天上の人類ーThe celestial mankindー 作:ピエロギ
「それで、あの部屋は何なんだ?」と目の前で、透明なティーカップに入ったお茶を飲んでいるアベル、カインに聞いてみる。そう、実体化している彼らにだ。
顕現室を後にし、司令室に戻っていくと部屋の中に二人がいた。どうやら、オービットネットワークによって大量の情報を瞬時に送れるらしく、施設内に生体部品があれば、肉体は簡単に作れるらしい。
今はこの施設の中にあったカフェテリアで、茶を楽しんでいる。
「あの部屋は、オービットネットワークとお父様のお力によって、過去の人類の情報思念を具現化することができるのです。ここで、その原理や方法について説明しても、あなた達では1%も理解できないでしょうけど」とカインが答える。
「俺たちに必要そうな情報だけ教えてくれ」と聞く。
「ふむ、あの部屋で顕現した思霊体(Acient Residents’ Ghost)と同期化作業をしてもらう。そして、同期するのだ。そうすれば、お前はその
そんなことがあり得るのか?と思わず、固定観念からそんな風に考えてしまう。しかし…
そう悩んでいる間に、レオが
「それが、力を授けるという意味か。それで?同期って言ってもどうやるんだ?お願いしてみるか?」と聞いていた。そんな簡単ではないだろうと思っていると、アベルが予想外の返答をした。
「手段としては悪くないかもしれないな、オレンジ頭。思霊体には、それぞれ特徴がある。相手によって同期方法は変わる」
「それじゃ、教えてくれよ。今、その顕現室にいる思霊体の情報をよ」
とレオが聞くと、幼い二人の顔が曇った。
「正直に言いましょう。顕現している個体の情報については、実際に顕現室内にて、同期化作業を行わなければ集められません」
「つまり、何もわからない相手に無策で突っ込めってことか?顕現するのに、その思霊体の情報を使っているんだろう?」と聞くと
「顕現に必要な情報と思念体自体の情報は別物だ。だから、できることはクラスや名前からの予測だ」とアベルが答えた。
無茶苦茶なものだ。
「おっ、それについても聞きたかったんだけどよ。そのクラスってなんだ。俺たちが使うA.R.Cのカテゴライズと同じなんだが、関係あるのか?」とレオが聞く。
「そうですね。基本的には、その思念体のクラスと連動してA.R.Cのクラスは決まります。上位のクラスになるほど、同期化は難しくなっていくでしょう」
「今回のあの部屋にいる思念体と同期できれば、アッシャーのA.R.Cが手に入るってことか…」
心の中でマズイことになると思った。それはレオも同じで
「まずいよな。俺たちは、アッシャーのA.R.Cが使用できる許可を協会から得られるほど偉くない。そっちの言い方じゃ、常に持ち歩いて使うわけだろ」と言い、その言葉に続いて、俺自身の説明もする。
「俺のA.R.Cは、体内にあることと、使用する機会がほぼないから隠蔽できているが、流石に、過剰な武力を持っていることを何かしらの形で露見してしまったら誤魔化せない」
「何とかならないのか?」とアベルが聞いてくる。
「サーヴレイブは10段階の級がある。個人の使用目的で、アッシャーのA.R.Cを使うためには、4級からの許可証が必要だ」と答える。
「それで、あなた達はどれくらいのクラスなのですか?」とカインが聞いてくる。
「今の俺たちは7級だ。バンカーの依頼でGHのクリアランスがグリーンになったから6級の昇級推薦状をGHから協会に送ってもらえれば、昇級できる」
「もう2段階、足りないじゃないか!?」とアベルが喚いた。
「それに、四級に昇級するのは難しい。ハンター業だけじゃなく、組織や他の企業、つまり、対人間の戦いをこなして、クライアントの信用を勝ち取らないといけない」と答える。
「あなた達は、そういった仕事を受けてきたのですか?」とカインが聞いてきた。
「そうした仕事はリスクが高い。それに、―これは、俺のせいでもあるんだが―俺を追っている人間もいる。対企業で仕事をしていれば、俺たちの情報は各都市に漏れていく」
黎明会のメンバーを思い出す。俺の首を取ろうとするなら、俺の後釜になった新たな墓守と、実力派の構成員を寄越すだろう。そうなれば、全力で戦ったとしても相打ちにさえ持っていけない。
「下手に目立つことはできない。それに、完全に手がないわけじゃない」と一番、可能性の高い方法を打診する。
「アッシャーのA.R.Cの個人保有は、さっきも言った通りなんだが、協会から承認を受けている
「そうそう。アッシャーのA.R.C自体も貴重だけど、起動できる奴も貴重ってわけで、サーヴレイブの級が足りないってだけで、戦力になるメンバーが割を食うのがよくねぇって、サーヴレイブのオフィスから協会に申し入れがあったんだ」
「レオの言った通り、この制度を使えば、使用許可は降りる」
「それで?どこか、入れるオフィスはあるのか?」とアベルが聞いてくる。
「当てがないわけじゃない」と答える。バンカーで助けた、ライ、エレノアも協会に承認受けたオフィスに所属している。それに、あそこの経験組たちは基本的にオフィスに属しているはずだ。
「戻ったら、話してみる。もしダメだったら、シティ内には持ち込まないで、ここで、A.R.Cを置いて運用することにしよう」と、話を切り上げた。
「――それで、その同期化作業を今やるかどうかだな」とレオが話し始めた。
「その思霊体はこっちを攻撃してくるのか?」と聞くとカインが答える。
「えぇ、間違いなく、正気を保っているとは思えません。それに、もう一つお伝えしなければならないことがあります」と言って、一つの注射剤をテーブルの上に置く。
内側に入っている薬品は緑色であった。
「ここに残っていた、最後の蘇生薬です。ジャック、貴方ならこれを見たことあるでしょう?」と聞いてきた。
あの時、バンカーでアダムが蘇生に使っていた蘇生槽の中に入っていた薬品だ。
「待て、コレ単体を注射することでも、体を再生できるのか?」と聞く。ジェネシスの蘇生薬、リバイブリスクは専用の装置で投薬する必要があるからだ。
「えぇ、と言っても頭を吹っ飛ばされたら、なんの意味もないですけど」とカインが答える。そこは同じらしい。
「とんでもないな。その薬。都市で売ったらどんな価値が付くか見当もつかない」
と言うと、カインはこちらの顔を覗いて
「今残っている最後の一本です。ここはあくまで研究所でしたから、これしかありません。つまり、体を再生させられるのは一人。顕現室に入れるのも一人です」と話す。
「…バンカーにあった蘇生薬を持ってくることは、難しいか」
「都市の企業の兵士たちにばれずに、運ぶのは難しいでしょう」とカインの言葉が返ってきた。
すると、アベルが
「それじゃ、顕現室に行くのはどっちにする?」と俺とレオを指さして、話を進める。
「――最悪、死にはしないんだろう?なら、俺がァ」とレオが言いだす。だが、その後の言葉はアベルによって遮られた。
「おすすめは、ジャックだ。火傷にはなれているだろう?」とこちらの瞳を見つめて、そう指摘された。実際、体を炭化させた回数なら俺が一番だろうから。
「思霊体の名前は確か、希望の灯を売る者だったか。火に関係するから、俺が出るのがいいか」
すると
「本当にいいのか、あの注射だってちゃんと作用するかわからないぞ!」とレオが立ち上がって、俺の方を見る。しかし、すぐにカインが口を開く。
「レオとやら。私たちは、あなた達の力になるべくここにいるのです。今ここで、出される最適解は、ジャックに同期をしてもらうことでしょう。そうすれば、選択肢は増えます」
「選択肢ってどういうことだ?」とレオがカインのほうを見て聞くと、カフェテリアの天井の方から、BANG!BANG!と銃声が鳴り響く。
「何の音だ?レイダーが暴れてんのか?」とレオが呟いた。そして、その答えはアベルによってもたらされた。
「施設内のセントリーガンが起動したようだな。蟲も湧いていたし、掃除をしているのだろう」
「機銃なんか設置してあったのか?」と聞いてみると
「ここで、オービットネットワークを起動したからな。と言っても警備システム程度のものだ。この研究所を守るには心細い。軍事施設にオービットネットワークを繋げられれば、もっと強固な要塞にできるのだがな。今のお前たちでは、最深部に行く前に、ミンチ肉になってしまうだろう」
「――選択肢が増えるってのは、そうした所に行けるよう俺たちに力を与えるって意味か」とレオが答えた。
「その通りだ、オレンジ頭。見た目の割に察しはいいようだな。それに、力を与える方法は何も同期化作業によるものだけではない。といっても、今は使えるA.R.Cを確保するのが先決だがな」といって俺の方をアベルが覗いて見てきた。
「わかった。向かおうか。顕現室に」と言って、空になったティーカップを片付ける。そして、俺たちは、司令室方向。あの部屋があった場所に向かった。
「…むやみに攻撃するのは、オススメしません。思霊体を観察してください。そこに付け入るスキがあるはずです」とカインが助言をしてくれた。
「中に入っても、私たちとは通信で会話できる。こっちも全力でサポートする。それと、急ごしらえで作ったものだから、耐久性は期待できないぞ」とアベルが、俺の首に垂れ下がっている、ガスマスクを指して話す。
「無理はしないでくれよ」とレオが、見送ってくれた。
目の前には、アッシャー:希望の灯を売る者という蛍光版が埋め込まれた、厚い、鋼鉄の扉がある。中にはもう一つ扉があり、二重扉になっていた。最初の扉を抜けると、自動的にレオ達がいる廊下の扉が閉まっていった。
プシューという空気が抜ける音と共に、二枚目の扉の上部にあったディスプレイに人間のマークが一人分、点灯した。点灯した奴が俺なんだろうが、後3人ほど無点灯のマークがあった。
「同期化作業:職員1名:内扉を開門します」という機械音声が流れる。
すると、重々しい音と共に、目の前の扉が開いていった。
真っ赤な炎と、黒い煙。それと、特筆すべきことは目の前の少女だろう。焦げて黒くなった襤褸衣と赤いスカーフ、そして、手に火が灯っていない松明をもっていた。
ガスマスクを着け、観察をする。こっちには、まだ気づいていないようだ。今の内に周囲を確認する。ずいぶんと広い部屋だった。
俺たちがいたカフェテリアと同じかそれ以上の広さと高さがある。それに、建物の残骸が所々にあった。直接見たことはないが、それは煉瓦といったもので造られた建物だったのだろう。
「こちら、ジャック。聞こえるか?」
「聞こえるぞ。思霊体はどんな特徴を持っている?」とアベルの声が聞こえる。
「少女だ。襤褸切れと赤いスカーフを巻いた。こちらに気付いていない」
「了解だ。コンタクトを取ってくれ」
「今日の天気でも聞いてみるか」と返して、少女に近づく。だが、この選択は間違いだったことをすぐに思い知らされた。
数歩、近づくと、少女がこちらに振り向いて、目が合った。そして、金切り声を上げた。
「―ッイヤァァ――!ユルシテッ!ユルシテ!」とうずくまると、手に持った松明に火が灯った。その瞬間、俺の左腕が炎上した。
すぐに、消化粉をぶっかける。本来の炎であるなら、これで消えるはずだが、炎の勢いは治まらなかった。火が、皮膚のタンパク質を変質させ、鋭い痛みが流れる。だが、この程度の痛みなら、経験している。
左腕は使えないが、右腕で、サイドアームを抜く。
――子供に銃を向けるのは、気が引けるなんてもんじゃない。
腕の鋭い痛みを受けながらも、俺の心は冷たいナイフで切り刻まれる呵責を受けていた。
「何してる!早く撃て!」というアベルの声で、トリガーを引く。
銃弾は、少女に吸い込まれるように、放たれた。だが、銃弾は少女の体をすり抜けていった。彼女自身が灰であるかのように、全く意味を為さなかった。
「――ッ!」と鋭い痛みに襲われながら、今度は、少女の手に持った松明に狙いを付けて発砲する。すると、松明は明後日の方向に飛んでいった。
腕の炎の勢いが治まる。少女は、松明が飛んでいったのが分かると
「―サムイ…サムイ‼」と言って、松明のある方へ、俺に背を向けて走っていった。
「瓦礫の山に身を隠しなさい」というカインの言葉に従い、近場の瓦礫の影に姿を隠す。息を整え、左腕の痛みをこらえる。
「…なんだアレ。いきなり左腕が燃えたぞ」
「こっちで、大体のことは分かったぞ」とアベルの声が聞こえた。
「あの松明が燃えると、対象を放火。
「冷静な解析どうも。それで、これからどうする?打つ手なしか?」
「何か、お前が気付いたことはないか?思霊体の発言から何か見出せないか?」とアベルが聞き返す。
「――謝罪の言葉を述べていた。だからって何の役にも立たないと思うが…」と報告しながら、燃えた左腕を見る。怪我の状態の確認を行うための行為だったが、薄く黄金色の炎が纏わりついていた。
儚げな表情をした、黒髪の女性がその炎の蜃気楼から映し出された。
「クーノ…!?」
彼女の名前を呼ぶ。だが、返答はなく、すぐに炎が散ってしまった。
今ので、確信した。希望の灯を売る者。その焔は、見た本人の望んだものを見せてくるのだろう。
そして、あるものを見つけた。瓦礫の中に埋まっていた人間の焼死体の一部。よく見れば、一人や二人といった数ではない。多種多様な大きさと形の焦げた肉があった。
「カイン!ここの中の光景は、どうやって決まっているんだ!?」と聞く。
「――その思霊体にとって馴染み深い、もしくは関わりが深い情景になります」
そうか… 謝罪。死体。炎。そして、罪。あの少女が背負っているものが分かった気がする。
「ギャンブルになるかもしれないが、もう一度、あの少女の前に出る。そこで、決着をつける」と返すとカインが
「脳以外の損傷なら、治せます。しかし、あの炎は体のどこで発火するか分かりません。脳味噌が茹で上がったら、貴方は死んでしまいます」
「ヤバそうだったら、即松明を撃って離脱する。だから、信じてくれ」
「…分かりました。
「あぁ」と短く返す。瓦礫の山から、体を露わにする。少女はトボトボと地面を見て、歩ている。手には、火が灯っていない松明を持っていた。だが、次の瞬間には、俺の姿をその、ガラス玉のような生気のない瞳が捉えた。
「――イヤ、マタ、ナンデコンナコトッ‼」と言うと松明に光が灯る。その瞬間、今度は腹から首にかけて、鋭い痛みが奔る。
今度は胴体が燃えていた。さっきの左腕が燃えたときよりも火力が強い。炎から、煙と蜃気楼が舞い上がり、景色が映し出される。
行きつけだった、飯屋で、クーノと食事を取っていた。幸福だった時間。もう、取り戻せない時間。
頬に涙が流れ落ちる。これは、幻覚だ。もちろん分かっていた。それでも、この感情だけは、留められなかった。
その蜃気楼は少女にも見えていたのだろうか?いや、全く別のものをその少女は見ていた様子だ。ただ、幻覚に怯え、地面に震えて、許しを乞うていた。
「ワタシノセイデ?ワタシノセイデ!ワタ…シノ…セイデ…」と言葉をこぼしていた。
体に着いた炎は、すでに手足に広がり、顔の半分を覆っていた。
少女の前に両足を折って、ただ、一つの言葉を言う。
「――――――赦す――――――」
この言葉が、今少女に必要であると直感が示した。
すると、視界が、黄金色の炎によって満たされ、次々と見たこともない街並みや人々
が映り始めた。