天上の人類ーThe celestial mankindー 作:ピエロギ
少女がいた。襤褸衣を着て、雪がちらつく、寒空の中、何かを売っていた。しかし、人々はひしめき合っていたのにも関わらず、誰も足を止めなかった。
少女は人通りが少ない、路地裏で座ると、売り物を手に取り、火を付けた。マッチというものだろうか?少女が付けたマッチは、黄金色の炎に輝いていた。
その後、何本ものマッチを使い、黒くなった残骸が地面に転がっていた。少女は、その残骸を集め、少しでも炎を長続きさせようと火を付けた。火は小さく燃え盛った。
そこに、腰に警棒を携えた男がやってきた。どうやら、ここの治安を守る衛兵の一人だったようだ。きっと、彼には、少女が放火犯に見えたのだろう。射殺さんとばかりの目つきで、少女に詰め寄った。
少女は怯えていて、言葉も出ていなかった。衛兵は、少女を掴んで、怒鳴ると、その炎を見た。彼の目には、何が見えていたのだろうか?少女を降ろすと、何か話をしていた。
少女はマッチ棒を取り出し、火を付けて見せた。
黄金色の尋常ではない炎だった。
それを見て、衛兵は、ポケットからコインを取り出し、少女に渡してから、マッチに火を付けた。
赤の何の変哲もない炎であった。
それを見ると、衛兵は少女に謝罪し、路地裏から連れ出していった。
場面が変わる。ここは、広場か?数多くの出店や、食べ物を持って歩く人たちが多い。中央には、デコレーションされた、大きなモミの木がそびえたっており、その下では、大きな井桁型に積まれた木材があった。
そこで衛兵は、広場にいた同じ制服を着た人間に話しかけ、少女を中央の木材が積まれた場所に連れて行った。よく見れば、松ぼっくりがみっちりと木材の下に置かれていた。
先ほど衛兵が買ったマッチ箱から、一本のマッチが少女に渡される。少女は促されるまま火を付け、下地となっていた枯草に燃え移り、炎はどんどん大きくなっていった。
その光は太陽のような暖かさを持っていた。皆、その黄金色の炎を見つめ、蜃気楼に映し出される幻影を見た。大きな歓声に包まれる。
衛兵は、少女に、食べ物を持ってきた。売店で買ったものだろう。暖かい湯気が出ているローストチキン、トロリとチーズがこぼれたパン。レーズンが入ったクッキー。少女が蜃気楼の中で夢見たものが現実となった。
少女は、暖かな光の中、その縮んでしまっている胃に、食べ物を詰め込んでいったが、余りの勢いに少女はえずいてしまった。
すると、衛兵はエッグノッグを持ってきてくれたようだ。少女はそれを一飲みし、落ち着いた。
少女は衛兵にお礼を言うと、一緒に黄金の炎を見守った。
―――ここまでは、哀れな少女が、特別な力によって幸せになる、美しいお話であった。だけど、この物語がハッピーエンドになることはない。
薪は、すぐに燃え尽きた。本来の火より、明らかに燃料は早く、灰燼に変化したのだ。冷たい冬の寒風が、広場に吹き荒れ、人々は新たな薪を求めた。
この時、すでに皆が酔っていた。黄金の火によって魅せられた幻想に。炎が消え、冷たい現実に引き戻されることを恐れた。
広場にあったであろう、木製の椅子やテーブルに始まり、近場の家具も薪にされ、くべられた。
火は、大きくなったが、それは、大量の燃料を食いつぶしていたからだ。すぐに、炎が小さくなる。今度は、中央広場にデコレーションされた、大きなモミの木が標的となった。何人かの、大柄な男たちが斧を持ってきて、切り倒す。
そして、倒れたモミの木の枝を、手斧で剥ぎ取る。こぼれた木片さえも燃料にし、薪にした。
ついには大きな幹を何人もの人間が、担いで、火に入れようとした時、哀れな初老の男が、燃え盛る黄金色の炎に吸い込まれていった。
この時ばかりは、絶叫が流れた。しかし、炎は、その男が焔に食われた瞬間に大きくなった。今まで入れたどんな燃料より、大きく、炎が天高く空を貫いた。
黄金の蜃気楼は、より濃くなり、人々の心をより惑わせた。その網膜には、焔が焼き付けられた。
モミの木に炎が燃え移っていた。火はすでに燃え広がって、ありとあらゆる場所からも幻覚が見えていた。
少女は、その光景をただぼんやりと見ていた。薄っすらと泣いていたような表情だったが、近くにいた衛兵が、少女の腕を引っ張り、広場から立ち去っていた。
あの衛兵は、この後、起こることが分かっていたのだろう。
広場の方から、狂気が生まれた。力なき只人は、蜃気楼に魅入られた狂人によって、炎にくべられ、火の手が拡散する。その眩い光がさらに多くの人を狂気に走らせた。
街中が火の海に化し、動くものは黄金の蜃気楼に魅入られた人間たちによって生きたまま燃やされ、自身の子供を炎に投下する親もいた。
衛兵は、魔の手が少女に及ばないよう、広場から遠くに連れて行ったあと、少女に何かを話し、狂った人々を抑えるべく、来た道を戻っていった。
一人、残された少女は、言われたまま、街の外に出ようとした。しかし、パニックになった人々がひしめき合い、脱出は容易ではなかった。
黄金の輝きが迫ってきた。包丁、斧、長槍といったものを手に取り、火傷と瞳に黄金の焔が宿った狂人たちが、獲物を見つけ、襲い出した。
血潮が飛ぶ。臓物をえぐられた死体に炎が巻き付き、火がさらに広がる。人間の死体が燃えた特有の脂の臭いと、毛髪に含まれた硫黄がガスとなり、鼻孔を突き刺す刺激臭が充満する。
逃げ惑っていた人間たちにも、炎に魅入られた、目に黄金の焼き印が付いた者たちが現れて、更なる犠牲者が増える。
ついには少女の目の前にまで、凶刃が迫っていた。少女のすぐ後ろにいた、老婦人が心臓を槍で貫かれる。その槍は、万力によって、振るわれ、死体は火に放られて、飲まれた。露わになった攻撃者を少女は見た。
それは、つい先ほどまで、一緒にいた衛兵であった。彼の目には、痛々しいほどに輝く黄金の焔が焼き付いていた。
少女は尻餅をついてしまい、唇を震わせていた。その衝撃で、ポケットから、マッチ箱が飛び出した。
少女は無意識にソレを掴んだ。何かに縋りたかったのだろう。寒空の中、自身を暖めてくれたものに。
衛兵の槍は、先ほどの老婦人の血が燃料となり、穂先が燃えていた。その蜃気楼は、先ほどの景色を映し出した。
衛兵と火を囲い、食事をしていたあの景色に。
少女は、マッチ箱をクシャクシャになるほど強く握りしめた。爪が手のひらに食い込み、鮮血が滲む。
衛兵は、槍を握り、構える。あとは、突き刺すだけといった時、少女のマッチ箱が、一気に燃えた。
次の瞬間には、衛兵は突然発火した。全身が、炎に飲まれ、膝から崩れ落ちる。全身の筋肉が、高温によって萎縮し、関節がねじれ、少女の前に顔を晒した。
その顔を見た少女は…
「―――ごめんなさい」と呟いた。彼女の手には、発火したはずのマッチ箱が、別の形を取っていた。
松明のような、形のソレに。
瞳の色が変わる。灰色だったものが、緋色に。その光景は、少女の幼い精神を折るには、十分すぎた。
街は、黒炭と灰、そして燃え滓の死体だけしか残らなかった。その街の広場で、少女は慟哭する。いや、泣き叫んでいた。
少女は、すべてを燃やしてしまった。狂人と化した人間も、そうでないものも。
曇天から、大粒の雪が降り積もる。雪が少女の体を覆い、姿を隠す。そこからは、意識が曖昧になり、ついには、何も映さなくなった。
瞼を開けると、俺の体についていた炎は消えていた。そして、目の前に少女がこちらを見ていた。
「―――ゼンブ、モヤシタ。ゴハンヲ、クレタ、ヒトモ」
「あの衛兵が最後に見せたあの表情」
今から言う言葉は、目の前の少女の感情を逆撫でする。そうすれば、また燃やされるに違いない。だけど、言わねばならない。
「……?」
「後悔でぐちゃぐちゃに歪んだ顔だった」
「――ッ!」と松明の先から炎が出る。
「君が!彼を燃やし殺したからじゃない!__本当は気が付いているんだろう…?」
と一呼吸してから、続く言葉を、精一杯ひねり出す。
「彼は、君を巻き込んだこと。君の力を安易に利用したことを悔やんでいたんだ。アンナ。それが、君の名前だろう?最初に衛兵に出会ったときに名乗った」
「…ソウダヨ。デモ、ワタシガイナカッタラ、マチ、モエルコト、ナカッタ」
「ああ、その通りだ。真冬に襤褸布一枚で、外で物売りしている少女を、助けようともしない街の住人と、幼い君の力を利用して、最後は自分の勝手に後悔するような男はのうのうと生きて、アンナ、君は冷たい地面に横たわって、死んでいた」
「ソウナレバ、ヨカッタンダ…」
「いや、違う!アンナ。君は、君自身を責め過ぎている。あの日、あんな場所にいたのも、自分の意志じゃないだろう?」
「ソウダケド…」
「それに、そんな後味の悪いクソみたいな結末を本当に望むのか?少なくとも俺は、君が全部を燃やし尽くした幕引きの方が相応しいと思ったよ」
「…アナタ、オカシイワ…」
「ハハッ、子供に言われると、結構傷つくな」
「ゴメンナサイ」
「いや、いい。子供は我が儘な位じゃないとな」
「ヤッパリ、カワッテイルヒトネ」と返された。口元は、先ほどより、緩くなっていた。
「アンナ、俺に付いていた炎から何が見えた?」
「エイヘイサンカラ、セメラレルマボロシ」
「許されたいと思っていたからか?」
「ウン、デモ、モウミエナイ」
「そうか」と短く答える。
「アナタニ、ワタシノチカラ、サズケタイ」
「良いのか?俺が極悪人かもしれないぞ」
「ソウカモネ、ダケド、ワタシヲタスケテクレタ」
「そうか…ありがとう…」
「タマニハ、アイニキテネ」と少女が言うと、その姿が消えていく。存在感そのものが薄くなっていき、数秒後には、目の前からいなくなっていた。
なんとか、意識を保っていたが、視界がぼやける。かなり重症の火傷を負っているようだ。そして、薄れゆく視界の中、デカデカと文字フォントが浮かぶ。
一旦、別作品を投稿したいと思っています。本作を楽しんでいる読者の皆様には本当に申し訳ないと、心よりお詫び申し上げます。
ちょっと本作品に向き合う自信がなくなってきてしまった...