天上の人類ーThe celestial mankindー 作:ピエロギ
「…ぉきろ。ぉきろ…….起きろ寝坊助ッ!」
腹に圧力が加わる。その衝撃で、一気に覚醒した。
目の前を見ると俺の腹部に跨った赤髪の少年が映った。
「ゲホッ…ゲッホ…!」
肺が痛む。こっちは傷が痛むんだから勘弁してくれと考えながら息を整えると
「もう、夜だぞッ!動けるぐらいには回復しているだろ!」と腰に手を当てて問いてくる。
確かにカインと話していた時よりかは、体が動く。全身が筋肉痛のような倦怠感はあるものの、歩けないほどではない。
「…何か用か?アベル?」
「飯の時間だ。カフェテリアまで歩いていけ」
「持ってきてくれたりは?」と聞いてみたが、答えはすぐに帰ってきた。
「これもリハビリだッ!早く動け!」ときっぱりと言われてしまっては歩かざる負えない。
ベッドから足を慎重に伸ばし、手で体重を支え立ち上がろうとする。がすぐに膝から崩れ落ち、手を地面につけ、這いつくばってしまった。思った以上に痛みは強く、筋肉に力が入らない。
何とか壁にもたれかかって体を起こし、壁伝いに歩く。その間にアベルは部屋の扉まで移動して、ドアを開けてくれている。
「…おう、ありがとう」
「…感謝はいらない。早く行くぞ」と年相応の幼い表情が垣間見えた。
なんとか手すりやスロープを使ってカフェテリアまで移動するとカインが椅子にちょこんと座っていた。
こちらをチラリと見ると中央の大きな筒のような装置からプレートの上に透明な物体を盛り、席に戻ってきた。
カインの座っている席近くに座るとその無機質なプレートの上の物体の正体が露わになる。
———透明なゼリー?いや、七色の輪郭が見える。食欲をそそられるものではない。
どう手を付けようかと迷っていると、俺が来た道とは反対の通路のドアが開いた。肩に白いタオルをかけ、いつものは髪が跳ねているが濡れているせいか、まとまりがある髪型となったレオが出てきた。服装もだいぶラフなものになっている。
レオもこっちに気付いたようで少し困ったような顔しながら、真剣なトーンで
「…怪我の状態はどうだ?マジで無茶苦茶な火傷で、心臓が止まると思ったぜ…」
「見ての通り歩けるぐらい回復できた。すぐにいつも通り動けるようにするさ」
「…あんま無理するなよ。それに、ここの設備はシティのものと比べ物にならないくらい良いんだぜ。シティに戻るのが嫌になるくらいにな」
そうするとレオは俺が座っている席の対面に座り、話を続ける。
「最初に入った時にみたジムやシャワー室とかも使えるし、映像室なんかの娯楽施設もあったぜ。実際に使ったのは風呂だけだけどよ」
「死骸をずっと運ばせていましたから、返り血や蟻の体液で臭いがありましたからね。あらかた片付いた後に、バスルームに案内しました」とカインが付け加える。
「シティだとシャワー入るの結構な金が必要だし、あっちは水圧弱いんだよなぁ」とレオが言う。
「綺麗な水はシティでも重要な資源だからな。そういえば、ここはどうやって水資源を入手しているんだ?」
「ここよりもさらに地下にある水源からポンプにて吸い上げて利用しています。もちろん浄化槽に通してから施設内に通しています」
「ずいぶんと至れり尽くせりだな。ここは高級士官の滞在地だったのか?」
そうカインの方に聞こうとすると、アベルが割り込んできて
「別にそんなことないぞ。確かに研究所ってことでアメニティは豊富にある方だ。しかし、ここは放棄することを前提として造られたようで、ここに勤めていた研究者も特に高い地位の者はいなかった」
「…その情報はどこで手に入れたんだ?」
「ネットワークに繋げて復元できるアーカイブからだ。もし気になるんだったらお前たちも見ればいい」
そういうとサービジョンからファイルがズラッと送信されてきた。これをすべて読む気にはなれない。
何か気になるものはないかを目を凝らしていると、一つのファイル名が目に留まった。
Lab_Data_file:A.R.C初期構想とA.R.G運用可能段階への経緯
すぐにデータベース登録をし、会話に戻る。他にもいくつか俺でも読めそうなものはあったが、後で確認することにした。
「スゲーなッ旧人類!シティでもこんな暮らしをしているのは上流階級だけだろうよ。ってそういえば、ずっと気になっていたんだけどよ、この施設を造ったのは第一、第二?どっちの人類だ?」
レオは興奮気味で二人に聞く。
「貴方たちが何を基準にして人類を区分けしているのかわからないので正確にはお答えできません」とカインが歯切れの悪い答えを言う。
「ほら…ええっと…あれだよ。確か第一人類は生身の人間多かったらしくて、第二人類は第一人類によって生み出された機械生命体や人間に似せて作ったアンドロイドとかなんだろ」
レオが現在の人類。あえて言うのなら第三人類の視点から考えられている説を言う。
「その考えで行けば、ここは第二人類勢力によって造られたものでしょう」
「ということは、アベルとカインは第二人類ってことか?」
そうレオが言うと、あからさまに二人の表情が曇った。アベルに言えば怒りも入っている。
「断じてッ!違う!私たちを造ったのはここにいた者達の仲間だが、あれらと一緒にするなッ!」
机に思いっきり手を打ち付け、バンッ!と大きな音がする。レオも地雷を踏み抜いてしまったことを気付いて、謝る。
「悪かったって。少し気になってそっちのことを詮索しすぎた。ごめん」
「まぁ、これは彼らの無知故の過ちです。お兄様も今回のことは気をお静め下さい」
カインが仲介に入るとアベルはプイッと顔を背けた。こうして見るとカインの方が兄ではないかと思わずにはいられない。
「…今回は見逃す。もう一度同じようなことを言ったら、バイオリアクターに投入するからな…」
アベルも今回のことは水に流してくれるようだった。
「食事にしようか、レオ」と場を和ませるために提案する。話を聞く限り、この研究所の施設は高度な技術が使われており、提供されている食事についても期待できる。
「おぉう…そうだな。俺もここに来てからずっと働き詰めでなにも食ってなかったんだ」とレオも俺と同じように透明なゼリーを渡された。
「さぁ~て…こんなヤバい技術をもった奴らが食ってた食事。それはものごっついいもんなんだろうな~」とウッキウキにスプーンに掬い、口に運ぶレオ。
俺も同じようにして、透明な物体を口に運ぶ。高い技術力を持っていれば飯は上手くなる。そう俺もレオと同じように考えていた。
つまり、実際には違ったということだ。
(ンンンウウウウヴヴヴヴヴヴヴヴ~~~~!!??)
口に入れた途端、高まっていた期待のボルテージが一気に地の底まで下降した。味は皆無、いやほんのりケミカルな臭いがする程度である。
しかし、脳が拒否をしている。咀嚼するたびに心が削られているような感覚がする。そう、この味は不幸感をそのまま凝縮したような得体のしれないもの。
辛うじてレオの方を見ると、青い顔になって悶絶していた。あっちは俺よりも期待度が高かったからか、その落胆はより大きいものだろう。
「ぅヴぁ……はぁはぁ」
「ぐぁはぁ…ウヴぇぇ」
なんとか飲み込んだが、これを食い切るのは無理だ。もう次の匙を伸ばすことはできない。
「…まさか、スラムで生活していた時に食った残飯よりも心がえぐられるとは思わなかった…」
落胆したせいか、この物体X自体の味のせいか、レオの目から涙が少しだけ流れた。
「…本当にひどいもんだ。ガキの頃食ったクソ不味い廃棄物よりもひどいとは、恐れ入った。こんなに酷いものをここにいた連中は食っていたのか?」
この食事を提供した二人の方を見ると、クスクスと笑っていた。
……もしかしなくとも、謀られたか?
「ぁあ、そこまでこれは不味いものだったのですね。私たちには味覚はあっても味に関するデータがありませんでしたので、考慮してませんでした」
「栄養価は高いぞ。食っても体に悪いわけじゃない。まぁ、栄養素を経口摂取しない奴らの食事だとしたら不味いに決まってるだろう」
確かに、第二人類は食事をしなくたって良さそうだよな。しかし、それだと疑問がある。
「なんでッ!、食事にここまで無関心なのに他の設備は充実してるんだよッ!詐欺だろこんなん!」とレオが頭を抱えた。
そうだ。完全に機械ならシャワー室や娯楽室など必要ない。いや…高度に発達した機械生命体なら、必要な設備なのか?
するとアベルが
「…ここにあるものは奴らの創造主側の為のものだろう。食料は別途で用意していたから落差があったんだな」
「第一人類と第二人類は戦争していたんだろう?それとも、ここは戦争前の施設だったのか?」
「ハッ!流石にそこまで年月が流れていたら、何もかもが壊れていただろう」とアベルが笑い飛ばした。
「第二人類に与する第一人類もいたということです。まぁ、その逆も然りですけどね」とカインが付け足す。
「……持ってきた食料はどれくらい余裕がある?」
「切り詰めれば一週間、だけどよ。怪我を早く治したいなら飯を抜くのは良くないぜ。それを勘定すると見積もっても5日だな」とレオが返す。
水を持ってきたことが悔やまれる。食糧だけならもっと持ってこれただろうに。
それでも長くは外に滞在するのはまずいのだが。
「ハンターとしての仕事を受けていないのに外に長い間いるのはシティの人間に怪しまれる。5日間がタイムリミットだな」
この5日の間にやらなければならないことは主に三つ。
自身の体の回復。金属資源の回収。そして、蟻の巣の物資回収だ。
「オーケイ。バッグから携行食持ってくるわ」といってレオが席を外す。
持ってこられたブロック状の携行食は決して美味しいものではなかったが、ちゃんと味があり、満腹感がある。それだけで感激だ。
「そういや、この透明ゼリー何から作られてんだ?」とレオが突拍子もなく聞くとカインが
「貴方が運んだ蟻たちからですよ」
まさかの二段構えで抉ってきた。
食事後、なんとか人心地ついた。同期作業で死にかけて、未だ体は満足に動かせないが、それでも空腹が満たされていれば心には余裕が生まれる。
「アンナ、あの少女にもう一度会えることはできるのか?」と自分よりもあの灰の少女が心配になり、会えるかどうかを聞いていた。
「現状、顕現室に回せるほど虚素の貯蔵はないから無理だな。それに稼働できるほど虚素があったなら別のことに使った方がいい」
「どうしてだ?アベル?」と聞くと
「分からないのか?ここはもう、変異種たちの群れに襲われる程度には設備を稼働させている。これから別の研究所や軍事施設に行くにしてもここを放棄していくことはできない。
俺たちの状況から考えれば、アベルの考えは正しい。シティといった巨大な都市と違って、十分な武装のないコロニーが小規模なホードで簡単に蹂躙される景色を今までに見てこなかったわけではない。
自分の考えが足りなかったと口にしようとしたが、カインから思わぬ援護射撃が入る。
「初めての同期化作業で繋がり(リンク)を十分に確立できなかったことを考えるに、余裕ができた場合、顕現室にて深化作業を行うことは戦力増強の観点からは有力なアプローチになるでしょう」
「深化作業?同期化作業とは何が違うんだ?」とレオが言うと
「特定のA.R.Gには、本来の力を発揮するのにより深く繋がりを持つ必要があります。一概には言えませんが、能力が飛躍的に上昇することもあります」
「つまり、もう一度対峙することにはなりそうなんだな」
「ええぇ、良くも悪くですけどね」とカインが返した。
そして、もう一つ、アベル、カインに問いたださなければならないことがある。それは……
「顕現室にいたあの少女、思念体は月蝕禍星やA.R.Cに侵蝕された蝕人に似ていた。このことについては聞いておきたい」
赤と緑の瞳を交互に見て、その様子を伺う。どちらとも動揺した素振りは見えない。いや見せていないのか?
すると、両方の口が同時に開き、こちらの問いに答えた。
「「A.R.Cの原材料は第一人類だからだ」です