

 

虚ろな目で遠くを見つめる紅を心配そうに橙は見つめる。そこにひとしきり笑った魔理沙がやってきて声をかける。

 

 

「人間のお嫁に行けないなら、狐に嫁入りだな。」

「『狐の嫁入り』にかけてる冗談だとしてもまるで意味が全く分からないな・・・そんなことより紅、本当に大丈夫かい?」

 

 

藍も様子を見にやってくるが、当然大丈夫には見えない。そんな放心状態の紅の髪を興味深そうに橙が触る。

 

 

「・・・わぁ、いい匂いだし、サラサラしてる!」

「それはお師匠様特性の色んな油を調合した物よ。原理はよく知らないけど、汚れが落ちやすいんだって。」

「それは興味深いな、私にもくれよ。」

 

 

浴室前の部屋から顔を覗かせてきた鈴仙の説明に、魔理沙がかなり食らいつき、詳細を聞こうとするが鈴仙は軽く受け流す。

 

 

「あと体内の細胞を活性化させて傷の自然治癒能力を向上させる成分が練り込まれてるとか。」

「急に胡散臭くなってきたな、やめとくぜ。」

 

 

しかし相手は永遠亭の八意永琳、魔理沙からしてみれば全く信用のならない意味不明な薬も数多く存在するし、実際永琳は他人をモルモットにする事くらい厭わない。

 

橙は面白そうに紅の頬を指でつつき、ニコニコ笑っている。

 

 

「モチモチすべすべ!」

「い、痛いです・・・爪・・・刺さってます・・・」

 

 

猫のように尖った爪が思い切り頬に食い込む。しかし全身綺麗になりさっぱりしたにも関わらず完全に満身創痍となった紅には抵抗する事はできない。

 

 

「橙もお風呂に入ろうか。式を剥がしてもう一度憑き直させて、早く体を治さないとね。」

「え、えぇ・・・?! ら、藍様お風呂は嫌ですよ!!」

 

 

藍にそう言われた橙は突然血相を変えて否定し始める。藍が近付くと橙はトテトテと走って逃げていく。

 

 

「ぜ、絶対ヤです藍様!」

「コラ! 早く治さないとダメだろう!」

 

 

しかし逃げ回っていたその時、まだ足の怪我が完全に治りきってなかったからだろうか、一瞬右足がガクッと力が抜けてしまう。

 

そして、その先には紅が力無く横たわっていた。

 

 

「あっ。」

「・・・え?」

 

 

バランスを崩した橙は上半身から紅の体に突っ込んでいき、咄嗟に彼女を受け止めようとするが・・・

 

 

「あ"ぁッ・・・?!?!」

 

 

当然紅の体が犠牲になる。

 

そして、その瞬間をたまたま目撃した永琳は、静かに、そして冷たい目で橙を見つめた。

 

ゆっくりと倒れ込んでいる橙に近付き、しゃがんだ。

 

 

「・・・私はね、折角治療した相手を傷付ける輩が本当に許せないの。頑張って積み上げてきた物を一瞬で崩される・・・そんな気分になるのよ。」

 

 

手を振りかざした。そして瞬きの瞬間、彼女の手はまるで何事も無かったかのように元の位置に戻っていた。

 

 

「きゅぅ・・・」

 

 

(・・・・・・恐ろしく早い手刀。私でなきゃ見逃していた・・・)

 

 

藍は内心その驚くべき速さに感嘆する。気絶した橙はそのまま煙を上げ、その煙の中には橙の姿は無く、二本の尻尾の生えた黒と茶色の混じったような毛の猫が倒れている。

 

そしてその体から札が一枚飛んで藍の元へフワフワと舞っていく。

 

 

「感謝する。鈴仙さん、橙の入浴も頼めますか?」

「・・・・・・え?」

「申し訳ない、私も多量の水に触れると式が剥がれてしまう。」

 

 

浴室前で他人事のように今までの会話を聞いていた鈴仙は突然話を振られて脳の処理が追いつかない。

 

そしてふと永琳の方を見ると、その目は明らかに「お願い」と言っているようだった。

 

藍はもう決定事項かのように気絶した橙を抱えて鈴仙の元へ行く。

 

 

「・・・・・・あーもう分かりました!! やりますやります!! 完全に動物病院みたいじゃないですか本当にもー・・・猫ならもっとお湯をぬるくしないといけないから、貴方も井戸水汲むのくらい手伝って!!」

 

 

ブツブツ言いながらも藍に指示を出して橙を洗う準備をする。そしてそのタイミングで思い出したように紅は魔理沙に声をかける。

 

 

「・・・あの、魔理沙さん。少し聞きたいことが・・・」

「ん? どーしたんだ?」

 

 

魔理沙は足を崩して紅の話に耳を傾ける。紅は少し躊躇いながらも、意を決して話し始めた。

 

 

「・・・俺も、空を飛んだり弾を出したりして戦えるようになりたいんです。」

「そりゃ無理だな。」

 

 

あまりにも即答で紅は最早断られたとすら認識できていなかった。数秒考えてようやく断られた事に気がついて、驚いた。

 

 

「・・・・・・えっ?! な、なんでですか?!」

「そりゃあんたは外の世界に帰してあげないといけない対象だからな。それとも、幻想郷に住み着きたいのか?」

 

 

そう言われると、紅は言葉に詰まる。幻想郷にやって来たのか、そもそもここの住人だったのかすら分からないが、彼自身の思いとしてこれからどうしていきたいのかというものはなかった。

 

 

「お、俺は・・・」

「まぁどっちにせよ、多分まともに戦えるようになる前に帰るか死ぬか・・・だと思うぜ、残酷だけどな。」

 

 

そう言われて落ち込んだ紅を見て、魔理沙は真剣な表情で見つめる。幻想郷にいる限り、手の届かない所で人間が襲われて死ぬ事は有り得る。しかし今こうして手に届く所にいるのなら、守らなければと思っていたからだ。

 

 

「・・・まぁでも、実際襲われた訳だし対抗手段は持っておきたいよな。しょーがない、護衛も兼ねて一緒に行くか!」

「え、ど、どこにですか?」

 

 

魔理沙はニヤリと笑う。面白い事に関してはとことんストイックな彼女の脳内には、紅と『彼女』との化学反応を期待していた。

 

 

「なぁに、ちょっとした知り合いの・・・『盟友』に会いに行くだけさ。」

 




第四話読んで頂きありがとうございます。
主人公君は小学六年生くらいの男の子をイメージしています。幻想入りするなら、出来ればショタの姿に生まれ変わりたいという憧れから来てます。

タイトルの『羨望』は主人公君が戦える人達への憧れもありますが、書き手の憧れ、読者の憧れも含めているつもりです。主人公君に感情移入するのは難しいのかなとは思いますが、一応『あなた』の分身である彼の羨まけしからん幻想郷ライフを見守ってあげてください。
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